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第六章「悪魔のルコ」
53.お兄ちゃん愛
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漆黒の重圧で人や魔法が抑えつけられる中、ルコが放った漆黒の砲弾、暗黒砲火が麻痺化させられたラフェル王城へと放たれる。
「深紅の砲弾っ!!!!!!!」
それに対抗するのが、偶然ラフェルに来ていた『ヴェスタの至宝ヴァーナ』が放った深紅の砲弾。桁違いのふたりの魔法が正面からぶつかる。
(あれは……、まずい!!!)
先に危険を感じたのが魔族長ルコの傍でその戦況を見つめていたドリュー。漆黒の砲弾に向かってラフェル王城より燃え滾る赤い砲弾が迫って来る。
(なんと言う凝縮された魔力!! この状況であんなのが放てるとは一体どうなってるんだ!?)
魔法すら抑えつけらえる重力嵐の中、その赤き砲弾は一切魔力を落とさずに一直線にこちらに向かって来る。高魔力を誇るルコも、漆黒の重圧を発動しながらの暗黒砲火の同時発動では本来の威力が発揮できない。
ドリューが咄嗟に魔法詠唱を開始する。同時に赤黒ふたつの砲弾が空中で轟音とともに衝突した。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
(くっ!!)
両者の純粋な強さは分からない。
ただふたつの魔法を同時に発動していたルコに、怒り狂ったヴァーナの渾身の魔法を貫くことはできなかった。
ラフェル王城より少し離れた場所でぶつかり合ったふたつの魔法の砲弾。原型を崩しながら煙となって消えゆく漆黒の砲弾に対し、深紅の砲弾はまるで赤い散弾銃の様になってルコ達へと襲い掛かる。
「凄い魔力なの。びっくり……」
さすがのルコもこの反撃は予想外であった。被弾を覚悟しぎゅっと目を閉じると、その隣の魔族の声が響いた。
「魔力解除!!!」
ボワアアアアアアアン
不快な金属音のような音。
だがその音は一瞬でルコ達に襲い掛かって来た赤き散弾を消し去った。ドリューが言う。
「間に合った……、だがしかし……」
ヴァーナの魔法は消し去った。しかしそれは同時にルコが発動した魔法も消し去ったことを意味する。
「動ける!? 動けるぞ!!!!」
ラフェル王城内に響く兵士の声。魔力解除によってかき消された漆黒の重圧の呪いから解放された兵士達が驚き喜ぶ。シルバーが叫ぶ。
「急ぎ、結界を!!! 急げ、急げーーーーーっ!!!!」
あの赤き砲弾がヴェスタ公国の『業火の魔女』による反撃だと分かっていた。はるか遠くの敵将付近で爆発音があり、何が起こったのか詳細は分からない。だがこれは態勢立て直しの千載一遇のチャンスである。
シルバーの命を受けた兵達が次々と城に光の魔法障壁を張る。
「ヴァーナちゃん!! 大丈夫!?」
王城テラスで深紅の砲弾を放ったヴァーナ。さすがの彼女も魔力を抑さえつけられた状態で強引に放った魔法に疲労困憊である。魔力切れとは違った疲労感。ふらつく彼女をゲルチが支える。
「ちょっと休みなさい。よくやったわ!!」
ゲルチはこの華奢な赤髪の少女のどこにあんな力があるのだろうかとつくづく感心する。この子がいなければ間違いなくこの城は落とされていた。ゲルチの腕の中でヴァーナが言う。
「レー兄が待ってる。早く行かなきゃ……」
「ヴァーナちゃん……」
ゲルチはあれだけ派手な魔法を放ちながらも、その少女の健気さに思わず目頭が熱くなる。とは言え現状はまだ敵の魔族の多くは温存された状態。ヴァーナが戦えるかどうかは分からないが、ここからは死をも覚悟した戦いが始まる。
「あなたはちょっと休んでなさい。後は私が守るから」
ゲルチはそうヴァーナに笑顔で言いその赤い髪を撫でた。
「強いのね。危なかったの……」
ドリューの魔法で被弾を免れたルコ。すべての魔法がキャンセルされてしまったが、無事でいられたことに安堵する。
「出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」
胸に手をやり頭を下げるドリュー。すでに魔法解除の効果は切れている。ルコが言う。
「いいの。助かったの。ありがとう」
「はっ」
ドリューはルコの逆鱗に触れたかと心配していたが、それが杞憂に終わったことに安堵した。ルコが言う。
「直接行くの。直接コロスことにしたの」
そう言うとラフェル王城へと空を移動し始める。ルコの周りにいた上級魔族達も一緒になって移動する。
「ま、魔族が攻めて来たぞーーーーっ!!!!」
慌てたのはラフェル王国首都。広い城下町の上空に、魔物とは違い禍々しい邪気を纏った魔族が次々と飛来してくる。国民の避難と守備をしていたライドがその紫のボブカットの少女を見て震えあがる。
(な、なんだよ。あれ……、めっちゃヤバい奴じゃん……)
魔族の中でも飛びぬけた魔力を放つひとりの少女。力を抑えているようだがその強さは離れていても分かる。
(さっきの黒い砲弾みたいのって、あの子がやったのか!?)
