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第二章「空腹のガイル」

12.幹部三風牙 vs 騎士団歩兵隊長

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 レフォードが蛮族の拠点に向かう前夜、蛮族『鷹の風』幹部三風牙さんふうがのフォーレとレンレンは緊張した面持ちでその目の前の屋敷に突入した。


「ウィンドステップ」

 風の魔法使いフォーレが小声で魔法を詠唱する。同時に皆の周りに起こる緑色の風。それは彼らの足元を包み込みその体を宙へと浮かばせる。


「行くぞ、気を引き締めろ!」

 全員が屋敷の敷地へ入ったのを確認してからフォーレが皆に声をかける。
 今夜の対象は正騎士団歩兵隊長ヴォーグの屋敷。これまで主に襲撃してきた豪商とは訳が違う。


「何奴!? 侵入者だ!!!」

 暗闇の中、音を消して移動していたフォーレ達。しかしそこは国内最高峰の幹部の屋敷。すぐに警備の兵士に見つかってしまう。


(行くぞ)

 フォーレ達は無言のまま戦闘準備に入る。何も言わなくても伝わる意志。それこそが『鷹の風』幹部が率いる最高クラスの戦闘集団であった。


「ぎゃああ!!!」
「ぐわっ!? な、なんて素早さ!!」

 風に敬意を示して練り上げられた戦闘スタイル。皆がそれこそ風のように素早く動き、そして狩る。


「スピアラッシュ!!!!」

 そして女戦士レンレンの槍攻撃。可愛らしい顔からは想像できないほど強力な槍の嵐が兵士達に降り注ぐ。



 バン!!!

「何だお前ら?」

 あらかた守衛の兵を倒したフォーレ達蛮族。その動きの素早さに倒れた兵士達が驚いている中、突如屋敷の大扉が開かれた。


「ヴォ、ヴォーグ様……」

 倒れた兵士が叫ぶ。現れたのは正騎士団歩兵隊長ヴォーグ。完全な寝間着姿だが、手には二本の槍が握られている。倒れた兵士を見たヴォーグが低い声で言う。


「てめえら、ここが歩兵隊長の家だと知っての蛮行か?」

 無言のフォーレ。言葉の代わりに風魔法を放つ。


「ウィンドストリーム!!」

 ゴオオオオオオ……

 歩み寄って来たヴォーグの周りに起こる風の竜巻。それはまるで彼の自由を奪うような壁。左右を見ながらヴォーグがむっとする。


「スピアラッシュ!!!!」

 さらに逃げ場を封じたヴォーグに真正面からレンレンの槍攻撃が放たれる。ヴォーグは手にした槍を持ち鬼の形相で叫ぶ。

「てめえらが蛮族かっ!! ここで全員ひっ捕らえてやる!!!!」

 二本の槍を勢い良く回転させ、轟音と共にふたつの竜巻を発生させる。蛮族のお株を奪う様な攻撃。レンレン達が思わず悲鳴を上げる。


「なっ!? きゃああああ!!!」

 さすがの彼女も自分の攻撃を飲み込んで襲いかかる規格外の攻撃に、仲間諸共吹き飛ばされた。


「レンレン!!!」

 フォーレが叫ぶ。レンレンは吹き飛ばされながらも着地し、答える。


「まだ行けるわ!!」

「……」

 フォーレは撤退すべきか一瞬迷った。予想よりもずっと強力な相手。幹部ふたりで倒せる保証もない。ただ普段は面倒臭がり屋のレンレンが強い相手にこれまでにないほど気合を入れている。


(行くか)

 フォーレも風魔法を唱え始めた。




「はあ、はあ……、やばいね、あいつ……」

 戦い始めて十分ほど、たったひとりのヴォーグに押され始めたレンレンが初めて弱音を吐く。部下達は既に負傷し戦線離脱。自分やフォーレも浅くない怪我を負っている。


「撤退するぞ」

 フォーレからその言葉が発せられた。これ以上戦闘を長引かせる訳にはいかない。敗北、任務失敗。『鷹の風』幹部として随分久しぶりの撤退である。


(さて、どうやって逃げる……)

 幹部ふたりなら逃走も可能だ。ただ倒れた部下達と一緒だとなるとそれは至難を極める。フォーレが魔法を唱える。


「レンレン、あいつらを助けて逃げろ!! ウィンドストリーム!!!!」

 レンレンは無言で後退し、負傷した部下達の元へと駆け寄る。巨大な風の竜巻。ヴォーグに放たれた風魔法は、今夜最大級のものであった。


「はああああ!!!!」

 ヴォーグはそれに対して手にした二本の槍で同じく風の竜巻を作る。


 ゴオオオオオオオ!!!!!

