愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
上 下
60 / 76
第六章「悪魔のルコ」

60.恋する乙女

しおりを挟む
「なあ。あれ、どういうことなんだ?」
「ルコ様が探していた男ってのがあいつなのか?」

 青髪のレフォードに抱きしめられ涙を流すルコ。それは魔王城ナンバー2の魔族長ではなく、完全に恋する乙女の顔であった。抱きしめ合うふたりを前にミタリアがむっとして言う。


「ちょっとぉ、ルコちゃん! いつまでそうやってるつもりなの!!」

 レフォードの胸に顔を埋めながらルコが横目で答える。

「ずっと……」

「ダメよ、ダメダメ!!」

 ミタリアを見たレフォードが言う。


「お前、もうそのかつら外していいぞ」

「あ、そうだね」

 ミタリアはずっとつけっぱなしにしていた青髪のかつらを外し、彼女特有の赤い髪をはらりと垂らす。ルコが言う。


「あ、ミタリアなの」

 ようやく幼き頃のイメージに合致したルコが安堵の声を出す。



「お、お前はっ!!!」

 そんな再会を喜び合う兄弟の前に、皺のない高級なタキシードを着た上級魔族が指を差しながら立つ。腰には鋭利なレイピア。以前ラリーコットでレフォードに瞬殺された魔族サキュガルである。レフォードが言う。


「よお、久しぶりだな」

「な、なにを!? 貴様、一体……」

 憎き青髪の男。今でも彼に殴られた体が疼きその都度湯治を続けている。
 とは言え予想外の展開。主であるルコの知り合い、それも相当仲が良い知り合いと映る。サキュガルがルコに尋ねる。


「ルコ様っ!! これは一体どういうことでしょうか!!」

 魔族皆が聞きたかった質問。ヒト族の男と抱き合って喜ぶなど魔族長として許すまじ行為である。ルコが答える。


「レー兄様はルコのお兄様なの。ルコはレー兄様が大好きなの」

「し、しかし……」


「ルコはレー兄様とするの。ルコの夢なの」


「は?」
「え?」
「おいっ!!!」
「ルコちゃん!!!!」

 そこに居たルコを除くすべて者が声を上げる。特に『お兄ちゃん大好きミタリア』は頭から湯気を噴き上げて怒る。サキュガルの傍に居た上級魔族がぼぞっとつぶやく。


「けっ、やっぱり人間との混血だな。あんな奴が魔族長なんかに……」


「混血がどうしたって?」

「ひぃ!!??」

 そうつぶやいた魔族の背後から巨躯の男が声を掛ける。魔族は振り返りながら真っ青になって答える。


「ま、魔王様。いえ、別にそう言う意味では……」

「失せろっ!!!」

「は、はいーーーーーーっ!!!」

 上級魔族は吹き飛ぶようにその場から消えて行った。



(こいつ、ヤベエ奴だ……)

 レフォードが魔王カルカルを見つめて思った。
 静の中にもほとばしる荒々しさ。鋭い眼光は睨まれただけで普通の人など失神してしまうほど。強靭な体。満ち溢れる魔力も半端ない。ミタリアがレフォードの陰に隠れて言う。

「お、お兄ちゃん……」

「ああ、分かってる」

 相手は魔族最強の魔王。ここで争いになったら一体どうなるか分からない。魔王カルカルはレフォードを一瞥してからルコに尋ねる。


「ルコちゃん、これがルコちゃんが探していた男なのかい?」

 先程の魔族の時とは打って変わって可愛らしい声。レフォードとミタリアが一瞬拍子抜けする。ルコが頷いて答える。


「そうなの。ルコのお兄様。レー兄様なの」

「そうか……」

 そう言ってカルカルがレフォードをじっと睨みつける。強い圧力。正直やり合って勝てるかどうか分からない。カルカルが尋ねる。


「お前がルコを守り切れるのか?」

 緊迫した空気。薄いガラスか氷のようにちょっと強く押せば全て割れてしまうような緊張感。魔族や近くにいた青髪の男達、ミタリアがその言葉をじっと聞く。


「無論だ。俺がルコを守る」

「おお……」

 レフォードとしては当然の回答。として大切な妹を守る。だがそこに居た皆はもちろん別の意味としてとらえる。


「ルコ、嬉しいの。ずっとレー兄様について行くの」

「お、お兄ちゃん!! それじゃ浮気に……」


「分かった。許可しよう」

 周りの雑念を跳ねのけるように魔王カルカルが大声で言う。さらに次の言葉はそこに居合わせた皆を心底驚かせた。


「本日よりヒト族への侵攻を一切禁止する。我がルコの花婿の為に!!!」


「は?」
「え?」
「ひょえ!?」

「はあああああああああああ!!??」

 短い言葉であったが魔王カルカルが発したその言葉に、すぐに理解できない要素がてんこ盛りになっていた。魔王の側近が恐る恐る尋ねる。


「あ、あの、カルカル様。それは今後ヒト族を攻撃しないという意味でしょうか……」

「そうだ。文句あるか?」

「い、いえ。確認の為に……」

 そう答える側近であったがやはり動揺は隠せない。本能としてヒト族を狩ることを植え付けられた魔族や魔物達。高い知能を有する魔族は魔王や上官の命令で制することもできるが、知能の低い魔物は別だ。さすがにヒト族攻撃禁止は想像できなかった。


「ふざけるな!!! その首俺が落としてやるーーーーーーっ!!!!」

 突然魔族の中から響く声。
 魔王の決断に不満を持ったひとりの上級魔族が、剣を片手に魔王カルカルへと一直線に飛び込んで来た。


刹那の重圧クイックプレス!!」

 ドフッ!!

