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第四章「山奥温泉編」
27.本当の涙
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「え、温泉旅行!? 俺と??」
ミスコンで貰った温泉旅行。その旅行に優花はタケルを誘った。
「うん、ペア一組なんだけど、どうかな? 一緒に行ってくれる?」
少し前にいた優花が手を後ろに組んでくるっと回って言う。ふわっと上がる栗色の髪。見つめる大きな目。タケルが即答する。
「行く行く!! いいの、俺で?」
優花がタケルと腕を組んで答える。
「いいのって、当たり前でしょ。彼氏なんだもん」
そう言って少し恥ずかしそうにする優花。タケルは時々この可愛すぎる自分の彼女に対して、時々本当に彼女だと思えない気がする。それ程可愛い。可愛すぎて時折頭の中で現実と虚構の区別がつかなくなる。優花が言う。
「一緒の部屋なんだけど、いいよね?」
「ええ!?」
それは予想していなかった。ペアひと組ならば当然ひと部屋になるだろう。そうなれば優花と同じ部屋で着替えたり寝たりすることとなる。タケルが尋ねる。
「い、いいの? 優花は……?」
腕を組んでいた優花が、タケルの腕に自分の胸を押し当てるようにして答える。
「うん、いいよ……」
目を合わせず下を向いて小さく答える優花。タケルはそのあまりの可愛さに頭が爆発しそうになる。
(優花と温泉旅行、同じ部屋、同じ布団、こ、混浴とか。ああ、最高じゃん……)
デレデレとだらしない顔になって歩くタケルを見て、それを察した優花が言う。
「タケル君のえっち!」
ずきゅん!!
タケルはあのステージの告白以来、二度目の心臓ずきゅんを食らった。
その日の夕方、佐倉このみはひとりで自室のPCモニターを見つめていた。
ピンクでまとめられた可愛らしい部屋。ベッドの上にはぬいぐるみがたくさん置かれ、部屋中に数え切れないほどの洋服が掛けられている。このみは赤髪のツインテールをくるくると指で巻きながら思う。
(山奥温泉……、ここね)
モニターに映っているのは聡明館大学の文化祭実行委員会SNS。そこには先日行われた文化祭の楽しそうな写真や、実行委員会の裏話などが記事として更新されている。
(優花ちゃん、やっぱり綺麗だ……)
その中でミスコングランプリに選ばれた小学校時代の友人の優花の写真を見つける。皆が見つめる華やかな舞台でグランプリのティアラと真っ赤なマントがよく似合う。このみはその記事の中にあるグランプリの目録の欄を見つめる。
(山奥温泉、場所は分かったわ。後は……)
このみはすぐにネットで温泉を検索。ヒットした旅館の電話番号をスマホに入力し電話をかける。
「もしもし、私、聡明館大学文化祭実行委員の者ですが、予約について確認して頂きたく……」
このみは声ひとつ乱れることなくすらすらと偽りの実行委員として話を続ける。
「ええ、受賞者の方の日程調整で変更できないかと……、ええ、分かっています。無理ですよね。じゃあ、予定通り先程の日程で……、ええ、お忙しい中ありがとうございました」
このみはそう言って電話を切る。
(場所と日程の確認終了。あとは私の予約ね……)
このみはそのままネットで旅館の予約を入れる。
(一条君、私はあなたが好きなの。私の愛に応えて。私だけを見て。ずっと好きだったから……)
このみは無事に予約がされたことを確認してから黙ってPCの電源を切った。
翌日、午前の講義を終え、体育館へ向かった雫がひとりトレーニングをする五里を見つけて声をかける。
「ゴリ先輩!!」
「ん? 青葉か」
五里がトレーニングの手を休めて答える。雫が言う。
「来月の柔道合宿、予定が決まりました!」
「そうか。場所は?」
「山奥温泉です!!」
「ああ、分かった」
聡明館大学と提携している山奥温泉。学生など大学関係者だと格安に利用でき、旅館にとっても一般客の少ない平日に使って貰えると言うメリットがある。
「一条は行くのか?」
「はい。部とは別ですが、現地で合流の予定です」
五里は流れ落ちる汗をタオルで拭きながら言う。
「そうか、それはいい。あいつはたまたま剛力に勝ったんで調子に乗っているかもしれん。この俺が一度柔道の厳しさをしっかりと教えてやろう」
「あはははっ……」
それを聞き引きつった顔で笑う雫。そこへ他の部員たちがやって来た。
