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1章 吸血鬼に転生しました。
1-6.いったん撤退
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私は考える。このままステファンとばかり仲良くなってもらうと困るのよ。
アーロンやアーノルド、お父さまなんかともっと親しくなってもらわないと。
男性だけじゃなくて、私や、コーデリアなんかともね。
「彼女は≪聖血≫の持ち主よ」
私はステファンを見据えて、告げた。
そう、ヒロインのルシアは私と同じ≪聖血≫の持ち主なのだ。
強い魔力を持った血。吸血鬼はその血を少しだけ飲むのだったら、多大な力を得るけれど、大量に吸ってしまうと、逆に支配されてしまう。でも、その≪聖血≫を吸うことは、他の吸血と比べ物にならないくらいの快感を伴うから、わかっていても、支配されるほど吸血してしまう。
ステファンは眉をひそめた。
「なんだって」
「彼女、たまらなく良い香りがするでしょう。私にはわかるわ。だって、私がそうだったから」
ルシアが特殊な血の持ち主だっていうのは、本当はもっと後でわかるんだけどね。
「だから、彼女の吸血はしてはいけないわ、ステファン。彼女には、私たちのことを良く知ってもらって、仲間になってもらうのが良いと思うの」
「ルシアを吸血鬼にするっていうのか」
ステファンがくっと顔を歪めて笑った。
「また自分に都合の良いことしか考えていないんだろう」
彼は蔑むような瞳を私に向ける。
「サラを吸血鬼にするのは、止めたくせに」
サラっていうのは、ステファンの前の≪血の恋人≫だった女性で、彼はサラのことをとても大切に思っていて、病気で死にそうだった彼女を私たちの仲間にしたいと言っていたんだけど、私たちはそれを認めなかった。
そのせいで、ステファンと私たちの間には少し溝ができてしまった。
「だって、あの子は私たちの仲間になるには、優しすぎたもの」
私はうつむいた。サラの話をされると彼の顔を見ることができなくなる。
吸血鬼は、どうしても生き物の血を飲まないと生きていけないので、誰でも彼でもなれるわけではない。
「あなたがサラを仲間にしたいって思っても、彼女はそうじゃなかったわ。私のせいにしないでちょうだい」
早口でまくしたてて、私は立ち眩みを感じて頭を押さえた。
ステファンが呆れたようなため息をつく。
「大丈夫か? 顔色がいつもよりさらに悪いぞ」
私はにっと笑った。私たちは顔色がふだんからあまり良くないんだけど、この『顔色がいつもよりさらに悪いぞ』っていうのは、彼なりのジョークというか、まあ、これ以上言い争いはしたくないっていう気持ちの表れね。
「大丈夫よ。アーノルドにもらったもの」
「どれくらい」
「一噛み」
ステファンは大げさにため息をつく。
「いったん、帰るぞ」
「ええ?せっかくルシアを見つけたのに。彼女に家に来てもらいましょうよ」
彼は後ろを振り返った。ルシアは不安そうな顔でこちらを伺っている。
彼女の横には、お友達の別の令嬢が寄ってきて何やら話しかけていた。
「ルシアが、≪聖血≫の持ち主だというなら、なおさら、俺たちで話し合いも必要だろ」
「それはそうだけど」
「とにかく、今は悪目立ちしたくない。本当に考えてくれよ。お前、こんな向こう見ずなことをするタイプじゃなかっただろう」
ステファンは頭痛がする、と頭を押さえた。
それから、一呼吸置いて、爽やかな好青年風の表情を作りなおし、振り返ってルシアの方へ向かう。
「ルシア、ちょっと義妹が体調が悪いみたいだから、いったんお暇させてもらうよ」
申し訳なさそうな笑顔を作り、ルシアの手を取り、その甲にキスをする。ごく自然に。
「また、こんどね」
ルシア及び周りのお嬢様たちが一斉に頬を赤らめるのが見えた。
悪目立ちしたくないって言ったのはどこのどいつよ。
ステファンはくるりと向きを変えると、すっかり作り笑顔を真顔に戻して私に言う。
「帰るぞ」
