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第五章「聖女と神騎士」
70.ロレンツの怒り
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「こ、これは一体……」
ネガーベル聖騎士団長エルグからの指示を受けミスガリアに偵察に来た兵士が、そのあり得ない光景を見て愕然とした。
「街が、ミスガリアの王都が燃えている……」
山岳地帯にあるミスガリア。
その山の上に造られた美しい都市ミスガリア。それが今、真っ赤に燃え上がる炎に包まれている。上空には巨大な漆黒の竜。凶悪な瘴気を放ちながら悠々と空を舞っている。兵士が言う。
「あ、あれは一体なんでしょうか……」
見たこともない異形を遠くから見つめ兵士のひとりが震えながら言う。
「分からない。ただ前にネガーベルを襲った【赤き悪魔】に似ていないか?」
「確かに……」
ただ真っ赤だった前回の竜に対し、今目に映るのは漆黒の竜。大きさも迫力も桁が違う。
「隊長!!」
そこへ別に偵察を送っていた部隊が戻って来て報告をする。
「どうした!?」
慌てるその顔を見てただ事ではないと直感する。兵士が言う。
「我が軍が、ネガーベル軍が全滅しておりました……」
「なっ!?」
そこにいる誰もがその言葉を疑った。
最強と称えられるネガーベル軍。今回は数こそ少数だが選りすぐりの精鋭を送ったはず。偵察隊を率いていた隊長がその場にいた皆に言う。
「戻るぞ。すぐに戻ってエルグ様に報告をする!!!」
「はっ!!」
偵察隊は優雅に空を舞う漆黒の竜を背に、一路ネガーベルへと馬を走らせた。
「あはははっ!! ミンファお姉ちゃん面白~い!!」
イコと家政婦をしているミンファの笑い声が部屋に響く。ロレンツはひとりじっと窓の外を眺める。
(何だ、この胸騒ぎは……)
平和なはずのネガーベル城。
しかしロレンツはなぜか落ち着かない。嵐の前の静けさじゃないが、この平穏が不思議と不気味に感じる。
ガンガンガン!!!
そんなロレンツの不安を的中させるようにドアが強く叩かれる。すっとドアに移動したロレンツが言う。
「誰だ?」
「ロレンツさん、私です。国軍小隊長の……」
そこまで聞いたロレンツがすぐにドアを開ける。
そこに居たのは以前『剣遊会』でジャスター家代表のひとりとして戦った小隊長。家族を人質に脅されていたのをロレンツが救助した男である。小隊長が言う。
「大変です!! さっき軍の通告でアンナ姫が、アンナ姫が……」
ロレンツが黙ってその次の言葉を聞く。
「アンナ姫が国家反逆罪で拘束、処刑されることが決まったと……」
(!!)
冷静で余程のことでも動じないロレンツが震えた。ふうと息を整えて小隊長に言う。
「ありがとう。よく知らせてくれた。お前はもう戻れ」
小隊長がロレンツに近付いて言う。
「じ、自分も一緒に……」
ロレンツが小隊長の肩に手をかけて言う。
「気持ちは有り難い。だが足手まといだ」
小隊長はすぐにそれが自分のことを心配して言ってくれるのだと分かった。小さく下を向いて言う。
「分かりました。でも自分はあなたに恩を返したい。妻と娘を救ってくれた恩を!!」
小隊長の目に涙が溢れる。ロレンツは頷いて答える。
「感謝している。ありがとう」
そう言うとロレンツは部屋の中へと消えて行く。小隊長は涙を流しながら深く頭を下げその場を走り去った。
「ふたりとも来てくれ」
只ならぬ雰囲気を感じたイコとミンファがすぐにロレンツのところへやって来る。真剣な顔をしたロレンツがイコの頭を撫でて言う。
「少し出掛けてくる。戻りは遅くなるかもしれん。どれだけ遅くなっても心配はするな」
