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第三章「ライバルたちの群雄割拠」
14.『理子ちゃん機嫌直し作戦』
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「なるほど。それは深刻だな……」
大学の学食。窓から見える木々もすっかり赤や黄色に染まった晩秋の中、タケルと中島は昼を食べながら真剣な顔で話をしていた。タケルが言う。
「だが、それはお前が悪い」
そう言い放つ友人の言葉に中島がうな垂れる。
「そう、だよな……」
「当たり前だ。腰や肩はいいとしても、尻はダメだろう。ガラスとダイアモンドぐらい差がある。調子に乗り過ぎだ」
「はい……」
以前から理子と口をきいて貰えない中島。その理由は彼の電車でのボディタッチ。調子に乗って腰にのせていた手をお尻に移動させてしまったとのこと。タケルが言う。
「幾ら仲が良くっても電車の中じゃダメだろう。せめてふたりきりの部屋とかじゃないと」
「え、じゃあ、一条君は触ったの? 優花ちゃんの……」
そこまで言い掛けた時、ふたりの前に影が現れる。
「私がどうしたって?」
「げっ!?」
それは長い栗色の髪が美しいミスコングランプリの優花。噂をされていたと思ったのか昼食を乗せたプレートを持ちながら優花がむっとした顔をしている。タケルが慌てて答える。
「い、いや、何でもない!! 何でもないんだ、優花……」
タケル自身も、先日の雫との件で彼女を怒らせてしまっており、あれから何度も頭を下げて許しを得たばかりであった。優花が言う。
「ここ、座るね。いいでしょ?」
「あ、ああ。どうぞ……」
タケルも幾分緊張して答える。
「それで、何の話をしていたの?」
優花が昼食のサンドイッチの乗ったプレートをテーブルに置くと、ふたりの顔を見て言った。タケルが答える。
「ええっと、実は中島のことなんだが……」
タケルは先程中島から相談された彼女の恋人理子について話をした。黙って話を聞いていた優花が頷いて言う。
「そりゃ理子ちゃん、怒るわよね」
「だよね……」
中島がしょんぼりと答える。タケルは優花の目が水色であることを確認してから尋ねる。
「なあ、優花。優花もそんなことされたら、やっぱり怒るのか?」
「え?」
少し驚いた顔の優花。すぐに答える。
「あ、当たり前でしょ。でも、もしタケル君がどうしてもっていうなら、こそっとならいいかな……」
自分で言いながら顔を赤くする優花。それを見たタケルが内心喜びを爆発させる。
(うおおおおおお!!!! マジか!? なんて可愛いんだ、優花ああああ!!!!!)
「なあ、そういうの、向こうでやってくれる?」
顔を赤らめて恥ずかしがる優花と、その喜びが顔から溢れ出るタケル。理子のことで真剣に悩んでいる中島には目障り意外何物でもない。タケルが言う。
「あ、ああ。ごめんごめん。そんなつもりはなかった」
「ごめんね、中島君」
中島は苦笑いで応えながら学食のランチを口にする。タケルが言う。
「でさ、さっき俺いいアイデア思いついたんだけど、聞きたい?」
タケルの言葉に中島が顔を明るくして答える。
「それって『理子ちゃん機嫌直し作戦』ってこと?」
「ああ、そうだ」
自信満々のタケルを見て優花は不安でいっぱいになった。タケルが言う。
「もうすぐさ、ハロウィンだろ?」
「うん」
「そこで仮装する訳だ」
「おお、なるほど!!!」
それを聞いて手を叩いて喜ぶ中島。タケルが突っ込む。
「いや、仮装するって言っただけで、それじゃ何も変わらんだろう」
「そ、そうだね。一条君。それでどうするの?」
「ああ、そこで仮装中に理子ちゃんを人気のない路地に誘い込んで……」
「うんうん……」
中島が真剣に聞く。
「そこで悪役に仮装した俺が理子ちゃんを襲い、それをお前が助ける!!!」
「おお!! それはすごい!!!!」
タケルの作戦に中島が両手を上げて喜ぶ。タケルが言う。
「俺も仮装して行くから正体はバレないし、お前も『彼女の為に勇気を奮う男』を演出できる。どうだ、完璧だろう!!」
「すごいよ、一条君。それで僕にボコボコにやられるんだね!!」
「え? あ、ああ。まあ、そうだな……」
タケルは一瞬自分の作戦に戸惑う。黙ったまま隣に座っている優花に気付き尋ねる。
「どうだ、いい作戦だと思うだろ? 優花」
尋ねられた優花は何度も頷きながらふたりに言う。
「本当に男の子の考えることって幼稚よね~」
「え、ダメなのか?」
悲しそうな顔をするタケルに優花が首を振って言う。
「ダメじゃないよ。ハマれば凄い威力を発揮するよ、女の子にとっては」
「そ、そうだような!」
少し安心したタケルが頷いて言う。
「だから、私もコスプレする」
「は?」
中島とタケル。ふたりで笑みを浮かべる優花を見つめる。
「な、なあ、優花。ちゃんと話を聞いていたんか?」
「聞いていたよ」
「俺は暴漢役になって理子ちゃんを襲うんだぞ? 女のお前が行っても暴漢にはなれないだろ」