 ヴォーグが作り出した竜巻がフォーレの竜巻に轟音とともにぶつかり、そして消滅した。


「ば、馬鹿な……」

 自慢の魔法を槍技のみで相殺した。こんな豪快な技、見たこともない。


(まずい……、隊長とはこんなに強いのか……)

 フォーレは後ずさりしながら目の前の巨躯の男を見つめた。国の最高軍事機関である正騎士団。その歩兵部隊の最高指揮官であるヴォーグ。夜襲なら行けると考えた自分の甘さを悔やんだ。


「おいおい、その程度で終わりか?」

 ヴォーグとて無傷ではない。
 全身に受けた風魔法による傷、レンレンの刺創は着ている服を真っ赤に染めている。だがその覇気は一向に衰えない。


「あー、酔いが冷めちまったじゃねえか」

 ヴォーグは手にした二本の槍を構え蛮族達を睨む。


(やられる……)

 フォーレは覚悟した。そして自分達の力の過信を後悔した。



「ウォークウォーク」


 そんな絶望的な状況に、その軽い声が響いた。

「な、なんだ!?」

 ヴォーグは自身の周りに現れた穏やかな緑の風に戸惑う。


「ここからは俺が相手するぜ~」

 ヴォーグの周りを包む風に乗り現れた男、黒の尖った髪の男、『鷹の風』頭領ガイルであった。


「ガイル様!!!」

 フォーレが叫ぶ。ガイルは手で軽く帰れと言った仕草をするとヴォーグに言う。

「やっぱり強いね~、歩兵隊長ってさ」

 そう言いながらもヴォーグの周りに吹く風に幾つものガイルの姿が現れる。


「ど、どうなってやがる!?」

 まるで分身のような幻影攻撃。きょろきょろと周りを見るヴォーグにガイルの攻撃が始まる。


 シュンシュンシュン!!!

 ガイルの分身達が時間差で短剣を振り抜く。


「くっ……」

 鎧を着ていない今、ヴォーグにそれを防ぐ有効な手段はなかった。



(撤退!!)

 ガイルはフォーレ達が無事に逃げ去ったのを確認してから自身もその場を去る。



「くそ……、逃げられたか……」

 ヴォーグは最終手段として自身も巻き込む攻撃を放とうとしていたが、それより先にガイルはまるで風のようにその場から消え去って行った。


「蛮族の、頭領か……」

 ヴォーグはすべて倒された兵士、そして自身が受けた浅くない怪我がを見て小さくつぶやいた。




「すみません、ガイル様……」

 フォーレとレンレンは拠点へ逃げながら謝罪した。用意した馬には怪我をした部下達数名。完全な敗北、任務失敗である。


「いいって、気にすんな! 相手が強かった。あはははっ!!」

 仕事の失敗を一切咎めないガイル。そんな彼に皆が敬服する。ガイルが言う。

「明日は新しい奴らが入って来るからな。そいつらとまた力を合わせてリベンジしようぜ!!」

「はっ!!」

 フォーレとレンレンは深く頷いてそれに答えた。





「じゃあ、行ってくる」

 武闘大会から三日後、気持ち良く晴れた空の下、レフォードがミタリアに言った。

「うん、気を付けてね……、お兄ちゃん、やっぱり私も……」

「お前は留守番だ」


「ぶー」

 やはりどうしても自分も一緒に行きたいミタリア。それを何度も断るレフォード。結局ミタリアは納得いかないままその朝を迎えた。

「危険な任務だ。あいつらに雇われたのは俺ひとり。領主のお前が行ったら直ぐにバレるだろう」

「変装するから大丈夫だって!!」

 それを意識したのかミタリアはいつもの赤いツインテールではなくポニーテールに、そして眼鏡をかけている。レフォードが首を振って答える。


「そう言う問題じゃない。とにかくお前はここで待ってろ。ガイルの首根っこ掴んで連れて来るから」

「ふーんだ!!」

 ミタリアはプイと首を振ってそれに応える。


「じゃあな」

 レフォードは金髪のかつらに顔を覆うマスク、フード付きのグレーのコートを着て馬に乗り走り出す。


「もぉ、お兄ちゃんの意地悪、意気地なし、浮気者ぉ」

 ミタリアはぷっと頬を膨らませ、消えゆくレフォードに向かってつぶやいた。





「お前がか?」

 北の森にやって来たレフォードに全身黒ずくめの男が近付き言った。

「ああ、そうだ」

 レフォードが小さく答える。男は約束通り現れた金髪の男の姿を見て頷き言う。


「ついて来い」

 レフォードもそれに頷いて馬を歩かせる。恐らく一般戦闘員だろう、辮髪べんぱつのジェイクや少年ライドから感じる強い圧力はない。レフォードが尋ねる。


「今日、に会えるのか?」


 それを聞いた戦闘員が立ち止まり、振り返って言う。

「言葉に気をつけろ、新人。ガイルだ。ふざけた態度を取るなら着く前にその首、切り落とすぞ」

 はっきり感じる強い怒り。どこのガイルかはまだ分からないが、彼らにとってその『ガイル』は頭領。忠誠を誓い、そして尊敬すべき相手。レフォードが軽く頭を下げて言う。


「すまない、悪かった」

 男は無言で前を向き、再び歩き出す。レフォードもそれに続いて歩き出す。
 レフォードとガイル。長い時間離れ離れになっていたふたつの糸が、間もなく交差する。
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