皆の目にも映った漆黒の砲弾。王城から放たれた深紅の砲弾によって迎撃されたが、あれを放ったのは恐らく上空に浮かぶ少女だろう。ライドが思う。
(可愛らしい顔してるのに、なんておっかねえ奴だ……)
ライドはすぐに国民の避難に取り掛かった。
「人がたくさんいるの。みんなコロスの……」
ルコはラフェル王城の城下町上空にやって来て、顔色を変えて避難する人々を見ながら言った。母親を殺し、自分をも殺そうとした人間。その怒りは今や最高潮まで燃え滾っている。
だがそんなルコの目に、街を避難するある兄弟の姿が目に入る。
「お兄ちゃん、怖いよ!! 怖いよーーーーっ!!!」
それはひとりの幼い少女。上空に現れた異形の魔族に怯え泣きながら逃げていく。
「大丈夫だ!! 俺が、お兄ちゃんがお前を守ってやる!!!」
その少女の手を引きながら走るのが、彼女の兄。自身も恐怖に震えながらも、妹を必死に元気付ける。
(お兄ちゃん……、レー兄様……)
その声を聞いたルコの頭に、孤児院時代のレフォードとの思い出が蘇る。ひとり寂しくしていた自分をいつも気遣って手を握ってくれた。子供ながらもそんな兄の心遣いは感じられたし、だから大好きになった。
――人間を無差別に殺したら、レー兄様まで死んじゃうかも。
ルコの動きが止まる。
魔族長からの総攻撃の指示を待っていた上級魔族達が、そのわずかな指揮官の変化に気付く。ドリューが言う。
「ルコ様、攻撃の指示は……」
じっと妹の手を取り走り続ける兄弟を見つめるルコ。
人間は憎い。全部殺したい。だが、無差別な殺しはやってはいけない。大好きな兄が居なくなるのならば、もう自分の存在意味すらなくなる。
「止めたの。お城に帰るの」
「は?」
突然の大将の言葉に耳を疑う魔族達。
「止めた? 城に帰ると言うのは……??」
魔族がルコに恐る恐る尋ねる。ルコが答える。
「皆殺しは止めたの。帰るの」
「は、はあ……」
聞き間違えかと思っていた魔族達も、改めて魔族長からの言葉を聞き戸惑いながらもそれに従う。
ルコを先頭に次々と引き上げていく魔族達。それを見たシルバーが首をかしげて言う。
「どうしたんだ、魔族が去っていくぞ……」
近くにいたガードも不思議そうな顔で言う。
「何が起こったんだ? このまま攻められていたらこの城も落とせたはずなのに??」
最大限の抵抗はする。だがどれだけ持つか分からない緊迫した状況であった。シルバーが言う。
「いずれにせよ撤退は有り難い。至急怪我人の手当てと被害の確認を行う!!」
「はっ!!」
近くにいた兵士がそれに応えて走り出す。
(何とか助かった……)
状況理解はできぬが、とりあえず飛び去って行く魔族の群れを見ながらシルバーが胸をなでおろした。
「ヴァーナちゃん! 魔族が去っていくわよ!! 良かった!!!」
同じくラフェル王城、今回の王城防衛の立役者であるヴァーナにゲルチが言う。疲労はしているがまだ動けるヴァーナ。よろよろと立ち上がり去り行く魔族を見てからゲルチに言う。
「帰る!! すぐにヴェスタに帰るぞぉおおお!!!!」
「ヴァ、ヴァーナちゃん!?」
レフォードがいないこんな場所でいつまでも油を売ってはいられない。ヴァーナの心は既に自国へと飛んでいた。ゲルチが笑顔で言う。
「そうね。レフォードちゃんもいないようだし、帰りましょうか」
ゲルチはそう言いながら健気な少女の赤い髪を撫でながら言った。
正騎士団長エルクとその義兄レフォードがいない中、偶然も重なったが無事に魔族襲来の危機を乗り越えたラフェル王国。
