透明の軌跡

無糖

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第一章

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 パソコンと睨み合って数十分、顔だけを頼りに探すのは何時間費やすのだろうかと辟易したが、そんな心配を余所に探していた生徒は案外すぐに見つかった。

「見つけたぞ貴佐季」

 1年のSクラスから一人一人見ていたのだが、その生徒はAクラスだったため約40人分覗いたくらいで済んだ。
 厳重なセキュリティで保護されている生徒の個人情報。閲覧出来るのは教師と生徒会のみ。主に顔写真と出身校、実家の住所から家族構成、成績が表示されている。
 文月のパソコンには一人の生徒の個人情報が映し出されていた。
 ソファーから立ち上がった貴佐季は文月の作業デスクへと近付き興味津々に画面を覗く。

「天宮透君ね」
「……天宮」

 文月はどこかで聞いた響きに、記憶を巡らせる。
 しかしすぐには出てこなかった。

「天宮って聞いたことないな…一般家庭だね。家族も母親が一人だけか。母子家庭ってやつだね」
「……」

 こんな境遇でよく喧嘩が売れたな、と感心すると共に文月は呆れたように溜め息をついた。来栖グループの跡取りに歯向かえばどうなるかくらい予想できるはずだ。クラスも中等部の頃はSクラスだったようなので頭も悪くないはずなのに。

「…ふーん、天宮君のお母さん弁護士なんだ」

 何気なく呟いた幼馴染みの言葉に、文月はピースが埋まったように、はっと思い出す。

「天宮か…、思い出した」
「え?何何、何かあるの?」

 楽しそうに聞いてくる貴沙生は置いといて、文月は確認するために保護者の名前を急いで見た。
 天宮透の母親の名前は『天宮傑』間違いない。

「天宮傑」
「ん?母親がどうかした?」
「盛川グループの顧問弁護士だ」

 会ったことはないが、盛川には必要な弁護士だと噂で聞いている。今、著しく成長している盛川グループは御三家と並ぶのではないかとさえ囁かれている注目株だ。
 その盛川を影で支えているのが天宮傑。彼女に手を出すことは至難の技だ。頭の回転が早く聡明で、的確に仕事をこなしていく彼女は一部の人間にしか存在を知られていない。
 会話も上手く、巧妙で、下手したら引きずり込まれ手のひらの上で操られてしまう。未婚と聞いていたのだが、まさか息子がいたとは驚きだ。

「盛川って風紀の?」
「あいつは直接盛川グループとは関係ない親戚だ。…中等部の生徒会に社長子息がいただろう」
「そうだっけ?」
「…お前はもっと人を覚えろ」

 将来的にも、盛川は重要な位置を確立してくるだろう。御三家の立川であろう貴佐季が把握していないのは不味いのではないか。
 立川家は風流ある厳かな家系だと思われがちだが貴佐季の父親である立川現当主は放任主義な部分がある。それは来栖家も同じなのだが、立川家とは格式から違う。     
 代々続く世襲制の立川家。本来は貴佐季のように自由はきかず、生徒会にさえ入ることは出来ない。生徒会に入る暇があるなら己の道を磨くべき。遊ぶことさえ許されなかった。
 しかし貴佐季の父親はそれを変えた。貴佐季を跡継ぎとする代わりに、貴佐季に自由を与えたのだ。
 勿論貴佐季は稽古という名の厳しい修行を受けてきているが、その他は好き放題やっていた。家の人間関係も、幅広く知ってはいても深くは知らないだろう。それでも現当主は何も言わない。だから貴佐季がこのような性格になったと思うと納得である。

「大丈夫だよ。必要なことは覚えてるから。それよりこの子どうするの?」

 盛川とは今大事な企画がある。それを無下にすることは絶対に出来ない。そしてそのプロジェクトは社会見学という名目で自分も参加することが決まっている。
 天宮の後ろ楯は盛川だ。だから透も文月に強気で挑んだのだろう。
 しかし天宮透だけ避けるわけにはいかない。自分が撒いた種だ。
 こうなったら、両方上手くやるしかない。
 相手が盛川に関係なければ文月に支障は無かったが、弱音を吐いている場合ではなかった。

「……制裁対象を増やすのはこいつで最後だ」
「ふーん?じゃあ、天宮君も澤口君側にしちゃうんだね」
「ああ。でも様子見だ。お前はまだなにもするなよ」
「えーつまらないよ文月」
「お前をこんなことで使うか。暫くお前は新歓の準備をしてもらう」
「ええ…」

 嫌そうな顔をする貴佐季に微笑んでやると、更に端正な顔を歪ませてブツブツ小言を吐きながらソファーへと戻る。言ったそばから休もうとする相手を睨めば、「今日はもう休みまーす!」と子供のようにソファーに飛び込んだ。
 まだ仕事は山程あるが、そろそろ文月も休みたい。
 まだ夕食も取っていなかったので、貴佐季に乗じて今日は寮に帰ることにした。
 呼び掛けようとしたところで、気だるげにこちらを向いた貴佐季に先に名前を呼ばれる。

「文月」
「なんだ」
「天宮が狙われれば分家とはいえ風紀の盛川動くかもねー。でも人員不足でほんとに風紀潰れちゃうかも」
「俺は潰す気でやってるんだ」

 もはや基盤が崩れそうな風紀委員会。文月はもうこの学園にはいない人物を思い出す。
 問題を起こし、自主退学をした生徒。あの男は最後まで厄介な風紀委員長だった。男が豪快に笑う様が嫌でも脳内で回想する。

 しかし、あの日は違った。

 『――風紀は、お前に託す』

 前風紀委員長の二条要は勝手な男だ。どういうつもりで言ったのかはわからないが、未だ風紀の取捨選択は文月の手の内に握られている。
 出来ることなら早く捨ててしまいたい。文月と要は歴代の風紀委員会と生徒会のように自他共に認める仲の悪さで、まさに犬猿の仲だった。

「もし…逆に風紀が強くなっちゃったらどうする?」

 そんなの愚問だった。猫のように笑う妃に、文月は間髪入れず答える。

「別に支障はない。使わせてもらうさ」



 『――頼むぜ来栖』

 それが、男との最初で最後の約束だった。

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