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第五章「業火の魔女ヴァーナ」
42.少しも待てないお兄様
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レフォード達がヴェスタ公国政務官となったミーアに再会する少し前、魔族領にある魔王城謁見の間の空気は緊張に包まれていた。魔王カルカルが玉座に座りながら呼び出した上級魔族に言う。
「ドリューよ。ここ最近、ルコちゃんが人間相手に苦戦しているようだ。ルコちゃんの側近が数名やられたらしい」
「はあ……」
実質魔王城でナンバー2のルコ。魔族長と言う特別な役職を与えられており、無論今ここに呼ばれたドリューと言う上級魔族もその配下と言う位置付けになる。
(あんな奴の配下だからそんなのは当然だろう!!)
ドリューはルコのことが好きではなかった。数年前に突如やって来て知らぬ間に魔王の寵愛を受けるようになり、気が付けば上官になっている。魔王もそのルコとか言う少女に首ったけでもはや魔王の体を成していない。
「ドリューよ、聞いているのか?」
「え? あ、無論でございます」
他ごとを考えていたドリューは思わず魔王の問いかけに返事をしてしまう。魔王が言う。
「じゃあ、早速部隊を編成して出陣してくれ」
「部隊を編成??」
何の意味か分からない。今さらながら話を聞いていなかったとは言えないドリューは深く頭を下げ謁見の間から退出する。
(やべえ!! 一体何を頼まれたのだ!?)
出陣と言うことはどこかの国と戦うことを意味するのだが、それがどこの国の誰なのか全く分からない。そこへ偵察部の魔族がやって来て挨拶する。
「ドリュー様。この度一緒に戦うことになった偵察部の者です。よろしくお願いします」
ドリューは安堵した顔になって答える。
「ああ、よろしく。ドリューだ。それでちょっと聞きたい。今回はどこと戦うんだ?」
「え?」
一瞬固まる偵察魔族。これから始まる戦の大将が敵が誰だか分からないと言っている。偵察魔族が答える。
「どこってヴェスタ公国の『業火の魔女』じゃないんですか??」
少し不安になって来た魔族が首を傾げる。ドリューが言う。
「そ、そうだよな。まあ一応の確認だ……」
(『業火の魔女』、なるほど。だからこの俺に出陣を命じたのか……)
ようやくその意図が理解できたドリュー。しかし偵察魔族の次の言葉が彼を苛立たせることになる。
「ルコ様がラフェル相手に苦戦されているので、ヴェスタを叩いて援護しろって言うことですよね」
(そ、そうだったのか! くそっ!!)
魔王命令とは言え、自分が大嫌いなルコの為に働かなければならないことはどこか納得いかない。ドリューが小声でつぶやく。
「あのような中途半端な奴に……」
「え? 何か仰いましたか?」
よく聞こえなかった偵察魔族が聞き返す。
「いや、何でもない。では出陣の準備をするぞ」
「了解です!」
ふたりの魔族は並んで歩き始めた。
「そんなことが、あったのか……」
ヴェスタ公国の政務官となったミーアから聞かされたヴァーナの過去話にレフォードが絶句する。ガイルとミタリアのふたりの兄弟も沈痛な面持ちで黙ったままだ。
「俺がきちんと身受け先を確認すれば良かったんだ……」
この頃になってようやくガイルやミタリアが、自分達の身受け先の確認をレフォードがしてくれていたことを知った。とは言えそんな彼だって分からない事ばかり。行き先で何が起こるかまでは分からない。ミーアが言う。
「ゲルチのことも信用しているけど、やっぱりあなたのことをずっと待っているわ。ヴァーナを止められるのはあなただけ。ぜひ協力して欲しいの」
ミーアが懇願するようにレフォードに言う。
「分かった。すぐにでもヴァーナに会おう。で、あいつはここに居るのか?」
ヴェスタ公国の首都。魔法隊長ならここに居るはずと思ったレフォードに思わぬ言葉が返される。
「いないわ。少し前にラフェルへ向けて出撃したの」
「な、何だって!?」
てっきりヴァーナがいると思ってやって来たヴェスタ公国首都。折角の潜入が無駄になってしまうのか。レフォードが尋ねる。
