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第四章「姫様の盾になる男」
57.同盟締結
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「本当に、本当に申し訳ございませんでした……」
一体何度謝罪したのだろう。
ゲルガーは再度アンナに頭を下げると力なく言った。
失禁し、失神して意識を失ったゴードンは既に別室に運ばれていない。結局『娼婦』とか一体何の話だか全く分からぬまま、姫の後ろにいた元自軍の部下であるロレンツに助けられた。アンナが言う。
「もういいわ。ただし部下の指導はしっかりしておいてちょうだい」
「ははっ、しっかりと承りました!!」
ゲルガーが頭を下げて言う。
ただでさえ最初からこちらがお願いする不利な交渉。国の存亡がかかる大切な交渉の場に、ゴードンの訳の分からぬ愚行により窮地に追い込まれてしまった。
ゲルガーは謝罪をする一方、ゴードンへの怒りの炎は頂点に達していた。アンナが尋ねる。
「それでは貴国のご用件を聞きしましょう。どのようなお話で?」
ゲルガーはようやくここまで来られたと少しだけ胸をなでおろした。顔を上げて言う。
「はい。我が国は貴国との同盟を所望致します」
ゲルガーはネガーベルがミスガリアと交戦中であること、そして自国の蛮族への対応が少しだけ遅れ苦戦していることを述べた。アンナが尋ねる。
「それで我が国と同盟を結び、蛮族撃退を手伝えと?」
「はっ! 蛮族は貴国にとっても憂いの種になるべきもの。ここで手を組みその芽を刈り取っておくことは、貴国にとっても必ずや有意義なものだと愚考致します」
ひとりの大臣が前に出て手を上げていった。
「姫様、発言を求めます」
「許可します」
アンナから許可を貰った大臣がゲルガーに言う。
「ゲルガー軍団長。我が国は蛮族ごときに後れを取ることはございません」
「仰る通りで。だが我等も最初はそう思って敵を軽んじ、今はその反撃を受けております。決して侮れぬ相手であり……」
そう答えるゲルガーに大臣が言う。
「お言葉ですが、我が国と貴国では力の差があり過ぎではないでしょうか。実際蛮族は我が国にも発生しておりますが、すべて撃退しております」
(ぬぬっ……)
大国ネガーベル。
その軍事力の規模はマサルトの軍責任者であるゲルガーですら把握できていない。大臣が続ける。
「それにミスガリアとの戦は間もなく始まりますが、我が軍のほんの一部の部隊で制圧できるでしょう。主力のほとんどを温存しております。もし仮に、貴国がネガーベルに侵攻したとしても十分に対処できるでしょう」
つまり小国マサルトに助けて貰わなくても何の問題もないと言うことだ。焦ったゲルガーが懐に入れておいた小袋を差し出して言う。
「こ、ここに我が国全ての『輝石』がございます!! これを献上致しますので!!!」
最後はお願いに近い声となっていた。
軍の責任者でありながらきちんとした情報と分析を行わず、勢いと思い込みだけで交渉に臨んだゲルガー。無能とまでは言わないが、これがマサルトの現状であった。別の大臣が言う。
「『輝石』? 何でしょう、それは……?」
『輝石』は重要鉱石であり、その存在自体知らされていない者も多い。美しい鉱石ではあるが、そこに秘められた力を知らぬ大臣が言う。
「その程度のもので我が国は貴国との同盟、出兵を決めなければならぬと言うことですな?」
「そ、それは……」
ゲルガーは焦った。
ミスガリアなどからの情報によればネガーベルは『輝石』を必死に集めていたとのこと。それがこの冷たい反応は一体……?
