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第四章「姫様の盾になる男」
60.エルグのマサルト遠征
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ネガーベル王城の最奥に位置する部屋がある。
『ジャスター』のプレートが掲げられたその部屋の中では、主であるガーヴェルを取り囲むように有力貴族が集まっていた。
太陽の採光を取り入れた明るい部屋。豪華なソファーやテーブル、高価な調度品が並ぶその部屋で、片手にワイングラスを持った貴族達が話を始めたガーヴェルの声に耳を傾けた。
「今日は集まって頂きありがとう。まずは感謝致す」
ガーヴェルがその日に焼けた顔で軽く会釈する。貴族達はそれを皆頷いて応え、ガーヴェルを見つめる。
「まずは皆さんに残念なお話をしなければなりません。実は我がネガーベルの貴族の中にスパイ容疑をかけられている者がいる」
騒めく貴族達。
皆がガーヴェルの次の言葉を待つ。
「それはアンナ姫の『護衛職』、ロレロレ殿だ」
「な、なんと……」
「本当でしょうか……?」
再度驚く貴族。
ロレロレと言えば今やネガーベルで誰も知らないと言っていいほど有名な男。
【赤き悪魔】撃退や『聖女就任式』でエルグを助けるなど、ネガーベルに大きな貢献をしている人物。その強さは多くの女性貴族からの支持を受け、子供達も学校で彼の真似をするほど人気を博す。ガーヴェルが言う。
「彼は元マサルトの軍人。裏で我が国の機密情報を流しているとの疑いがかけられている」
「本当なんでしょうか。ジャスター卿?」
集まった貴族の中にはロレンツに【赤き悪魔】から命を救われた者もいる。新たなネガーベルの英雄にそのような疑いがあることが信じられない。ガーヴェルが答える。
「今のところ確証はない。ただ皆さんには、彼と交流する際には注意の上に注意を重ねて、慎重に行って貰いたいと思うところです」
黙り込む貴族達。
もし仮にロレンツが敵国と繋がっていたとすれば情報を流した自分達にも罰せられる可能性がある。今は一時的に同盟が結ばれているとは言え、国家の中枢に関わる機密情報については簡単に漏らすことはできない。
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
集まった貴族達が口々にガーヴェルに感謝の意を述べる。
ミセルの聖女就任は凍結されてはいるが、今最も力のあるジャスター家。ここに集まった誰もがその権力を笠に着ている者ばかりである。ガーヴェルが言う。
「それから皆さんには、以前からお伝えしている我がジャスター家主催の『昼食会』について詳細をお伝えします。まあ、その前に我等の未来を祝して、乾杯!!」
ガーヴェルは手にしたグラスを高々と掲げ、上機嫌でワインを口にした。
「報告します!! 敵蛮族の軍隊を撃破。首領の拘束に成功しました!!!」
マサルト軍本営で部下からの報告を聞いたゲルガー軍団長とゴードン歩兵団長、そしてネガーベル聖騎士団長エルグは満足した表情で頷いて応えた。
エルグ自らがネガーベルの精鋭部隊を率いて参戦した蛮族討伐。最新の武器に熟練した兵の前に勢いがあった蛮族は次々に敗北を重ねて行った。ゲルガーがエルグに言う。
「まこと素晴らしいですな。エルグ殿」
エルグがさらさらの赤髪をかき上げながら答える。
「いえ、我が軍もそうですが、これはゴードン歩兵団長の見事な戦術、采配によってもたらされた勝利と言えるでしょう」
それを聞いたゴードンがにこにこ笑いながら言う。
「エルグ殿に来て貰い我が軍の士気も過去になく高まっております。有り難いことで!!」
ゲルガーがエルグに言う。
「エルグ殿。この後我らの勝利を祝った祝勝会が予定されております。是非ご参加頂けませんか」
エルグは微笑んでそれに答える。
「分かりました。ネガーベルとマサルト、共に未来を歩む我らの勝利を祝って是非参加しましょう!!」
