愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

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第三章「正義のエルク」

24.交渉

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(一体何者なの、この男……)

 正騎士団魔法隊長レーアは連れて来られたヴェルリット家の屋敷の中で、椅子に座りながら思った。前に座ったレフォードが尋ねる。


「魔法隊長レーアで間違いないな?」

「ええ、そうよ」

 そう言って組んでいた足を組み替えるレーア。黒色のマントを外し、真っ赤なビキニだけとなった彼女に男達の好色の視線が集まる。
 レーアが、目の前に座るレフォードの腕に手を絡め不満そうな顔でこちらを見る赤いツインテールの少女を見て思う。


(彼女がヴェルリット家当主? 子供だと聞いていたけど、本当にガキね~)

 レーアは自身から滲み出る大人の色気を意識しながらレフォードを見つめる。


(それにしてもこんなに強い男がいたなんて驚きだわ)

 レーアは次第に目の前の青髪の男に興味を持ち始める。その青髪の男が言う。


「俺達の用件はただひとつ。騎士団長に会うことだ」

 レーアが尋ねる。

「ちょっと混乱していてよく分からないけど、まずあなた達は何者なの? 蛮族と聞いていたけど」

 レフォードが答える。

「その通りだ。ヴェルリット家の者と蛮族の者が混在している。それはだな……」

 レフォードが簡単にこれまでの経緯を説明する。黙っていたレーアだが次第にその表情が緩んでいく。


「まあ、本気でそんなことを考えている訳~? 驚きだわ。でも理に適っている。あなた達が敵ではなく味方になってくれれば正騎士団にとっても決して悪い話ではないわ」

 レフォードの隣に座っていたミタリアがむっとした表情で言う。


「こんにちは。私がヴェルリット家当主のミタリアです。そしてこの人が私のお兄ちゃんでフィアンセ。覚えておいてね」

 そう言ってレフォードの腕にしがみ付くミタリア。レフォードがため息をつきながら言う。

「ミタリア、だから俺はお前のフィアンセじゃねえって言ってるだろ」

 ミタリアがレフォードに強い口調で尋ねる。


「へえー、じゃあお兄ちゃんはこの目の前に座っているような色魔オバサンみたいなのに興味があるってことなの?」

「あなた、なに? その失礼な言い方!!」

 さすがのレーアも怒りを露わにして言い返す。ガイルがミタリアに言う。


「おい、ミタリア。話の邪魔するな。お前とレフォ兄のことなんて今関係ねえだろ」

「関係あるわ! 関係あるんだから!!」

 ミタリアはレーアの男を誘惑する衣装、口調、彼を見つめる色っぽい視線などすべてが不愉快だった。対照的にレーアはこの現状を冷静に分析する。


(貴族だけで正騎士団を維持するのはもう無理なのは明白だわ。平民とか蛮族とか色々いるけど、今の国の状況を考えるに彼らの協力を仰ぐのは決して悪いことじゃない。特にこのレフォードとか言う男、別格だわ……)

 レーアがレフォードを見つめる視線。ミタリアはやはりそれが気に食わない。レーアが言う。


「分かったわ。私が団長に話してみるわ。団長、平民大嫌いだけど、そこは覚悟しておいてね」

「ああ、助かる」

 頷くレフォードにレーアが更に言う。


「取り急ぎお願いがあるの」

「お願い? なんだ」

 レーアが真剣な顔で言う。


「今、団長は隣国ヴェスタ公国と戦っているわ。『業火の魔女』が戦線に現れて団長自ら対処しなければならなくなったの」

『業火の魔女』、レフォードも新聞でその異名は知っている。

「強いのか? その魔女と言うのは」

 そう尋ねるレフォードにレーアが答える。


「強いわ。名前の通り業火を操る女で、純粋な魔力なら私より数段上。気が狂ったように炎を放つ危険な存在よ」

 ラフェル王国最高の魔法の使い手がそう話す『業火の魔女』。噂は聞いていたが皆がその存在に改めて戦慄を覚える。レーアが言う。


「それでお願いと言うのは、これから私と一緒に団長の加勢に行って欲しいの。あなたに来て欲しいわ」

 そう言ってレーアがレフォードを指差す。隣にいたミタリアが顔を真っ赤にして言う。

「な、なんでそうなるの!? お兄ちゃんはそんな危険なことには……」


「分かった。すぐに行こう」

 即答するレフォードにミタリアが泣きそうな顔で言う。

「お、お兄ちゃん、そんなの危ないよ……、あの女だって信用できないし……」

 もはやレフォードのこととなるとが先に出てしまうミタリア。ガイルが尋ねる。


「レフォ兄、本当に大丈夫なのか? 助太刀に行った瞬間『拘束せよ、処刑だ!!』とかならねえか?」

 ガイルの頭にはやはり平民差別をする貴族達の姿がこびりついている。レフォードが答える。


「大丈夫だ。騎士団長に会えば分かる」

 彼の中では『正騎士団長=エルク』の構図が既に成り立っていた。血の繋がりはなくとも兄弟として過ごした大切な時間がそうだと言っている。弟が苦境に陥っているのならば、兄として助けるのに理由は要らない。ライドが笑顔で言う。

