愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

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第四章「偏食のレスティア」

32.ガイル vs サキュガル

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『風のガイル』対『魔族長側近サキュガル』の一騎打ちは、周囲の者が動けなくなるほど凄まじい戦いとなった。


「はあっ!!!」

 風の如く高速で移動し攻撃するガイル。サキュガルはそれを間一髪でかわし、得意のレイピアで反撃を繰り出す。サキュガルの自慢のタキシードはガイルの短剣によって何か所も切り刻まれ、逆にガイルの体もレイピアによる出血が止まらなかった。


(こんなヒト族がいたとは驚きです……)

 サキュガルはガイルの見事な体の動きに感嘆していた。優に上位魔族並みの戦闘力を持つ相手。可能ならば味方に取り入れたいほどの人材である。


「お強いですね、あなた……」

 レイピアを構えたサキュガルが敬意を込めて言う。


「当たり前だろ! 俺を誰だと思ってる!!」

 そう言いながらもガイルの体力は底を尽きかけていた。ここに来るまでに既に多くの魔族を倒し、目の前の相手には初っ端から全力でぶつかっている。でなければやられる。サキュガルが言う。


「私の大事な一張羅をこんなに切り裂いてしまって。責任は取って貰いますよ」

 未だ余裕を見せるサキュガルに対し、ガイルはこれ以上の戦闘の長期化はまずいと感じていた。


(ああ、ハラ減った。ヤギ肉食いてえ……)

 ガイルが捨て身の攻撃を覚悟する。


「ウォークウォーク……」

 同時に現れる自分の分身。館の中庭いっぱいに広がるガイルの残像にサキュガルが真剣な顔でレイピアを構える。


「その技はもう通用しません!!!」

 初手で散々サキュガルを苦しめたガイルの得意技。しかし精神を集中して相手の位置を把握するサキュガルの前にこの技はもう通用しなかった。レイピアを振り上げて真正面のガイルを突き刺す。


「そこですっ!!!」

 シュン!!


(なっ!?)

 サキュガルのレイピアが虚しく空を切る。


 グサッ!!!

 同時に感じる背中の激痛。ガイルの極限まで精度を高めた幻影攻撃に惑わされたサキュガル。だが流れ落ちる血を押さえながらも、しっかりとしていた。


「うぐぐぐっ……」

 サキュガルのレイピアが後方にいたガイルの足を貫いている。
 一瞬の出来事。空を切ったサキュガルのレイピアが、勢いそのままに後方の敵へと向けられた。


「うぐっ……、お見事です。これは驚きました……」

 傷口を押さえながらサキュガル言う。足を貫かれたガイルがそれに脂汗をかきながら答える。

「あ、当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ」

 しかしその言葉に勢いはない。サキュガルが言う。


「少しあなたを見くびっていたかもしれません。私も治療が必要です。残念ですが今夜はこれで退くことにしましょう。またの対戦、楽しみにしていますよ」

 サキュガルは大怪我を負いながらも決して諦めないガイルの目を見て今夜の撤退を決めた。ヒト族にも尊敬すべき存在がいる。それだけでもサキュガルにとっては大きな収穫だった。


(やべ、立ってられねえや……)

 極度の疲労、深い傷。ガイルは魔族が撤退するのを確かめてから音を立てて地面に倒れた。





(くそっ、くそくそ!! なんでこの俺様が!!!!)

 ジャセルはサキュガルに殴られた後、意識を失いそのまま病院へと運ばれた。幸い身に着けていた高性能の鎧のお陰で肋骨の骨折だけで済んだが、彼の怒りは収まらない。
 病院から自宅へと戻って療養するジャセルが怒りで顔を赤くする。


「なんで俺様があんな役に立たない女の警護などをしなきゃならんのだ!!!」

 恐ろしかった魔族。死をも覚悟した彼には、そのすべての原因が聖女レスティアだと決めつけていた。邪魔な者は消す、やりたい放題やって来たジャセルの思考がそちらへ傾き始めた時、部屋のドアが勢い良く開けられた。


 バン!!

「ジャセル!!!」

 それは唯一彼に命令ができる存在。ラリーコット自治区のおさ、ジャセルの父親である。


「親父……」

 突然現れた父親に驚くジャセル。父親が言う。

「ラリーコット最強の兵を預けたのに魔族ごときに何たる失態!! 恥を知れっ!!」

「……すまねえ、親父」

 ジャセルもこの父親だけには頭が上がらない。父親が声を荒げて言う。


「運良くラフェルの騎士団が来たから良かったものの、あのままでは聖女を攫われるところだったんだぞ!! 気を入れ直して明日からまた屋敷の警護に行け!! いいな!!!」

 父親は怒り心頭で部屋を出て行く。今回の襲撃で大被害を受けまるでいい所のなかったジャセルが握りこぶしを作って言う。


「くそっ!! どいつもこいつも聖女様って。あー、くそっ!! もうどうでもいい!!!」

 ジャセルの怒りがついに頂点に達する。そしてある計画を思いついた。





「お兄ちゃん、ガイルお兄ちゃん……、ううっ……」

 ミタリアは病院のベッドで眠るふたりの兄を見て涙を流した。
 レフォードはヤギ肉レストランで意識を失ってここに運ばれてからずっと眠ったまま。聖女様の屋敷に向かったガイルも無事に魔族を追い払ったが大怪我をして病院に運ばれて来て、今は応急処置の薬で眠っている。
 ミタリアは服のポケットに入れたままの小瓶を取り出し思う。


(これ、これのせいよ!! 一体何の薬なの!!!)

