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第六章「タケルの恋まじない。」

53.ミャオ

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「ねえ、タケル君」

 電車を降り、駅からタケルの家へと歩くふたり。
 冬の寒い北風が吹く中、腕を組んで歩くその姿は誰が見ても恋人同士。無論優花はそう思っていたし、タケルもそう思いたかった。


「なに?」

 肩を小さくしながら歩く優花が言う。


「もうね、『もうひとりの自分』が出なくなったの」

(!!)

 あえて触れなかったその話題。
 分かっているとは思いながらも怖くて聞けなかったその話。優花が言う。


「居なくなることはね、薄々気付いていたんだ。不思議と」

「うん……」

 以前相談されたことはある。タケルはその時のことを思い出した。


「多重人格じゃないかって心配したし、あ、でも多重人格か。うん、でもなんか……、なんて言うのかな。寂しい、っていう表現は変だけど……」

 無言で聞くタケル。


「どうして消えちゃったのかな、彼女。タケル君、何か知ってる?」

 まだ伝えていない。このみの掛けた『嫌いになるまじない』のこと。
 言うつもりはなかった。あれはこのみと優花との話。タケルが何かを言って話をややこしくするのは今は避けたい。いずれこのみから話すべきことだ。ただ何も知らない優花には悪い気もする。


「よく、分からない……、でも俺も思ったんだ。『消えちゃう』って」

「そっか……、やっぱりタケル君は特別な人なんだね!」

 そう言って頬を赤くして微笑む優花に少しだけ罪悪感を感じた。





「ただいまー」
「お邪魔しまーす!!」

 タケルの家へやって来た優花が元気に挨拶をする。母親が現れて優花に言う。

「まあ、優花ちゃん。いらっしゃい!」

「こんばんは! お邪魔します!!」

 母親が笑顔のまま尋ねる。


「今日は泊り? 布団はひとつでいいかしら?」

「お、おい!! だからやめろって!!」

 優花は笑顔のまま嫌とも何とも言わない。母親が言う。


「避妊はちゃんとして……」

「もういいって!! 行くぞ、優花!!」

 そう言って苦笑する優花の手を引っ張って家へと上がる。


「お、タケル帰って来たか。おお、これは優花ちゃん」

 今度はタケルの父、重蔵が現れて優花に挨拶をする。

「あ、お父さん。お邪魔します!!」

 優花が丁寧に頭を下げて答える。重蔵はうんうんと頷きながら優花に言う。


「すまんな、優花ちゃん。このバカ息子が大馬鹿者で」

「え?」

 一体何のことを言っているのか理解できない優花。それを聞いていたタケルが重蔵に言う。


「だから、その話はちゃんと説明したろ? 違うって!!」

「ねえ、何の話?」

 意味が分からない優花がタケルに尋ねる。重蔵が言う。


「この馬鹿者が優花ちゃんと言う可愛い彼女がいるのに、他にもええっと何だっけ……、雫ちゃんとかこのみちゃんとか言うのと付き合っていたっていう話なんだが……」

「……」

 予想はしていたがその言葉を聞いた優花の顔が一気に無表情になる。優花がタケルの傍に来て小さな声で言う。


「タケル君、お父さんに一体何の話をしているのかな~? そんな話する必要ってあるのかな~?」

 タケルが慌てて答える。


「いや、してない。してないんだ!! あいつらが公開練習にやって来て、親父の前で彼女を名乗って……」

『彼女』と言う言葉に再びむっとした顔で言う。


「そんなにたくさん『彼女』が欲しいんだ。へえ~、へえ~」

 タケルが顔面蒼白になって言う。


「ち、違うよ、優花。俺の彼女はお前だけ。優花だけ!!」

「本当?」

「ああ、本当」

「じゃあ、お父さんにもそう言ってよ。私だけが彼女、だって」

 優花は少しだけ甘い表情になって言う。タケルが答える。


「ああ、何度も言ってるけど、また言うよ。親父!!」

「ん? なんだ?」


「雫ちゃんやこのみは彼女じゃない。俺の彼女は優花だけ!!」

「ああん、タケルく~ん」

 その言葉に体の芯まで痺れた優花が頬を赤らめる。難しい顔をして聞いていた重蔵が頷いて答える。


「うむ、分かった。優花ちゃん、この馬鹿タレをよろしくな」

「あ、はい!!」

 水色の透き通った目を大きく開いて優花が答える。重蔵が言う。


「そう言えば年末に学生時代の後輩が久しぶりに来るって連絡があってな、なぜか知らんがお前と手合わせをしたいって言うんだ」

 それを聞いたタケルと優花が顔を見合わせる。タケルが言う。


「その人ってさあ、結城さん、じゃない?」

 驚いた顔をして重蔵が答える。

「おお、そうじゃ。道夫。結城道夫だ。どうして知っているんだ?」

 タケルと優花がくすっと笑って答える。

「いえ、ちょっとした知り合いというか……、でもお父さん、とってもお顔が広いんですね!」

 突然優花におだてられた重蔵がデレッとした顔で答える。


「いやいや、もう年だし。これからこいつの時代だよ」

 そう言ってタケルの背中をドンと叩く。タケルが言う。


「いってえな、親父。あ、そうだ、ミャオはいる?」

 優花の目的はミャオにも会うこと。それを思い出したタケルが専属の世話係になっている重蔵に言う。

「ああ、いるぞ。ミャオ~、ミャオミャオ~」

 重蔵は更にデレた顔つきで家の奥に向かってミャオを呼ぶ。


「ミャオ~」

 その声に反応してか、すぐに奥からミャオが顔を出す。同時にデレて原型がなくなるほど喜ぶ重蔵。


「ミャオ~、おいで、ミャオ~!!」

 重蔵が床に膝をつき、愛するミャオを呼ぶ。そのいつもの姿を見てタケルと優花が顔を合わせて笑う。そしていつもはそのままミャオは重蔵の腕の中に飛び込むのだが、なぜか今日は意外な行動に出た。


「ミャオ~」


「え?」

 走って来たミャオはそのまま重蔵の横を通り過ぎ、思いきり跳躍しての腕の中へと飛び込んだ。


「え? え、ええ??」

 いつもでは有り得ない展開。
 重蔵は膝をついたまま魂が抜けたかのように固まっている。


「ミャオ、ミャオ~」

 ミャオはいつもとは全く違う様子でタケルの胸に顔を埋めたり、首を舐めたりしている。驚いたタケルが言う。

「おい、ミャオ。一体どうしたんだよ!?」

 ミャオを抱き上げるタケルに優花がむっとして言う。


「なに~、随分ミャオちゃんと仲がいいのね」

「いや知らないよ、ミャオ。一体どうしたん……!?」

 そこまで言い掛けたタケルが、ミャオのある異変に気が付いて驚愕する。


「ミャオ、お前……」


 ――目が黒い


 拾ってきた時のミャオの目は確か透き通った水色だったはず。まるで『まじない優花』のように澄んだ水色だった。それは一条家に来てからも変わらなかったはずだが、いつの間にこんなに真っ黒になったのだろうか。


「ミャオ、ミャオ~」

 ミャオは執拗にタケルに甘えて来る。
 タケルはミャオに甘えられながらなぜかデジャブのような感覚を覚える。そして気付いた。


(お前、もしかして……)


 ――黒目の優花、なのか……!?

 タケルがミャオを抱きしめると、ミャオもそれに応えるようにして体を摺り寄せて来る。
 何の確証もない。
 ただタケルには黒目のミャオが、どうしてもいなくなってしまったに思えてならなかった。
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