愚かな弟妹達は偉くなっても俺に叱られる。

サイトウ純蒼

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第三章「正義のエルク」

22.兄弟共闘

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 松明の明かりのみがぼんやり照らす薄暗い王城地下室。正騎士団長との面会にやって来たレフォード達は、逆にその彼らにやいばを向けられていた。騎士団の男が言う。

「蛮族無勢が! 丸腰で我ら騎士団に勝てると思うのか!!!」

 王城に入る際に持っている武器は預けなければならない。ガイルの護身用の短剣もレフォードの飾りと化した剣も今はない。ガイルが言う。


「だってよ、レフォ兄。どうする?」

 レフォードが拳を握り、顔の前まで持って来て言う。


「じゃあ、こいつでやるか」

「了解」

 同時にガイルが魔法を唱え始める。


「ウォークウォーク」

 ガイルの体が薄くなり、そして現れた分身が地下室の至る所で歩き始める。【風魔法】、これがガイルのスキル。そこに俊敏な動きが加わりひと吹きの風となる。騎士団の男が言う。


「討て、討て討て!! 遠慮はいらん、討て!!!!」

 それを合図に武器を構えていた他の騎士団達が一斉に斬りかかる。


「はあっ!!」

 シュンシュン!!

(!?)


 だが斬れない。
 騎士団達の剣はガイルの幻影に触れた瞬間、空虚な音を立てて空を斬る。


 バン!!!

「ぐはっ!!」

 その一方、風のように部屋を駆け巡るガイルの蹴りや拳が確実に彼らを捉え、暗い地下室のあちこちで正騎士団の声が響く。騎士団の男がレフォードに向かって叫ぶ。


「貴様らっ、騎士団に対するこのような蛮行、王国を敵にしたとみなすぞ!!!!」

「だったら話ぐらいさせろ!!!」

 レフォードが斬りかかって来る正騎士団の剣を左腕で受け止め、隙のできた胴体に右拳を打ち込む。


 ドフッ!! バキン!!!!