「ラフェルとの国境辺りか?」
「ええ、そうよ」
「分かった。俺達はすぐにここを出る。問題ないな?」
そう尋ねるレフォードにミーアが首を振って答える。
「残念だけどしばらくここに居なければならないの」
「なぜだ!?」
「あなた達はまだスパイ容疑が掛けられているの。それを払拭して開放されるにはもう少し時間がかかるわ」
「そうか……」
強行突破して脱出してもいいが、それではここまでしてくれたミーアに迷惑が掛かる。渋い顔をするレフォードにミーアが言う。
「二日待って。それまでに何とかするから」
「すまねえ。色々と助かる」
「いいって。私がお願いしていることだから」
そう笑顔で言うミーアを見てレフォードが改めて感謝する。
「こ、困ります!! 勝手に入って来られては!!!」
そんなレフォード達の耳に、ドアの向こうの廊下から大きな女性の声が響く。ミーアが目を閉じ大きなため息をつく。そして開かれるドア。そこにはミーアの使用人の制止を聞かずに無理やり家に入って来た身なりのいい男が立っていた。
「よお、ミーアちゃん! 愛するボクが来ちゃったぜ!!」
突然場に合わない男の登場にレフォード達の目が点になる。ミーアが立ち上がって言う。
「いい加減にして下さい! リー男爵!! ここは私の家ですよ!!!」
リー男爵と呼ばれた貴族っぽい男が答える。
「なに言ってるの、ミーアちゃん! ボクのことが恋しいんだろ? 嘘は良くないぜ」
「帰って下さい、今すぐ!!!」
リー男爵が丁寧にまとめられた髪に手をやり上から目線で言う。
「ああ、そう。僕にそんなこと言っちゃっていいのかな~?? 無理しちゃだめだよ~、ボクのことが好きならそう言えばいいんだよ~」
バン!!
ミーアがテーブルを叩きながら大声で言う。
「出て行ってください、すぐに!!!」
リー男爵が両手を上げ参ったと言ったポーズをしながら言う。
「これはこれは。今日はご機嫌な斜めなのかな~、じゃあ、また出直すとするかな。夜にでも愛の囁きを君に贈りに来るよ。アディオス!!」
そう言って投げキッスをして部屋を出て行くリー男爵。女の使用人がミーアに謝罪してから部屋のドアを閉める。レフォードが尋ねる。
「何なんだ、あれ?」
ミーアがうんざりした顔で言う。
「変態貴族よ。何だか知らないけど付きまとわれていて、最近は無理やり家の中までで入って来るの」
「殴り飛ばしゃいいじゃねえか」
どうしてそう短絡的になるのかとミタリアが苦笑する。
「なかなかそういう訳にもいかなくてね。あいつはヴェスタの輸出入の管理責任者でね、ラフェルの品もあいつの管理下の元で輸入されているの」
ラフェル研究の第一人者でもあるミーア。最新のラフェルの品々がその研究には必要だが、交戦中の敵国から輸入するのは簡単ではない。第三国を経由してその手配を行っているのが先ほどのリー男爵である。
「でも、マジであったま悪そうな奴だよな」
ソファーに座ったままガイルが言う。
「ガイルお兄ちゃんに言われたらさすがに傷つくわよね」
「おい! なんだよ、それ!!」
ミタリアの言葉にガイルがすぐに反応する。レフォードが言う。
「話は分かった。また連絡してくれ」
「いいわ。連絡を密にして頑張りましょう。一緒の家に住んでいるから大丈夫かな」
そう言って笑うミーアは昔と変わらず知的で美しかった。
「レフォ兄、どうするんだよ。ここに二日も居たらヴァーナ達の戦いなんて始まっちまうぜ」
その日の夜、食事を終え部屋に戻って来たレフォード達が話をする。そう口にするガイルにミタリアが言う。
「そんなこと言ってもミーアさんの立場を考えたら仕方ないでしょ。処刑されなかっただけでも感謝しなきゃ」
「まあ、そうなんだけど……」
それは分かっているが一刻も早くヴァーナの元へ駆けつけたいガイル。それはレフォードとて同じである。ミタリアが言う。
「とにかく今はここでじっと待って情報収集でも……、ふがふが……」
そう言ったミタリアの口をレフォードが塞ぐ。
「静かに。何か音が聞こえないか?」
そう聞いたふたりが耳を澄ますと窓の外の方で何やら音が聞こえる。ガイルが言う。
「何だ? 壁の方から聞こえる……」
ザッ!!