(ロレンツ……)
ゲルガーは姫の後ろでじっと立ちこちらを見ている元部下に目をやった。
数年前、軍裁判で犯罪者となり追放した男が、いつの間にか敵国の姫の『護衛職』という役職を得てなぜかその中枢にいる。
全く理解できないゲルガーが憐憫を誘う眼差しでロレンツを見つめるが、その武骨な男は表情ひとつ変えずに立ったままである。
「アンナ様、よろしいでしょうか」
謁見の間の一番最前列にいた聖騎士団長エルグが手を上げていった。
(エルグ……)
アンナは一瞬ためらったがすぐに答えた。
「どうぞ」
許可を得たエルグが言う。
「私は同盟に賛成でございます」
その言葉に騒めく大臣達。エルグが続ける。
「確かに現状蛮族ごときは我が軍の敵ではありません。多少力をつけたところで我々が負けることは考えられないでしょう」
黙って聞く大臣達。エルグが続ける。
「ただ、隣国であるマサルト王国が、仮に蛮族によって滅ぼされ『蛮族の国』ができてしまったら話は別です」
窮地にいたゲルガーが緊張してエルグの話を聞く。
「蛮族の国を討伐する為に、我が軍も出兵する必要に迫られます。それでも負けることはありませんが、我が軍の被害、損失を考えるととても得策とは思えません」
黙る大臣達にエルグが言う。
「となれば、まだそこまで成長していない蛮族にマサルトと共に討伐するのが最もよい方法だと思います。無法者の蛮族に対しては過去のいざこざはあるとは言え、秩序ある者同士が手を組むことは決して意味のないことだとは思えません」
「おお……」
聖騎士団長の意見にそれまで黙っていた大臣達が声を上げる。
『輝石』についてはもうどうでも良かった。
ミセルの『偽装聖女計画』が失敗に終わった今、無理をして『輝石』を集める必要はない。それよりもエルグにとってマサルトに近付き、恩を売っておくことの方が利があった。アンナが言う。
「分かりました。では一度ゲルガー軍団長は待合室にお戻りください」
アンナの声に再び兵士がゲルガーの元に寄り、控室へと連れて行く。
この後、アンナの元に集まったエルグや大臣達によって話し合いが行われた。だがもう結論は出ていた。
『同盟締結』
国の代表は国王代理のアンナであったが、実質一番力を持つジャスター家のエルグの意見に反対する者はいなかった。アンナも納得いかない部分はあったが、ロレンツの出身国の窮地に手を差し出すことに異存はなかった。
エルグはすべてが自分の思い通りに決まった後、アンナの後ろで仁王立ちする銀髪の男をぎっと睨みつけた。
『同盟締結』の報はすぐに使いの兵によって、ゲルガーと意識を取り戻したゴードンに伝えられた。
「ありがとうございます。ありがとうございます!!!」
絶望的であったゲルガーはその思いがけぬ吉報に涙を流して喜んだ。
目覚めてからゲルガーにこっ酷く叱られていたゴードンもその報告を聞いて安堵の涙を流す。何度も何度も感謝の言葉を使いの兵士に述べたふたり。
兵士は少し戸惑いながらもゴードン宛に書かれた封書を手渡した。
「これは……?」
驚くゴードン。兵士が答える。
「聖騎士団長様からよりお預かりしたものです。では失礼します」
唖然とするゴードン。それを見たゲルガーが言う。
「お前の愚行に対する処罰だろう。行って来い。そして謝り通せ!!!」
「は、はいっ!!!」
ゴードンは追い出されるように部屋を出て、書状にあった聖騎士団長の部屋へと向かう。
(何をされるんだろう。俺は一体何を……)
ネガーベルの姫を侮辱したゴードン。
その国の聖騎士団長が黙っているはずがない。どんな仕打ちをされるのだろうか。聖騎士団長エルグと言えばマサルトまで名を轟かせる人物。ゴードンは身を震わせながら最上階にあるその男の部屋を訪れた。
