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第六章「タケルの恋まじない。」
58.タケルの恋まじない。
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「あ、雪……」
中島と理子がいたカフェを出たタケルは電車を乗り継ぎ、優花との約束の駅へとやって来た。夕方前だが既に薄暗く、真っ黒で分厚い雲からは白い雪が舞い始めていた。
クリスマスの夜。
駅前を歩く人達は当然のようにカップルが多い。少し前ならそんな風景を見るだけで吐き気を催すタケルだが、今日は違う。
(優花、優花とクリスマス……)
『まじない優花』と言う負い目はあったものの、最近その状態が長すぎてそれが当たり前のような感覚になって来ている。
(このまま魔法が解けなきゃいいのにな……)
そう思いながら歩くタケルに、駅前の街灯の下で佇む美少女の姿が目に入った。
「優花……?」
約束の時間まではまだ2時間以上ある。
こげ茶の厚めのコートに黒の長いスカート。優花が好きな大きめのマフラーを首に巻きひとり立っている。タケルに気付いた優花が笑顔で言う。
「あ、タケル君! 早いね!!」
「どっちが早いんだよ。何時に来たの?」
「忘れた。嬉しくって……」
水色の目の優花。
もう見慣れた彼女であり、一緒に居ても違和感はない。タケルが言う。
「寒かったでしょ」
「うん、寒い」
「早く来過ぎだって。どこか暖かいとこ行く?」
優花が首を振り、手を差し出して言う。
「ううん、ちょっと歩きたい。タケル君、私の手、温めて」
「えっ、あ、うん」
タケルは差し出された優花の手を握る。
「冷たっ」
「温か~い、タケル君の手」
ふたりは手を繋ぎながら歩き始める。タケルが尋ねる。
「どこ行くの?」
「うん、少し歩きたいの」
タケルは冷たくなった優花の手を一生懸命温めながら歩く。細く冷たい手。まともに女性の手を握るのが初めてのタケルにとって、その感触は一生忘れられないものとなった。優花が言う。
「雪、綺麗だね」
「うん。ホワイトクリスマスだ」
「そうだね」
優花はもう一方の手のひらに落ちてきた雪を乗せる。優花が言う。
「おまじないって、覚えてる?」
(え?)
タケルの心臓が一瞬大きな音を立てて鼓動する。
「おまじない?」
「うん。小学生の頃の」
タケルの心臓がドクドクと動き出す。
「うん……、なんとなく」
優花は前を向いたまま言う。
「この間ね、このみが『おまじない』って言葉を口にした時に思い出したの。タケル君達とやったおまじないを」
小学校の放課後、タケルとこのみ、そして優花の三人でやった『おまじない』。タケルももちろん覚えている。優花が言う。
「あれがね、叶ったなあって思ったの」
(優花……)
「こうしてタケル君に想いを告げられて、一緒に歩けて……」
(優花違うんだ。今のお前はそのおまじないで自分を見失った優花で……)
「……一緒に居られて私、本当に幸せだよ」
そう言ってタケルを見つめる優花の笑顔が、タケルの中の何かのスイッチを押した。
「優花……」
「ん? なに?」
いつになく真剣な顔のタケルに少し驚く優花。タケルが言う。
「笑わないで聞いて欲しい」
「うん」
「今のお前は『本当のお前』じゃないんだ」
「え?」
優花の顔から笑顔が消え、驚きの表情へと変わる。
「あのまじないで作られた偽りの……、優花。俺……、本当はお前の彼氏じゃないんだ……」
うっすらとタケルの目に涙が溜まる。意味が分からない優花がタケルに言う。
「ちょっとタケル君。意味が分からないよ。ちゃんと説明してよ!!」
タケルは立ち止まると後ろから優花の両肩を持ち、その顔をショーウィンドウのガラスに向ける。
「見てごらん。優花の目。綺麗な水色だろ」
「うん」
「俺覚えてるんだ。まじないがかかると色が変わるって。お前小学生の頃、真っ黒だったろ?」
「え、え……」
優花がガラスに近付いてしっかり自分の顔を見る。タケルが言う。
「あの時、あの文化祭のミスコンの時に、たぶん小学校の頃のまじないが発動しちゃったんだ……、それで好きでもない俺のことを好きと思い込んで……」
「タケル君、タケル君はなんかすごい勘違いしてるよ」
「え?」
体を震わせ、涙目になったタケルに優花が振り返って言う。