「パパ……」
不安げにロレンツを見上げる。ミンファに言う。
「すまねえが、イコを頼まれてくれるか。こいつは俺の命と同じもの。お前に預ける」
真剣な目をしたロレンツにミンファが緊張して答える。
「わ、分かりました。でも、でも……」
ミンファは目を赤くして言う。
「無事に戻って来て下さい。それが条件です……」
ロレンツは目を閉じ頷いて答える。
「分かった」
そう言ってもう一度だけイコの頭を撫でると急ぎ部屋を出て行った。
(ロレロレ様……)
ミンファはイコの手をぎゅっと握りしめその後姿を見送った。
「アンナ・キャスタール、お前を国家反逆罪で拘束する!!!」
リリーは自分の耳を疑った。
王家の、一国の姫であるアンナが国家反逆罪とは一体どういうことだろうか。リリーが言う。
「無礼なっ!! ネガーベル姫のアンナ様がそんなことをするするはずないでしょ!!」
兵士が言う。
「黙れ!! 拘束して連行する。抵抗は許さん!!」
そう言ってアンナに近付こうとする兵士の前にリリーが両手を開いて大声で言う。
「させません!! アンナ様に指一本触れさせない!!!」
兵士が懐から一枚の書状を取り出してリリーに見せる。
「これがその証拠だ。敵国だったマサルトと内通し、ネガーベルに奇襲をかける計画。エルグ様が感づいて未然に防いだものの、一国の姫でありながら何を考えているというのだ!!」
リリーはそのマサルトの国印が入った書状を見つめる。まぎれもなくマサルトからアンナ宛てに送られた手紙で、ネガーベル侵攻の計画が書かれたものであった。リリーが首を振りながら言う。
「こんな、こんな馬鹿なことがあるはずないでしょ!!」
「黙れ!!!」
パン!!!
「きゃあ!!」
それでも食い下がらないリリーに兵士が平手打ちをする。
「リリー!!!!」
倒れたリリーの元へアンナが慌てて駆け寄る。そして兵士を睨みつけて言う。
「こんなことをして許されると思っているの!!!」
兵士が近付きながら答える。
「お前こそこんな恐ろしいことをしておいて許されると思っているのか!? さあ、大人しくしろ!!!」
そう言って兵士はアンナの腕を掴み無理やり連れて行こうとする。アンナは抵抗しながら大声で言う。
「や、やめなさい!!! こんな事がこんな事が許されて……」
パン!!!
「きゃあ!!!」
「ア、アンナ様!!!!」
激しく抵抗したアンナもリリー同様、兵士の平手打ちを受けて床に崩れ落ちる。リリーが立ち上がって兵士に向かって叫びながら拳を上げる。
「やめなさい!!!」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
今度は別の兵士が後ろからリリーを殴りつける。リリーは突然の鈍痛に頭を押さえながら床に座り込む。アンナが涙を流して叫ぶ。
「リリー、リリー!!! あなた達、子供に向かってなんてことをするの!!!」
兵士がアンナの髪を掴み上げて大声で言う。
「黙れっ!! この売国奴が!! 聖女になれなかったからと言って恥を知れ!!!」
バン!!!
「きゃあ!!」
兵士はアンナの髪を掴んだままその綺麗な顔を殴りつける。
バン、バン!!!
アンナは声も上げられずにひたすら兵士に殴られる。
「や、やめて……、アンナ様を……」
激痛でふらつくリリーが立ち上がりながらアンナの近くへ歩み寄る。
ドフッ!!!
「ぎゃ!!!」
今度はそのリリーを別の兵士が足蹴りにする。
「うぐぐぐっ……」
腹を蹴られたリリーが手で腹を抑えながら倒れる。兵士が興奮しながら言う。
「国を売った愚か者は誰であろうと拘束する。で、もう決まっているんだ。処刑がな!!!」
(!!)