「ギャッ!!!」

 魔王が軽く唱えた重力魔法。飛び掛かって来た上級魔族を一瞬にして床に押し付けた。ルコと違い小範囲で正確、素早さを兼ね備えた重力魔法。皆がその威力に脂汗を流す。


「牢に入れて置け」

「御意」

 床に押し付けられ気を失った上級魔族が別の魔族によって運ばれる。ルコが尋ねる。


「ねえ、カルカル。私があなたの娘ってどういうことなの?」

 ルコの言葉にカルカルが真面目な顔となって答える。


「ああ、実はな……」

 カルカルはまだ弱小魔族だった頃に恋に落ちたヒト族の女の話をした。
 可憐で美しかった女性。当初魔族だと身分を明かさずに会っていたのだが、彼女はカルカルの正体を知ってからも変わらず接してくれた。やがて訪れる異動命令。カルカルは泣く泣く別れを告げると同時に、彼女の懐妊を知った。ルコが言う。


「そう、カルカルが私のお父さんだったの」

「ああ、隠していてすまなかった。ごめんよ、ルコちゃん」

 魔王カルカルが父親の顔になって謝る。


「いいの。そんな気がしていたの」

「そうだったのか。なあ、ルコちゃん。お母さんは元気でいるのか?」


(……)

 一瞬ルコの心臓が強く鼓動する。


「うん、元気なの。いつか会えると思うの」

 カルカルが目を閉じて答える。

「そうか、いつかまた会いたいな……」

 何かを感じたのか、その閉じられた大きな目から涙が流れる。黙るルコ。レフォードとミタリアも無言になる。ふたりは知っていた。ルコの母親らしき女性があの村で虐殺されたことを。魔王カルカルがレフォードに言う。


「レフォードとか言ったな」

 強い圧。それに負けじとレフォードが答える。

「ああ」

 カルカルがレフォードに向かって言う。


「我々は今後ヒト族と争わない約束を交わしたい。どうしたらいい?」


「約束?」

 その言葉は驚きを持って受け入れられた。
 言ってみれば魔族とヒト族との休戦協定。叶えばこれほど人類にとって嬉しい知らせはない。レフォード以上に驚いたミタリアが興奮気味に言う。



「お、お兄ちゃん!! これって凄いことだよ!! こんなことしたら平和勲章貰えるかも!!!」

「あ、ああ、そうだな……」

 どう対処していいのか分からないレフォードに代わり、ミタリアがカルカルに答える。


「とーっても簡単なことです! 争わない内容を記した文章にお互いが署名すればいいんです!! そのような書面って用意できますか??」

 少し考えるカルカル。隣にいる側近を見ても首を振っている。


「悪いが用意できない。我々にはこれまでそのような文化がなかったからな」

 元々ヒト族と交渉などする必要がなかった魔族達。休戦協定など準備できるはずがない。ミタリアが言う。


「分かったわ。じゃあ書面はこちらで用意する。一度国に帰ってからまた来るね!」

「了解した。手続きはお前らに任せる」

 ミタリアは国を守る領主の顔となって魔王との交渉を終えた。ルコがレフォードを見上げながら尋ねる。


「レー兄様は今、どこに住んでいるの?」

「俺か? 今はラフェルの城かな」

 しっかりとした定住地がないレフォード。敢えて答えるとすればラフェル王城である。ルコが頷いて言う。


「じゃあ、ルコもそこで暮らすの」


「は?」
「ル、ルコちゃん!!!」

 慌てて声を上げるふたり。魔王カルカルも悲しそうな表情を浮かべながらもそれに同意する。


「可愛い娘のだ。頼んだぞ、レフォード」


「お、おい! ちょっと待て、魔王カルカル!!」

 その言葉を聞いたカルカルが眉間に皺を寄せて言う。

「なんだ、その呼び方は!? と呼べ」

「な、何を言ってるんだ!? 一体!! おい、ルコ!! お前は俺の妹だろ??」

 そう振られたルコが嬉しそうに答える。


「ルコはレー兄様のお嫁さんになるの。よろしくなの」

「ル、ルコーーーっ!!」

 思わぬ展開となった魔王城潜入。
 結果としてルコを見つけ出し、更には魔族との休戦協定を結べることとなった。蛮族、ヴェスタ公国、そして今度は魔族と次々とラフェルの憂いを除いたレフォード。だがそんなラフェル王国に新たな牙が向けられようとしていた。

 レフォードが魔王城に潜入していた頃、ラフェル王国を始めとして各地で緊急号外が配布された。


【ガナリア大帝国の皇帝ヘルム失脚。後継者に新皇帝が就任】

 レフォードの働きでまとまりかけていた世界。今まさに風雲急を告げようとしていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...