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1章 中学生

4.中2の雨の日(1)

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 だんだん気候が暑くなってくるにつれ、ごうは身体を動かすのを億劫おっくうに感じるようになってきた。梅雨の雨でグラウンドで練習できないと、運動部は体育館でそろって活動することになる。蒸した中、人口密度が濃くなったそこはサウナのようだった。
 
 兄の学年が卒業してからサッカー部は練習試合でも負け続けていて、3年生の現部長はイライラしていて、剛はよく怒鳴られた。

「部長の弟だろ!」

 ――今の部長はお前だろ、と心の中で悪態をつきながら、「すいません」と謝る。それにも疲れた。

 サッカー部の活動は週6で平日は毎日だったが、だんだんと行くのが億劫になり、休むことが増えた。

 剛の父親と母親は、自宅から車で5分くらいの、父方の祖父母の家の1階で電器屋をやっている。日中は二人ともそちらにいるので、家に帰っても誰もいない。部活をサボって誰もいないキッチンでアイスを食べていると、荷物を取りに帰ってきたらしい母親がいぶかし気な顔をした。

「あんた、帰ってきてるなら、お店ちょっと手伝ってよ」

 面倒だったが、他にやることもないので、母親の車に乗って店に行く。父親と祖父は外に出ているらしく、店には母と祖母がいるだけだった。倉庫の荷下ろしをやってくれと言われて、店の裏で作業をしていると二人の会話が耳に入ってくる。

「――栗田先生、離婚したじゃない。真由美ちゃんが原因みたい――」

 思わず耳をすませた。母親の言う『真由美ちゃん』は、田中まりんの母親のことだ。
 
「田中さんとこの娘さんでしょ。お父さんに似ちゃったのかね。お母さんが亡くなって、ようやく戻ってきたと思ったら、結局、男関係かい。栗田さんところの息子もねえ、子どももいたのに」

 要約すると、田中まりんの母親の真由美が『栗田先生』と不倫をして、双方ともに離婚したという話らしい。『栗田さんのところの息子』という祖母の言い方に耳が慣れなかった。栗田もこの町の出身で、自分の卒業した中学校に教員として戻ってきたというのは知っていたけれど。

(栗田って結婚してたっけ)

 剛は思わず首を傾げた。一度、部活終わりに顧問の栗田に車に乗せてもらって家に行ったことがあった。駅の近くのアパートだったと記憶していた。家族はいなかったと思う。

「お母さん」

 奥から顔を出すと、母と祖母はぎょっとしたような顔を向けた。二人の顔を見て、剛は思わず息を飲んだ。父親の母親である祖母と、母は血は繋がっていないはずなのに、その顔がとても似て見えたからだ。

「――あんた、聞いてた?」

 母親は気まずそうな顔をする。剛は「何が」と返した。
 ――本当は、もっと田中まりんの家のことを聞こうと思ったのだが。

(気まずいなら、はじめから、息子に聞こえるところで話すなよ)

 どすん、と棚から下した家電製品の段ボールを床に置いて、二人に言う。
 
「全部降ろしたから帰っていい?」

「いいけど、雨降りそうだから、傘持ってきなさい」 

 母親は、剛の手に父親の黒い大きい傘を握らせた。

 海沿いの道を歩いて帰る。母親と祖母の話を思い出した。

(――栗田は、そっか、まりんのお母さんと)

 彼女が栗田の車に乗ってるのを見た、というクラスメイトの情報の真相がわかった気がして、剛は妙に明るい気持ちになった。

(そりゃ、そうだよな。中学生が先生となんて、ないだろ普通)

 でも、じゃあ、彼女が『ゴム』を買ってたというのは何だろう、と考えた。
 その時、ぽたぽたと、水滴が顔をつたった。 
 空を見上げると、真っ黒な雲から雨粒が落ちてきた。

(傘持ってて良かった)

 慌てて母親に持たされた黒い傘を開くと、あっという間にぽたぽたという音はザーっという音に変わった。
 ふーっとため息をつき歩き始めると、前から自転車をひいて歩いてくる同年代の少女が目に入った。
 オレンジの半袖のパーカーに、ジーンズのショートパンツ。ポニーテールにされた長い黒髪が、雨でびっしょり濡れて重たそうに見える。

「まりん」

 彼女と目が合う。剛は驚いて、思わず下の名前を呼んだ。

「――高梨くん? 部活じゃないの?」

 まりんは、顔に貼りついた前髪を横に分けながら、眉間に皺を寄せて剛を見つめた。
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