上 下
58 / 58
第六章「タケルの恋まじない。」

58.タケルの恋まじない。

しおりを挟む
「あ、雪……」

 中島と理子がいたカフェを出たタケルは電車を乗り継ぎ、優花との約束の駅へとやって来た。夕方前だが既に薄暗く、真っ黒で分厚い雲からは白い雪が舞い始めていた。

 クリスマスの夜。
 駅前を歩く人達は当然のようにカップルが多い。少し前ならそんな風景を見るだけで吐き気を催すタケルだが、今日は違う。


(優花、優花とクリスマス……)

『まじない優花』と言う負い目はあったものの、最近その状態が長すぎてそれがのような感覚になって来ている。


(このまま魔法が解けなきゃいいのにな……)

 そう思いながら歩くタケルに、駅前の街灯の下で佇む美少女の姿が目に入った。


「優花……?」

 約束の時間まではまだ2時間以上ある。
 こげ茶の厚めのコートに黒の長いスカート。優花が好きな大きめのマフラーを首に巻きひとり立っている。タケルに気付いた優花が笑顔で言う。


「あ、タケル君! 早いね!!」

「どっちが早いんだよ。何時に来たの?」

「忘れた。嬉しくって……」

 水色の目の優花。
 もう見慣れた彼女であり、一緒に居ても違和感はない。タケルが言う。


「寒かったでしょ」

「うん、寒い」

「早く来過ぎだって。どこか暖かいとこ行く?」

 優花が首を振り、手を差し出して言う。


「ううん、ちょっと歩きたい。タケル君、私の手、温めて」

「えっ、あ、うん」

 タケルは差し出された優花の手を握る。

「冷たっ」

「温か~い、タケル君の手」

 ふたりは手を繋ぎながら歩き始める。タケルが尋ねる。


「どこ行くの?」

「うん、少し歩きたいの」

 タケルは冷たくなった優花の手を一生懸命温めながら歩く。細く冷たい手。まともに女性の手を握るのが初めてのタケルにとって、その感触は一生忘れられないものとなった。優花が言う。


「雪、綺麗だね」

「うん。ホワイトクリスマスだ」

「そうだね」

 優花はもう一方の手のひらに落ちてきた雪を乗せる。優花が言う。



「おまじないって、覚えてる?」


(え?)

 タケルの心臓が一瞬大きな音を立てて鼓動する。

「おまじない?」

「うん。小学生の頃の」

 タケルの心臓がドクドクと動き出す。


「うん……、なんとなく」

 優花は前を向いたまま言う。


「この間ね、このみが『おまじない』って言葉を口にした時に思い出したの。タケル君達とやったおまじないを」

 小学校の放課後、タケルとこのみ、そして優花の三人でやった『おまじない』。タケルももちろん覚えている。優花が言う。


「あれがね、なあって思ったの」

(優花……)


「こうしてタケル君に想いを告げられて、一緒に歩けて……」


(優花違うんだ。今のお前はそので自分を見失った優花で……)


「……一緒に居られて私、本当に幸せだよ」

 そう言ってタケルを見つめる優花の笑顔が、タケルの中の何かのスイッチを押した。



「優花……」


「ん? なに?」

 いつになく真剣な顔のタケルに少し驚く優花。タケルが言う。


「笑わないで聞いて欲しい」

「うん」


「今のお前は『本当のお前』じゃないんだ」


「え?」

 優花の顔から笑顔が消え、驚きの表情へと変わる。


「あのまじないで作られた偽りの……、優花。俺……、本当はお前の彼氏じゃないんだ……」

 うっすらとタケルの目に涙が溜まる。意味が分からない優花がタケルに言う。


「ちょっとタケル君。意味が分からないよ。ちゃんと説明してよ!!」

 タケルは立ち止まると後ろから優花の両肩を持ち、その顔をショーウィンドウのガラスに向ける。


「見てごらん。優花の目。綺麗な水色だろ」

「うん」


「俺覚えてるんだ。まじないがかかると色が変わるって。お前小学生の頃、真っ黒だったろ?」

「え、え……」

 優花がガラスに近付いてしっかり自分の顔を見る。タケルが言う。


「あの時、あの文化祭のミスコンの時に、たぶん小学校の頃のまじないが発動しちゃったんだ……、それで好きでもない俺のことを好きと思い込んで……」


「タケル君、タケル君はなんかすごい勘違いしてるよ」


「え?」

 体を震わせ、涙目になったタケルに優花が振り返って言う。


「私の目ね、水色だよ」


「は? いや、だってお前小学生の頃……」

「病気になったの」

「病気?」

「うん、中学に入った頃から目の色素異常の病気にかかってね。それ以来ずっと水色なの。綺麗でしょ?」


「う、そ……」

 それが本当だとしたらタケルは黒目の頃の小学生の優花しか知らない。彼女は私立の中学に入り、小学校卒業後一度も会っていないから。タケルが震えながら言う。


「じゃ、じゃあ、今のお前って……」

 優花がタケルの手を取り笑顔で言う。


「そうだよ。これがの私。水色の目をした優花だよ」


(そんな、そんな……、じゃあ俺はずっと勘違いをして、この優花が偽りの優花だと思って、うそだろ……)

