愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
上 下
25 / 76
第三章「正義のエルク」

25.騎士団長エルクの涙

しおりを挟む
「キャハハハハ~!! 燃えろ燃えろ、燃えて、爆ぜろぉおおお!!!」

 ヴェスタ公国軍の最後部。
 ここが『業火の魔女』と呼ばれる魔法隊隊長ヴァーナの指定席。最後部から容赦なく放たれる業火魔法。それはまさに地獄の業火そのもので抗う敵を徹底的に焼き尽くす。


 ゴオオオオオオ!!!!

 空や地面から絶え間なく襲い掛かる炎の雨。
 見えぬ場所から悪魔の様に襲い掛かる魔法の嵐に、ラフェル王国の盾と呼ばれる重歩兵隊長ガードですら防戦一方となっていた。


「ライトシールド!! ライトシールド、ライトシールドぉおおお!!!!」

 隊長ガードを始め、重歩兵隊が必死に光の魔法障壁ライトシールドを張る。だがヴァーナが先頭に加わって数時間、一向に衰えることのない業火の嵐にラフェルの兵は次第に疲弊して行く。


「ガード隊長、もう無理です!! このままでシールドが打ち破られます!!!」

 隊員総出で張り続ける魔法障壁。しかし並みの魔法の使い手では何時間も張り続けることは不可能。魔力切れを起こし始めた隊員達の足がふらつき始める。


光の魔法障壁ライトシールド!!!」

 そんな彼らの後方から大きく威勢のいい声が響く。同時に現れる分厚く堅固な魔法障壁。強く光り輝く正騎士団特有の盾。団員達が振り返るとそこには馬に乗り、白銀の鎧に身を包んだ騎士団長が剣を構え立っている。


「騎士団長!!」
「エーク様っ!!」

 エルクが叫ぶ。


「私が来たからにはもう安心だ!! 行くぞ、皆の者!!!!」

「おおおおーーーっ!!!」

 エルク率いる騎士団長隊がその掛け声と同時にヴェスタ公国軍に突撃する。魔法障壁を張りながらの突進。その後方からエルクが剣を突き出す。


「貫けっ!! 聖剣突きセント・ラッシュ!!!!」

 聖なる力を纏ったエルクの必殺の一撃。
 これまで優位に戦いを進めていたヴェスタ公国軍の一部が吹き飛ばされる。突然の状況変化に皆が混乱。その隙をついて正騎士団が更に追撃を行う。


 ヴェスタ公国軍の最後方で戦況を見ていたゲルチがつぶやく。

「あ~あ、やっぱり出て来ちゃったわ、イケメン団長~。遠くてお顔が良く見えないけど、やだぁ体が火照っちゃう~」

 ゲルチがそのマッチョな体をくねらせて甘い吐息と共に言う。隣にいるヴァーナは不気味な笑みを浮かべてつぶやく。


「お前もこの魔法で焼け焦がしてやろうか~?? 全軍、後退よぉ!!!」

 合図と同時にヴェスタ公国軍が一斉に後ろへと下がっていく。それを確認してからヴァーナは手にした赤いストールを踊るように振り、そして叫んだ。


「燃えろ燃えろぉおお!! ヒャ~ハハハ!!! 赤稲妻の衝撃レッド・ヴァーニングぅううう!!!!」

 突如正騎士団の頭上に現れた赤き雲。地を揺るがす雷鳴と共に辺り一帯に『業火の雷』が無差別に落とされる。


 ドン!! ドドドオオオオオオン!!!!