私の腕をとり、広場の正面の入り口へ向かう。
私が来た裏道と逆方向だ。
「ちょっと……」
自分が来た方向に逆に腕を引っ張ると、不思議そうな顔をする。
「お前、どうやってここまで来たんだ」
「普通に、王宮の裏を通って馬で」
ステファンが「何言ってるんだ」の顔になる。
「馬で? お前が? 自分で? 今日はどうしたんだ、本当に」
ずるずると私を引っ張って、正面の門に向かって行く。
「何で、ちょっと、馬預けっぱなしだし、アーティに」
「俺は『謎の素敵な貴族の青年』なの。今のところ」
自分で『素敵』って……。呆れて顔を見上げる私を、ステファンはさらにあきれ顔で見下ろす。
まあ、私たちが吸血鬼一族で≪霧の館≫に住んでるっていうのは、貴族の家長の間では周知の事実ではあるんだけど、16歳で成人したばかりの子女たちの知るところではないから、確かに直接やってきていきなり乗り込んだ私が悪いんだけど。
「全く」
ステファンはやれやれと首を振ると、急にしゃがんで、よいせっと一言って、私を持ち上げた。膝と背中を抱えられ、お姫様抱っこ状態になる。
「ちょ、ちょっと」
「暴れるなよ。顔色悪いしさあ、大人しくしとけよ」
確かに、さっきから頭痛がひどくなっていたけども。これはこれで悪目立ちしてない?
そのまま運ばれ、馬車に放り込まれる。
「どこに行くの」
馬車はそのまま走り出した。
「どこって、王都の家だよ。しばらくそこに滞在して、≪恋人≫探せって言ったのお前らだろ」
ステファンは不機嫌そうに言った。
そうだった。サラを失ってから≪恋人≫を作らず、領地の外で不特定から血をとってくるステファンを見かねた私たちが、新しい≪恋人≫を見つけるよう言って、この春の祭りに顔を出させたんだっけ。
ステファンは私の頭をやや乱暴につかむと、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
「飲んどけ。血が足りないから頭が回ってないんだろ、お前」
アーノルドの細い綺麗な首とは違う、ごつごつした骨ばった首が顔に押し付けられる。
私はゴクリ、と唾を飲み込んで、そこに歯をつきたてた。
ステファンが小さく呻く。私の喉を生暖かい液体がつたった。
アーロンやアーノルド、お父さまなんかともっと親しくなってもらわないと。
男性だけじゃなくて、私や、コーデリアなんかともね。
「彼女は≪聖血≫の持ち主よ」
私はステファンを見据えて、告げた。
そう、ヒロインのルシアは私と同じ≪聖血≫の持ち主なのだ。
強い魔力を持った血。吸血鬼はその血を少しだけ飲むのだったら、多大な力を得るけれど、大量に吸ってしまうと、逆に支配されてしまう。でも、その≪聖血≫を吸うことは、他の吸血と比べ物にならないくらいの快感を伴うから、わかっていても、支配されるほど吸血してしまう。
ステファンは眉をひそめた。
「なんだって」
「彼女、たまらなく良い香りがするでしょう。私にはわかるわ。だって、私がそうだったから」
ルシアが特殊な血の持ち主だっていうのは、本当はもっと後でわかるんだけどね。
「だから、彼女の吸血はしてはいけないわ、ステファン。彼女には、私たちのことを良く知ってもらって、仲間になってもらうのが良いと思うの」
「ルシアを吸血鬼にするっていうのか」
ステファンがくっと顔を歪めて笑った。
「また自分に都合の良いことしか考えていないんだろう」
彼は蔑むような瞳を私に向ける。
「サラを吸血鬼にするのは、止めたくせに」
サラっていうのは、ステファンの前の≪血の恋人≫だった女性で、彼はサラのことをとても大切に思っていて、病気で死にそうだった彼女を私たちの仲間にしたいと言っていたんだけど、私たちはそれを認めなかった。
そのせいで、ステファンと私たちの間には少し溝ができてしまった。
「だって、あの子は私たちの仲間になるには、優しすぎたもの」
私はうつむいた。サラの話をされると彼の顔を見ることができなくなる。
吸血鬼は、どうしても生き物の血を飲まないと生きていけないので、誰でも彼でもなれるわけではない。