コンコン……
「マサルト王国、歩兵団長ゴードンです……」
恐る恐る言った言葉にドアがすぐに開いて応えた。
そこには笑顔で迎えるエルグ。ゴードンは一瞬恐怖を感じたが、すぐにそれが杞憂に過ぎないことだと気付いた。
「あなたとお近づきになりたい」
そう言って手を差し出すエルグをゴードンは頭を下げ、力強く握り返した。
一体何度謝罪したのだろう。
ゲルガーは再度アンナに頭を下げると力なく言った。
失禁し、失神して意識を失ったゴードンは既に別室に運ばれていない。結局『娼婦』とか一体何の話だか全く分からぬまま、姫の後ろにいた元自軍の部下であるロレンツに助けられた。アンナが言う。
「もういいわ。ただし部下の指導はしっかりしておいてちょうだい」
「ははっ、しっかりと承りました!!」
ゲルガーが頭を下げて言う。
ただでさえ最初からこちらがお願いする不利な交渉。国の存亡がかかる大切な交渉の場に、ゴードンの訳の分からぬ愚行により窮地に追い込まれてしまった。
ゲルガーは謝罪をする一方、ゴードンへの怒りの炎は頂点に達していた。アンナが尋ねる。
「それでは貴国のご用件を聞きしましょう。どのようなお話で?」
ゲルガーはようやくここまで来られたと少しだけ胸をなでおろした。顔を上げて言う。
「はい。我が国は貴国との同盟を所望致します」
ゲルガーはネガーベルがミスガリアと交戦中であること、そして自国の蛮族への対応が少しだけ遅れ苦戦していることを述べた。アンナが尋ねる。
「それで我が国と同盟を結び、蛮族撃退を手伝えと?」
「はっ! 蛮族は貴国にとっても憂いの種になるべきもの。ここで手を組みその芽を刈り取っておくことは、貴国にとっても必ずや有意義なものだと愚考致します」
ひとりの大臣が前に出て手を上げていった。
「姫様、発言を求めます」
「許可します」
アンナから許可を貰った大臣がゲルガーに言う。
「ゲルガー軍団長。我が国は蛮族ごときに後れを取ることはございません」
「仰る通りで。だが我等も最初はそう思って敵を軽んじ、今はその反撃を受けております。決して侮れぬ相手であり……」
そう答えるゲルガーに大臣が言う。
「お言葉ですが、我が国と貴国では力の差があり過ぎではないでしょうか。実際蛮族は我が国にも発生しておりますが、すべて撃退しております」
(ぬぬっ……)
大国ネガーベル。
その軍事力の規模はマサルトの軍責任者であるゲルガーですら把握できていない。大臣が続ける。
「それにミスガリアとの戦は間もなく始まりますが、我が軍のほんの一部の部隊で制圧できるでしょう。主力のほとんどを温存しております。もし仮に、貴国がネガーベルに侵攻したとしても十分に対処できるでしょう」
つまり小国マサルトに助けて貰わなくても何の問題もないと言うことだ。焦ったゲルガーが懐に入れておいた小袋を差し出して言う。
「こ、ここに我が国全ての『輝石』がございます!! これを献上致しますので!!!」
最後はお願いに近い声となっていた。
軍の責任者でありながらきちんとした情報と分析を行わず、勢いと思い込みだけで交渉に臨んだゲルガー。無能とまでは言わないが、これがマサルトの現状であった。別の大臣が言う。
「『輝石』? 何でしょう、それは……?」
『輝石』は重要鉱石であり、その存在自体知らされていない者も多い。美しい鉱石ではあるが、そこに秘められた力を知らぬ大臣が言う。
「その程度のもので我が国は貴国との同盟、出兵を決めなければならぬと言うことですな?」
「そ、それは……」
ゲルガーは焦った。
ミスガリアなどからの情報によればネガーベルは『輝石』を必死に集めていたとのこと。それがこの冷たい反応は一体……?