「ぐわあああっ!!!!」

 それは最大限に張って置いた魔法障壁を打ち破り、直接兵士達への頭上へ落される。ラフェル王国自慢の白銀の鎧すら意味を成さないヴァーナの業火魔法。既に限界だった隊長ガードが倒れ動かなくなる。


「ガード、お前達は下がってろ!!!」

 それに気付いたエルクが大声で叫ぶ。

「だ、団長……、申し訳ございません……」

 ガードが部下に支えられながら後退していく。比較的元気だったエルク部隊も突撃とヴァーナの業火魔法でその半数が脱落。圧倒的な攻撃力で突き進むエルク以外これ以上の戦闘はもう不可能であった。
 赤のストールで狂ったように舞っていたヴァーナが、遠方でひとり輝きを放ちながら駆ける騎士を見て涎を垂らしながら言う。


「あぁ、何だか変なヤツがいるね~、いいよいいよ~、破壊よぉ、破壊。ぜ~んぶ破壊しちゃう~???」

 黙って戦況を見つめていたゲルチが青い顔をしてヴァーナを見つめる。ヴァーナは手にしたストールを天に掲げ数回くるくると回しながら叫ぶ。

「燃えちゃえ、燃えちゃえ~!! 燃えて消えよぉ!! 赤く燃え滾る隕石メテオ・ストライクぅ!!!!!」

「ちょ、ちょっとぉ、ヴァーナちゃ~ん!!??」

 副官ゲルチ。長く連れ添った彼ですら驚く業火魔法。だがヴァーナは狂ったようにくるくると腕を回し踊り始める。



 ゴゴゴゴゴゴ……

(な、なんだ!? この感じ……)

 ひとり無双していたエルクは辺りの急な変化を感じ剣を止める。世界を揺るがすような音。まだ遠くから聞こえるがエルクの本能が危険だと告げている。


「あれは……」

 そんなエルクの目に空の雲が赤く染まりつつあるのが映る。そして顔を出す巨大な隕石。真っ赤に燃え滾り、轟音を立てながらこちらに向かって来る。


「撤退っ!! すぐに退けえーーーーーーっ!!!!!」

 エルクはありったけの声で叫んだ。
 想像以上の魔法。あのクラスの攻撃を受けたら壊滅は免れない。頭上に滾る地獄のような隕石を見た正騎士団が悲鳴を上げながら逃げていく。ただエルクひとりは冷静にそれを見ていた。


(私が何とかしなければ皆が危ない。こんな所で全滅などできぬっ!!!)

 エルクは体に残っていた力全てを出し叫ぶ。


光の魔法障壁ライトシールドっ!!!!!」

 それは頭上に輝く分厚い光の壁。エルクの持てるすべての力を出して張った魔法障壁。騎士団員が退却するのを横目で見ながらエルクが思う。


(これで防げるとは思えん。だが少しでも時間を稼げれば……)

 ヴァーナの地獄の隕石に、エルクの光の壁が轟音を立てて衝突する。





「よし、じゃあ行くか」

「おうっ!!」

 ヴェルリット家の屋敷前、これから出陣するレフォード率いる部隊一行は気合と共にそれに答えた。
 現頭領レフォードを筆頭に無理やりついて行くミタリア、正騎士団魔法隊長レーア、副頭領ガイル、元三風牙ライドも強い希望で隊に加わっている。セバスは領の守備。それをジェイクがフォローする。


「みなさん、どうかお気をつけて」

 真っ黒な執事服に身を包んだセバスが頭を下げ皆を見送る。

「ミタリア様、どうかご無事で」

 すっかり領主ファンになってしまったジェイクも心配そうな顔でそれを見送る。ミタリアが手を振り笑顔で言う。


「皆行ってくるね~!! 私、幸せになるから!!」

 緊張した皆の顔が少し笑みになる。『業火の魔女』との対決の前に硬かった空気が和らぐ。ガイルが思う。


(これがミタリアの力だよな~、マジで一瞬で空気を変える)

『慈愛のミタリア』、彼女はいるだけで皆の心を文字通り癒してくれる。ある意味彼女が領主になって正解かもしれない。


 正騎士団加加勢隊はレフォードを先頭に一路ヴェスタ公国と争っている国境へと向かった。時間にして半日ほどかかる距離。『業火の魔女』相手に大苦戦が心配されるレフォード達は精鋭部隊を率い皆馬で先を急ぐ。