これより魔族領も含めた世界バランスが変化するのだが、主役になるその青髪の男は隣国の宴で困惑した表情でグラスを手に座っていた。
「あははははっ!! そうなのか、それは何とも素晴らしい兄弟であるな!!!」
ヴェスタ公国、ウィリアム公主催の晩餐会。その主役の席に座る青髪の男レフォードは引きつった表情を浮かべる。
隣国との同盟締結を祝したくさん集まったヴェスタ公国の要人達。皆がラフェル大使のレフォードに挨拶にやって来て祝杯をあげて行く。そのひとつひとつに応えたレフォードは今、公国最高責任者を前にグラスを掲げて話をする。
「あの正騎士団団長がまさか貴公の弟だったとは! うちのヴァーナと言い、本当に凄い兄弟であるな!!」
爵位も何もないレフォードに公国の一部の貴族は不快感を示していたが、彼の話が広まるにつれそんなことを口にする者はいなくなっていった。魔法隊長ヴァーナを妹に持ち、かのラフェル正騎士団長の義兄。ウィリアム公にすら気に入られているその男は、もはや両国にとってなくてはならない存在となっていた。
「さ、どんどん飲んでくださいね!」
レフォードの両隣に座ったヴェスタ美女。胸が大きく開いた華やかなドレスを纏い、極上の笑顔を振りまきながらお酌する。
「あ、ああ……」
酒があまり飲めないレフォード。困りながらもグラスになみなみに注がれる酒を見つめる。ウィリアム公が尋ねる。
「レフォード、聞くところによると貴公はまだひとり身だと言うではないか。決まった相手はおるのか?」
その言葉に周りの視線がレフォードに集まる。困った顔をしながらレフォードが答える。
「い、いえ、特には……」
「うっそ~、こんなに凄いお方なのに、まだ誰もいらっしゃらないのですか~?? 立候補しちゃおうかな~??」
隣に座ったヴェスタ美女が頬を赤らめながら言う。反対側の美女もレフォードの腕に手を絡めながら言う。
「ヴェスタの女にご興味はおありでして?」
「うっ、い、いや、俺は……」
宴も有り難いが、一刻も早くラフェルに戻りルコを探したい。回答に困るレフォードを離れた席に座って睨みつけるミタリアが言う。
「むかむかムカムカっ!!! 信じられない!! お兄ちゃんの、浮気者っ!!!!」
「う、浮気者??」
ミタリアの相手をしていたヴェスタのイケメン貴族が首をかしげて尋ねる。別のイケメンも酒の入ったグラスを手に尋ねる。
「いかがなされた、ミタリア殿? まだお酒が飲み足らないとか?」
そう言ってボトルを手に微笑みかけるイケメンにミタリアが怒鳴りつける。
「うるさいわね!! 黙ってなさい!!!」
「ひっ!?」
女の扱いにかけては百戦錬磨。泣かせたことはあるが怒鳴られたことのない貴族達が後ずさりする。
「お兄ちゃんったら、絶対に許さないんだから!!!」
そう言ってミタリアは頭から湯気を放出させながら美女に言い寄られる兄の姿を睨みつけた。
「ぎゃはははははっ!!! うめえ、うめえぞおお!!!!」
そんなふたりとは全く関係なしに、ガイルだけがヴェスタの美食に歓声を上げる。
無事に両国の同盟を締結させたレフォード。だがこの後、激怒する妹については当然ながら無事には済ませて貰えなかった。
「深紅の砲弾っ!!!!!!!」
それに対抗するのが、偶然ラフェルに来ていた『ヴェスタの至宝ヴァーナ』が放った深紅の砲弾。桁違いのふたりの魔法が正面からぶつかる。
(あれは……、まずい!!!)