「私の目ね、元々水色だよ」
「は? いや、だってお前小学生の頃……」
「病気になったの」
「病気?」
「うん、中学に入った頃から目の色素異常の病気にかかってね。それ以来ずっと水色なの。綺麗でしょ?」
「う、そ……」
それが本当だとしたらタケルは黒目の頃の小学生の優花しか知らない。彼女は私立の中学に入り、小学校卒業後一度も会っていないから。タケルが震えながら言う。
「じゃ、じゃあ、今のお前って……」
優花がタケルの手を取り笑顔で言う。
「そうだよ。これが本当の私。水色の目をした優花だよ」
(そんな、そんな……、じゃあ俺はずっと勘違いをして、この優花が偽りの優花だと思って、うそだろ……)
タケルの頭の中にミスコンでの告白、ミャオのこと、デート、温泉旅行。すべての思い出の中に水色の瞳の優花が浮かぶ。タケルの目から涙がこぼれる。
「俺、お前がまじないで好きになってくれていると思って、それが辛くて悔しくて、なんとかお前を振り向かせようと思って、頑張って……、でも、でも……」
「……言ったじゃない」
優花がタケルの顔を両手で持ちながら言う。
「私は最初からあなただけを見ていたんだよ」
タケルの目から涙が溢れる。そして言う。
「じゃ、じゃあ、俺たち、最初っからお互いが好きで、ふたりとも好きで……」
「うん、そう言うことになるのかな……?」
優花が恥ずかしそうに答える。
「ゆ、優花ぁ……」
タケルは強く強く優花を抱きしめる。そして大きな声で言う。
「俺、お前が好きだ。大好きだ。大好きで大好きで、本当に大好きだっ!!!!」
クリスマスの夕暮れ。
さらさらと舞い落ちる雪の中、タケルの言葉が辺りに響く。周り人たちも若いカップルの聖夜のワンシーンに歩きながら目を細めて見つめる。優花が言う。
「恥ずかしいよぉ……、でも、嬉しい……」
自然あふれる涙。優花も強くタケルを抱きしめる。
「俺、本当、馬鹿みたいだな……」
涙を拭いたふたりが腕を組んで歩き出す。自分は優花と再会してからずっと勘違いをしており、その勘違いに苦しんでいた。ずっと見えていた優花が本物だったとは知らずに。
「そんなことないよ。その気持ちだけでも私、すっごく嬉しいんだから」
優花としても一時多重人格が起こったりして不安定な時期もあったが、あれら全てが今日と言う日に繋がっていると今は思える。タケルが言う。
「でも、結局あの時の『おまじない』は効かなかったんだよな」
「どうして?」
優花が聞き返す。
「だって、その……、お前はガキの頃から俺に、気があったんだろ? 俺もそうだったんだけど……」
「そうだよ」
「じゃあ『まじない』の意味なんて……」
「あったよ」
「え?」
優花が繋いでいる手を強く握り直して言う。
「『おまじにない』の効果があったから、こうして大人になってまた出会えたんだよ」
(あっ)
「あのステージで、あんなにたくさん人がいる中で、私ね、不思議とタケル君だけを見つけることができたんだ。こんな奇跡ってあると思う?」
「……うん」
「再び出会わせてくれた。再び想いを交わせるようになれた。これって十分『恋まじない』のお陰だと思わない?」
タケルも繋いだ手に力を込めて答える。
「うん、そうだ。そうだね。やっぱり効いていたんだ、あのまじない」
「タケル君」
優花が立ち止まってタケルに言う。
「あなたが好き。そしてこれからもよろしくね」
「あ、ああ。俺も優花が大好きだ。ずっと一緒に居たい」
優花がちょっと小悪魔的な表情になって言う。
「でも~、タケル君モテるからな~、ちょっと心配」
「え?」
「このみでしょ、それから柔道部の雫ちゃん。それに多分あの理子ちゃんも気があると思うよ」
タケルは先程、その『理子ちゃん』に正体がバレ、告白されたことを思い出す。タケルが言う。
「大丈夫! 俺は優花だけだよ!!」
「本当に~?」
「ああ、本当。仮にもし、何かがあって俺達が離れ離れになっても絶対大丈夫!!」
優花が少し不思議そうな顔で言う。
「どうして?」
タケルは優花の額に自分の額をつけて言う。
「だって、『俺のおまじない』はまだ発動していないから。何度も何度も優花を好きになるから!!」
「ぷっ、うふふふっ。そうだ、そうなんだ……」
優花は笑いを堪えながら目を閉じる。
「優花……」
