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1章 中学生
6.中2の雨の日(3)
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両親の電器屋の方へ来た道を戻る。
(店の前通るのは嫌だな)
まりんを傘に入れた状態で歩いているのを、母と祖母に見られるのは絶対に嫌だった。
「高梨くん、最近、部活にいないこと多いから、体調でも悪いのかと思った」
不意に言われて、剛は驚いた。同じクラスだし、1年の時は席が近かったので給食の班が一緒だったし、自分がサッカー部に入っていることを知っているのは別に驚かなかったが、最近たまに部活を休んでいることを知っていたのには驚いた。
「何で、休んでるの知ってんの」
「だって、私帰るとき、いつも校庭の隅で練習してるのに最近いなかったから。3年生がよく大きい声で高梨君の名前呼んでるよね。それ、最近あんまり聞かないなって思って」
「――最近雨で体育館練習が多いから、校庭出てないだけっていうのもあると思うけど」
剛は苦笑しながら言った。
「なんか、だるくなっちゃって」
「……そういうの、あるよね。でも、本当に風邪引いちゃうよ。肩濡れてるじゃん」
まりんは神妙に頷くと、また斜めに傾いてきた傘を真っすぐに直した。彼女の方に傾けようとする剛と、真っすぐにしようとする彼女の間で、微妙な力の押し合いが発生する。しばらくそれを続けて、剛は諦めて言った。
「俺、自転車ひくよ。田中さん傘持ってくれる」
元々間に自転車を挟んで2人入るのには無理があった。どちらかが濡れる。剛は傘の柄から手を離すと、赤いママチャリをまりんの手から奪って、身体の反対側にずらすと、薬局のビニール袋を濡れないように腕に下げた。
「……ありがと」
まりんはまじまじと剛を見た。間の自転車がなくなった分、距離が近い。彼女の、ショートパンツから伸びた長い脚が目に入る。連日の屋外での部活動で日焼けしている自分の腕と比較すると、その白さが際立った。
(店の前通るのは嫌だな)
もう一度、思った。
「そこ、曲がるよ」
まりんが、海と反対側に登っていく横道を指さしたので、剛はほっと溜息をついた。
そちらの道に進むと、彼女は海の方を振り返って、「ねえ」と言った。
「――このへんに、海の中の鳥居が見える神社なかったっけ。正面に小さい島があるの」
「森神社?」
そこは、バスで海沿いを5駅程行ったところにある神社で、小さい神社ながら、見晴らしの良さでこの町の周辺で、唯一の比較的有名な観光地だった。
「森神社っていうのかあ。そこかなあ。小さいころに、行ったことがあるの」
剛は立ち止まった。
(そっか。お爺さん、お婆さんこっちに住んでるんだもんな。今までに来たことくらいあるよな)
彼女は東京からの転校生で、自分とは全く違う気がしていたのに、小さいころにこの町に来たことがあるということを想像すると、何か共通点というか親近感のようなものを感じた。
「いつ来たの?」
「小学校低学年の時」
「小さい時、結構、こっち来てた?」
「――覚えてるのは、一回だけだよ。そこに行ったとき」
自分は父方の祖父母も母方の祖父母も車で20分以内に住んでおり、月に何度も会うので変な感じがした。
「ここ、うち」
まりんが立ち止まった。視線の先に、2階建ての古びたアパートが立っていた。6部屋あるが、内何室かは、ベランダのない窓からがらんとした室内が見えて、人が住んでいないようだった。まりんは気まずそうに笑った。
「ボロいでしょ」
彼女は剛に傘を返すと、アパートの前の駐車場の隅に自転車を止めた。
剛は、ビニール袋を渡すと、「それじゃあ」と呟いた。背を向けると、「ちょっと、」まりんの声が追って来る。振り向くと、彼女は「ちょっと待ってて」と真剣な顔で言った。