 ミタリアはふたりの看病を看護師に任せると、駆け足で街中にある小瓶を買った店へと向かう。


「ちょっと!! これ一体何の薬なの!! 全部飲ませたけど倒れちゃったわよ!!!」

 血相を変えて怒鳴り込むミタリアを見て店の店主が驚いて言う。

「飲ませた? お嬢ちゃん、まさかあれを飲ませたのかい??」

「そうよ! 全部飲ませたわ!! 全然効かないじゃん!!!」

 店主が驚いた顔で言う。


「これは飲み薬じゃないよ。嗅ぎ薬だよ……」


「え?」

 店主が言う。

「ちょっと数滴を袖などに垂らして、その匂いを相手に嗅がせるだけだよ」

「そ、そんなこと言ってくれなかったじゃないですか!!」

「だってお嬢ちゃんが走って去って行ったんだろ?」

「だ、だって……」

 一刻も早く薬を試したい。その想いでちゃんとした説明を聞かずに宿に帰ってしまったのだ。店主が尋ねる。


「それでその薬を飲まされた相手は大丈夫なのかい?」

 ミタリアが泣きそうな顔で言う。

「ずっと眠ったままで……、私、どうしたら……」

「眠ったまま? それは驚いた。これは飲めば猛毒になる薬。よく生きているねえ、その人」

 惚れと殺しは表裏一体。そんな言葉がよく似合う薬である。ミタリアが尋ねる。


「どうすれば目覚めるんですか?」

「まあ、すぐに死ななかったところを見ると多分じきに目覚めるよ。起きたら水をたくさん飲ませてあげておくれ」

「はい、分かりました! ありがとうございます!!」

 ミタリアはそうお礼を言うと一直線に病院へと戻った。



 ミタリアが病院へ戻ってすぐ、眠ったままだったレフォードが目を覚ました。

「う、ううん……」

「お兄ちゃん!!!!」

 ミタリアが大きな声で名前を叫ぶ。


「あぁ、ミタリアか……、ここは?」

 なぜ自分が眠っているのか全く理解できないレフォード。起き上がった彼に水を飲ませたミタリアが事情を説明する。眠ったまま全く起きなかったこと。その後魔族の襲撃があってガイルがひとりで戦ったことなど全て。


「そんなことがあったのか……」

 レフォードは隣のベッドで眠る弟の痛々しい姿を見て強い怒りを表す。


「あれ、レフォ兄、目が覚めたのか……?」

 レフォードとミタリアが話をしていると、ちょうど薬が切れたガイルが目を覚ました。

「ガイルお兄ちゃん!!」

 ミタリアが安心した顔でガイルの元へと行く。魔族を退けてから記憶のないガイル。ミタリアがその後のことを彼に説明した。


「すまなかった、ガイル。そんな大変な時に俺は……」

 突然の眩暈。強い睡魔。何が起こったのか分からないが、弟ひとりに大変な役目をさせてしまったことにレフォードが悔しい顔をする。ガイルが言う。


「な~に、大丈夫だって、レフォ兄。また来てもこの俺が蹴散らしてやるよ!!」

 そう強がるガイルだが、俊足の要になる足の怪我によるダメージは大きい。レフォードが首を振って言う。


「一体俺は何をされたのだろうか?」

 そう口にするレフォードを見てミタリアは目を反らし、流れる汗を拭きとる。ガイルが言う。

「まさか魔族が俺達の存在に気付いていて、予めレフォ兄に何か仕組んでいたとか??」

「十分考えられるな」

 そう真剣に語るレフォードを見てミタリアが自責の念を強くする。


(いや違うの!! 私なの、私が変な薬を飲ませたの!! ごめんなさい、お兄ちゃん!!)

 ガイルが言う。

「俺達に喧嘩を売った魔族にしっかりお礼をしなきゃな。そうだろ、レフォ兄?」

「無論だ。弟を可愛がってくれたお礼は十分にする」


(ああ、だから違うの!! 本当にごめんなさい、魔族さん!!)

 ミタリアはこの先兄に殴られるであろう哀れな魔族を思い心の中で何度も謝罪した。





「ああ、気持ちがいいですね~」

 魔族領に一時的に戻ったサキュガル。
 自作の温泉風呂に浸かりながらガイルから受けた傷を癒す。熱めのお湯。心地良い疲れが体から抜けていく。


「本当にヒト族と言うのはどうしてこのような素晴らしい施設を思いつくのでしょう」

 魔族にはないお湯に浸かる習慣。ヒト族やルコから学んだサキュガルが自領に独学で制作。源泉を掘り当て、時々やって来ては温泉を楽しんでいる。


「あの風使い……、いいですねえ。本当に」

 サキュガルは自分と互角に戦ったガイルのことを思い出す。殺すには惜しい人材。ヒト族ではあるができれば配下として加えたい。


「次会った時は最初から全力で行きましょうか。治療師と一緒に捕獲して、彼は私の部下になって貰いましょう」

 そう言ってちゃぽんとお湯で遊ぶサキュガル。
 だが残念ながら彼がこの先ガイルと再戦することはなかった。代わりに激怒した彼の義兄と戦うことになることなどもちろん夢にも思っていない。
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