リリーとアンナはそれを聞いて目の前が真っ暗になった。
何が起こったのか分からない。
策略か、陰謀か。
全く身に覚えがないマサルトとの結託。
もう反抗する気力がなくなった。
体が動かなくなった。
するとアンナの頭にあの銀髪の男の顔が浮かんだ。
だがこれまでしてきたことを思うと簡単に助けてなどと言えない。
罵倒し、コーヒーを投げつけ、無視して部屋にも入れなかった。
『浮気』などと言う思い込みで執拗に怒り散らしたくせに、自分が好きだと気付いたら傍にいて欲しいと願う。
(そんな勝手なこと、そんな身勝手なこといいわけないよね……)
アンナは長髪を掴まれながらここに居ないその男のことを思い、涙を流す。
――ごめんなさい
こんな事になって初めて謝れた。
彼のことが好きでちゃんと謝りたい。その気持ちがアンナに力を与えた。
ぎゅっ!!
アンナは自分の髪を掴んでいる兵士の腕を力を込めて掴んだ。
恐怖。
また殴られるのではないかと言う恐怖と戦いながらその兵士を睨みつける。
(え?)
そしてアンナは気付いた。
その兵士の後ろに立つ大きな男の影に。
ガン!!!
「ぎゃああ!!!」
兵士はその男から思い切り頭突きを食らい、そのまま気絶して床に崩れ落ちる。力が抜け、倒れそうになるアンナをその男の太い腕が抱き寄せて言った。
「大丈夫か、嬢ちゃん?」
太く逞しい腕。厚い胸板。銀色の髪。
それはアンナ・キャスタールの『護衛士』ロレンツ・ウォーリックであった。
「ロレンツ、ロレンツぅ……」
アンナはロレンツに抱きしめられながらボロボロと涙を流す。そしてその厚い胸に顔を埋めて泣きながら言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私が悪くて、ううっ、うわーん!!!!」
ロレンツは腕の中で泣きじゃくるアンナの頭を何度も撫でる。そして周りの兵士に向かって静かに言った。
「おめえら、よくもうちの姫さんをこんなに泣かせてくれたな……」
既に拘束に来た兵士の半数以上がロレンツに殴られ意識を失っている。ロレンツが鬼の形相となり睨みつけながら言う。
「落とし前、つけさせてもらうぞ」
【赤き悪魔】を蹴散らし、副団長キャロルを圧倒したネガーベルで最強と恐れられるその男の激怒する姿に、兵士達は既に戦意を喪失し始めていた。
ネガーベル聖騎士団長エルグからの指示を受けミスガリアに偵察に来た兵士が、そのあり得ない光景を見て愕然とした。
「街が、ミスガリアの王都が燃えている……」
山岳地帯にあるミスガリア。
その山の上に造られた美しい都市ミスガリア。それが今、真っ赤に燃え上がる炎に包まれている。上空には巨大な漆黒の竜。凶悪な瘴気を放ちながら悠々と空を舞っている。兵士が言う。
「あ、あれは一体なんでしょうか……」
見たこともない異形を遠くから見つめ兵士のひとりが震えながら言う。
「分からない。ただ前にネガーベルを襲った【赤き悪魔】に似ていないか?」
「確かに……」
ただ真っ赤だった前回の竜に対し、今目に映るのは漆黒の竜。大きさも迫力も桁が違う。
「隊長!!」
そこへ別に偵察を送っていた部隊が戻って来て報告をする。
「どうした!?」
慌てるその顔を見てただ事ではないと直感する。兵士が言う。
「我が軍が、ネガーベル軍が全滅しておりました……」
「なっ!?」
そこにいる誰もがその言葉を疑った。
最強と称えられるネガーベル軍。今回は数こそ少数だが選りすぐりの精鋭を送ったはず。偵察隊を率いていた隊長がその場にいた皆に言う。
「戻るぞ。すぐに戻ってエルグ様に報告をする!!!」
「はっ!!」
偵察隊は優雅に空を舞う漆黒の竜を背に、一路ネガーベルへと馬を走らせた。
「あはははっ!! ミンファお姉ちゃん面白~い!!」
イコと家政婦をしているミンファの笑い声が部屋に響く。ロレンツはひとりじっと窓の外を眺める。
(何だ、この胸騒ぎは……)
平和なはずのネガーベル城。
しかしロレンツはなぜか落ち着かない。嵐の前の静けさじゃないが、この平穏が不思議と不気味に感じる。
ガンガンガン!!!