「どうしたんです、ゴリさん?」
老け顔の部員が雫に尋ねる。雫が冬の合宿が温泉旅館で行われると説明、すると五里が再び言った。
「あいつ、ちょっと天狗なっているかもしれないから俺がしっかりと指導してやろうと思ってな」
「え?」
それを聞いた部員の顔が引きつる。誰の目から見ても剛力を圧倒していたタケル。さらに後日知ったのは足の負傷までしていたとのこと。部員が五里に言う。
「ゴリさん、一条は……」
「ああ、お前らも柔道の厳しさを教えてやってくれ。このまま勘違いしてしまうとあいつの為にもならんからな。がははははっ!!」
雫と部員たちは、そう言って大声で笑う五里を呆れた顔で見つめた。
優花はその日の夕方遅く、大学のCM撮影に関する書類の受け取りに文化祭実行委員会の会議室を訪れていた。担当の女の子がやって来た優花に封書に入った資料を渡す。
「これが撮影に関する書類です。次のミーティングで使いますから、それまでに読んでおいてください」
「はい」
優花は面倒だなと思いながらも仕方なしにそれを受け取り部屋を出る。とりあえず大嫌いな結城がいないことに安心し急ぎ部屋を出て小走りに進むと、影から不意に声をかけられた。
「よお、奇遇だな」
優花の背筋に悪寒が走る。
もっとも聞きたくない声。威圧。立ち止まった優花がゆっくりとその声の方を振り向く。
「結城先輩……」
結城は廊下の陰に隠れるようにして立っている。まるで優花がやって来るのを待っていたかのような顔。優花が言う。
「失礼します……」
そう言って立ち去ろうとする優花に腕を組んだままの結城が言う。
「待てよ」
立ち止まる優花。
「私に用はありません」
「お前はまだ勘違いしているんだな」
腕を組んだまま暗闇から優花を睨みつけて結城が言う。
「失礼します」
優花が再びそう言うと、結城が先ほどよりも大きな声で言った。
「待てって言ってるだろ!!」
その声に気圧され優花の足が止まる。結城が尋ねる。
「ミスコンの旅行、誰と行くのか決めたのか?」
文化祭実行委員の責任者でもある結城。旅行のことも詳しい。
「決めたわ。あなたには関係のないこと」
「関係ない? 馬鹿なのか、お前は。俺は文化祭の責任者。すべては俺が決めるんだぜ」
自信満々の結城。
「私は、あなたの言いなりにはならない」
優花が結城を睨みつけて言う。結城が言う。
「あの男と行くのか? あのうだつの上がらない、一条だったか?」
返事をしない優花。結城が近付いて言う。
「勘違いするなって言ったろ? 跪けよ、俺の前に跪くんだよ。お前は!!」
威圧的な態度で迫る結城に優花が後ずさりしながら言う。
「いやよ、いや……」
そして恐怖を感じそのまま走り出す。走り去る優花の背中を見ながら結城が言う。
「けっ、馬鹿な女だ。どう足掻いたってお前は俺のものになるんだ。俺の女にな!」
そう言ってすぐに優しい笑顔になると、文化祭実行委員たちがいる会議室へと向かった。
「う、ううっ……」
優花は流れ出る涙を我慢しながら、ひとり大学講堂の裏へと走った。
すっかり冬に入ったこの時期、既に日も落ち薄暗い。誰もいない講堂裏に来て優花が肩を震わして涙を流す。
(嫌だよ、もう嫌だよ、あんな奴……)
そう思いながらも父親の圧のある声が頭に響く。
(一条……)
そんな黒目の優花の頭に不思議とタケルの顔が思い浮かぶ。
「優花っ」
どうしてあいつの顔がと思った時、その聞き慣れた声が優花の耳に響いた。
「一条……? どうして?」
振り向くとタケルが少し心配そうな顔で立っている。タケルが言う。
「お前が走って行くのが見えてな。追いかけてきたんだ。それでどうしたんだ?」
様子がおかしい優花にタケルが尋ねる。
「何でもない。女の子は色々あるんだよ……」
そう言って袖で涙を拭う。
「ほら、使いな」
タケルはそう言って自分のハンカチを差し出す。それをじっと見つめる優花。タケルが言う。
「男のハンカチってのはな、女の子の涙を拭くためにあるんだぜ」
「ぷっ、何それ」
少しだけ優花の顔に笑みが戻る。
「何かの映画で言っていた。いいから早く拭けよ」
「うん……」
そう言って優花がタケルからハンカチを借りて涙を拭く。タケルが言う。
「とりあえずここは寒いし暗いし、帰ろか」
「うん、そうだね……」
そう言ってタケルと優花は一緒に歩き出す。
(なあ、優花。いつかお前の本当の涙も俺に拭かせてくれよ)