そう言って窓際に行き、閉めてあったカーテンを勢い良く開ける。
「げっ!!」
「わっ!!」
そこには昼間この家にやって来た貴族、リー男爵が壁に張り付いていた。驚いたガイルが大声で言う。
「お、おい!! 何やってんだよ!!」
ガイルが窓を開けそう言うと、リー男爵は躊躇うこともなく部屋に入って来て言う。
「何やってるって、ボクの未来のお嫁ちゃんの家に来て何が悪い? お前達こそなんだ? こんな時間まで何をしているんだ!!」
逆切れしたリー男爵がガイルに突っかかる。ミタリアが言う。
「あなたなんか勘違いしてるでしょ! ミーアさんはあなたなんかに全く興味ないんだから!!」
それを聞いたリー男爵が怒りを露わに怒鳴りつける。
「お前達はラフェルの人間だろ!! 敵国の人間なんてとっとと消え失せろよ!!」
そう言って近付いて来たミタリアの肩をどんと押す。
「きゃ!!」
押された勢いで後ろに尻餅をつくミタリア。同時にガイルの顔色が青くなる。
「おい、てめえ!! 俺の妹に何してくれるんだよ!!!」
怒気を含んだ声で男爵に近づくレフォード。リー男爵が言う。
「な、なんだよ! お前達が悪いんだぞ!! ボクはヴェスタの男爵。お前達なんてボクにかかれば……」
「ミーアにも手を出すな、ボケっ!!!」
ガン!!!
「ぎゃあああぁぁ!!!」
レフォードは振り上げた拳でリー男爵の頬を殴りつける。
想像もしていなかった強い攻撃に、リー男爵は壁まで吹き飛ばされる。そのままレフォードは騒ぐ男爵を窓から躊躇なく放り投げた。レフォードが驚くふたりに言う。
「すぐに荷物をまとめろ!!」
「え? あ、はい!!」
ミタリアとガイルが部屋にある荷物を片付け、廊下へと走るレフォードの後に続く。
「レ、レフォード!! 今の騒ぎは何なの!?」
争う声を聞きつけたミーアが部屋から出て走って来るレフォードに尋ねる。レフォードは鞄を担ぎながらミーアに言う。
「すまねえ!! 夜這いに来た昼間の男を殴っちまった!! 後は頼む、じゃあ!!!」
そう言ってミーアの横を全力で駆け抜ける三人。全く意味の分からないミーアがきょろきょろしながら言う。
「え、え!? なに、何が起こったの!? 昼間の男って、え? リー男爵のこと!?」
「そうだ、殴っちまった!! 後は頼む!!!」
「ちょっと待ちなさいよ!! レフォード、待ってって!!!」
そう叫ぶミーアにレフォードは走りながら手を上げ屋敷を出て行った。
「もお、本当に全く……」
残されたミーアが消えて行った三人の背中の方を見ながらつぶやく。
「まあ、仕方ないかな。大事な妹が戦いに出て何日も黙って待てる男じゃないわよね」
ミーアはレフォード達が出ていたドアの方に向かって小さく手を振って別れを告げた。
「レフォ兄、こんな夜中にどこ行くんだよ!!!」
全力で走りながらガイルがレフォードに尋ねる。レフォードが大声で答える。
「決まってんだろ!! ヴァーナのとこだよ!!!」
「よっしゃああああ!!!!」
「お、お兄ちゃん、待ってよぉおお!!!」
ミタリアは颯爽と走る兄ふたりの後を必死になって走り続けた。
「ドリューよ。ここ最近、ルコちゃんが人間相手に苦戦しているようだ。ルコちゃんの側近が数名やられたらしい」
「はあ……」
実質魔王城でナンバー2のルコ。魔族長と言う特別な役職を与えられており、無論今ここに呼ばれたドリューと言う上級魔族もその配下と言う位置付けになる。
(あんな奴の配下だからそんなのは当然だろう!!)
