覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
上 下
72 / 89
第五章「聖女と神騎士」

72.エルグの追撃

しおりを挟む
「た、隊長!! 来ました!! エルグ様の仰った通り、銀髪の男と姫です!!!」

 聖騎士団長エルグからの命を受け、先に『ルルカカ』への街道沿いで待機していたネガーベル軍特別編成部隊。見張りをしていた兵がロレンツ達の姿を見つけ部隊長に報告した。部隊長が叫ぶ。


「よし!! では総員隊列を組めっ!! 敵は強いがネガーベルの意地にかけてをする!!!!」

「おおー!!」

 部隊長の掛け声とともに重騎士隊が前衛へ、弓隊、魔導隊がその後ろにつく。



「嬢ちゃん、振り落とされるなよおおおおお!!!!」

「きゃーーーーっ!!!」

 馬を全力で走らせ突撃するロレンツ。
 アンナは恐怖で叫びながらロレンツにしがみつく。


(黒波斬・連撃っ!!!)

 ロレンツは隊列を組んだ敵対に向けて呪剣を何度も振り下ろす。


 ドオオオオオン!!!

「ぎゃああ!!!!!」

 漆黒の衝撃波を受け吹き飛ぶ重騎士隊。想像以上の攻撃に隊全体が動揺する。
 しかしながら防御に優れ、数で上回る重騎士隊を完全に沈めるのは難しい。部隊長が叫ぶ。


「弓隊、魔導隊、放てっ!!!」

 後方から放たれる弓や魔法などの遠距離攻撃。ロレンツはそのすべてを馬上から呪剣で払ったが、地面に着弾した攻撃魔法の音に驚いた馬が暴れアンナ諸共落馬してしまう。


「きゃあ!!」

「くっ!!」

 地面に落ちたふたり。
 戦闘用訓練をしていない馬にとって戦場は恐怖であり、ロレンツとアンナを置いて鳴き声を上げながら走り去って行った。ロレンツがアンナの前に立ち呪剣を構え言う。


「すべて潰すぞっ!!!!」

 アンナは必死に涙を堪えた。
 リリーを除き、周りの誰もが自分に敵意や無関心でいる中、こんなに命を懸けてまで必死になってくれるその姿が嬉しかった。ただ同時に思う。


(頑張れば頑張るほど、彼の命の炎が消えて行く……)

 すでに右手甲の模様は最初の形が分からないほど欠けてしまっており、今やほんの少し黒くなっている程度だ。一刻も早く安全な『ルルカカ』に向かうには目の前の軍隊を倒し、馬を奪って走るしかない。
 身を震わせ守って貰うことしかできないアンナが必死に涙を耐える。


(くそっ……)

 数々の死線を潜り抜け、圧倒的戦闘センスに恵まれたロレンツ。
 だが押せば倒れてしまうアンナを守りながらの戦闘は、その彼の持ち味を半減させてしまっていた。このような戦闘の場合、ロレンツは単身敵陣へ飛び込み内部をかく乱。一気に敵司令官を討って部隊を壊滅に追い込む。ただそんなことは今はできない。


(呪剣、円周斬えんしゅうざん!!!!)

 少し離れた場所からの攻撃。
 ロレンツは呪剣、そして自分の体にいつも以上の負荷をかけながら戦った。



「な、なんだ、あいつは……」

 それでも急ごしらえで編成された部隊では彼を止めることはできなかった。重騎士隊は全滅、残った歩兵隊や弓隊なども壊滅状態に追い込まれた。部隊長は今更ながら対峙しているネガーベル最強の男の強さを思い知る。



「はあ、はあ……」

 漆黒の剣を構え肩で息をするロレンツ。
 被弾は皆無だが、呪剣使用による体への激痛が始まっている。


「ロレンツ、ロレンツぅ……」

 泣きそうな顔になってアンナがその名前を口にする。ロレンツは剣を相手に向けながら左手でアンナを抱き寄せて言う。


「嬢ちゃん、お前は笑ってな。笑顔が良く似合う」

(笑える訳、笑える訳ないでしょ……、こんなに辛そうなのに……)

 ひと言も言わないが見ていればすぐに分かる彼を襲う激痛。アンナは涙を堪えてロレンツを抱きしめた。




「耐えろ、耐えるんだ!! 我々の目的は足止め。そうすれば……、ああ、来たっ!!!」

 部隊長は壊滅寸前の皆を鼓舞するように言った。そしてロレンツの後方に舞い上げる粉塵を見て叫ぶ。


「来た来た来た来たーーーーっ!! が来たーーーーーっ!!!!!」




(!!)

