小学生の時にかけた恋のおまじないが、さっき発動しました。

サイトウ純蒼

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第三章「ライバルたちの群雄割拠」

21.偽りの誰か

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『もうひとりの私へ』

 夜、ひとりでそのノートを開いた黒目の優花は、タケルが大好きだという自分からの伝言を読んだ。
 そこにはタケルを子供の頃からの好きだったこと、ずっと片思いだったこと、偶然大学で再会し気持ちが抑えきれなかったこと。そして最後に『私の邪魔をしないで』と言う言葉で締めくくられていた。


(そう、やっぱりね……)

 黒目の優花も感じていた『もうひとりの存在』。おかしいとは思いつつもこうしてはっきりと別の自分から伝言を貰うと認めざるを得なくなる。


(一条タケル……)

 もうひとりの自分が好きだというタケルの顔を思い浮かべる。
 やはり好きにはなれない。かと言って不思議と以前のような嫌悪感もあまりない。


(ちゃんと病院に行った方がいいのかな……)

 そう思いつつも症状がタケル限定になっていること、そして何より恥ずかしさがそれを上回り躊躇する。


(とりあえずポイントは一条タケル。もう少し彼に接して見れば何かわかるかも……)

 黒目の優花は分厚いノートに『できるだけ協力する』と書き残してベッドに入る。そして明日の憂鬱な予定にため息をつきながら眠りについた。





「準備はできたか?」

「はい……」

 翌日、昼前に父親の車に乗った優花は以前から言われている『面談』に行くために家を出た。父親が言う。


「結城家のレン君とは同じ大学だそうだな。素晴らしい奇遇だ」

 優花は窓の外を見ながら何も答えない。取引先だか名家だか知らないが、この時代にこのような政略結婚みたいなことがある事自体信じられない。


「今日の食事会、しっかり楽しんで来い」

 そしてそれを当然のことのように思っている父親。
 優花の目にはいつからこの人物が自分の父と思えなくなっていたのか記憶になかった。車はしばらく走り一軒の高級そうな料亭に止まる。車から降りた父親が優花に言った。


「桐島家の顔の泥を塗るなよ。さあ、行くぞ」

 優花は無言でそれを聞き料亭へと入る。



「これはこれは桐島さん。お待ちしておりました」

 美しい日本庭園を横に長い渡り廊下を歩き、通された気品ある和室に入ると既に先に来ていた結城家の親子が挨拶をした。

「結城さんもお元気そうで。さ、入りなさい。優花」

 畳の上に置かれた大きなテーブル。その前に大学で何度も顔を合わせている文化祭実行委員責任者である結城レンが座っている。大学とは違い高級スーツを着て髪もきちんと整えられている。正面に座った優花にレンが声を掛ける。


「やあ、優花さん。大学では何度かお会いしていますよね」

「え、ええ……」

 優花が困った顔で答える。
 父親ふたりは彼らが同じ大学であることは知っているが、文化祭実行委員、そしてミスコングランプリについては全く知らない。レンが優花の父親に言う。


「初めまして、。今日はこのような素晴らし機会を与えてくださり、本当にありがとうございます」

 そう言って深く頭を下げるレンに優花の父親が満悦した表情で答える。


「いやいや、うちの方こそ至らぬ娘であるけどよろしく頼みますよ」

「そんなことはないです! 優花さんは大学の文化祭実行委員でも素晴らしい活躍をされていて、ここでお会いできるのも夢のようです」


「ほお、文化祭実行委員会で」

 レンの父親も少し驚いた顔で言う。


(嘘、すごい嘘つき……)

 優花はじっと饒舌に話をする結城レンを見つめる。
 大学で見せたもうひとつの顔。自分達を見下し、馬鹿にした言葉を投げかける男。決して今の彼が本物ではない。偽りの男。レンの父親が言う。



「じゃあ、我々はこの辺で。レン、しっかりと優花さんをフォローするんだぞ」

「はい、分かっております」

 そう言うとふたりの父親は軽く手を上げて料亭から去って行った。ドアが閉まるまで深々と頭を下げていたレンが、誰も居なくなったことを確認すると優花に言った。



「なんだ、その顔は?」

 レンが先程までの満面の笑みとは真逆の睨みつけるような顔になって言う。優花が思う。


(ああ、出たわ。これが彼の本性……)