ドリューはルコのことが好きではなかった。数年前に突如やって来て知らぬ間に魔王の寵愛を受けるようになり、気が付けば上官になっている。魔王もそのルコとか言う少女に首ったけでもはや魔王の体を成していない。
「ドリューよ、聞いているのか?」
「え? あ、無論でございます」
他ごとを考えていたドリューは思わず魔王の問いかけに返事をしてしまう。魔王が言う。
「じゃあ、早速部隊を編成して出陣してくれ」
「部隊を編成??」
何の意味か分からない。今さらながら話を聞いていなかったとは言えないドリューは深く頭を下げ謁見の間から退出する。
(やべえ!! 一体何を頼まれたのだ!?)
出陣と言うことはどこかの国と戦うことを意味するのだが、それがどこの国の誰なのか全く分からない。そこへ偵察部の魔族がやって来て挨拶する。
「ドリュー様。この度一緒に戦うことになった偵察部の者です。よろしくお願いします」
ドリューは安堵した顔になって答える。
「ああ、よろしく。ドリューだ。それでちょっと聞きたい。今回はどこと戦うんだ?」
「え?」
一瞬固まる偵察魔族。これから始まる戦の大将が敵が誰だか分からないと言っている。偵察魔族が答える。
「どこってヴェスタ公国の『業火の魔女』じゃないんですか??」
少し不安になって来た魔族が首を傾げる。ドリューが言う。
「そ、そうだよな。まあ一応の確認だ……」
(『業火の魔女』、なるほど。だからこの俺に出陣を命じたのか……)
ようやくその意図が理解できたドリュー。しかし偵察魔族の次の言葉が彼を苛立たせることになる。
「ルコ様がラフェル相手に苦戦されているので、ヴェスタを叩いて援護しろって言うことですよね」
(そ、そうだったのか! くそっ!!)
魔王命令とは言え、自分が大嫌いなルコの為に働かなければならないことはどこか納得いかない。ドリューが小声でつぶやく。
「あのような中途半端な奴に……」
「え? 何か仰いましたか?」
よく聞こえなかった偵察魔族が聞き返す。
「いや、何でもない。では出陣の準備をするぞ」
「了解です!」
ふたりの魔族は並んで歩き始めた。
「そんなことが、あったのか……」
ヴェスタ公国の政務官となったミーアから聞かされたヴァーナの過去話にレフォードが絶句する。ガイルとミタリアのふたりの兄弟も沈痛な面持ちで黙ったままだ。
「俺がきちんと身受け先を確認すれば良かったんだ……」
この頃になってようやくガイルやミタリアが、自分達の身受け先の確認をレフォードがしてくれていたことを知った。とは言えそんな彼だって分からない事ばかり。行き先で何が起こるかまでは分からない。ミーアが言う。
「ゲルチのことも信用しているけど、やっぱりあなたのことをずっと待っているわ。ヴァーナを止められるのはあなただけ。ぜひ協力して欲しいの」
ミーアが懇願するようにレフォードに言う。
「分かった。すぐにでもヴァーナに会おう。で、あいつはここに居るのか?」
ヴェスタ公国の首都。魔法隊長ならここに居るはずと思ったレフォードに思わぬ言葉が返される。
「いないわ。少し前にラフェルへ向けて出撃したの」
「な、何だって!?」
てっきりヴァーナがいると思ってやって来たヴェスタ公国首都。折角の潜入が無駄になってしまうのか。レフォードが尋ねる。
「ラフェルとの国境辺りか?」
「ええ、そうよ」
「分かった。俺達はすぐにここを出る。問題ないな?」
そう尋ねるレフォードにミーアが首を振って答える。
「残念だけどしばらくここに居なければならないの」
「なぜだ!?」
「あなた達はまだスパイ容疑が掛けられているの。それを払拭して開放されるにはもう少し時間がかかるわ」
「そうか……」