エルグはそう言いながら内心ではこの程度の勝利で祝勝会を開くマサルトの低俗さに辟易していた。
(だから滅びるのだと気付かないのが三流国の証……)
エルグは笑顔のまま祝勝会が開かれる会場へと皆と共に移動した。
「乾杯っ!!」
マサルト国境に近い中都市。
その中にある国軍駐屯基地でこの戦始まって以来、最も大きな祝勝会が開かれた。出席者はゲルガー軍団長にゴードン歩兵団長、その他幹部に将校達。彼らが用意された豪華な食事や酒に興じ始める。
そして会が進むにつれ会場に集められた若い女性達に、卑猥な言葉や眉をひそめるような嫌がらせを平然と始めた。
(何という低俗な……)
中年で脂ぎったゲルガーやゴードンと違い、若く超がつくほどのイケメンであるエルグには、代わる代わる女達がやって来てはお酌や誘うような視線を投げかけて行く。
エルグは顔で笑っていたが苛立っていた。
まだ完全に勝ち切れていない蛮族との戦の中、この様な無駄な祝勝会を開くことを。合理的なエルグにとって無駄や無意味と言った行動には絶望しか感じられなかった。
両脇に美女を抱えながら酒に酔ったゴードンがエルグに言う。
「エルグ殿! エルグ殿はぁ、大そうおモテになって羨ましい限りですな~!!」
顔を真っ赤にしたゴードンが笑いながら言う。
ネガーベルで失態を犯しながらもロレンツやエルグの提案に救われ、『同盟締結』の報をマサルトにもたらした両者。国王からもその功績を褒め称えられ、今やマサルト内でこのふたりに意見する者など誰もいなかった。エルグが答える。
「いえ、私のような若造。ゴードン殿にはとても及びませんよ」
「ぎゃははははっ!! エルグ殿は正直なお方だ!!!」
下品な笑いが会場に響く。
エルグは強い嫌悪感と共に吐き気を催す。だがそれを我慢して本題に入った。
「ゴードン殿、少しお聞きしたいことがあります」
顔を真っ赤にして上機嫌なゴードンが答える。
「何でしょう、エルグ殿?」
「元マサルト軍にいた、今は我が姫の『護衛職』であるロレロレについてですか……」
「ロレ……?」
酔っていたゴードンだが、それが元部下であるロレンツのことだと直ぐに分かった。
「ああ、奴のことですか……」
すぐにむっとした表情になるゴードン。
隣にいたエルグはそれを見逃さなかった。エルグが尋ねる。
「彼は貴軍にいた時、どうでした?」
ゴードンは顔を真っ赤にして大きな声で言う。
「あいつは軍律を破って国外追放されたんですよ。最低な奴だ!!!」
ゴードンの中に平民の分際で自分より活躍し名声を集めるロレンツの姿が蘇る。せっかく追放したのにこちらの話は全く聞かず、その上いつの間にか敵国に寝返りマサルト救済の邪魔をし始めた男。ゴードンの怒りに火がつく。エルグが尋ねる。
「ほう、そんな非道な奴ですか」
ゴードンがその『非道』という言葉に反応する。
「そうですよ、非道。非道な奴ですよ!!」
エルグが頷きながら小声で言う。
「極秘事項ですが、実は彼には我が国でスパイの容疑がかけられておりまして、私は極秘にその調査もしているんです。そこでゴードン殿に協力頂きたことがありまして……」
エルグはすっと立ち上がるとゴードンの耳元で何かを囁いた。
黙って聞いていたゴードンだがその顔に徐々に薄気味悪い笑みが浮かび、最後には何度も頷いてそれに応えた。席に戻ったエルグにゴードンが言う。
「恩を受けたエルグ殿のお頼み。私も全力でそれに応えたいと思いますぞ!!!」
エルグは頷きながら答える。
「ゴードン殿のご厚意に感謝致す。乾杯っ!!!」
エルグは手にした酒のグラスを掲げてゴードンとグラスをぶつける。
「乾杯っ!! ああ、楽しみだ。楽しみでならん!! ぎゃはははっ!!!!」
ゴードンは大声で笑いながら両脇にいた美女達を抱きしめ、グラスの酒を一気に飲み干した。
(このような辺境までわざわざこの聖騎士団長様が来てやったんだ。しっかり働けよ、この下等民族が!!)