「いい気になるなよ? お前が嫌でも何でも、お前はもう俺のものなんだ。拒否はできない。理解してるのか?」

 冗談ではない。真剣な顔でそう言うレンに優花が答える。


「食事だけしたら帰ります」

 それが限界であった。最低限の仕事。これだけ済ませば文句は言われない。


「お前、調子に乗るな……」

 そこまで言い掛けた時、ふすまの向こうから声が聞こえた。


「お食事をお持ちしました」

 怒りの表情であったレンの顔が一瞬で優しい顔となる。


「はい、お願いします!」

 ふすまを開け中年の女性が頭を下げて料理を運んでくる。レンはそれに感謝の言葉を添えながら対応する。


(最低の男。こんな奴とだったらまだ一条の方がマシ……)

 黒目の優花はそう思いながら愛想笑いをする結城レンを見ながら思う。そしてその後人生で最も高級で、最も不味い食事の時間を過ごした。





 翌日の午後、大学の講義を終え中島とカフェでコーヒーを飲んでいたタケル。オープンテラスになって気持ちいいが、そろそろ秋風が寒く感じる季節。そのふたりに後ろから声が掛かった。


「せんぱーい!!」

 いつもの明るい声。
 振り返ると笑顔の雫が立っている。綺麗な青髪に大きなリボン。青いハーフコートに細いロングスカートが、いつものボーイッシュな感じとは違いちょっと大人っぽく見せる。タケルが言う。


「よくここが分かったね」

「ええ、先輩の匂いがしましたから!!」

 そう言ってタケルの首元に鼻を当てる雫。


「わっ、ちょっとやめろって!!」

「ふわあぁ、いい匂い。やっぱり先輩の匂いは最高級ですね!」

(どんな匂いだよ……)

 恍惚の表情を浮かべる雫にタケルが言う。


「で、なんか用?」

「そうそう、先輩。忘れてません?」

 雫は中島とタケルの間に座り言う。


「何を?」

「何って、明日の開盛かいせい大学との練習試合」


「あ」


「あ、じゃないですよ!! ちゃんとお願いしたのに全然練習に顔出してくれないし。私、みんなから『幽霊部員はどこ行った?』ってからかわれているんですよ!!」

 すっかり忘れていた。
 少し前に雫から柔道の練習試合に出て欲しいと頼まれていた事を。中島が言う。


「え? 一条君って柔道部に入ったの?」

「いや、俺はそんなつもりはないんだけど……」

 雫が言う。


「私が入部届を出しておきましたから。特権で」

「だからそれは違うって言っただろ!」

 怒るタケルに雫が言う。


「ダメなんですか。二番目の彼女でもいいのに……」

 泣きそうな顔で上目遣い。それを見た中島はタケルの次の言葉に理解を示した。


「いや、なんて言うか……、もう、いいよ、別に……」

 赤くなってそう誤魔化すタケル。非モテキャラにあの顔と言葉は辛い。どれだけ強い防御壁を張ったとしてもいとも簡単に崩壊させるほどの破壊力。タケルにそれに抗う術はない。


「やった。彼女認定ってことで」

「いや、それはちょっと違……」


「で、どうするんですか? 明日の試合?」

 断りかけたタケルに雫が再度尋ねる。


「いやー、ちょっと無理かな。俺、ヘタレだし……」

 そう言うタケルの顔を不思議そうに見つめる中島。タケル自身、先日のアヒル騒動で痛めた足が完治していない。雫が言う。


「私、待っていますから。先輩は私が男の人に抱き着かれたり投げ飛ばされたりしてもいいんですか?」

「うっ……」

 さすがにそれは良くない。そもそも女の雫が試合に出られるのかと思ったが、どうも関係ないらしい。


「じゃあ、私はこれから部活なので行きますね!! 明日、待ってますから!!」

 そう言って雫は大きく手を振って去って行った。中島が言う。


「なんで? 出ればいいじゃん、試合」

 事情を知らない中島にタケルが言う。

「これ以上優花に誤解されたくないんだよ。雫ちゃんとはこれ以上近付かない関係で……」


「ふーん、モテ男さんは辛いですね」

 理子に『友達でお願い』と言われた中島が恨めしそうに言う。


「そんなんじゃないって! 現に俺は未だに優花には……」


「私がなに?」


「へ?」

 そこには温かいココアを持った優花が立っている。目の色は黒。すぐにタケルが身構える。


「な、何でもない。こっちの話だ」

 優花は先程まで雫が座っていた席に座ると、タケルに言った。


「じゃあ、そっちの話。私にも教えてくれる?」

 タケルはその後必死に胡麻化しながら会話を続けた。
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