上 下
24 / 89
第二章「騎士ロレンツ誕生」

24.剣の訓練!?

しおりを挟む
 カチャ……

 公務室でティーカップを手にしながら書類に目を通していたアンナは、部屋の奥のテーブルで雑誌を読みながらコーヒーを飲むロレンツに目をやった。

(あの姿……)

 リリーの拉致の件でレイガルト卿は拘束され、今後裁判を経て実刑が確定される。腹立たしいがあとは法による裁きに任せるしかない。
 だがそんな法ですら関係ないと言わんばかりの目の前の男。レイガルト家の屋敷で見せた禍々しい呪剣。欠けた黒いハート模様。


 ――これが無くなれば多分、俺は死ぬ。

 そんな話聞いたことがない。あんな黒い剣、見たことがない。あの模様は一体……、そこまで考えた時アンナにある言葉が蘇った。


(お前、この模様が見えるのか?)

 ずっと前に言われた言葉。
 確かにロレンツは自分があの模様が見えることに驚いていた。


(他の人は見えないのかしら……?)

 力になりたい。
 武骨で無神経で失礼な奴だけど、今彼無しの生活は考えられない。
 ジェスター家による嫌がらせや工作で王城で孤立していたアンナ。今にも崩壊しそうだった自分を寸でのところで支えてくれたロレンツ。少しでも何かお返しがしたい気持ちはある。アンナは立ち上がって言う。


「ね、ねえ、ロレンツ……」

 リリーは所用で一日いない。アンナの声が公務室に響く。


「あ? 呼んだか?」

 椅子に座っていたロレンツが顔を上げてアンナの方を向く。


「あの、私……」

 そうアンナが言い掛けた時、ドアを叩く音が部屋に響いた。


 コンコンコンコン!!!

「ん? 誰か来たようだ」

 それに反応してロレンツが立ち上がりドアへと歩き出す。


「……」

 アンナはそれを無言で見つめる。


「誰だ?」

 ドアの前に立ちロレンツが低い声で尋ねる。甲高い声ですぐに返事が返って来た。


「ロレロレ~、私だよ~、キャロルだよ~」

 ロレンツが平坦な声で返す。

「用事はない。帰れ。じゃあな」

 そう言って椅子に戻ろうとしたロレンツに再びドアが叩かれ、キャロルが大きな声で言う。


「ちょっと~、ロレロレ!! キャロルは用事があるのー!!」

 余りドアの前で騒がれても良くない。
 はぁとため息をついてからロレンツがゆっくりとドアを開けた。


「やっほー、ロレロレ!! キャロルだよ~!!」

 一体何度名乗るつもりなのかとロレンツが内心思う。


「一体何の用ですか?」

 立ち上がったアンナがドアの元へ歩きながら尋ねる。キャロルは部屋をぐるっと見回して言う。


「あれ~、今日はリリーちゃんはいないのね。まさかロレロレ、姫様とふたりっきり~??」

 アンナの顔がぽっと赤くなる。

「そんなことはどうでもいいことです。それで一体何の御用で?」

 対外用の顔。
『氷姫』と呼ばれたアンナの冷たい顔がキャロルに向けられる。


「えー、キャロルはロレロレに用があったんだよ~」

「俺に?」

 それを聞いたアンナがむっとして言う。


「私達はあなたに用はありません。そもそもあなたは敵の人間でしょ? どうしてここへやって来られるのかしら?」

 不満そうな顔でアンナがキャロルに言う。キャロルが答える。


「え~、それって『剣遊会』での話ですよね~。もうそれ終わったし。キャロルは聖騎士団だから国を守るのがお仕事なんだよ~。つまり~、姫様を守るのもキャロルの仕事なの~」

(うっ)

 正論。
 キャロルの言うことが正しい。『剣遊会』で敵対していたから感情的になっていたが、言われてみれば聖騎士団は本来、王家であるアンナを守りその指示に従わなければならない。
 ジャスター家が力をつけ、国軍が騎士団長エルグの私物化となっている現状こそ間違いである。アンナが言う。


「分かったわ。あなたの言う通り。でも、私は用事はないわ。さあ、帰って……」

 そこまで言い掛けた時、キャロルがふたりを見ながら尋ねる。


「あれ~、姫様はロレロレとになりたいんですか~??」


「はあ?」

 そのひと言がアンナの心に火をつける。


「そ、そんな訳ないでしょ!! 彼は護衛職、仕事だから一緒にいるの!! さあ、入りなさい!!」

 アンナはそう言うと顔をぷいと背けて机へと戻って行く。


「は~い、お邪魔しまーす!!」

 キャロルはにっこりしながら公務室へ入る。


(やれやれ……)

 ロレンツも仕方ないなと思いながらテーブルに戻る。部屋の中央に置かれたソファーにキャロルが座りながら言う。


「きゃー、このソファーふっかふかぁ!!」

 そう言ってピンクの髪を揺らしながらキャロルがソファーで跳ねる。椅子に座ってコーヒーを手にしたロレンツが彼女に尋ねる。


「それでピンクの嬢ちゃん、一体何の用なんだ?」

 ソファーで遊んでいたキャロルがロレンツの方を見て答える。


「あ、そうそう! キャロルね、ロレロレに剣の稽古つけて欲しいなあって思って」

「剣の稽古?」

 ロレンツが聞き返す。


「そうだよ~、ロレロレとっても強いし、キャロルももっと強くなりたいから~!!」


(ロレロレ、ロレロレって鬱陶しい……、敵に稽古なんてつける訳ないでしょ!!)

