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第三章「聖女就任式」

34.両英傑、まみえる。

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『ロレンツさん、助けて下さい!!!』
『小隊長、俺、まだ死にたくないっす!!!』

『ロレンツさん!!!』

 沈む夕日を追いかけるように『ルルカカ』を出たロレンツは馬に鞭打って飛ばした。


(もう失う訳にはいかない! 俺が守らなければならない大切なもの。俺が、絶対っ!!!)

 以前、自分の未熟さもあり見殺しにしてしまった部下達。彼らの呼ぶ声が頭の中で何度も繰り返される。
 鬼の形相で馬を飛ばして来たロレンツは、ネガーベルに到着後、すぐに王城での異変に気付いた。


(待ってろ、待ってろよおお!!!!)

 ロレンツは避難してくる人々を避けながら馬を走らせ、右手に漆黒の剣を発現させた。




「ギャガアアアアアアア!!!!」

 レッドドラゴンは落とされた自分の腕の痛みに大きな声で雄叫びを上げる。


「ロレンツ……、なの……?」

 恐怖のどん底にいたアンナ。
 日も落ち暗くなった王城中庭に、同じ黒き瘴気を纏った男を見て息を飲んだ。その姿は怒りに震えた自分の『護衛職』。しかし普段のもの静かな彼とは全くの別人であった。


 ザッザッザッ……

 レッドドラゴンに無言で近付くロレンツ。
 これまで好き勝手に暴れていた赤き悪魔は、目の前の男に睨まれ動けなくなる。


 シュン!!!

 ロレンツの黒き剣が月の光に当たり不気味に光りながらくうを切った。

 そこからは一方的な展開だった。
 まったくロレンツの斬撃をかわすことなくレッドドラゴンが切り刻まれて行く。無言で瘴気を放ちながら徹底的に切り刻む姿はまるで鬼神や修羅の生まれ変わりのよう。
 長い時間に渡り皆を恐怖の底に陥れた【赤き悪魔】は、現れたロレンツによってわずか数分で肉の塊となって息絶えた。


(な、なんだ、あれは……)

 エルグは薄れゆく意識の中で、その漆黒の剣を持つ男を見つめた。



終了オーバー

 レッドドラゴンを倒し終えたロレンツは、ぼんやり真っ黒な空を見上げながら呪剣を消した。


「ロレンツーーーっ!!!」
「パパぁーーーっ!!!」

 微かに耳の奥に響く自分を呼ぶ声。ロレンツはバタンと音を立ててその場に倒れた。





「もう体はよいのか、エルグ」

 一夜明けた翌朝、レッドドラゴンからの破壊を免れた父ガーヴェルの部屋に集まったエルグに父親が言った。疲れた顔をしたエルグが答える。


「ええ、体は問題ありません。ミセルのお陰です」

 部屋の隅に座るミセルに向かってエルグが言った。ガーヴェルがふたりに言う。


「ミセルの聖女化への良いアピール機にはなったとは思うが、輝石の消費が激しかったな。それにしてもあのドラゴンは一体なんなのだ……?」

 死傷者がたくさん出たレッドドラゴン襲撃。
 ミセルはエルグやキャロル、その他高官や貴族の治療に大量の輝石を消費した。皆の前で『聖女』へのアピールができ賛辞もたくさん受けたが、貴重な輝石を必要以上に消費してしまったことは否めない。エルグが言う。


「あれは古に存在していた魔物ではないかと思われます。レッドドラゴン、でしょうか。恐ろしく強い……」

 ガーヴェルが言う。


「それでそのレッドドラゴンを一方的に倒したロレロレとは一体何者なのだ?」

 無言になるふたり。
 騎士ナイトと言うよりは、黒い悪魔のような狂気じみた戦闘を行った男。聖騎士団長エルグを始め、ネガーベル軍総出で戦っても敵わなかったドラゴンをほぼ無傷で討ち取った。エルグが思う。


(もしかして我等はとんでもない男を相手にしようとしているんじゃないのだろうか……)

 エルグが言う。

「父上。私はロレロレの様子を見に行って参ります。ずっと目を覚まさぬとか」

 レッドドラゴンとの戦いでは無傷だったロレンツだが、なぜか討伐後に倒れ、そのまま昨晩から眠り続けている。ミセルが言う。


「わ、私も行きますわ。お礼をしなければ……」

 ミセルは立ち上がって部屋を出るエルグの後に続いた。





 コンコン……

 破壊を免れた客室。
 そこに寝かされたロレンツを心配するように見つめていたイコとリリーが、部屋をノックする音に気付いた。


「はい……」

 リリーがドアを開けるとそこにはエルグとミセルの姿があった。驚いたリリーが言う。


「エルグ様、ミセル様」

「これはティファール殿。昨晩、お怪我はなかったでしょうか?」

 リリーは自分よりももっと酷い怪我を負っていたエルグを心配して言う。


「私は大丈夫です。エルグ様にお助けいただいたお陰で、ありがとうございます」

 そう言って頭を下げるリリーにエルグが苦笑いして答える。


「いや、私は一方的にやられていただけだよ。それよりロレロレはどうなんだい?」

 エルグとミセルは部屋のベッドで眠るロレンツを見つめる。その隣には椅子に座って涙を流すイコの姿もある。エルグが尋ねる。


「あの子は彼のお子さんなのかい?」

「はい。血は繋がっていないそうですが」

 エルグ軽く頷くとイコの傍へと行く。


「こんにちは」

「……だれ?」

 涙で目を腫らしたイコが尋ねる。


「私はエルグ。昨日、君のパパに助けられた者だよ。今日はお礼に来た」

 イコは軽く頷いてそれに応えると再びロレンツを見つめた。エルグも同じようにベッドに横たわるロレンツを見つめる。


(これがロレロレか……)

 改めて見るその姿。
 短い銀髪に大きな体。太い腕は筋肉隆々で逞しい。話に聞いていた以上の男である。


(昨日のあの狂ったような強さ。一体何者なんだ……?)