タケルも目を閉じ、優花の顔に両手を添える。
雪降る聖夜の夜。ふたりは相手の存在を確かめるように唇を重ねた。
中島と理子がいたカフェを出たタケルは電車を乗り継ぎ、優花との約束の駅へとやって来た。夕方前だが既に薄暗く、真っ黒で分厚い雲からは白い雪が舞い始めていた。
クリスマスの夜。
駅前を歩く人達は当然のようにカップルが多い。少し前ならそんな風景を見るだけで吐き気を催すタケルだが、今日は違う。
(優花、優花とクリスマス……)
『まじない優花』と言う負い目はあったものの、最近その状態が長すぎてそれが当たり前のような感覚になって来ている。
(このまま魔法が解けなきゃいいのにな……)
そう思いながら歩くタケルに、駅前の街灯の下で佇む美少女の姿が目に入った。
「優花……?」
約束の時間まではまだ2時間以上ある。
こげ茶の厚めのコートに黒の長いスカート。優花が好きな大きめのマフラーを首に巻きひとり立っている。タケルに気付いた優花が笑顔で言う。
「あ、タケル君! 早いね!!」
「どっちが早いんだよ。何時に来たの?」
「忘れた。嬉しくって……」
水色の目の優花。
もう見慣れた彼女であり、一緒に居ても違和感はない。タケルが言う。
「寒かったでしょ」
「うん、寒い」
「早く来過ぎだって。どこか暖かいとこ行く?」
優花が首を振り、手を差し出して言う。
「ううん、ちょっと歩きたい。タケル君、私の手、温めて」
「えっ、あ、うん」
タケルは差し出された優花の手を握る。
「冷たっ」
「温か~い、タケル君の手」
ふたりは手を繋ぎながら歩き始める。タケルが尋ねる。
「どこ行くの?」
「うん、少し歩きたいの」
タケルは冷たくなった優花の手を一生懸命温めながら歩く。細く冷たい手。まともに女性の手を握るのが初めてのタケルにとって、その感触は一生忘れられないものとなった。優花が言う。
「雪、綺麗だね」
「うん。ホワイトクリスマスだ」
「そうだね」
優花はもう一方の手のひらに落ちてきた雪を乗せる。優花が言う。
「おまじないって、覚えてる?」
(え?)
タケルの心臓が一瞬大きな音を立てて鼓動する。
「おまじない?」
「うん。小学生の頃の」
タケルの心臓がドクドクと動き出す。
「うん……、なんとなく」
優花は前を向いたまま言う。
「この間ね、このみが『おまじない』って言葉を口にした時に思い出したの。タケル君達とやったおまじないを」
小学校の放課後、タケルとこのみ、そして優花の三人でやった『おまじない』。タケルももちろん覚えている。優花が言う。
「あれがね、叶ったなあって思ったの」
(優花……)
「こうしてタケル君に想いを告げられて、一緒に歩けて……」
(優花違うんだ。今のお前はそのおまじないで自分を見失った優花で……)
「……一緒に居られて私、本当に幸せだよ」
そう言ってタケルを見つめる優花の笑顔が、タケルの中の何かのスイッチを押した。
「優花……」
「ん? なに?」
いつになく真剣な顔のタケルに少し驚く優花。タケルが言う。
「笑わないで聞いて欲しい」
「うん」
「今のお前は『本当のお前』じゃないんだ」
「え?」
優花の顔から笑顔が消え、驚きの表情へと変わる。
「あのまじないで作られた偽りの……、優花。俺……、本当はお前の彼氏じゃないんだ……」
うっすらとタケルの目に涙が溜まる。意味が分からない優花がタケルに言う。
「ちょっとタケル君。意味が分からないよ。ちゃんと説明してよ!!」
タケルは立ち止まると後ろから優花の両肩を持ち、その顔をショーウィンドウのガラスに向ける。
「見てごらん。優花の目。綺麗な水色だろ」
「うん」
「俺覚えてるんだ。まじないがかかると色が変わるって。お前小学生の頃、真っ黒だったろ?」
「え、え……」
優花がガラスに近付いてしっかり自分の顔を見る。タケルが言う。
「あの時、あの文化祭のミスコンの時に、たぶん小学校の頃のまじないが発動しちゃったんだ……、それで好きでもない俺のことを好きと思い込んで……」
「タケル君、タケル君はなんかすごい勘違いしてるよ」
「え?」
体を震わせ、涙目になったタケルに優花が振り返って言う。
「私の目ね、元々水色だよ」
「は? いや、だってお前小学生の頃……」
「病気になったの」
「病気?」
「うん、中学に入った頃から目の色素異常の病気にかかってね。それ以来ずっと水色なの。綺麗でしょ?」