そんなロレンツの不安を的中させるようにドアが強く叩かれる。すっとドアに移動したロレンツが言う。
「誰だ?」
「ロレンツさん、私です。国軍小隊長の……」
そこまで聞いたロレンツがすぐにドアを開ける。
そこに居たのは以前『剣遊会』でジャスター家代表のひとりとして戦った小隊長。家族を人質に脅されていたのをロレンツが救助した男である。小隊長が言う。
「大変です!! さっき軍の通告でアンナ姫が、アンナ姫が……」
ロレンツが黙ってその次の言葉を聞く。
「アンナ姫が国家反逆罪で拘束、処刑されることが決まったと……」
(!!)
冷静で余程のことでも動じないロレンツが震えた。ふうと息を整えて小隊長に言う。
「ありがとう。よく知らせてくれた。お前はもう戻れ」
小隊長がロレンツに近付いて言う。
「じ、自分も一緒に……」
ロレンツが小隊長の肩に手をかけて言う。
「気持ちは有り難い。だが足手まといだ」
小隊長はすぐにそれが自分のことを心配して言ってくれるのだと分かった。小さく下を向いて言う。
「分かりました。でも自分はあなたに恩を返したい。妻と娘を救ってくれた恩を!!」
小隊長の目に涙が溢れる。ロレンツは頷いて答える。
「感謝している。ありがとう」
そう言うとロレンツは部屋の中へと消えて行く。小隊長は涙を流しながら深く頭を下げその場を走り去った。
「ふたりとも来てくれ」
只ならぬ雰囲気を感じたイコとミンファがすぐにロレンツのところへやって来る。真剣な顔をしたロレンツがイコの頭を撫でて言う。
「少し出掛けてくる。戻りは遅くなるかもしれん。どれだけ遅くなっても心配はするな」
「パパ……」
不安げにロレンツを見上げる。ミンファに言う。
「すまねえが、イコを頼まれてくれるか。こいつは俺の命と同じもの。お前に預ける」
真剣な目をしたロレンツにミンファが緊張して答える。
「わ、分かりました。でも、でも……」
ミンファは目を赤くして言う。
「無事に戻って来て下さい。それが条件です……」
ロレンツは目を閉じ頷いて答える。
「分かった」
そう言ってもう一度だけイコの頭を撫でると急ぎ部屋を出て行った。
(ロレロレ様……)
ミンファはイコの手をぎゅっと握りしめその後姿を見送った。
「アンナ・キャスタール、お前を国家反逆罪で拘束する!!!」
リリーは自分の耳を疑った。
王家の、一国の姫であるアンナが国家反逆罪とは一体どういうことだろうか。リリーが言う。
「無礼なっ!! ネガーベル姫のアンナ様がそんなことをするするはずないでしょ!!」
兵士が言う。
「黙れ!! 拘束して連行する。抵抗は許さん!!」
そう言ってアンナに近付こうとする兵士の前にリリーが両手を開いて大声で言う。
「させません!! アンナ様に指一本触れさせない!!!」
兵士が懐から一枚の書状を取り出してリリーに見せる。
「これがその証拠だ。敵国だったマサルトと内通し、ネガーベルに奇襲をかける計画。エルグ様が感づいて未然に防いだものの、一国の姫でありながら何を考えているというのだ!!」
リリーはそのマサルトの国印が入った書状を見つめる。まぎれもなくマサルトからアンナ宛てに送られた手紙で、ネガーベル侵攻の計画が書かれたものであった。リリーが首を振りながら言う。
「こんな、こんな馬鹿なことがあるはずないでしょ!!」
「黙れ!!!」
パン!!!
「きゃあ!!」
それでも食い下がらないリリーに兵士が平手打ちをする。
「リリー!!!!」
倒れたリリーの元へアンナが慌てて駆け寄る。そして兵士を睨みつけて言う。
「こんなことをして許されると思っているの!!!」
兵士が近付きながら答える。
「お前こそこんな恐ろしいことをしておいて許されると思っているのか!? さあ、大人しくしろ!!!」
そう言って兵士はアンナの腕を掴み無理やり連れて行こうとする。アンナは抵抗しながら大声で言う。
「や、やめなさい!!! こんな事がこんな事が許されて……」
パン!!!
