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第四章「山奥温泉編」

28.泊まっていってもいい?

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『あなたも本当はタケル君のことが好きじゃないの?』

 ここ最近、黒い瞳をした優花の胸に、もうひとりの自分から送られたこの言葉がずっと突き刺さっていた。他人ではない自分。もうひとりの自分の言葉。頭から離れない。


(好きじゃない、はず……、むしろ嫌いだったはず。なのに……)

 一緒に居ると感じる安心感。
 学食やキャンパスでも自然とあいつの姿を探すようになっている。一方でまた思うことがある。


(私には確実にもうひとつの人格がある。それは認める。でも、もしそれがひとつになる日が来るとしたら……)


 ――どちらか、消えちゃうのかな……

 言い表せぬ不安。
 自分がいなくなるかもしれないという恐怖。


(会いたい。一条の声が聞きたい……)

 そんな優花をいつでも肯定してくれるタケルに、ただただ会いたいと思った。





「おはよう、お母さん」

 翌朝、朝食の為にテーブルに座った優花が母親に挨拶をする。母親が言う。

「おはよう、優花」

 母親が何か言いたげな顔で優花を見つめる。


「なに、お母さん? なんか顔についてる?」

 優花が自分の顔に手を当てて母親に尋ねる。

「ううん。あなた、最近綺麗になったわね」


「え?」

 母の言葉に驚く優花。

「何かいいことがあったの?」

 優花が恥ずかしそうに下を向いて答える。


「うん……、彼氏、できたんだ」

 母親が驚いて尋ねる。


「え? それってまさかお父さんの……」

 優花が首を大きく左右に振って答える。


「違うわ!! っ!!!!」

 それまで照れながら話していた優花の態度が一変する。



「何が、『あんなの』だって?」


(え?)

 その声に振り返るといつもはいないはずの父親が立っている。

「お父さん、どうしているの……?」

 優花が震える声で尋ねる。父親が不満そうな顔で答える。


「いちゃいけないのか? 今日は取引先に直行なのでこれから出るところだ。そんな事より……」

 優花が嫌な予感がする。


「先日のレイ君との食事会だが、お前、も会話しなかったそうだな」

「……」

 無言の優花。
 結城レイとの食事会は、最初少しだけ言葉を交わした後すぐに険悪な雰囲気となり、その後優花はひたすら黙って食事を続けた。自分を罵る言葉に耐えつつ、人生で最悪の食事を終え足早に帰って来た。


「どういうつもりだ?」

 言葉は静かだが、明らかに強い怒気を含んでいる。


「どういうって、そういうつもり……」


 ドン!!!


「きゃ!!」

 突然父親がテーブルを叩く。乗っていた皿やグラスがそれに合わせて倒れる。


「何を考えているんだ!!! あれほど大切なお相手だと言っただろ!!!」

 父の怒声に優花の顔が恐怖の色に染まる。母親が言う。


「あ、あなた。少しは優花のことも……」

「黙れっ!!!」


 父親が母親を睨む。

「こいつのことを考えているから言っているんだ!! なぜお前にそれが分からん!!!」

 怒鳴られ下を向く母親。


「お父さん、いい加減して!! お母さんを怒鳴らないでよ!!!」

 優花がそんな母を見て父親を睨んで言う。


 パン!!!


「きゃあ!!」

 優花は頬の痛みを感じて、初めて自分が父親にことに気付いた。


「え、え、え……?」

 赤く、熱く感じる頬を押さえながら優花が思う。


 ――私って、その程度なんだ


「優花っ!!」

 そのまま流れ出る涙を堪えて優花が家を飛び出す。


「うっ、ううっ……」

 優花は赤く腫れる頬、そして真っ赤になった目を押さえながら走る。


(一条、一条、会いたいよ、一条……)

 優花は迷うことなくそちらへと走って行った。




 ピピピピピピピッ

 朝、まだ布団の中にいたタケルは突然鳴った携帯に驚い飛び起きる。

「わわっ、だ、誰だよ!?」

 まだ冴えない頭で携帯を見るとそこには優花の文字。すぐに電話に出る。


「もしもし、どうしたの?」


「うっ、ううっ……」


(え? 泣いてる!?)