そのまま1階の真ん中の部屋の玄関に走って行くと、鍵を開け、扉を開けた。手招きされて、近づいていくと、玄関に入れられた。廊下はなく、玄関を入るとすぐにキッチンと、テーブルが置かれている。その向こうにガラス戸があった。
「――雨、大丈夫だった。ごめんね、買い物頼んで」
ガラス戸を開けて、奥からまりんによく似た、茶髪のくっきりした化粧の女が出てきた。扉の向こうから、微かなアンモニア臭のようなものが漂ってきて、剛は少し呼吸を浅くした。
「クラスの子に会ったから」
まりんはぶっきらぼうな口調で言うと、ビニール袋を持って、どんどん、と大きな足音を立てて室内に上がった。女は、剛に気付いて、眉間に皺を寄せた。その動作は、まりんにそっくりだった。
(お母さんか)
剛の母親の言う『真由美ちゃん』は彼女のことだ。「きれいなおばさん」というのが剛のまりんの母親に対する印象だった。剛の母親はあまり化粧をしないので、ばっちりメイクした彼女は母よりもだいぶ若く見えた。
「――高梨です」
名乗ると、まりんの母親の真由美は目を細めた。
「高梨さんのところの、電器屋さんの――弟さん」
剛は顔をしかめる。何でみんな自分を知ってるんだ。しかも、『高梨さんの家の弟』として。
「そうです」
思わず、棘のある返事になってしまった。そこへ、まりんがばたばたと、手にタオルを持って駆けてきた。いつの間にか、上に着ていたオレンジのパーカーを、白のTシャツに変えていた。
「これ、使って」
薄いペラペラしたタオルだったが、有難く顔を拭いた。
そのとき、ガラス戸の向こうから、低い呻き声のような声がした。
「まーーー、り、ん」
「お父さん、今まりん帰ってきたから」
真由美がパタパタとそちらに向かう。まりんは顔をしかめると、ガシャン!と音を立てて扉をスライドさせて締めた。それから気まずそうに笑った。
「あれ、お爺ちゃん」
それから、母親に向かって刺々しい、大きい声で怒鳴った。
「私、出かけてくるから」
「え」
剛が思わず呟くと、まりんはちらりと、剛を見て、少し気まずそうに聞いた。
「時間ある?」
(店の前通るのは嫌だな)
まりんを傘に入れた状態で歩いているのを、母と祖母に見られるのは絶対に嫌だった。
「高梨くん、最近、部活にいないこと多いから、体調でも悪いのかと思った」
不意に言われて、剛は驚いた。同じクラスだし、1年の時は席が近かったので給食の班が一緒だったし、自分がサッカー部に入っていることを知っているのは別に驚かなかったが、最近たまに部活を休んでいることを知っていたのには驚いた。
「何で、休んでるの知ってんの」
「だって、私帰るとき、いつも校庭の隅で練習してるのに最近いなかったから。3年生がよく大きい声で高梨君の名前呼んでるよね。それ、最近あんまり聞かないなって思って」
「――最近雨で体育館練習が多いから、校庭出てないだけっていうのもあると思うけど」
剛は苦笑しながら言った。
「なんか、だるくなっちゃって」
「……そういうの、あるよね。でも、本当に風邪引いちゃうよ。肩濡れてるじゃん」
まりんは神妙に頷くと、また斜めに傾いてきた傘を真っすぐに直した。彼女の方に傾けようとする剛と、真っすぐにしようとする彼女の間で、微妙な力の押し合いが発生する。しばらくそれを続けて、剛は諦めて言った。
「俺、自転車ひくよ。田中さん傘持ってくれる」
元々間に自転車を挟んで2人入るのには無理があった。どちらかが濡れる。剛は傘の柄から手を離すと、赤いママチャリをまりんの手から奪って、身体の反対側にずらすと、薬局のビニール袋を濡れないように腕に下げた。
「……ありがと」
まりんはまじまじと剛を見た。間の自転車がなくなった分、距離が近い。彼女の、ショートパンツから伸びた長い脚が目に入る。連日の屋外での部活動で日焼けしている自分の腕と比較すると、その白さが際立った。
(店の前通るのは嫌だな)
もう一度、思った。
「そこ、曲がるよ」