「あなたがサラを仲間にしたいって思っても、彼女はそうじゃなかったわ。私のせいにしないでちょうだい」
早口でまくしたてて、私は立ち眩みを感じて頭を押さえた。
ステファンが呆れたようなため息をつく。
「大丈夫か? 顔色がいつもよりさらに悪いぞ」
私はにっと笑った。私たちは顔色がふだんからあまり良くないんだけど、この『顔色がいつもよりさらに悪いぞ』っていうのは、彼なりのジョークというか、まあ、これ以上言い争いはしたくないっていう気持ちの表れね。
「大丈夫よ。アーノルドにもらったもの」
「どれくらい」
「一噛み」
ステファンは大げさにため息をつく。
「いったん、帰るぞ」
「ええ?せっかくルシアを見つけたのに。彼女に家に来てもらいましょうよ」
彼は後ろを振り返った。ルシアは不安そうな顔でこちらを伺っている。
彼女の横には、お友達の別の令嬢が寄ってきて何やら話しかけていた。
「ルシアが、≪聖血≫の持ち主だというなら、なおさら、俺たちで話し合いも必要だろ」
「それはそうだけど」
「とにかく、今は悪目立ちしたくない。本当に考えてくれよ。お前、こんな向こう見ずなことをするタイプじゃなかっただろう」
ステファンは頭痛がする、と頭を押さえた。
それから、一呼吸置いて、爽やかな好青年風の表情を作りなおし、振り返ってルシアの方へ向かう。
「ルシア、ちょっと義妹が体調が悪いみたいだから、いったんお暇させてもらうよ」
申し訳なさそうな笑顔を作り、ルシアの手を取り、その甲にキスをする。ごく自然に。
「また、こんどね」
ルシア及び周りのお嬢様たちが一斉に頬を赤らめるのが見えた。
悪目立ちしたくないって言ったのはどこのどいつよ。
ステファンはくるりと向きを変えると、すっかり作り笑顔を真顔に戻して私に言う。
「帰るぞ」
私の腕をとり、広場の正面の入り口へ向かう。
私が来た裏道と逆方向だ。
「ちょっと……」
自分が来た方向に逆に腕を引っ張ると、不思議そうな顔をする。
「お前、どうやってここまで来たんだ」
「普通に、王宮の裏を通って馬で」
ステファンが「何言ってるんだ」の顔になる。
「馬で? お前が? 自分で? 今日はどうしたんだ、本当に」
ずるずると私を引っ張って、正面の門に向かって行く。
「何で、ちょっと、馬預けっぱなしだし、アーティに」
「俺は『謎の素敵な貴族の青年』なの。今のところ」
自分で『素敵』って……。呆れて顔を見上げる私を、ステファンはさらにあきれ顔で見下ろす。
まあ、私たちが吸血鬼一族で≪霧の館≫に住んでるっていうのは、貴族の家長の間では周知の事実ではあるんだけど、16歳で成人したばかりの子女たちの知るところではないから、確かに直接やってきていきなり乗り込んだ私が悪いんだけど。
「全く」
ステファンはやれやれと首を振ると、急にしゃがんで、よいせっと一言って、私を持ち上げた。膝と背中を抱えられ、お姫様抱っこ状態になる。
「ちょ、ちょっと」
「暴れるなよ。顔色悪いしさあ、大人しくしとけよ」
確かに、さっきから頭痛がひどくなっていたけども。これはこれで悪目立ちしてない?
そのまま運ばれ、馬車に放り込まれる。
「どこに行くの」
馬車はそのまま走り出した。
「どこって、王都の家だよ。しばらくそこに滞在して、≪恋人≫探せって言ったのお前らだろ」
ステファンは不機嫌そうに言った。
そうだった。サラを失ってから≪恋人≫を作らず、領地の外で不特定から血をとってくるステファンを見かねた私たちが、新しい≪恋人≫を見つけるよう言って、この春の祭りに顔を出させたんだっけ。
ステファンは私の頭をやや乱暴につかむと、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
「飲んどけ。血が足りないから頭が回ってないんだろ、お前」
アーノルドの細い綺麗な首とは違う、ごつごつした骨ばった首が顔に押し付けられる。
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