 同じ強者だから分かるロレンツの異常な強さ。
 広いネガーベルで最強と言われた自分を間違いなく凌駕する男。こんな男がもしそのままマサルトに居たら、幾ら強国ネガーベルとは言え容易く勝つことはできないだろう。



「ねえ、もう目覚めた!!??」

 そこへ突然ドアが開かれ、顔に汗を流したアンナがやって来た。
 国王不在の間、その代行役を務めるアンナ。突然の魔物襲撃に混乱した王城や王都の収拾に当たっているが、時間を見つけてはちょくちょく様子を見に来ている。リリーが答える。


「いえ、まだです。アンナ様」

「そう……」

 アンナが寂しそうに答える。エルグが言う。


「これから私も王城修復にあたります。微力ならがアンナ様のお手伝いを致します」

「助かるわ、エルグ」

 アンナもそれに頷いて答える。


(ロレロレ……)

 ミセルは部屋に入って来てからずっと黙ってロレンツを見つめていた。
 正直何を考えているか分からない不気味な男。ただその圧倒的な強さは周りにいる貴族の男とは全く違い、最強と言われた兄よりも強いほど。純粋に『そんな男に守られたい』とひとりの女として心のどこかで思っていた。同時にそのロレンツのそばにいつもいるアンナをぎゅっと睨みつける。

 アンナが流れ出た涙を拭い、横になって眠るロレンツの元へと行く。


「ちょっと、いい加減起きなさい!! みんな心配してんだよ!!!」

 そう言って寝ているロレンツの体をボンボンと叩く。それに驚いたミセルが言う。


「あ、あなた! 動けなくなっている人間になんてことするのよ!!」

 ミセルにアンナが言い返す。


「いいのよ!! この男、絶対に起きているくせに黙ってるんだから!! 痛くないよ、こんなの!!!」

 そう言って再びボンボンとロレンツを叩く。


「……なあ、嬢ちゃん」


「え?」

 眠っていたロレンツの目がうっすらと開けられ、小さな声で言う。

「痛いのは本当だぜ。そんなに叩くなよ」


「お、起きたの……」
「パパぁ!!!」

 イコとアンナはふたりで目覚めたロレンツに抱き着きながら涙を流した。周りにいた者達もミセルを除き、そんなふたりを温かく見守った。




「聖騎士団団長のエルグだ。この度は皆を代表してお礼を言うよ。ありがとう、

 エルグは初対面となるロレンツを見て言った。ロレンツが答える。


「俺のことを言っているのか?」

(は?)

 意味が分からないエルグ。すぐにミセルがやって来て言う。


「あ、当たり前でしょ!! お兄様が挨拶しているんですよ!! 失礼ですわ!!!」

「ああ、そうか。よろしく……」

 ロレンツは差し出されていた手を握り返して答える。エルグが言う。


「妹も世話になっているようだ。感謝する」

「あんた、赤髪の嬢ちゃんの兄貴か。通りでそっくりだ」

 ミセルが嬉しそうに言う。


「まあ、私とお兄様がそっくりですって? 嬉しいですわ!!」

 少しだけ元気になったミセルが笑顔になる。エルグは軽く頭を下げると皆に言った。


「では、私は修復の手伝いをしてくるのでここで失礼するよ」

「ありがとう、エルグ」

 それにアンナがお礼を言って答える。

「じゃあ」

 エルグは疲れた様子も見せずに、爽やかな笑顔でミセルと共に部屋を出て行った。廊下を歩きながらエルグがミセルに言う。


「相当な人物だな。強さは無論、是非我が陣営に加わって欲しい男だ」

 ミセルも笑顔で頷いて言う。

「そうですわよね。最も危険な人物は、最も頼りになる味方になる。そうですよね?」

「ああ」

 ミセルはロレンツに恐怖心を抱く一方、心の奥底では強い憧れも持っていた。


「真剣に『ロレロレ攻略作戦』をやらねばならんな」

「はい! お兄様!!」

 ミセルはロレンツをアンナから引き離して、どうしても自分達の仲間に加えたかった。その為にはアンナが邪魔になる。ミセルはどんな手段を使ってでもふたりの仲を切り裂き割こうと考えた。





「うえーん、うえーん、パパぁ……」

 未だ泣き止まぬイコの頭を撫でながら、ロレンツがアンナに尋ねる。


「なあ」

「なに?」


「なんであいつらは俺のことを『ロレロレ』と呼ぶんだ?」

「知らないわよ。そんなこと」

 アンナはちょっとだけ命名者のキャロルのことを思い出し不機嫌になる。


「それよりもさ、ありがとう。来てくれて」

「ああ」

 ロレンツはぶっきらぼうに返事をする。


(間に合って良かった。だが、あの赤いドラゴン。一体なんなんだ? 魔物とかあり得んだろうに。それに……)

 ロレンツは自分の右手甲に浮かんだ崩れたハートの模様を見つめる。


(結構欠けちまったな……)

 それははっきりと分かるほどハートの一部が欠けている。同じくそれを見ていたアンナが心配そうな顔で言う。


「ロレンツ、それ……」

 ロレンツは彼女もこの模様が見えることを思い出し答える。


「なに、心配することはない。大したことじゃねえよ」

 そう言って笑うロレンツを見ながらアンナは、『この模様が消えたら俺は死ぬ』と言う言葉を頭に思い浮かべた。
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