 タケルの頭の中にミスコンでの告白、ミャオのこと、デート、温泉旅行。すべての思い出の中に水色の瞳の優花が浮かぶ。タケルの目から涙がこぼれる。


「俺、お前がで好きになってくれていると思って、それが辛くて悔しくて、なんとかお前を振り向かせようと思って、頑張って……、でも、でも……」


「……言ったじゃない」

 優花がタケルの顔を両手で持ちながら言う。


「私は最初からあなただけを見ていたんだよ」


 タケルの目から涙が溢れる。そして言う。

「じゃ、じゃあ、俺たち、最初っからお互いが好きで、ふたりとも好きで……」

「うん、そう言うことになるのかな……?」

優花が恥ずかしそうに答える。


「ゆ、優花ぁ……」

 タケルは強く強く優花を抱きしめる。そして大きな声で言う。


「俺、お前が好きだ。大好きだ。大好きで大好きで、本当に大好きだっ!!!!」

 クリスマスの夕暮れ。
 さらさらと舞い落ちる雪の中、タケルの言葉が辺りに響く。周り人たちも若いカップルの聖夜のワンシーンに歩きながら目を細めて見つめる。優花が言う。


「恥ずかしいよぉ……、でも、嬉しい……」

 自然あふれる涙。優花も強くタケルを抱きしめる。




「俺、本当、馬鹿みたいだな……」

 涙を拭いたふたりが腕を組んで歩き出す。自分は優花と再会してからずっと勘違いをしており、その勘違いに苦しんでいた。ずっと見えていた優花が本物だったとは知らずに。


「そんなことないよ。その気持ちだけでも私、すっごく嬉しいんだから」

 優花としても一時多重人格が起こったりして不安定な時期もあったが、あれら全てが今日と言う日に繋がっていると今は思える。タケルが言う。


「でも、結局あの時の『おまじない』は効かなかったんだよな」

「どうして?」

 優花が聞き返す。


「だって、その……、お前はガキの頃から俺に、気があったんだろ? 俺もそうだったんだけど……」

「そうだよ」

「じゃあ『まじない』の意味なんて……」



「あったよ」


「え?」

 優花が繋いでいる手を強く握り直して言う。


「『おまじにない』の効果があったから、こうして大人になってまた出会えたんだよ」

(あっ)

「あのステージで、あんなにたくさん人がいる中で、私ね、不思議とタケル君だけを見つけることができたんだ。こんな奇跡ってあると思う?」


「……うん」

「再び出会わせてくれた。再び想いを交わせるようになれた。これって十分『恋まじない』のお陰だと思わない?」

 タケルも繋いだ手に力を込めて答える。


「うん、そうだ。そうだね。やっぱり効いていたんだ、あのまじない」


「タケル君」

 優花が立ち止まってタケルに言う。


「あなたが好き。そしてこれからもよろしくね」

「あ、ああ。俺も優花が大好きだ。ずっと一緒に居たい」

 優花がちょっと小悪魔的な表情になって言う。


「でも~、タケル君モテるからな~、ちょっと心配」

「え?」

「このみでしょ、それから柔道部の雫ちゃん。それに多分あの理子ちゃんも気があると思うよ」

 タケルは先程、その『理子ちゃん』に正体がバレ、告白されたことを思い出す。タケルが言う。


「大丈夫! 俺は優花だけだよ!!」

「本当に~?」

「ああ、本当。仮にもし、何かがあって俺達が離れ離れになっても絶対大丈夫!!」

 優花が少し不思議そうな顔で言う。


「どうして?」

 タケルは優花の額に自分の額をつけて言う。


「だって、『俺のおまじない』はまだ発動していないから。何度も何度も優花を好きになるから!!」

「ぷっ、うふふふっ。そうだ、そうなんだ……」

 優花は笑いを堪えながら目を閉じる。


「優花……」

 タケルも目を閉じ、優花の顔に両手を添える。
 雪降る聖夜の夜。ふたりは相手の存在を確かめるように唇を重ねた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

処理中です...