覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

文字の大きさ
上 下
18 / 89
第二章「騎士ロレンツ誕生」

18.友のお礼

しおりを挟む
「イコ、あそこだな」

「うん」

 翌日の朝、ネガーベル王城内にある住居登録所へやって来たロレンツとイコ。
 王城内に住む者はここで手続きをして晴れて正式な住民となる。大国ネガーベルの王城はマサルト王国のものとは違い広大で住む人も多く、それだけに転居等の手続きをする人でいつも混み合っている。


「すまねえ、転入の手続きをしたいのだが」

 受付窓口。いかにも公務職といった顔の中年の男が答える。

「はい。ええっと、どちらからで?」

「ルルカカだ」


「ルルカカね……」

 ロレンツの答えを聞き男が書類に書き込む。そしてイコの存在に気付いて尋ねる。


「そちらのお嬢さん、学校は?」

「王都学校ってのに入る」

 男が少し間を置いて尋ねる。


「失礼ですが、どちらかの貴族でしょうか?」

 意味が分からないロレンツ。素直に答える。

「いや、貴族じゃない」

 王都学校はアンナから紹介された王城内にある学校。王城に暮らす貴族の子供が主に通っているようだが、特に貴族じゃなきゃ入学できない決まりはないと聞いている。ロレンツが続けて尋ねる。


「何か問題でも?」

 男が少し困ったような顔で言う。

「いや、別に問題と言う訳でもないのだが。ただ、いじめられるかもしれないんでね。平民だと」

 ロレンツは言葉を失った。
 確かにここは貴族率の高い場所。平民の子供がどれだけ通っているかは知らないが、貴族じゃないと仲間外れになることは十分考えられる。ロレンツが尋ねる。


「転校は可能なんだな?」

 とりあえず今はそれについて悩んでも仕方がない。まずは手続きを終わらせる必要がある。


「もちろん転校は可能です。ではここにお名前と王城内での職務を記入ください」

 ロレンツは名前と職務欄には『護衛職』、そして王城内の居住番号を記入。そして男に手渡す。


「はい、ええっと、ロレンツ・ウォーリックさんで……、え? ああ、姫様の護衛職でしたか」

 先日行われた『剣遊会』。そこでのアンナ姫陣営の『謎の男』の噂は広がっており、キャロルを倒すほどの圧倒的な強さに一部の者の間で人気が高まっていた。


(ん? 姫様の護衛職って確か……)

 男はロレンツに渡された書類をじっと見てからあることを思い出し、一旦席を離れる。少しして戻って来てロレンツに言った。


「すみません、実はあんたの登録はできないんだ」

「何故だ、急に?」

 ロレンツが眉間に皺を寄せて言う。男が答える。


「いや、理由は教えられないのだがとにかく無理なんだ」

 無言になるロレンツ。
 何かの計略だろうか。どちらにせよここで登録ができないとこれから王城に住むことはできない。


「どうしても無理なのか? 理由が知りたい」

「ごめんなさいね、私も良く分からないんだ」

 そう言いながら男が上司の言葉を思い出す。


『姫様の護衛職が来たら一旦登録を断れ。そしてすぐにミセル様に知らせろ』

 理由は知らない。
 ただすぐにミセルがやって来ることは知らされており、彼女の許可が出て登録ができるようになるらしい。


(あれ? あの男は……?)