エルグは爽やかな笑みの下で、それとは全く別のことを思いながらグラスを空にした。
『ジャスター』のプレートが掲げられたその部屋の中では、主であるガーヴェルを取り囲むように有力貴族が集まっていた。
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「今日は集まって頂きありがとう。まずは感謝致す」
ガーヴェルがその日に焼けた顔で軽く会釈する。貴族達はそれを皆頷いて応え、ガーヴェルを見つめる。
「まずは皆さんに残念なお話をしなければなりません。実は我がネガーベルの貴族の中にスパイ容疑をかけられている者がいる」
騒めく貴族達。
皆がガーヴェルの次の言葉を待つ。
「それはアンナ姫の『護衛職』、ロレロレ殿だ」
「な、なんと……」
「本当でしょうか……?」
再度驚く貴族。
ロレロレと言えば今やネガーベルで誰も知らないと言っていいほど有名な男。
【赤き悪魔】撃退や『聖女就任式』でエルグを助けるなど、ネガーベルに大きな貢献をしている人物。その強さは多くの女性貴族からの支持を受け、子供達も学校で彼の真似をするほど人気を博す。ガーヴェルが言う。
「彼は元マサルトの軍人。裏で我が国の機密情報を流しているとの疑いがかけられている」
「本当なんでしょうか。ジャスター卿?」
集まった貴族の中にはロレンツに【赤き悪魔】から命を救われた者もいる。新たなネガーベルの英雄にそのような疑いがあることが信じられない。ガーヴェルが答える。
「今のところ確証はない。ただ皆さんには、彼と交流する際には注意の上に注意を重ねて、慎重に行って貰いたいと思うところです」
黙り込む貴族達。
もし仮にロレンツが敵国と繋がっていたとすれば情報を流した自分達にも罰せられる可能性がある。今は一時的に同盟が結ばれているとは言え、国家の中枢に関わる機密情報については簡単に漏らすことはできない。
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
集まった貴族達が口々にガーヴェルに感謝の意を述べる。
ミセルの聖女就任は凍結されてはいるが、今最も力のあるジャスター家。ここに集まった誰もがその権力を笠に着ている者ばかりである。ガーヴェルが言う。
「それから皆さんには、以前からお伝えしている我がジャスター家主催の『昼食会』について詳細をお伝えします。まあ、その前に我等の未来を祝して、乾杯!!」
ガーヴェルは手にしたグラスを高々と掲げ、上機嫌でワインを口にした。
「報告します!! 敵蛮族の軍隊を撃破。首領の拘束に成功しました!!!」
マサルト軍本営で部下からの報告を聞いたゲルガー軍団長とゴードン歩兵団長、そしてネガーベル聖騎士団長エルグは満足した表情で頷いて応えた。
エルグ自らがネガーベルの精鋭部隊を率いて参戦した蛮族討伐。最新の武器に熟練した兵の前に勢いがあった蛮族は次々に敗北を重ねて行った。ゲルガーがエルグに言う。
「まこと素晴らしいですな。エルグ殿」
エルグがさらさらの赤髪をかき上げながら答える。
「いえ、我が軍もそうですが、これはゴードン歩兵団長の見事な戦術、采配によってもたらされた勝利と言えるでしょう」
それを聞いたゴードンがにこにこ笑いながら言う。
「エルグ殿に来て貰い我が軍の士気も過去になく高まっております。有り難いことで!!」
ゲルガーがエルグに言う。
「エルグ殿。この後我らの勝利を祝った祝勝会が予定されております。是非ご参加頂けませんか」
エルグは微笑んでそれに答える。
「分かりました。ネガーベルとマサルト、共に未来を歩む我らの勝利を祝って是非参加しましょう!!」
エルグはそう言いながら内心ではこの程度の勝利で祝勝会を開くマサルトの低俗さに辟易していた。
(だから滅びるのだと気付かないのが三流国の証……)
エルグは笑顔のまま祝勝会が開かれる会場へと皆と共に移動した。