 ロレンツは敵に剣を構えながら、突然後方から聞こえる音に気付いて振り返る。


(くそっ、追いつかれたか!!!)

 それはネガーベル王城から出陣した討伐本体。
 対峙していた部隊の数倍はある規模。それはロレンツ討伐、並びにアンナ姫拘束の為に聖騎士団長エルグ自らが率いてきたネガーベル最強軍団であった。


「ロレンツ、ロレンツぅ……」

 アンナが泣きそうな声で抱き着く。ロレンツは両者を見つめるような形で剣を構える。


 ザザッ、ザザザッ……

 ネガーベル軍の本体がロレンツ達と少し距離を置いて立ち止まる。
 その数、ゆうに一個師団を上回る数。ネガーベル最強の装備に身を包んだ美しいほどの重騎士団を先頭に、歩兵団、軽騎士団、弓隊、魔導隊が続く。もはやどこかの国と戦争を行うような規模である。
 その中から美しい白馬に乗り、真っ赤なマントを靡かせた男が現れて言った。


「やあ、ロレロレ殿。こんな所で奇遇だね」

 聖騎士団長エルグ。真っ赤なサラサラな髪を風に靡かせながら余裕の表情で言う。ロレンツが答える。


「よお、騎士団長さん。こんな所で何か用かい? 俺たちゃ急ぐんで、構わないでくれると有難てえんだが……」

 エルグが答える。

「あはははっ。じゃあ、大人しくしてくれるかい。我々は姫様を国家反逆罪、そして君をその幇助罪で捕えなきゃならないんだ」


「エルグ……」

 ロレンツに抱きしめられながらアンナがエルグを睨みつけるように言う。


「あなた、こんな事をして許されると思ってるの!!!」

 エルグが笑いながら答える。

「それはこちらのセリフ。王家の姫でありながら敵と繋がるとは。残念でなりません」

「わ、わたしはそんなこと……、ううっ!!」

 大声で叫ぶアンナをロレンツが止める。


「何を言っても無駄だ。奴はお前を殺しに来ている」

(!!)

 初めて実感した
 目の前で間もなく起こるだろう自分の死を感じ、アンナの体が震え始める。


「大丈夫だ」

「え?」

 ロレンツが再び左腕でアンナを強く抱きしめる。


「お前は俺が守る。死なせやしねえ」

(ロレンツぅ……)

 アンナは堪えていた涙がぼとぼとと流れ出すのをもう止められなかった。



(ふっ、目障りな奴よ!!!)

 エルグは馬上でアンナを守るロレンツを見下ろして思った。


(奴は強い。普通に戦ったら勝てるかどうかは分からない。だが……)

 エルグは事前に懐柔したマサルト王国のゴードンの話を思い出す。


『あいつは強い。だが黒い剣を使うえば使うほど、なぜか奴の体がダメージを受けるんです』

 それを聞いたエルグはロレンツ討伐の為に大軍隊を編成した。
 呪剣の過使用による反動で動けなくなるのを待つために。


「キャロルっ!!!」

「は~い!!」

 エルグに呼ばれて後ろからピンク色の髪を揺らしながら副団長のキャロル・ティンフェルが現れる。色っぽい所作とは対照的に、腰につけ太陽の光を受けレイピアが不気味に輝いている。エルグが言う。


「奴を討て。そしてアンナを捕らえよ」

「はい、は~い!!」

 キャロルは馬から降りると、ロレンツ達に近付く。



「よお、ピンクの嬢ちゃん。久しぶりだな」

「ロレロレ~、キャロル会いたかったよ~」

 アンナはこんな場所に来てもロレンツに色目を使うピンク髪の女をむっとしながら見つつ、後退する。ロレンツが剣を構えて言う。


「相手になってやる。だがこれは練習じゃねえ。命かけて来な」

 キャロルもにっこりと笑いながらレイピアを抜いた。





 ガンガンガン!!!!

