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第三章「聖女就任式」

42.勝者と敗者

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『聖女』の夫となる者が国王に就くネガーベル王国。
 権限こそ国王が多く有するが、実際この国において聖女の立ち位置は最高であり、国王以上の影響力を持つ。


「アンナ様の『護衛職』であるロレロレ様をご指名致しますわ」

 そんな最高位の『聖女』は、その身辺警備として従える『護衛職』についても自由に選ぶことが許されている。

 最高位の者には最強の者を。
 これまで聖騎士団副団長のキャロルがその役を務めていたが、聖女就任となればもっと強く今話題のロレンツを指名することだって可能である。それまで黙っていたアンナが立ち上がって言う。


「ちょ、ちょっと待ってよ!! 何でそんなこと勝手に決めるのよ!!!」

 アンナは不安と恐怖で頭が混乱していた。ただただ頭にあったのは、


 ――ロレンツを失いたくない

 それだけだった。ミセルが答える。


「勝手って、何を仰っているのかしら? 『聖女』には最高の『護衛職』をつけるのは当然。アンナ様にはキャロルを差し上げてよ。おーほほほほっ!!!」

 ミセルは赤の薄い手袋をした手を口に当て、甲高い声で笑う。アンナが涙声で言う。


「いや、イヤよ、そんなの嫌っ!!! 私は認めないから!!!!」

 しかしそんな彼女に審議官が強めの口調で言った。


「アンナ様、あなたはいずれ姫の座からも降格となります。新聖女であるミセル様の言葉は絶対ですよ」


「姫なんてあげるわ!! あげるから、やめてよぉ、私から……、彼を奪わないで……」

 アンナは涙をぼろぼろと流しながらその場に崩れ落ちる。
 初めて会った覆面バー。酔って負われたこと。部屋に泊まったこと。一緒にご飯を食べたこと。『剣遊会』、リリーの救出、【赤き悪魔】から救ってくれたこと、そして……


 ――キス

 城内で孤独だった自分のいつも傍にいてくれた。
 ぶっきらぼうで不愛想で朴念仁の失礼な奴だけど、奪われると聞いて初めてアンナは気付いた。


(私、彼がいなきゃ、生きていけいないよ……)


「う、ううっ、うううっ……」

 大声をあげて泣きたくなるのを必死に堪えてアンナは泣いた。また『嬢ちゃん』と呼ばれて頭を撫でられたい。ぽたぽたと落ちるアンナの涙が床を濡らして行く。ミセルはそれを腕を組み上から見下ろして言う。


「何を泣いてらっしゃるのかしら? ロレロレ様はとても強いお方。『聖女』になるこの私に仕えるのが最も正しい選択だと思いますわよ。ねえ、皆さん?」

 審議官達は、皆頷きながら拍手でそれに賛同する。アンナを除き、そこにいるすべての者達がミセルの味方。初めから結果ありきの審議であった。


「おーほほほほっ!!! このミセル・ジャスターが『聖女』になって、このネガーベル王国を最高の国へと変えて見せますわよ!!!!」

「おおっ!!!」

 審議官達が立ち上がって新たな聖女誕生に拍手で祝う。アンナは四つん這いになりながら顔を上げてミセルに言う。


「お願い、ミセル。彼だけは、彼だけは許して。何でもあげるから……」

 涙でくちゃくちゃになったアンナの顔。ミセルはまるで汚物でも見るような目つきでアンナに言った。


「お断りしますわ。ロレロレ様にはいずれの地位について頂きますの」

 アンナが青ざめた顔で尋ねる。


「それって……」

「そうですわ。私とご成婚頂きますの。新たな王家の誕生ですわ!!」


「……そんな、そんなのって」

 アンナは力なくがっくりと首を項垂れる。
 全く想像もしていなかった事態。まさか『聖女』になれなかっただけで、これほどまでに色々なものを失ってしまうのか。


「では、これを以て『聖女任命審議会』を解散とする。以上!!!」

 沸き起こる拍手。
 ミセルの『聖女就任』が決まれば甘い汁が吸えるとほくそ笑む審議官達。土地の利権、地位、賄賂などその蜜は様々。ミセルが赤い髪をかき上げながら床で涙するアンナに言う。


「それではごめんあそばせ。様」

 そう言うとミセルは審議官達と笑いながら部屋を出て行った。





「ロレロレ様~」

 部屋の外にある控室で会議が終わるのを待っていたロレンツとリリーは、満面の笑みでやって来たミセルを見て尋ねた。


「ん? 赤の嬢ちゃん、会議はもう終わったのかい?」

 ミセルは顔を赤らめながら答える。

「ええ、終わりましたわ。


(??)

 よく意味が分からないロレンツ。
 一緒に待っていたミセルの『守護職』であるキャロルが立ち上がって言う。


「ミセル様ぁ~、お疲れで~すっ!!」

「あらキャロル。あなたとももうすぐお別れですわね。おーほほほほっ!!!」

 顔を見わせるロレンツとキャロル。リリーが言う。


「ちょっと、早くアンナ様を迎えに行くわよ!!」

「ああ、そうだった。じゃあまたな」

 ミセルが軽く手を上げて答える。


「ええ、じゃあ、またで」

 不気味に笑い続けるミセルの顔を見ることなくロレンツ達は部屋を出てアンナを迎えに行く。




「アンナ様!」

 リリーとロレンツが一向に出てこないアンナを探して大会議室に入ると、部屋の奥の方で女性のすすり泣く声が聞こえた。部屋は明かりも消され薄暗い。異変に気付いたリリーとロレンツがすぐに駆け寄る。


「アンナ様!!」
「嬢ちゃん、どうした!?」

 そこには床を涙で濡らし、四つん這いになって泣くアンナの姿があった。ロレンツが言う。


「嬢ちゃん、怪我は、怪我はないか??」

 アンナの両肩に手をかけ起き上がらせてロレンツが尋ねる。


(!!)