タケルは歩きながら、ハンカチで何度も涙を拭く黒目の優花を見て思った。
ミスコンで貰った温泉旅行。その旅行に優花はタケルを誘った。
「うん、ペア一組なんだけど、どうかな? 一緒に行ってくれる?」
少し前にいた優花が手を後ろに組んでくるっと回って言う。ふわっと上がる栗色の髪。見つめる大きな目。タケルが即答する。
「行く行く!! いいの、俺で?」
優花がタケルと腕を組んで答える。
「いいのって、当たり前でしょ。彼氏なんだもん」
そう言って少し恥ずかしそうにする優花。タケルは時々この可愛すぎる自分の彼女に対して、時々本当に彼女だと思えない気がする。それ程可愛い。可愛すぎて時折頭の中で現実と虚構の区別がつかなくなる。優花が言う。
「一緒の部屋なんだけど、いいよね?」
「ええ!?」
それは予想していなかった。ペアひと組ならば当然ひと部屋になるだろう。そうなれば優花と同じ部屋で着替えたり寝たりすることとなる。タケルが尋ねる。
「い、いいの? 優花は……?」
腕を組んでいた優花が、タケルの腕に自分の胸を押し当てるようにして答える。
「うん、いいよ……」
目を合わせず下を向いて小さく答える優花。タケルはそのあまりの可愛さに頭が爆発しそうになる。
(優花と温泉旅行、同じ部屋、同じ布団、こ、混浴とか。ああ、最高じゃん……)
デレデレとだらしない顔になって歩くタケルを見て、それを察した優花が言う。
「タケル君のえっち!」
ずきゅん!!
タケルはあのステージの告白以来、二度目の心臓ずきゅんを食らった。
その日の夕方、佐倉このみはひとりで自室のPCモニターを見つめていた。
ピンクでまとめられた可愛らしい部屋。ベッドの上にはぬいぐるみがたくさん置かれ、部屋中に数え切れないほどの洋服が掛けられている。このみは赤髪のツインテールをくるくると指で巻きながら思う。
(山奥温泉……、ここね)
モニターに映っているのは聡明館大学の文化祭実行委員会SNS。そこには先日行われた文化祭の楽しそうな写真や、実行委員会の裏話などが記事として更新されている。
(優花ちゃん、やっぱり綺麗だ……)
その中でミスコングランプリに選ばれた小学校時代の友人の優花の写真を見つける。皆が見つめる華やかな舞台でグランプリのティアラと真っ赤なマントがよく似合う。このみはその記事の中にあるグランプリの目録の欄を見つめる。
(山奥温泉、場所は分かったわ。後は……)
このみはすぐにネットで温泉を検索。ヒットした旅館の電話番号をスマホに入力し電話をかける。
「もしもし、私、聡明館大学文化祭実行委員の者ですが、予約について確認して頂きたく……」
このみは声ひとつ乱れることなくすらすらと偽りの実行委員として話を続ける。
「ええ、受賞者の方の日程調整で変更できないかと……、ええ、分かっています。無理ですよね。じゃあ、予定通り先程の日程で……、ええ、お忙しい中ありがとうございました」
このみはそう言って電話を切る。
(場所と日程の確認終了。あとは私の予約ね……)
このみはそのままネットで旅館の予約を入れる。
(一条君、私はあなたが好きなの。私の愛に応えて。私だけを見て。ずっと好きだったから……)
このみは無事に予約がされたことを確認してから黙ってPCの電源を切った。
翌日、午前の講義を終え、体育館へ向かった雫がひとりトレーニングをする五里を見つけて声をかける。
「ゴリ先輩!!」
「ん? 青葉か」
五里がトレーニングの手を休めて答える。雫が言う。
「来月の柔道合宿、予定が決まりました!」
「そうか。場所は?」
「山奥温泉です!!」
「ああ、分かった」
聡明館大学と提携している山奥温泉。学生など大学関係者だと格安に利用でき、旅館にとっても一般客の少ない平日に使って貰えると言うメリットがある。
「一条は行くのか?」
「はい。部とは別ですが、現地で合流の予定です」
五里は流れ落ちる汗をタオルで拭きながら言う。
「そうか、それはいい。あいつはたまたま剛力に勝ったんで調子に乗っているかもしれん。この俺が一度柔道の厳しさをしっかりと教えてやろう」
「あはははっ……」
それを聞き引きつった顔で笑う雫。そこへ他の部員たちがやって来た。
「どうしたんです、ゴリさん?」
老け顔の部員が雫に尋ねる。雫が冬の合宿が温泉旅館で行われると説明、すると五里が再び言った。