先に危険を感じたのが魔族長ルコの傍でその戦況を見つめていたドリュー。漆黒の砲弾に向かってラフェル王城より燃え滾る赤い砲弾が迫って来る。
(なんと言う凝縮された魔力!! この状況であんなのが放てるとは一体どうなってるんだ!?)
魔法すら抑えつけらえる重力嵐の中、その赤き砲弾は一切魔力を落とさずに一直線にこちらに向かって来る。高魔力を誇るルコも、漆黒の重圧を発動しながらの暗黒砲火の同時発動では本来の威力が発揮できない。
ドリューが咄嗟に魔法詠唱を開始する。同時に赤黒ふたつの砲弾が空中で轟音とともに衝突した。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
(くっ!!)
両者の純粋な強さは分からない。
ただふたつの魔法を同時に発動していたルコに、怒り狂ったヴァーナの渾身の魔法を貫くことはできなかった。
ラフェル王城より少し離れた場所でぶつかり合ったふたつの魔法の砲弾。原型を崩しながら煙となって消えゆく漆黒の砲弾に対し、深紅の砲弾はまるで赤い散弾銃の様になってルコ達へと襲い掛かる。
「凄い魔力なの。びっくり……」
さすがのルコもこの反撃は予想外であった。被弾を覚悟しぎゅっと目を閉じると、その隣の魔族の声が響いた。
「魔力解除!!!」
ボワアアアアアアアン
不快な金属音のような音。
だがその音は一瞬でルコ達に襲い掛かって来た赤き散弾を消し去った。ドリューが言う。
「間に合った……、だがしかし……」
ヴァーナの魔法は消し去った。しかしそれは同時にルコが発動した魔法も消し去ったことを意味する。
「動ける!? 動けるぞ!!!!」
ラフェル王城内に響く兵士の声。魔力解除によってかき消された漆黒の重圧の呪いから解放された兵士達が驚き喜ぶ。シルバーが叫ぶ。
「急ぎ、結界を!!! 急げ、急げーーーーーっ!!!!」
あの赤き砲弾がヴェスタ公国の『業火の魔女』による反撃だと分かっていた。はるか遠くの敵将付近で爆発音があり、何が起こったのか詳細は分からない。だがこれは態勢立て直しの千載一遇のチャンスである。
シルバーの命を受けた兵達が次々と城に光の魔法障壁を張る。
「ヴァーナちゃん!! 大丈夫!?」
王城テラスで深紅の砲弾を放ったヴァーナ。さすがの彼女も魔力を抑さえつけられた状態で強引に放った魔法に疲労困憊である。魔力切れとは違った疲労感。ふらつく彼女をゲルチが支える。
「ちょっと休みなさい。よくやったわ!!」
ゲルチはこの華奢な赤髪の少女のどこにあんな力があるのだろうかとつくづく感心する。この子がいなければ間違いなくこの城は落とされていた。ゲルチの腕の中でヴァーナが言う。
「レー兄が待ってる。早く行かなきゃ……」
「ヴァーナちゃん……」
ゲルチはあれだけ派手な魔法を放ちながらも、その少女の健気さに思わず目頭が熱くなる。とは言え現状はまだ敵の魔族の多くは温存された状態。ヴァーナが戦えるかどうかは分からないが、ここからは死をも覚悟した戦いが始まる。
「あなたはちょっと休んでなさい。後は私が守るから」
ゲルチはそうヴァーナに笑顔で言いその赤い髪を撫でた。
「強いのね。危なかったの……」
ドリューの魔法で被弾を免れたルコ。すべての魔法がキャンセルされてしまったが、無事でいられたことに安堵する。
「出過ぎた真似をしました。申し訳ございません」
胸に手をやり頭を下げるドリュー。すでに魔法解除の効果は切れている。ルコが言う。
「いいの。助かったの。ありがとう」
「はっ」
ドリューはルコの逆鱗に触れたかと心配していたが、それが杞憂に終わったことに安堵した。ルコが言う。
「直接行くの。直接コロスことにしたの」
そう言うとラフェル王城へと空を移動し始める。ルコの周りにいた上級魔族達も一緒になって移動する。
「ま、魔族が攻めて来たぞーーーーっ!!!!」
慌てたのはラフェル王国首都。広い城下町の上空に、魔物とは違い禍々しい邪気を纏った魔族が次々と飛来してくる。国民の避難と守備をしていたライドがその紫のボブカットの少女を見て震えあがる。
(な、なんだよ。あれ……、めっちゃヤバい奴じゃん……)
魔族の中でも飛びぬけた魔力を放つひとりの少女。力を抑えているようだがその強さは離れていても分かる。
(さっきの黒い砲弾みたいのって、あの子がやったのか!?)