 それはこれまでに見たこともない程の憔悴した顔。涙で目を腫らし、鼻水もよだれも垂れ流しになっている。アンナが涙声で言う。


「ロレンツぅ……、うわーん!!!」

 そう言ってアンナはロレンツに抱き着いて声を上げて泣き始めた。怪我ではないと安心したロレンツがアンナを抱きしめながら声を掛ける。


「嬢ちゃん、どうしたって言うんだい? 綺麗な顔が台無しだぞ」

「うわーん、うわーん!!!!」

 アンナは涙や鼻水をロレンツの服に擦り付けながら大声で泣き続ける。リリーもロレンツもその姿を見て『ミセルが聖女に内定した』と理解した。ロレンツが言う。


「聖女になれなかったんか? まあ、それならそれでいいじゃねえか。あまり気にしても仕方ねえ」

 アンナは一度頭を上げ、ロレンツの顔を見てから再び大声で泣き始めた。

「うわーん、うわーん、うわーーーーん!!!」

「おいおい、嬢ちゃん……」

 ロレンツは自分にしがみついてただただ泣き続けるアンナの頭を優しく撫でた。





 ミセルの『聖女内定』はその日のうちに速報としてネガーベル王国全土に伝えられた。

「ミセル様、おめでとうございます!!」
「我々をお導き下さい、聖女様!!」

 数年ぶりの聖女誕生にネガーベル中が歓喜に包まれる。王城を歩くミセルには祝福の声が掛けられ、ミセルはその声のひとつひとつに笑顔で応えた。
 前の聖女であるアンナの母親が病死して以来、暗い雰囲気に覆われていたネガーベルにようやく癒しの風が吹き始めていた。



「イコ、いいか?」

「うん、なに? パパ」

 ロレンツは部屋で本を読んでいたイコを呼び、その薄紫の髪の頭を撫でながら言う。


「すまねえが、また頼む」

「お姉ちゃんのこと?」

「まあ、そんなとこだ」

 イコは頷いてから部屋を出るロレンツの後に続いた。


 コンコン……

 ロレンツは久しぶりにその見事な装飾が施されたドアをノックした。
 部屋の中からは大勢の人の話し声、騒ぐ声が聞こえる。ロレンツが再度強めにドアをノックするとようやくその部屋の主が真っ赤な顔をして現れた。


「あら~、これはロレロレ様ぁ~、如何なされました?」

 対応に現れた女性、真っ赤な可憐なドレスを着て赤い髪が美しいミセルは目をとろんとさせながら言った。部屋の中には若い貴族数名が集まり祝賀会だろうか、酒を飲んで笑談している。ロレンツが言う。

「すまねえな、取り込み中に」

「いえ、いいですわよ。来てくださって嬉しいですわ」

 ミセルはそう言いながらロレンツの隣にくっつくようにして立つイコを見て、腰をかがめ笑顔で言う。


「えっと、イコちゃんだったかしら。こんばんは」

「……こんばんは」

 イコは少し下を向きながらそれに答える。ミセルは立ち上がってロレンツに言う。


「それで、一体どのようなご用件でしょうか?」

 酒に酔っていたミセルはロレンツが尋ねて来てくれたことが心底嬉しく、普段は見せない素の笑顔で話し掛けていた。ロレンツが言う。


「いや、ちょっと聞きてえんだが、先日うちの嬢ちゃんが城の中で襲われたのを覚えているか?」

 話題がアンナのことと分かり、急にむっとした表情になるミセル。


「……ええ、覚えていますわ」

 明らかに不満そうな態度でそれに答える。

「犯人捜索をして貰っているようだが『護衛職』の俺にすら何も教えてくれなくてよ。嬢ちゃんが何か知っていたら教えて欲しいと思ってな」

「……」

 ミセルは面白くなかった。
 王城内でのアンナ襲撃は確かに驚いたが、自分には関係のないことだしどうでも良かった。


「知らないですわ。私は何も」

 むっとした顔で答える。
 ロレンツはイコの頭を撫でてからミセルに言う。


「そうか、そりゃ悪かったな。じゃあ、これで失礼する」

「あ、あの、良かったら一緒にお酒でも……」

 そう言って呼び止めるミセルにロレンツが答える。


「嬢ちゃんが元気なくってな。一緒にいてやんなきゃなんねえ」

 そう言って軽く手を上げて立ち去って行った。


(面白くないわ、面白くないわ!! でも、もうすぐ……)

 ミセルは去り行くロレンツの背中を不満そうに見つめながらも、間もなくやって来る自分の時代に心弾ませた。



「イコ、どうだった?」

 王城を歩きながらロレンツが小声でイコに尋ねる。

「あのお姉ちゃん、何も知らないみたいだよ」

「……そうか」

 それはロレンツも感じていた。
 イコのように『読心』が使える訳じゃないが、その時の反応や汗、体温や声調の変化で嘘かどうかぐらいは分かる。ミセルは関与していない、それは間違いないようだった。


(さて……)

 ロレンツは先の審議会以来、変わり果ててしまったアンナを思ってため息をついた。
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