「きゃあ!!!」
「ア、アンナ様!!!!」
激しく抵抗したアンナもリリー同様、兵士の平手打ちを受けて床に崩れ落ちる。リリーが立ち上がって兵士に向かって叫びながら拳を上げる。
「やめなさい!!!」
ドン!!!
「ぎゃっ!!!」
今度は別の兵士が後ろからリリーを殴りつける。リリーは突然の鈍痛に頭を押さえながら床に座り込む。アンナが涙を流して叫ぶ。
「リリー、リリー!!! あなた達、子供に向かってなんてことをするの!!!」
兵士がアンナの髪を掴み上げて大声で言う。
「黙れっ!! この売国奴が!! 聖女になれなかったからと言って恥を知れ!!!」
バン!!!
「きゃあ!!」
兵士はアンナの髪を掴んだままその綺麗な顔を殴りつける。
バン、バン!!!
アンナは声も上げられずにひたすら兵士に殴られる。
「や、やめて……、アンナ様を……」
激痛でふらつくリリーが立ち上がりながらアンナの近くへ歩み寄る。
ドフッ!!!
「ぎゃ!!!」
今度はそのリリーを別の兵士が足蹴りにする。
「うぐぐぐっ……」
腹を蹴られたリリーが手で腹を抑えながら倒れる。兵士が興奮しながら言う。
「国を売った愚か者は誰であろうと拘束する。で、もう決まっているんだ。処刑がな!!!」
(!!)
リリーとアンナはそれを聞いて目の前が真っ暗になった。
何が起こったのか分からない。
策略か、陰謀か。
全く身に覚えがないマサルトとの結託。
もう反抗する気力がなくなった。
体が動かなくなった。
するとアンナの頭にあの銀髪の男の顔が浮かんだ。
だがこれまでしてきたことを思うと簡単に助けてなどと言えない。
罵倒し、コーヒーを投げつけ、無視して部屋にも入れなかった。
『浮気』などと言う思い込みで執拗に怒り散らしたくせに、自分が好きだと気付いたら傍にいて欲しいと願う。
(そんな勝手なこと、そんな身勝手なこといいわけないよね……)
アンナは長髪を掴まれながらここに居ないその男のことを思い、涙を流す。
――ごめんなさい
こんな事になって初めて謝れた。
彼のことが好きでちゃんと謝りたい。その気持ちがアンナに力を与えた。
ぎゅっ!!
アンナは自分の髪を掴んでいる兵士の腕を力を込めて掴んだ。
恐怖。
また殴られるのではないかと言う恐怖と戦いながらその兵士を睨みつける。
(え?)
そしてアンナは気付いた。
その兵士の後ろに立つ大きな男の影に。
ガン!!!
「ぎゃああ!!!」
兵士はその男から思い切り頭突きを食らい、そのまま気絶して床に崩れ落ちる。力が抜け、倒れそうになるアンナをその男の太い腕が抱き寄せて言った。
「大丈夫か、嬢ちゃん?」
太く逞しい腕。厚い胸板。銀色の髪。
それはアンナ・キャスタールの『護衛士』ロレンツ・ウォーリックであった。
「ロレンツ、ロレンツぅ……」
アンナはロレンツに抱きしめられながらボロボロと涙を流す。そしてその厚い胸に顔を埋めて泣きながら言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私が悪くて、ううっ、うわーん!!!!」
ロレンツは腕の中で泣きじゃくるアンナの頭を何度も撫でる。そして周りの兵士に向かって静かに言った。
「おめえら、よくもうちの姫さんをこんなに泣かせてくれたな……」
既に拘束に来た兵士の半数以上がロレンツに殴られ意識を失っている。ロレンツが鬼の形相となり睨みつけながら言う。
「落とし前、つけさせてもらうぞ」
【赤き悪魔】を蹴散らし、副団長キャロルを圧倒したネガーベルで最強と恐れられるその男の激怒する姿に、兵士達は既に戦意を喪失し始めていた。
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