皆の目にも映った漆黒の砲弾。王城から放たれた深紅の砲弾によって迎撃されたが、あれを放ったのは恐らく上空に浮かぶ少女だろう。ライドが思う。
(可愛らしい顔してるのに、なんておっかねえ奴だ……)
ライドはすぐに国民の避難に取り掛かった。
「人がたくさんいるの。みんなコロスの……」
ルコはラフェル王城の城下町上空にやって来て、顔色を変えて避難する人々を見ながら言った。母親を殺し、自分をも殺そうとした人間。その怒りは今や最高潮まで燃え滾っている。
だがそんなルコの目に、街を避難するある兄弟の姿が目に入る。
「お兄ちゃん、怖いよ!! 怖いよーーーーっ!!!」
それはひとりの幼い少女。上空に現れた異形の魔族に怯え泣きながら逃げていく。
「大丈夫だ!! 俺が、お兄ちゃんがお前を守ってやる!!!」
その少女の手を引きながら走るのが、彼女の兄。自身も恐怖に震えながらも、妹を必死に元気付ける。
(お兄ちゃん……、レー兄様……)
その声を聞いたルコの頭に、孤児院時代のレフォードとの思い出が蘇る。ひとり寂しくしていた自分をいつも気遣って手を握ってくれた。子供ながらもそんな兄の心遣いは感じられたし、だから大好きになった。
――人間を無差別に殺したら、レー兄様まで死んじゃうかも。
ルコの動きが止まる。
魔族長からの総攻撃の指示を待っていた上級魔族達が、そのわずかな指揮官の変化に気付く。ドリューが言う。
「ルコ様、攻撃の指示は……」
じっと妹の手を取り走り続ける兄弟を見つめるルコ。
人間は憎い。全部殺したい。だが、無差別な殺しはやってはいけない。大好きな兄が居なくなるのならば、もう自分の存在意味すらなくなる。
「止めたの。お城に帰るの」
「は?」
突然の大将の言葉に耳を疑う魔族達。
「止めた? 城に帰ると言うのは……??」
魔族がルコに恐る恐る尋ねる。ルコが答える。
「皆殺しは止めたの。帰るの」
「は、はあ……」
聞き間違えかと思っていた魔族達も、改めて魔族長からの言葉を聞き戸惑いながらもそれに従う。
ルコを先頭に次々と引き上げていく魔族達。それを見たシルバーが首をかしげて言う。
「どうしたんだ、魔族が去っていくぞ……」
近くにいたガードも不思議そうな顔で言う。
「何が起こったんだ? このまま攻められていたらこの城も落とせたはずなのに??」
最大限の抵抗はする。だがどれだけ持つか分からない緊迫した状況であった。シルバーが言う。
「いずれにせよ撤退は有り難い。至急怪我人の手当てと被害の確認を行う!!」
「はっ!!」
近くにいた兵士がそれに応えて走り出す。
(何とか助かった……)
状況理解はできぬが、とりあえず飛び去って行く魔族の群れを見ながらシルバーが胸をなでおろした。
「ヴァーナちゃん! 魔族が去っていくわよ!! 良かった!!!」
同じくラフェル王城、今回の王城防衛の立役者であるヴァーナにゲルチが言う。疲労はしているがまだ動けるヴァーナ。よろよろと立ち上がり去り行く魔族を見てからゲルチに言う。
「帰る!! すぐにヴェスタに帰るぞぉおおお!!!!」
「ヴァ、ヴァーナちゃん!?」
レフォードがいないこんな場所でいつまでも油を売ってはいられない。ヴァーナの心は既に自国へと飛んでいた。ゲルチが笑顔で言う。
「そうね。レフォードちゃんもいないようだし、帰りましょうか」
ゲルチはそう言いながら健気な少女の赤い髪を撫でながら言った。
正騎士団長エルクとその義兄レフォードがいない中、偶然も重なったが無事に魔族襲来の危機を乗り越えたラフェル王国。
これより魔族領も含めた世界バランスが変化するのだが、主役になるその青髪の男は隣国の宴で困惑した表情でグラスを手に座っていた。