強行突破して脱出してもいいが、それではここまでしてくれたミーアに迷惑が掛かる。渋い顔をするレフォードにミーアが言う。
「二日待って。それまでに何とかするから」
「すまねえ。色々と助かる」
「いいって。私がお願いしていることだから」
そう笑顔で言うミーアを見てレフォードが改めて感謝する。
「こ、困ります!! 勝手に入って来られては!!!」
そんなレフォード達の耳に、ドアの向こうの廊下から大きな女性の声が響く。ミーアが目を閉じ大きなため息をつく。そして開かれるドア。そこにはミーアの使用人の制止を聞かずに無理やり家に入って来た身なりのいい男が立っていた。
「よお、ミーアちゃん! 愛するボクが来ちゃったぜ!!」
突然場に合わない男の登場にレフォード達の目が点になる。ミーアが立ち上がって言う。
「いい加減にして下さい! リー男爵!! ここは私の家ですよ!!!」
リー男爵と呼ばれた貴族っぽい男が答える。
「なに言ってるの、ミーアちゃん! ボクのことが恋しいんだろ? 嘘は良くないぜ」
「帰って下さい、今すぐ!!!」
リー男爵が丁寧にまとめられた髪に手をやり上から目線で言う。
「ああ、そう。僕にそんなこと言っちゃっていいのかな~?? 無理しちゃだめだよ~、ボクのことが好きならそう言えばいいんだよ~」
バン!!
ミーアがテーブルを叩きながら大声で言う。
「出て行ってください、すぐに!!!」
リー男爵が両手を上げ参ったと言ったポーズをしながら言う。
「これはこれは。今日はご機嫌な斜めなのかな~、じゃあ、また出直すとするかな。夜にでも愛の囁きを君に贈りに来るよ。アディオス!!」
そう言って投げキッスをして部屋を出て行くリー男爵。女の使用人がミーアに謝罪してから部屋のドアを閉める。レフォードが尋ねる。
「何なんだ、あれ?」
ミーアがうんざりした顔で言う。
「変態貴族よ。何だか知らないけど付きまとわれていて、最近は無理やり家の中までで入って来るの」
「殴り飛ばしゃいいじゃねえか」
どうしてそう短絡的になるのかとミタリアが苦笑する。
「なかなかそういう訳にもいかなくてね。あいつはヴェスタの輸出入の管理責任者でね、ラフェルの品もあいつの管理下の元で輸入されているの」
ラフェル研究の第一人者でもあるミーア。最新のラフェルの品々がその研究には必要だが、交戦中の敵国から輸入するのは簡単ではない。第三国を経由してその手配を行っているのが先ほどのリー男爵である。
「でも、マジであったま悪そうな奴だよな」
ソファーに座ったままガイルが言う。
「ガイルお兄ちゃんに言われたらさすがに傷つくわよね」
「おい! なんだよ、それ!!」
ミタリアの言葉にガイルがすぐに反応する。レフォードが言う。
「話は分かった。また連絡してくれ」
「いいわ。連絡を密にして頑張りましょう。一緒の家に住んでいるから大丈夫かな」
そう言って笑うミーアは昔と変わらず知的で美しかった。
「レフォ兄、どうするんだよ。ここに二日も居たらヴァーナ達の戦いなんて始まっちまうぜ」
その日の夜、食事を終え部屋に戻って来たレフォード達が話をする。そう口にするガイルにミタリアが言う。
「そんなこと言ってもミーアさんの立場を考えたら仕方ないでしょ。処刑されなかっただけでも感謝しなきゃ」
「まあ、そうなんだけど……」
それは分かっているが一刻も早くヴァーナの元へ駆けつけたいガイル。それはレフォードとて同じである。ミタリアが言う。
「とにかく今はここでじっと待って情報収集でも……、ふがふが……」
そう言ったミタリアの口をレフォードが塞ぐ。
「静かに。何か音が聞こえないか?」
そう聞いたふたりが耳を澄ますと窓の外の方で何やら音が聞こえる。ガイルが言う。
「何だ? 壁の方から聞こえる……」
ザッ!!