「ぐほっ……」

 正騎士団の持っていた剣が床に落ち、同時に正騎士の鎧が音を立てて砕け落ちる。レフォードが言う。


「ガイル、出るぞ!!」

「おう!!」

 あらかた正騎士団を倒したふたりは、出口へと向かって駆け出す。倒れた正騎士団の男がふたりの背中を見ながら小さくつぶやく。


「このような愚行が、許されると思うな……」

 男は腹部に残る鈍痛に耐えながら、反逆者ヴェルリット家のこの先を思い小さく笑った。




「ウィンドステップ!!」

 地下から表に出たガイルはすぐに新たな風魔法を唱える。ふたりの足元に集まる緑の風。ガイルが言う。

「レフォ兄、これでいつもの倍は速く走れる! 急いで街を出よう!!」

「分かった!」

 風の力を得たふたりは文字如く風のように街を駆け抜け馬を回収。そのままヴェルリット家へと向かった。





 王城で起きた前代未聞の逃走事件の報はすぐに正騎士団長エークに伝えられた。

「エーク団長、ご報告が!!」

 副団長シルバーが騎士団長室で戦略を練っていたエルクを尋ねる。顔を上げながら尋ねる。

「どうした、騒々しい」

 シルバーの顔からは明らかに動揺の色が見える。いや、動揺と言うよりは戸惑いの表情。シルバーが言う。


「今朝、騎士団を尋ねて蛮族がやって来たそうです」

「蛮族が? どういうことだ」

 想像できなかった話。そう尋ねるエルクにシルバーが答える。


「はい、何でも騎士団長に面会を求めたそうで……」

「私に? 何用だ?」

 シルバーが首を振って言う。

「詳細は分かりません。ただ拘束しようとした団員を倒して逃げたそうです」

「馬鹿な。相手は大軍だったのか?」

「いえ、ふたりと聞いております」


「たったふたりにやられ、逃げられたと……?」

 エルクの表情が険しくなる。シルバーが言う。

「はい、正騎士の鎧が破壊され負傷者多数。蛮族の頭領だという情報も入って来ています。あと、信じられないことですが彼らを雇っているのがヴェルリット家とのこと……」


「……何かの冗談か? 誤報ではないのか」

 地方領主とは言え貴族が蛮族に肩入れなどするはずはない。そう尋ねるエルクにシルバーが残念そうな顔で答える。


「いえ、その場にいた騎士団員達すべてが証言しております」

「ヴェルリット家を陥れる策略ではないのか?」

 再びシルバーが首を振って答える。

「いえ、ヴェルリット家の印が入った書面を持参しておりました。本物です」

「……」


 あり得ないことである。貴族が蛮族と手を組むとは。エルクが言う。

「嘘だと信じたいのだが、もしそれが本当ならば許されない愚行。騎士団に、ラフェルに刃を向ける者には厳粛な制裁が必要だ」

 黙って聞くシルバー。エルクが机にあった報告書を見ながら言う。

「だが今、運が悪いことにヴェスタ公国の『業火の魔女』が前線に現れたと報告が上がっている。重歩兵隊長ガードと歩兵隊で対処しているが持たないだろう。私が向かう」

 エルクの顔がより厳しくなる。


「ヴェルリット家にはレーアを向かわせる。すぐにここへ彼女を呼べ」

「はっ! しばしお待ちを」

 シルバーは頭を下げると部屋を退出する。


(貴族が蛮族と手を組む? 何かの間違いだと思いたい……)

 エルクが隣国ヴェスタ公国との戦線を憂う中、新たな問題が起き始めたことに更に頭を痛める。
 そこへシルバーが真っ赤なビキニに黒のマントを羽織ったひとりの女性と共に戻って来る。


「エーク団長、レーアを連れてまいりました」

 エルクが彼女の姿を見てため息をつく。


「レーア、いい加減その格好はやめろと言っただろう」

 レーアはお気に入りの黒マントを手で持ち上げながら答える。


「あら、やだ。この衣装のどこが悪いのかしら」

「全部だ」

「それは大きな誤解ですわよ、団長」

「何が誤解なのだ?」

 レーアがくるりと回転して自信気な顔で言う。


「これが私を最も美しく見せる服。そして最も強くさせる服ですわ!」

「はあ……」

 エルク同様、シルバーも深いため息をつく。エルクが諦めたような顔で言う。


「正騎士団、魔法隊長レーアに命を下す。その任務は……」

 エルクは現在の状況と、ヴェルリット家謀反を伝える。話を聞いたレーアが尋ねる。


「それじゃあ私はその逃げた蛮族と、ヴェルリット家当主の拘束ってことでいいかしら?」

 エルクが頷く。

「結構。逆らう蛮族は斬り捨てても構わない。だが当主は貴族だ。怪我をさせないよう拘束には注意しろ」

「はーい、分かりました!」

 レーアは軽く返事を返すとそのまま部屋を出る。エルクがシルバーに言う。


「私もすぐに歩兵隊の応援に向かう。シルバー、王城の守備はお前に一任する。何があっても王都を死守せよ」

「はっ! この命に代えても!!」

 そう言ってシルバーも頭を下げて退出していく。
 エルクは椅子に座り報告書を見つめる。そこにはヴェスタ公国の最強魔法隊であり、それを率いる通称『業火の魔女』と恐れられている敵将の襲来が記載されている。


「ヴェスタ公国、『業火の魔女』か……」

 エルクはこれまで以上にラフェル王国とヴェスタ公国の争いが大きくなっていくことに心を痛める。最強の魔法使いが出てきた以上、ラフェル最高の騎士が迎え撃たなければならない。