「止まれっ!!」

 先頭を走っていたレフォードが急に馬を止める。後続の兵達も驚きながらも急ぎ停止。後ろを走っていたガイルが尋ねる。


「レフォ兄、どうしたんだ!? 馬は急には止まれねえぞ」

 そう言ったガイルの目にレフォードの少し先に現れた男達の一団の姿が映る。ガイルが言う。


「レフォ兄、あれ……」

 すぐに分かる素人ではない雰囲気。何者なのか、敵意があるのかもまだ分からない。レフォードが馬を降り皆に言う。


「俺が話してくる。ここで待ってろ」

 馬から降りたレフォードを見た男のひとりがこちらに歩いて来る。


「お兄ちゃん……」

 心配そうに見つめるミタリアをよそにレフォードがその男と向き合った。





 ゴゴゴゴゴゴゴゴォ………

 ヴァーナが放った地獄の業火魔法『赤く燃え滾る隕石メテオストライク』。それにエルクが渾身の力で光の障壁ライトシールドを張り対抗する。空や大地にまで響く両者のぶつかる轟音。天地がひっくり返るような光景に正騎士団のみならずヴェスタ公国軍すら恐怖の色に染まる。


「あのヴァーナちゃんの隕石メテオに対抗するなんて~、凄いわ凄いわ、騎士団長さん~」

 戦況を見ていたゲルチが興奮気味に言う。ヴァーナは赤いストールを手に狂ったように舞っていたが、急に足元がふらつき始める。


「ヴァーナちゃん!? ヴァーナちゃん!!」

 すぐにゲルチが駆け付ける。力が抜けたヴァーナを見てゲルチが言う。

「あら、魔力切れね。そりゃそうだわよね~」

 ゲルチは天から降って来た赤く燃える巨大な隕石を見て思った。



 バキバキバキ……、バリン!!!!

 暫くぶつかり合っていた隕石と光の壁。
 しかしついにエルクの魔法障壁が持ち堪えられずに大きな音を立てて粉砕される。


(くっ、ここまでなのか……)

 エルクは頭上から迫って来る地獄のような隕石を見つめながら思う。魔法攻撃に対しては原則魔法で対処するのがセオリー。だが正騎士団やエルクの全力を持って作り上げた光の障壁ライトシールドもあの隕石の前にすべて破壊された。


「みんなは避難できたか……」

 横目で部隊の避難を確認。兜を脱ぎ、それを投げ捨てたエルクが叫ぶ。


「さあ来い。私は誉れ高きラフェル王国の正騎士団長・バーニング!! 私が全てを受けてやろう!!!」

 そう言って持っていた聖剣を構える。


(みんな、ごめん……)

 エルクが目を閉じる。迫りくる隕石。轟音が目の前まで迫る。



「はああああああっ!!!!」


 ガガガーーーーーーン!!!!


(え?)

 目を開けたエルクはその光景に驚いた。
 どこからともなく現れたひとりの男が、目の前に立って迫りくる隕石をで破壊した。
 爆音と共に砕け散る業火の隕石。信じられない光景に固まるエルクの前にやってきた男が拳を振り上げて言う。


「バカ、全部ひとりで背負うなって言っただろ」


 ガン!!

 そして振り下ろされるげんこつ。隕石が砕け散り、暗かった男の顔がはっきりと見える。


「兄さん、レフォード兄さん……」


 震える体。流れ落ちる涙。
 レフォードがエルクの頭を撫でながら言う。



「お前は本当に変わらねえ馬鹿だな。無茶しやがって」

 そしてゆっくりと優しく抱きしめる。


「でもよく頑張った。さすがは俺の弟」

「兄さん、兄さん……」

 そこに居た騎士団達が呆然とその初めて景色を見つめる。
 強く揺ぎ無かった騎士団長が、膝をつき体を震わせて涙する姿を。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...