「おっさんが言うなら間違いないよ! 僕は信じるよ!!」

 ガイルも仕方ないと言う顔で続く。

「まあ、様のご命令じゃあ仕方ねえか」

 その言葉に何か引っかかるものを感じながらもレフォードが答える。

「ありがとう。それじゃあ加勢部隊とここの守備隊に分けてだな……」


「ミタリアはお兄ちゃんと一緒に行くからね!!」

 ある意味皆が予想していた言葉。レフォードのみが驚きミタリアに言う。

「馬鹿言ってんじゃねえ!! ヴェスタ公国とのガチのぶつかり合いだぞ。戦えねえおめえが行ってどうする!!」

 ミタリアがむっとして言い返す。


「へえー、じゃあお兄ちゃんはそこの色摩オバサンとふたりきりになりたいんだね。へえーへえー、そんなことはミタリアが許さないから!!」

 レフォードが頭を抱えながら言う。

「どうしてそうなる。とにかくだ、お前はここに残って……」


「領主命令よ、連れて行きなさい。あなたの主は誰?」

「……」

 立場的にはミタリアが上。更に彼女はレフォードの身柄を買い取った身。基本レフォードは逆らえない。


「……仕方ねえ、大人しくしてんだぞ」

 ミタリアが嬉しそうな顔で言う。

「いい子だね~、お兄ちゃん!! ちゃんとフィアンセのことは守るんだぞ」

 皆が苦笑する中、レーアだけがその異様な光景に戸惑う。


(やっぱりあのガキが一番偉いのか? レフォードとか言う男を手玉に取っている……)

 交渉成立。すぐに騎士団長援軍部隊が結成された。





「ヴァーナ様! ラフェルに騎士団長が加勢に現れたとのことです!!」

 ラフェル王国対ヴェスタ公国の最前線。
 領土問題で争いを続けてきた両国の軍隊が正面からぶつかって数日。『業火の魔女』有するヴェスタ軍に対し、守備が専門の重歩兵隊長ガード指揮するラフェルは劣勢に陥っていた。
 一騎当千の歩兵隊長ヴォーグが拘束され、全体として戦力低下が否めないラフェル軍。そんな中現れた騎士団長エークの報に皆が安堵し歓喜した。


「騎士団長~?? あ~、そんなの居たね~、きゃはははっ!!!」

 真っ赤な帽子に赤いタイトなドレス。首には赤いストールを巻き、深紅の髪を靡かせながらヴァーナが大声で笑う。一緒に報告を聞いた魔法隊副隊長ゲルチが言う。


「やだ~、ヴァーナちゃん、そんな言い方。敵さんの騎士団長ってチョーイケメンだわよ」

 筋肉隆々で濃い顎髭、彼は皆が恐れる魔法隊長に唯一『ちゃん付けタメ口』ができるゲルチ。暑くもないのにビキニパンツ一枚が彼の正装。その彼の役目は、自慢の筋肉で紙防御のヴァーナを盾となり守ることである。
 ヴァーナが白けた顔で言う。


「どーでもいいわ、そんなの。男は寡黙で渋くて~、それで青髪がサイコー!!! それ以外の男なんて~、存在価値もないぞおお~、ギャハハハハ!!!」

 そう言いながら気が狂ったように大声で笑い出すヴァーナ。業火魔法での破壊以外興味がない彼女にとって、唯一の口癖が『青髪の男』への想い。ゲルチが頬を赤らめて言う。


「じゃあ、ヴァーナちゃん。騎士団長さん捕まえたら、あたいのにしていい~??」

「好きにすれば。丸焦げ~、でもいいならね~、きゃははは~!!」

 ゲルチは両手で『お手上げ』のポーズをする。予想よりもずっと弱かったラフェル王国正騎士団。その戦況がヴェスタ公国軍に余裕をもたらしていた。ヴァーナが立ち上がって言う。


「じゃあ、また始めるわよ~!! 破壊破壊、燃えて燃えて燃えちゃえ~、あーはははっ!!!」

 真っ赤な衣装に身を包んだヴァーナが歩き出す。
 本人達が全く気付いていない国を巻き込んだ兄弟喧嘩。騎士団長エルクが加勢したラフェル軍に、ヴェスタ公国の『業火の魔女』が牙を剥く。
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