「あははははっ!! そうなのか、それは何とも素晴らしい兄弟であるな!!!」
ヴェスタ公国、ウィリアム公主催の晩餐会。その主役の席に座る青髪の男レフォードは引きつった表情を浮かべる。
隣国との同盟締結を祝したくさん集まったヴェスタ公国の要人達。皆がラフェル大使のレフォードに挨拶にやって来て祝杯をあげて行く。そのひとつひとつに応えたレフォードは今、公国最高責任者を前にグラスを掲げて話をする。
「あの正騎士団団長がまさか貴公の弟だったとは! うちのヴァーナと言い、本当に凄い兄弟であるな!!」
爵位も何もないレフォードに公国の一部の貴族は不快感を示していたが、彼の話が広まるにつれそんなことを口にする者はいなくなっていった。魔法隊長ヴァーナを妹に持ち、かのラフェル正騎士団長の義兄。ウィリアム公にすら気に入られているその男は、もはや両国にとってなくてはならない存在となっていた。
「さ、どんどん飲んでくださいね!」
レフォードの両隣に座ったヴェスタ美女。胸が大きく開いた華やかなドレスを纏い、極上の笑顔を振りまきながらお酌する。
「あ、ああ……」
酒があまり飲めないレフォード。困りながらもグラスになみなみに注がれる酒を見つめる。ウィリアム公が尋ねる。
「レフォード、聞くところによると貴公はまだひとり身だと言うではないか。決まった相手はおるのか?」
その言葉に周りの視線がレフォードに集まる。困った顔をしながらレフォードが答える。
「い、いえ、特には……」
「うっそ~、こんなに凄いお方なのに、まだ誰もいらっしゃらないのですか~?? 立候補しちゃおうかな~??」
隣に座ったヴェスタ美女が頬を赤らめながら言う。反対側の美女もレフォードの腕に手を絡めながら言う。
「ヴェスタの女にご興味はおありでして?」
「うっ、い、いや、俺は……」
宴も有り難いが、一刻も早くラフェルに戻りルコを探したい。回答に困るレフォードを離れた席に座って睨みつけるミタリアが言う。
「むかむかムカムカっ!!! 信じられない!! お兄ちゃんの、浮気者っ!!!!」
「う、浮気者??」
ミタリアの相手をしていたヴェスタのイケメン貴族が首をかしげて尋ねる。別のイケメンも酒の入ったグラスを手に尋ねる。
「いかがなされた、ミタリア殿? まだお酒が飲み足らないとか?」
そう言ってボトルを手に微笑みかけるイケメンにミタリアが怒鳴りつける。
「うるさいわね!! 黙ってなさい!!!」
「ひっ!?」
女の扱いにかけては百戦錬磨。泣かせたことはあるが怒鳴られたことのない貴族達が後ずさりする。
「お兄ちゃんったら、絶対に許さないんだから!!!」
そう言ってミタリアは頭から湯気を放出させながら美女に言い寄られる兄の姿を睨みつけた。
「ぎゃはははははっ!!! うめえ、うめえぞおお!!!!」
そんなふたりとは全く関係なしに、ガイルだけがヴェスタの美食に歓声を上げる。
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そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
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うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
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