「相手は強い。だが私は絶対に。……そうですよね、レフォード兄さん」

 エルクは目を閉じ、昔の孤児院のことを少し思い出した。





「お兄ちゃん、お帰り!! って、ええっ!!??」

 ヴェルリット家、領主会議が早めに終わったミタリアが兄達の帰還を知り急ぎ迎えに出る。だがその風体を見て驚きの声を上げる。


「ど、どうしたの!? ふたりとも!!」

 ガイル自慢の尖った黒髪はぐにゃっとまがり、レフォードの青髪も全てオールバックになっている。明らかに急いで帰って来たのが分かる。レフォードが申し訳なさそうに言う。

「ミタリア、その、なんだ……、すまん!!」

「え!?」

 馬から降りたレフォードとガイルがふたり揃って頭を下げる。ミタリアが驚いて言う。


「ど、どうしたの!? ふたりとも。とりあえず中に入って話そうか」

 そう言うミタリアの後に続いて屋敷に入るレフォード達。その後集まった皆を前に王城であった出来事の一部始終を話した。



「何だよそれ……」

 最初に口を開いたのは三風牙のライド。まだ子供の彼にとってこの対処に素直に嫌悪感を示した。ミタリアは腕を組み、人差し指を自分の頬に当てながら言う。

「ま、仕方ないよね」

 レフォードが申し訳なさそうに言う。

「すまない。迷惑を掛けるようなことになって」


「いや、悪いのは俺だ! レフォ兄に甘えちまって……」

 ガイルが大きな声で言う。ミタリアが笑顔でそれに答える。

「ガイルお兄ちゃんをそのまま蛮族にはしておけないよ。そうでしょ? お兄ちゃん」

 話を振られたレフォードが頷いて言う。

「無論だ」


 黙って聞いていたジェイクが皆に言う。

「とりあえず正騎士団が来ても迎撃できるように準備をしましょう。拘束されれば我々は処刑。むざむざとそのような処遇を受けるつもりはありませんので」

 筋肉隆々のジェイクが辮髪を揺らしながら発する言葉。落ち着いた口調の中にも怒りを感じる。ガイルが腕を組んで言う。


「ジェイク、それは大丈夫だぞ」

「……と、言いますと?」

 ガイルが大きな声で皆に言う。


「王城で正騎士団と戦ったが、正直骨のない奴ばかりだった。隊長クラスは知らねえが、一般団員なら大したことはねえぞ」

 貴族のみの正騎士団の歪みが少しずつ現れて来ている。

「それによぉ、今この布陣をどこの部隊が攻略できると思う?」

 そこには最強蛮族集団『鷹の風』の元頭領のガイル、ナンバー2のジェイク。幹部、三風牙のライド。そして彼らが束になっても勝てるか分からない現頭領レフォード。それに蛮族部隊に元からいたヴェルリット家の兵士。十分正騎士団と渡り合える布陣である。そこへ『鷹の風』の別部隊から連絡が入る。


「報告します! ヴェスタ公国がラフェルに向けて大規模攻撃を開始した模様。ラフェルは騎士団長を始めとした主力部隊がこれに応戦。現在激しい戦闘が行われています!!」

「騎士団長が出陣……」

 皆がその報告に少なからず驚く。執事のセバスが言う。


「外敵の脅威がある中、国内でこのような争いをしている場合ではないはず」

 悲しげな顔をするセバスにレフォードが言う。


「その通りだ。だから一刻も早く騎士団長に会う」

 ヴェルリット家の者の中には蛮族と共闘することや、彼らが正騎士団に加わることに白い目を向ける者もいる。それでもレフォードは騎士団長に賭けていた。


 ――エルク、お前が助けを求めるのならば俺はいつでも駆け付ける。

 弟妹達が悲しみ苦しむ姿は見たくない。長兄として彼らの力になりたい。
 様々な思いが交差するヴェルリット家の面々。そんな彼らに間もなく、正騎士団魔法隊長レーア襲撃の報がもたらされることとなる。
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