(ロレンツ……)
ゲルガーは姫の後ろでじっと立ちこちらを見ている元部下に目をやった。
数年前、軍裁判で犯罪者となり追放した男が、いつの間にか敵国の姫の『護衛職』という役職を得てなぜかその中枢にいる。
全く理解できないゲルガーが憐憫を誘う眼差しでロレンツを見つめるが、その武骨な男は表情ひとつ変えずに立ったままである。
「アンナ様、よろしいでしょうか」
謁見の間の一番最前列にいた聖騎士団長エルグが手を上げていった。
(エルグ……)
アンナは一瞬ためらったがすぐに答えた。
「どうぞ」
許可を得たエルグが言う。
「私は同盟に賛成でございます」
その言葉に騒めく大臣達。エルグが続ける。
「確かに現状蛮族ごときは我が軍の敵ではありません。多少力をつけたところで我々が負けることは考えられないでしょう」
黙って聞く大臣達。エルグが続ける。
「ただ、隣国であるマサルト王国が、仮に蛮族によって滅ぼされ『蛮族の国』ができてしまったら話は別です」
窮地にいたゲルガーが緊張してエルグの話を聞く。
「蛮族の国を討伐する為に、我が軍も出兵する必要に迫られます。それでも負けることはありませんが、我が軍の被害、損失を考えるととても得策とは思えません」
黙る大臣達にエルグが言う。
「となれば、まだそこまで成長していない蛮族にマサルトと共に討伐するのが最もよい方法だと思います。無法者の蛮族に対しては過去のいざこざはあるとは言え、秩序ある者同士が手を組むことは決して意味のないことだとは思えません」
「おお……」
聖騎士団長の意見にそれまで黙っていた大臣達が声を上げる。
『輝石』についてはもうどうでも良かった。
ミセルの『偽装聖女計画』が失敗に終わった今、無理をして『輝石』を集める必要はない。それよりもエルグにとってマサルトに近付き、恩を売っておくことの方が利があった。アンナが言う。
「分かりました。では一度ゲルガー軍団長は待合室にお戻りください」
アンナの声に再び兵士がゲルガーの元に寄り、控室へと連れて行く。
この後、アンナの元に集まったエルグや大臣達によって話し合いが行われた。だがもう結論は出ていた。
『同盟締結』
国の代表は国王代理のアンナであったが、実質一番力を持つジャスター家のエルグの意見に反対する者はいなかった。アンナも納得いかない部分はあったが、ロレンツの出身国の窮地に手を差し出すことに異存はなかった。
エルグはすべてが自分の思い通りに決まった後、アンナの後ろで仁王立ちする銀髪の男をぎっと睨みつけた。
『同盟締結』の報はすぐに使いの兵によって、ゲルガーと意識を取り戻したゴードンに伝えられた。
「ありがとうございます。ありがとうございます!!!」
絶望的であったゲルガーはその思いがけぬ吉報に涙を流して喜んだ。
目覚めてからゲルガーにこっ酷く叱られていたゴードンもその報告を聞いて安堵の涙を流す。何度も何度も感謝の言葉を使いの兵士に述べたふたり。
兵士は少し戸惑いながらもゴードン宛に書かれた封書を手渡した。
「これは……?」
驚くゴードン。兵士が答える。
「聖騎士団長様からよりお預かりしたものです。では失礼します」
唖然とするゴードン。それを見たゲルガーが言う。
「お前の愚行に対する処罰だろう。行って来い。そして謝り通せ!!!」
「は、はいっ!!!」
ゴードンは追い出されるように部屋を出て、書状にあった聖騎士団長の部屋へと向かう。
(何をされるんだろう。俺は一体何を……)
ネガーベルの姫を侮辱したゴードン。
その国の聖騎士団長が黙っているはずがない。どんな仕打ちをされるのだろうか。聖騎士団長エルグと言えばマサルトまで名を轟かせる人物。ゴードンは身を震わせながら最上階にあるその男の部屋を訪れた。
コンコン……
「マサルト王国、歩兵団長ゴードンです……」
恐る恐る言った言葉にドアがすぐに開いて応えた。
そこには笑顔で迎えるエルグ。ゴードンは一瞬恐怖を感じたが、すぐにそれが杞憂に過ぎないことだと気付いた。
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