 黙って聞いていたアンナがイライラする。
 ロレンツは少し考えてから答える。


「そうだな、こっちに来てから全く鍛錬していなかったしな。お前の突きも相当なもんだ。いいだろう、付き合ってやる」


(はああああっ!?)

 そう真顔で話すロレンツをアンナが信じられない顔で見つめる。


(な、何を言ってるのよ!! あんなこと言ったってこの女は敵なのよ!! 敵っ、敵、敵っ!! どうしてそれが分からないの!!)

 アンナは怒りの形相でロレンツを睨みつける。


「わ~、キャロル嬉しいー!!」

 ロレンツの言葉を聞いたキャロルが満面の笑みを浮かべてロレンツに近寄る。


「おめえさんの突き、大したもんだ。だが俺も稽古とは言え全力で行く。手加減はしねえぞ」

 真面目な顔で言うロレンツにキャロルが嬉しそうに答える。


「いいよいいよ~、全力で来て~!! キャロルも頑張るから!!」

 仲良く話すふたりを見ながらアンナの顔が言い表せぬ怒りに染まる。キャロルが言う。


「それで~、キャロルは夜もぉ、稽古して欲しいな~」

「夜? そりゃまた熱心なことだ」

 ロレンツが頷いて答える。キャロルはロレンツに近付くと、恥ずかしそうにその太い腕を指で撫でながら言う。


「夜はぁ~、ベッドの上で、ロレロレのでぇ~、いっぱいねぇ~」


(は、はあぁ!!??)

 アンナはその信じられない言葉に唖然とする。ロレンツが真面目に答える。

「そんな場所じゃ訓練にならんだろ。それに夜は休むもんだ。休憩も重要だぞ」

 キャロルは恥ずかしそうな顔で答える。


「ロレロレがぁ、疲れたって言うならぁ、寝てるだけでいいんだよ~、キャロルが全部やってあげ……」


「おいっ!! そこっ、何を話してるんだ!!!!」

 いい加減ブチ切れたアンナが大声で言う。


「きゃっ!! 姫様、どうしたんですか~??」

 驚いたふりをするキャロルがアンナを見て言う。アンナが怒りの形相で言う。


「一体何を馬鹿なことを話しているの!!!」

 ロレンツが答える。


「馬鹿なこと? おいおい、剣の稽古の話だぜ、嬢ちゃん。大事なことだ」


(むかーーーーっ!!!)

 どこまで本気なのか冗談なのかアンナには理解できない。アンナが言う。


「ふざけないでよ!! どうして夜までそんなことするのよ!!!」

 ロレンツが頷いて答える。


「まあ、そうだな。夜はゆっくり休むべきだ。短期集中。それが最もいい」

 キャロルが答える。

「えー、そうなのぉ?? じゃあ、お昼もベッドの上でロレロレの剣で……」


「帰れ、この淫乱女っ!!!」

「きゃっ!!!」

 アンナは怒りに任せて机の上にあったペンを投げつける。

「帰りなさい!! 用事がないのなら!!!」


「いや~、アンナ様ってば、こわ~い!!!」

「こ、この女……」

 怒りの形相で立ち上がるアンナを見てキャロルがドアの方に逃げながらロレンツに言う。


「じゃあね~、ロレロレ!! 今度稽古しましょうね~!!」

「あ、ああ……」

 キャロルはそう言って手を振ると笑顔で部屋を出て行った。



「な、なんなの、あの女!! 敵のくせに!! はぁはぁ……」

 怒りで息が切れる言うアンナにロレンツが声を掛ける。


「なあ、嬢ちゃん。あいつは稽古がしたいだけなんだぜ。何をそんなに怒ってるんだ? それとも嬢ちゃんも、稽古つけて欲しかったのか?」


(え?)

 そう言われたアンナの頭に、『ベッドの上でロレロレの剣で……』と言ったキャロルの言葉が思い出される。真っ赤になるアンナ。恥ずかしさと怒りでロレンツに怒鳴りつける。


「ふ、ふざけないで!!! どうして私があなたなんかと!!!!」

 怒り狂うアンナを見てロレンツが申し訳なさそうに言う。


「わ、悪かった。じゃあ、やっぱりピンクの嬢ちゃんと稽古を……」

 アンナの頭に今度はキャロルとロレンツがベッドの上にいる図が浮かぶ。


「だ、だめーーーーっ!!! ダメダメっ!!!!」

 アンナが再びペンを投げつける。ロレンツはペンをかわしながら、当面剣の訓練は自分ひとりでやろうと思い直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...