「ゆ、優花……?」


 優花が涙声で答える。

「ごめんね、朝早く。一条、私、今……」

 『家の前にいる』と言い掛けてその言葉を飲み込む。今行ったら心配され迷惑をかける。優花が誤魔化そうと思ったより先にタケルが言った。


「近くにいるんだろ? 待ってろ、今行く」


(え? どうして分かるの……?)

 驚く優花。既に電話は切られている。そして一条家の門が開かれ、まだ頭に寝ぐせの付いたタケルが慌てて出て来た。


「一条……」

 優花はその姿を見て心から安堵を覚える。
 嫌いだと思っていたはずなのに、会いたくて会いたくて仕方なかった人。その姿を見て止まりかけていた涙が再び流れてくる。


「優花っ!!」

 物陰に隠れていたはずなのに、タケルはいとも簡単に優花を見つけ駆け寄って来る。優花はすぐに涙を拭いて笑って言う。


「なに、その頭。しかもパジャマじゃん……」

 そう笑う優花だが目、そして顔は真っ赤。普通ではない。タケルが言う。


「どうしたんだよ??」

 優花が顔を伏せるように下を向いて小さな声で言う。


「何でもないよ……、え!?」

 そう答えると同時にタケルは優花を抱きしめた。慌てる優花。


「ちょ、ちょっと何してるのよ!?」

 そう言いつつも嬉しさで体の奥がじんじんと心地良く痺れる優花。抱かれながらタケルに尋ねる。


「どうして分かったの、ここにいるって……」

 優花を抱きしめながら耳元で小さく答える。


「彼氏だぞ、俺は。分かれよ、そのくらい」

「……うん」

 優花もタケルを強く抱きしめ返して、小さくそう答えた。





「お、おはようございます……」

 とりあえず朝の出勤や登校の人達の目があったので、一旦一条家に入ったタケルと優花。玄関を開け出て来たタケルの母親がふたりの姿を見て笑いながら言う。


「どうしたの? あら、優花ちゃん……?」

 母親はまだパジャマで寝ぐせの付いたタケル、そして顔と目が赤い優花を見て言う。タケルが困った顔で答える。


「いや、その、なんだ……」

「ちゃんと、はしてよね。じゃあ」


「お、おいっ!!!」

 母親は慌てる息子を見てクスクスと笑って消えて行く。黙り込んで下を向く優花にタケルが声をかける。

「いや、き、気にするな。いつもあんなだか……」

 そこまで言ってタケルは優花の顔が先ほど以上に赤くなっているのに気付いた。


「と、とりあえず上がれよ……」

「うん、ありがと……」

 ふたりは同じ様に顔を赤くしてタケルの部屋へと向かった。



「臭い……」

 タケルの部屋。カーテンは閉められていて暗く、密室だったので男の匂いが充満している。匂いフェチの雫なら喜びそうだが優花にそっちの趣味はない。タケルが言う。


「まだ寝てたんだから、仕方ないだろ……」

 そう言ってすぐにカーテンと窓を開け換気をする。冷たい空気が部屋に入る。続いてタケルが乱れていた布団をきれいに整える。そしてそのベッドに座りながら言った。


「で、どうしたんだよ。一体?」

 優花はタケルの机の椅子に座り、下を向く。タケルが言う。


「言いたくないことかもしれなけど、普通に心配だぞ」

「うん……」

 自分が今すごく迷惑をかけていることは分かっている。何も話さないのはおかしい。優花が顔を上げ口を開く。


「うちのね、お父さんがね……」

 優花は今朝起きたことをタケルに話した。『面談』とか『結城レン』のことは伏せながら可能な限り話をした。タケルが言う。


「ふーん、そのってやつで親父さんに殴られたのか。悪いけど、どうしようもねえな。優花の親父」

「うん、そうだね……」

 誰が聞いてもそう思うだろう。同時にその家族の事情を深く聞かないタケルに優花は感謝した。優花が言う。


「ねえ、一条……」

「ん、なんだ?」

 優花は恥ずかしそうにタケルに言った。


「今日、ここに泊まって行ってもいいかな……」

(え!?)

 タケルはそう話す優花の目がであることを何度も確認した。
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