「あいつ、ちょっと天狗なっているかもしれないから俺がしっかりと指導してやろうと思ってな」
「え?」
それを聞いた部員の顔が引きつる。誰の目から見ても剛力を圧倒していたタケル。さらに後日知ったのは足の負傷までしていたとのこと。部員が五里に言う。
「ゴリさん、一条は……」
「ああ、お前らも柔道の厳しさを教えてやってくれ。このまま勘違いしてしまうとあいつの為にもならんからな。がははははっ!!」
雫と部員たちは、そう言って大声で笑う五里を呆れた顔で見つめた。
優花はその日の夕方遅く、大学のCM撮影に関する書類の受け取りに文化祭実行委員会の会議室を訪れていた。担当の女の子がやって来た優花に封書に入った資料を渡す。
「これが撮影に関する書類です。次のミーティングで使いますから、それまでに読んでおいてください」
「はい」
優花は面倒だなと思いながらも仕方なしにそれを受け取り部屋を出る。とりあえず大嫌いな結城がいないことに安心し急ぎ部屋を出て小走りに進むと、影から不意に声をかけられた。
「よお、奇遇だな」
優花の背筋に悪寒が走る。
もっとも聞きたくない声。威圧。立ち止まった優花がゆっくりとその声の方を振り向く。
「結城先輩……」
結城は廊下の陰に隠れるようにして立っている。まるで優花がやって来るのを待っていたかのような顔。優花が言う。
「失礼します……」
そう言って立ち去ろうとする優花に腕を組んだままの結城が言う。
「待てよ」
立ち止まる優花。
「私に用はありません」
「お前はまだ勘違いしているんだな」
腕を組んだまま暗闇から優花を睨みつけて結城が言う。
「失礼します」
優花が再びそう言うと、結城が先ほどよりも大きな声で言った。
「待てって言ってるだろ!!」
その声に気圧され優花の足が止まる。結城が尋ねる。
「ミスコンの旅行、誰と行くのか決めたのか?」
文化祭実行委員の責任者でもある結城。旅行のことも詳しい。
「決めたわ。あなたには関係のないこと」
「関係ない? 馬鹿なのか、お前は。俺は文化祭の責任者。すべては俺が決めるんだぜ」
自信満々の結城。
「私は、あなたの言いなりにはならない」
優花が結城を睨みつけて言う。結城が言う。
「あの男と行くのか? あのうだつの上がらない、一条だったか?」
返事をしない優花。結城が近付いて言う。
「勘違いするなって言ったろ? 跪けよ、俺の前に跪くんだよ。お前は!!」
威圧的な態度で迫る結城に優花が後ずさりしながら言う。
「いやよ、いや……」
そして恐怖を感じそのまま走り出す。走り去る優花の背中を見ながら結城が言う。
「けっ、馬鹿な女だ。どう足掻いたってお前は俺のものになるんだ。俺の女にな!」
そう言ってすぐに優しい笑顔になると、文化祭実行委員たちがいる会議室へと向かった。
「う、ううっ……」
優花は流れ出る涙を我慢しながら、ひとり大学講堂の裏へと走った。
すっかり冬に入ったこの時期、既に日も落ち薄暗い。誰もいない講堂裏に来て優花が肩を震わして涙を流す。
(嫌だよ、もう嫌だよ、あんな奴……)
そう思いながらも父親の圧のある声が頭に響く。
(一条……)
そんな黒目の優花の頭に不思議とタケルの顔が思い浮かぶ。
「優花っ」
どうしてあいつの顔がと思った時、その聞き慣れた声が優花の耳に響いた。
「一条……? どうして?」
振り向くとタケルが少し心配そうな顔で立っている。タケルが言う。
「お前が走って行くのが見えてな。追いかけてきたんだ。それでどうしたんだ?」
様子がおかしい優花にタケルが尋ねる。
「何でもない。女の子は色々あるんだよ……」
そう言って袖で涙を拭う。
「ほら、使いな」
タケルはそう言って自分のハンカチを差し出す。それをじっと見つめる優花。タケルが言う。
「男のハンカチってのはな、女の子の涙を拭くためにあるんだぜ」
「ぷっ、何それ」
少しだけ優花の顔に笑みが戻る。
「何かの映画で言っていた。いいから早く拭けよ」
「うん……」
そう言って優花がタケルからハンカチを借りて涙を拭く。タケルが言う。
「とりあえずここは寒いし暗いし、帰ろか」
「うん、そうだね……」
そう言ってタケルと優花は一緒に歩き出す。
(なあ、優花。いつかお前の本当の涙も俺に拭かせてくれよ)
タケルは歩きながら、ハンカチで何度も涙を拭く黒目の優花を見て思った。
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