そう言って窓際に行き、閉めてあったカーテンを勢い良く開ける。
「げっ!!」
「わっ!!」
そこには昼間この家にやって来た貴族、リー男爵が壁に張り付いていた。驚いたガイルが大声で言う。
「お、おい!! 何やってんだよ!!」
ガイルが窓を開けそう言うと、リー男爵は躊躇うこともなく部屋に入って来て言う。
「何やってるって、ボクの未来のお嫁ちゃんの家に来て何が悪い? お前達こそなんだ? こんな時間まで何をしているんだ!!」
逆切れしたリー男爵がガイルに突っかかる。ミタリアが言う。
「あなたなんか勘違いしてるでしょ! ミーアさんはあなたなんかに全く興味ないんだから!!」
それを聞いたリー男爵が怒りを露わに怒鳴りつける。
「お前達はラフェルの人間だろ!! 敵国の人間なんてとっとと消え失せろよ!!」
そう言って近付いて来たミタリアの肩をどんと押す。
「きゃ!!」
押された勢いで後ろに尻餅をつくミタリア。同時にガイルの顔色が青くなる。
「おい、てめえ!! 俺の妹に何してくれるんだよ!!!」
怒気を含んだ声で男爵に近づくレフォード。リー男爵が言う。
「な、なんだよ! お前達が悪いんだぞ!! ボクはヴェスタの男爵。お前達なんてボクにかかれば……」
「ミーアにも手を出すな、ボケっ!!!」
ガン!!!
「ぎゃあああぁぁ!!!」
レフォードは振り上げた拳でリー男爵の頬を殴りつける。
想像もしていなかった強い攻撃に、リー男爵は壁まで吹き飛ばされる。そのままレフォードは騒ぐ男爵を窓から躊躇なく放り投げた。レフォードが驚くふたりに言う。
「すぐに荷物をまとめろ!!」
「え? あ、はい!!」
ミタリアとガイルが部屋にある荷物を片付け、廊下へと走るレフォードの後に続く。
「レ、レフォード!! 今の騒ぎは何なの!?」
争う声を聞きつけたミーアが部屋から出て走って来るレフォードに尋ねる。レフォードは鞄を担ぎながらミーアに言う。
「すまねえ!! 夜這いに来た昼間の男を殴っちまった!! 後は頼む、じゃあ!!!」
そう言ってミーアの横を全力で駆け抜ける三人。全く意味の分からないミーアがきょろきょろしながら言う。
「え、え!? なに、何が起こったの!? 昼間の男って、え? リー男爵のこと!?」
「そうだ、殴っちまった!! 後は頼む!!!」
「ちょっと待ちなさいよ!! レフォード、待ってって!!!」
そう叫ぶミーアにレフォードは走りながら手を上げ屋敷を出て行った。
「もお、本当に全く……」
残されたミーアが消えて行った三人の背中の方を見ながらつぶやく。
「まあ、仕方ないかな。大事な妹が戦いに出て何日も黙って待てる男じゃないわよね」
ミーアはレフォード達が出ていたドアの方に向かって小さく手を振って別れを告げた。
「レフォ兄、こんな夜中にどこ行くんだよ!!!」
全力で走りながらガイルがレフォードに尋ねる。レフォードが大声で答える。
「決まってんだろ!! ヴァーナのとこだよ!!!」
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「お、お兄ちゃん、待ってよぉおお!!!」
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