「乾杯っ!!」
マサルト国境に近い中都市。
その中にある国軍駐屯基地でこの戦始まって以来、最も大きな祝勝会が開かれた。出席者はゲルガー軍団長にゴードン歩兵団長、その他幹部に将校達。彼らが用意された豪華な食事や酒に興じ始める。
そして会が進むにつれ会場に集められた若い女性達に、卑猥な言葉や眉をひそめるような嫌がらせを平然と始めた。
(何という低俗な……)
中年で脂ぎったゲルガーやゴードンと違い、若く超がつくほどのイケメンであるエルグには、代わる代わる女達がやって来てはお酌や誘うような視線を投げかけて行く。
エルグは顔で笑っていたが苛立っていた。
まだ完全に勝ち切れていない蛮族との戦の中、この様な無駄な祝勝会を開くことを。合理的なエルグにとって無駄や無意味と言った行動には絶望しか感じられなかった。
両脇に美女を抱えながら酒に酔ったゴードンがエルグに言う。
「エルグ殿! エルグ殿はぁ、大そうおモテになって羨ましい限りですな~!!」
顔を真っ赤にしたゴードンが笑いながら言う。
ネガーベルで失態を犯しながらもロレンツやエルグの提案に救われ、『同盟締結』の報をマサルトにもたらした両者。国王からもその功績を褒め称えられ、今やマサルト内でこのふたりに意見する者など誰もいなかった。エルグが答える。
「いえ、私のような若造。ゴードン殿にはとても及びませんよ」
「ぎゃははははっ!! エルグ殿は正直なお方だ!!!」
下品な笑いが会場に響く。
エルグは強い嫌悪感と共に吐き気を催す。だがそれを我慢して本題に入った。
「ゴードン殿、少しお聞きしたいことがあります」
顔を真っ赤にして上機嫌なゴードンが答える。
「何でしょう、エルグ殿?」
「元マサルト軍にいた、今は我が姫の『護衛職』であるロレロレについてですか……」
「ロレ……?」
酔っていたゴードンだが、それが元部下であるロレンツのことだと直ぐに分かった。
「ああ、奴のことですか……」
すぐにむっとした表情になるゴードン。
隣にいたエルグはそれを見逃さなかった。エルグが尋ねる。
「彼は貴軍にいた時、どうでした?」
ゴードンは顔を真っ赤にして大きな声で言う。
「あいつは軍律を破って国外追放されたんですよ。最低な奴だ!!!」
ゴードンの中に平民の分際で自分より活躍し名声を集めるロレンツの姿が蘇る。せっかく追放したのにこちらの話は全く聞かず、その上いつの間にか敵国に寝返りマサルト救済の邪魔をし始めた男。ゴードンの怒りに火がつく。エルグが尋ねる。
「ほう、そんな非道な奴ですか」
ゴードンがその『非道』という言葉に反応する。
「そうですよ、非道。非道な奴ですよ!!」
エルグが頷きながら小声で言う。
「極秘事項ですが、実は彼には我が国でスパイの容疑がかけられておりまして、私は極秘にその調査もしているんです。そこでゴードン殿に協力頂きたことがありまして……」
エルグはすっと立ち上がるとゴードンの耳元で何かを囁いた。
黙って聞いていたゴードンだがその顔に徐々に薄気味悪い笑みが浮かび、最後には何度も頷いてそれに応えた。席に戻ったエルグにゴードンが言う。
「恩を受けたエルグ殿のお頼み。私も全力でそれに応えたいと思いますぞ!!!」
エルグは頷きながら答える。
「ゴードン殿のご厚意に感謝致す。乾杯っ!!!」
エルグは手にした酒のグラスを掲げてゴードンとグラスをぶつける。
「乾杯っ!! ああ、楽しみだ。楽しみでならん!! ぎゃはははっ!!!!」
ゴードンは大声で笑いながら両脇にいた美女達を抱きしめ、グラスの酒を一気に飲み干した。
(このような辺境までわざわざこの聖騎士団長様が来てやったんだ。しっかり働けよ、この下等民族が!!)
エルグは爽やかな笑みの下で、それとは全く別のことを思いながらグラスを空にした。
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