「う、そ……」
それが本当だとしたらタケルは黒目の頃の小学生の優花しか知らない。彼女は私立の中学に入り、小学校卒業後一度も会っていないから。タケルが震えながら言う。
「じゃ、じゃあ、今のお前って……」
優花がタケルの手を取り笑顔で言う。
「そうだよ。これが本当の私。水色の目をした優花だよ」
(そんな、そんな……、じゃあ俺はずっと勘違いをして、この優花が偽りの優花だと思って、うそだろ……)
タケルの頭の中にミスコンでの告白、ミャオのこと、デート、温泉旅行。すべての思い出の中に水色の瞳の優花が浮かぶ。タケルの目から涙がこぼれる。
「俺、お前がまじないで好きになってくれていると思って、それが辛くて悔しくて、なんとかお前を振り向かせようと思って、頑張って……、でも、でも……」
「……言ったじゃない」
優花がタケルの顔を両手で持ちながら言う。
「私は最初からあなただけを見ていたんだよ」
タケルの目から涙が溢れる。そして言う。
「じゃ、じゃあ、俺たち、最初っからお互いが好きで、ふたりとも好きで……」
「うん、そう言うことになるのかな……?」
優花が恥ずかしそうに答える。
「ゆ、優花ぁ……」
タケルは強く強く優花を抱きしめる。そして大きな声で言う。
「俺、お前が好きだ。大好きだ。大好きで大好きで、本当に大好きだっ!!!!」
クリスマスの夕暮れ。
さらさらと舞い落ちる雪の中、タケルの言葉が辺りに響く。周り人たちも若いカップルの聖夜のワンシーンに歩きながら目を細めて見つめる。優花が言う。
「恥ずかしいよぉ……、でも、嬉しい……」
自然あふれる涙。優花も強くタケルを抱きしめる。
「俺、本当、馬鹿みたいだな……」
涙を拭いたふたりが腕を組んで歩き出す。自分は優花と再会してからずっと勘違いをしており、その勘違いに苦しんでいた。ずっと見えていた優花が本物だったとは知らずに。
「そんなことないよ。その気持ちだけでも私、すっごく嬉しいんだから」
優花としても一時多重人格が起こったりして不安定な時期もあったが、あれら全てが今日と言う日に繋がっていると今は思える。タケルが言う。
「でも、結局あの時の『おまじない』は効かなかったんだよな」
「どうして?」
優花が聞き返す。
「だって、その……、お前はガキの頃から俺に、気があったんだろ? 俺もそうだったんだけど……」
「そうだよ」
「じゃあ『まじない』の意味なんて……」
「あったよ」
「え?」
優花が繋いでいる手を強く握り直して言う。
「『おまじにない』の効果があったから、こうして大人になってまた出会えたんだよ」
(あっ)
「あのステージで、あんなにたくさん人がいる中で、私ね、不思議とタケル君だけを見つけることができたんだ。こんな奇跡ってあると思う?」
「……うん」
「再び出会わせてくれた。再び想いを交わせるようになれた。これって十分『恋まじない』のお陰だと思わない?」
タケルも繋いだ手に力を込めて答える。
「うん、そうだ。そうだね。やっぱり効いていたんだ、あのまじない」
「タケル君」
優花が立ち止まってタケルに言う。
「あなたが好き。そしてこれからもよろしくね」
「あ、ああ。俺も優花が大好きだ。ずっと一緒に居たい」
優花がちょっと小悪魔的な表情になって言う。
「でも~、タケル君モテるからな~、ちょっと心配」
「え?」
「このみでしょ、それから柔道部の雫ちゃん。それに多分あの理子ちゃんも気があると思うよ」
タケルは先程、その『理子ちゃん』に正体がバレ、告白されたことを思い出す。タケルが言う。
「大丈夫! 俺は優花だけだよ!!」
「本当に~?」
「ああ、本当。仮にもし、何かがあって俺達が離れ離れになっても絶対大丈夫!!」
優花が少し不思議そうな顔で言う。
「どうして?」
タケルは優花の額に自分の額をつけて言う。
「だって、『俺のおまじない』はまだ発動していないから。何度も何度も優花を好きになるから!!」
「ぷっ、うふふふっ。そうだ、そうなんだ……」
優花は笑いを堪えながら目を閉じる。
「優花……」
タケルも目を閉じ、優花の顔に両手を添える。
雪降る聖夜の夜。ふたりは相手の存在を確かめるように唇を重ねた。
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