「開けろっ!! 今すぐここを開けるんだ!!!」

 ネガーベル王城、ロレンツの部屋。
 しっかりと鍵が掛けられたそのドアの外側で、集まった兵士達の大きな声が響く。部屋の中ではその声に震えるイコ、そして彼女をしっかりと抱きしめるミンファが蹲る。
 そしてもうひとりそんな声に全く動じないアンナの侍女リリーが部屋の中から大声で答える。


「ここにあなた方の探す姫様も『護衛職』もいません!! すぐにお引き取りを!!!」

 ロレンツと別れてすぐにここにやって来たリリー。
 強気の彼女が青いツインテールを揺らしながら仁王立ちする。ドアの外から兵士が叫ぶ。


「用事があるのは、なんだよっ!!!」


 ドオオオン!!!!


「きゃあ!!」

 ネガーベルの兵士達は一気にドアを蹴破ると、中で震えていたイコやミンファ達を取り囲んだ。ミンファがぎゅっとイコを抱きしめる。

(命に掛けてもこの子は私が守らなければ!!!)


 リリーが短剣を兵士達に向け声を震わせながら言う。


「で、出て行きなさい!! ここには女子供しかいません!!!」


「やれ!!!」

 兵士達はひとりの男の声を合図に、皆が抜刀し剣を振り上げる。


(ごめんなさい……、アンナ様……)

 大勢の兵士に囲まれたリリー。
 もはや子供である彼女にどうにかできる状況ではなかった。


「ぎゃあ!!」


(え?)

 リリーは目の前で起きた信じられない光景に目を疑った。


「な、何が起こって……!?」

 剣を抜いた兵士達。
 その多くがの兵士に向かって剣を振り下ろしている。

 そしてひとりの兵士が鉄兜を脱ぎながらリリーに言った。


「ご安心下され。あなたは後ろへ!!」


(あ!)

 頭が良く、記憶力も抜群のリリーがその男を思い出す。


(この人、『剣遊会』で戦った……)

 『剣遊会』でジャスター家として出場し、ロレンツに敗れた小隊長。
 後に家族を助けられた彼はロレンツの身内に拘束命令が出ていることを知り、拘束部隊に混じり真っ先にここへやって来た。小隊長に味方する兵士達はすべて【赤き悪魔】から家族を救って貰った男達。小隊長が叫ぶ。


「我らが恩人の為、ここを死守する!!! 何人たりともこの部屋に入れるな!!!」

「おおっ!!!!」

 部屋にいたエルグの手下達を一掃した兵士達がドアの前に出て陣を組む。
 表面上はエルグ派。しかし心の中ではロレンツ派の小隊長が思う。


(ここは我等が必ず守り通す。ロレンツ殿、姫様をお頼み申す!!!)

 小隊長は再び鉄兜を頭に被ると、剣を手に最前列へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

【完結】平安の姫が悪役令嬢になったなら

うり北 うりこ@ざまされ書籍化決定
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢に転生した、平安おかめ姫と皇太子の恋物語。  悪役令嬢のイザベルはある日、恨みをかったことで階段から突き落とされて、前世の記憶を思い出した。  平安のお姫様だったことを思い出したイザベルは今の自分を醜いと思い、おかめのお面を作りことあるごとに被ろうとする。  以前と変わったイザベルに興味を持ち始めた皇太子は、徐々にイザベルに引かれていき……。  本編完結しました。番外編を時折投稿していきたいと思います。  設定甘めです。細かいことは気にせずに書いています。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派
ファンタジー
 勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"  その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。  そんなところに現れた一人の中年男性。  記憶もなく、魔力もゼロ。  自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。  記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。  その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。 ◆◆◆  元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。  小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。 ※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。 表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...