 登録所の受付で困っているロレンツを『剣遊会』で戦った小隊長が見つける。


「まあいい。一旦戻って嬢ちゃんにでも相談するか」

 ロレンツは仕方なしにイコと一緒に立ち去って行く。その後に登録所にやって来た小隊長が男に声を掛ける。


「よお、元気でやってるか」

「おお、久しぶりだな! 元気だぜ」

 受付の男は小隊長と同じ学校で過ごした旧友。最近は会えてなかったが仲が良いふたり。がっつりと握手をした後、小隊長が尋ねる。


「さっきの男、何かあったのか?」

 男が答える。

「いや、登録をしに来たんだけど。まあ、ここだけの話だけど、ミセル様がそれを許さないって感じでね」

 そこまで言えば誰もが分かること。ジャスター家によるキャスタール家への嫌がらせ。小隊長が言う。


「登録してやってくれないか?」

 男が困った顔をして言う。

「そう言われてもな……」

「頼む!! 責任は俺がとるから!!」

 頭を下げて頼む小隊長に男が答える。


「分かったよ。俺は知らねえからな」

「助かるよ」

 これで良かった。
 ひとつでもロレンツに恩返しがしたいと思っていた小隊長は清々しい気分となった。



「ちょっといいかしら?」

「!!」

 そこは突然現れた真っ赤なドレスを着た女性。


「ミセル様!!」

 ジャスター家令嬢ミセル・ジャスター。真っ赤な髪に赤いドレスが良く似合う、実質今王城内で一番力を持つ女性である。ミセルが言う。


「ここにって男の人が来たって聞いたのだけど、いないわね?」

(ロレロレ?)

 受付の男はミセルの登場に少し震えながらも、記憶にないロレロレなどという名前の男を思い出そうとする。


「そのような男は、来てはおりませんが……」

「そう……、どういう事かしら?」

 報告を受け急いでやって来たのに何かの間違いだったのか。困っているロレンツを自分が助けて恩を売る作戦を考えていたミセルがちっと舌を鳴らす。そんなミセルを小隊長がじっと睨みつける。


「あら、あなたは……」

 その視線に気付いたのか、ミセルが小隊長に言う。


「あの件はもうこれで終わりですわよ。あなたは何も知らない。何も覚えていない。いいかしら?」

 あの件とはもちろん彼の家族を監禁したこと。
 ロレンツによって怪我も無く無事に返されたわけだが、家族が受けた恐怖、そして娘の大切な髪を切られた恨みは決して忘れることはない。所属はジャスター家の派閥になるが、心はアンナのキャスタール家。小隊長が答える。


「分かっております……」

 とは言え小隊長程度の身分で表立って逆らうこともできない。だからこそささやかな抵抗としてロレンツの力になりたい。小隊長はじっとミセルを睨みつけていた。


「では失礼」

 ミセルはそう言うと背を向けて帰って行く。
 その姿が見えなくなってから受付の男が小隊長に言った。


「ミセル様が探していたのって、このロレンツって男だろ?」

 男がロレンツの書いた書類を持って言う。無言になる小隊長。男が言う。

「分かった。心配するな。お前を売ったりしない。訳ありなんだろ? 俺はお前の味方だ」

「……ああ、助かるよ」

 初めて小隊長が笑顔を見せた。





「ちょっと!! ちょっとちょっと!!!」

 それからしばらくして、ロレンツと一緒に現れたアンナが受付の男に言った。

「ねえ、登録できないって一体どういう事よ!!」

 驚いた男が答える。


「これは姫様、ご機嫌はいかがで……」

 男は『氷姫』と呼ばれるアンナの感情剥き出しの態度に心から驚く。アンナが言う。


「ご機嫌悪いわよ!! で、どうして彼の登録ができないの!?」

 その後ろには無言で立つロレンツとイコ。男が笑顔で答える。


「登録は済んでおります」


「え?」

 驚くアンナ。ロレンツが近くに来て言う。


「さっきできねえって言ったじゃねえか?」

 男が頭を下げて答える。


「当方の書類ミスでございました。登録に何の問題もございません。申し訳ございませんでした」


「……だって」

 ちらりとロレンツの顔を見てアンナが言う。ロレンツが答える。

「まあ、ならいいか。じゃあ、戻るぞ」

 そう言って立ち去ろうとするロレンツに男が言う。


「友が世話になったようですね。ありがとうございました」


 ロレンツはちらっと男を見てアンナ達と立ち去る。歩きながらイコが言う。

「ねえ、パパ。あの人お友達なの?」

「いや、知らねえ」

 ロレンツも歩きながら答える。アンナが少し首を傾げながらロレンツに言った。


「私てっきりミセルの嫌がらせかと思っちゃんだけど、違ったみたいだね」

「ああ、そうだな。書類ミスって言ってたな」

 ふたりはそう言いながら苦笑いする。
 受付の男はロレンツが見えなくなるまで彼に向かってずっと頭を下げ続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

なんとなく歩いてたらダンジョンらしき場所に居た俺の話

TB
ファンタジー
岩崎理(いわさきおさむ)40歳バツ2派遣社員。とっても巻き込まれ体質な主人公のチーレムストーリーです。

処理中です...