まりんが、海と反対側に登っていく横道を指さしたので、剛はほっと溜息をついた。
そちらの道に進むと、彼女は海の方を振り返って、「ねえ」と言った。
「――このへんに、海の中の鳥居が見える神社なかったっけ。正面に小さい島があるの」
「森神社?」
そこは、バスで海沿いを5駅程行ったところにある神社で、小さい神社ながら、見晴らしの良さでこの町の周辺で、唯一の比較的有名な観光地だった。
「森神社っていうのかあ。そこかなあ。小さいころに、行ったことがあるの」
剛は立ち止まった。
(そっか。お爺さん、お婆さんこっちに住んでるんだもんな。今までに来たことくらいあるよな)
彼女は東京からの転校生で、自分とは全く違う気がしていたのに、小さいころにこの町に来たことがあるということを想像すると、何か共通点というか親近感のようなものを感じた。
「いつ来たの?」
「小学校低学年の時」
「小さい時、結構、こっち来てた?」
「――覚えてるのは、一回だけだよ。そこに行ったとき」
自分は父方の祖父母も母方の祖父母も車で20分以内に住んでおり、月に何度も会うので変な感じがした。
「ここ、うち」
まりんが立ち止まった。視線の先に、2階建ての古びたアパートが立っていた。6部屋あるが、内何室かは、ベランダのない窓からがらんとした室内が見えて、人が住んでいないようだった。まりんは気まずそうに笑った。
「ボロいでしょ」
彼女は剛に傘を返すと、アパートの前の駐車場の隅に自転車を止めた。
剛は、ビニール袋を渡すと、「それじゃあ」と呟いた。背を向けると、「ちょっと、」まりんの声が追って来る。振り向くと、彼女は「ちょっと待ってて」と真剣な顔で言った。
そのまま1階の真ん中の部屋の玄関に走って行くと、鍵を開け、扉を開けた。手招きされて、近づいていくと、玄関に入れられた。廊下はなく、玄関を入るとすぐにキッチンと、テーブルが置かれている。その向こうにガラス戸があった。
「――雨、大丈夫だった。ごめんね、買い物頼んで」
ガラス戸を開けて、奥からまりんによく似た、茶髪のくっきりした化粧の女が出てきた。扉の向こうから、微かなアンモニア臭のようなものが漂ってきて、剛は少し呼吸を浅くした。
「クラスの子に会ったから」
まりんはぶっきらぼうな口調で言うと、ビニール袋を持って、どんどん、と大きな足音を立てて室内に上がった。女は、剛に気付いて、眉間に皺を寄せた。その動作は、まりんにそっくりだった。
(お母さんか)
剛の母親の言う『真由美ちゃん』は彼女のことだ。「きれいなおばさん」というのが剛のまりんの母親に対する印象だった。剛の母親はあまり化粧をしないので、ばっちりメイクした彼女は母よりもだいぶ若く見えた。
「――高梨です」
名乗ると、まりんの母親の真由美は目を細めた。
「高梨さんのところの、電器屋さんの――弟さん」
剛は顔をしかめる。何でみんな自分を知ってるんだ。しかも、『高梨さんの家の弟』として。
「そうです」
思わず、棘のある返事になってしまった。そこへ、まりんがばたばたと、手にタオルを持って駆けてきた。いつの間にか、上に着ていたオレンジのパーカーを、白のTシャツに変えていた。
「これ、使って」
薄いペラペラしたタオルだったが、有難く顔を拭いた。
そのとき、ガラス戸の向こうから、低い呻き声のような声がした。
「まーーー、り、ん」
「お父さん、今まりん帰ってきたから」
真由美がパタパタとそちらに向かう。まりんは顔をしかめると、ガシャン!と音を立てて扉をスライドさせて締めた。それから気まずそうに笑った。
「あれ、お爺ちゃん」
それから、母親に向かって刺々しい、大きい声で怒鳴った。
「私、出かけてくるから」
「え」
剛が思わず呟くと、まりんはちらりと、剛を見て、少し気まずそうに聞いた。
「時間ある?」
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