「そんなことどうでもいいよ。私もマスクかなんか被るから大丈夫! 一緒にコスプレしよ!!」
黙って嬉しそうに話す優花を見つめるふたり。タケルが言う。
「な、なあ。コスプレじゃなくて仮装だぞ。遊びじゃなくて……」
「えー、そんなの同じでしょ!? コスプレやろうよ!!」
中島は既に青い顔をして下を向いている。
「優花、これは中島の『楽しいキャンパスライフ計画』をかけた大事な作戦なんだ。失敗は即、彼の大学生活の終焉を意味する。重大な作戦だ。分かるよな?」
「分かるよ! だから私も頑張るって!!」
そう言ってにこにこ笑う優花を見て絶対計画は難航するだろうなとタケルはひとり思った。
「お、タケル。遅かったな」
夕方、自宅に帰ったタケルに道場へ先に来ていた兄の慎太郎が声をかけた。
捨て猫のミャオを預かる代わりに再び柔道を真面目にやらなければならなくなったタケル。週に数回、時間のある時にこうして道場へ足を運んでいる。タケルが兄の腕に巻かれた包帯を見て言う。
「あれ、どうしたの。その腕?」
道着ではなく完全な私服。しかも痛々しいほどの包帯。慎太郎が答える。
「ああ、ちょっと大学の練習中に怪我しちゃってさ。大したことないよ」
いや、十分大したことあるだろうと思いながら、怪我が多い兄の慎太郎をタケルが見つめる。道場には学校を終えた小学生たちが数名やって来ていて、父の重蔵がその指導を行っている。タケルに気付いた重蔵が声をかける。
「遅いぞ、タケル。アップはしたのか?」
「あ、いや、まだ……」
重蔵は汗を拭きながら言う。
「じゃあ、すぐに走って来い」
「わ、分かったよ……」
タケルはそう答えると道着のまま家の外へと向かって走り出す。暗くなるまでの数時間。ほぼ全力で走るのが一条家のウォーミングアップ。冷たい風の吹く中、汗だくになったタケルがゼイゼイ息をしながら戻って来る。
「タケル。この子の相手をしろ」
道着を着た時の父重蔵はまるで別人のように厳しくなる。子供の頃を思い出しタケルも思わず背筋がピンと伸びる。
重蔵に紹介されたのはタケルとほぼ同じぐらいの背丈の男の子。見た目は大人しそうだが、一見して分かる強者。
「彼は先日の県の高校選手権で優勝した。今のお前で太刀打ちできるかな?」
男の子は謙遜しながらもタケルを見る目は真剣である。伝説の柔道家、一条先生の息子。相当ブランクがあるとのこと。男の子が心の中で思う。
(柔道はそんなに甘くないぞ!!)
畳の上で静かに向き合うタケルと男の子。ふたりの間に立った重蔵が声をかける。
「始めっ!!」
道場に緊張が走る。
男の子が様子見をしようと軽く左右に飛び跳ねようとする。その瞬間、目の前にいたタケルの姿が消えた。
(え?)
気が付けば多くの小学生たちが見守る中、彼の両足が綺麗に揃い宙を舞っていた。
ドオオン!!
「一本っ!!」
県大会優勝の彼。
開始二秒で敗北という初めての屈辱を味わうと同時に、世の中にはこんな凄い人がいるんだと目に映る天井を見ながら思った。
大学の学食。窓から見える木々もすっかり赤や黄色に染まった晩秋の中、タケルと中島は昼を食べながら真剣な顔で話をしていた。タケルが言う。
「だが、それはお前が悪い」
そう言い放つ友人の言葉に中島がうな垂れる。
「そう、だよな……」
「当たり前だ。腰や肩はいいとしても、尻はダメだろう。ガラスとダイアモンドぐらい差がある。調子に乗り過ぎだ」
「はい……」
以前から理子と口をきいて貰えない中島。その理由は彼の電車でのボディタッチ。調子に乗って腰にのせていた手をお尻に移動させてしまったとのこと。タケルが言う。
「幾ら仲が良くっても電車の中じゃダメだろう。せめてふたりきりの部屋とかじゃないと」
「え、じゃあ、一条君は触ったの? 優花ちゃんの……」
そこまで言い掛けた時、ふたりの前に影が現れる。
「私がどうしたって?」
「げっ!?」
それは長い栗色の髪が美しいミスコングランプリの優花。噂をされていたと思ったのか昼食を乗せたプレートを持ちながら優花がむっとした顔をしている。タケルが慌てて答える。
「い、いや、何でもない!! 何でもないんだ、優花……」
タケル自身も、先日の雫との件で彼女を怒らせてしまっており、あれから何度も頭を下げて許しを得たばかりであった。優花が言う。
「ここ、座るね。いいでしょ?」
「あ、ああ。どうぞ……」
タケルも幾分緊張して答える。
「それで、何の話をしていたの?」
優花が昼食のサンドイッチの乗ったプレートをテーブルに置くと、ふたりの顔を見て言った。タケルが答える。
「ええっと、実は中島のことなんだが……」
タケルは先程中島から相談された彼女の恋人理子について話をした。黙って話を聞いていた優花が頷いて言う。
「そりゃ理子ちゃん、怒るわよね」
「だよね……」
中島がしょんぼりと答える。タケルは優花の目が水色であることを確認してから尋ねる。
「なあ、優花。優花もそんなことされたら、やっぱり怒るのか?」
「え?」
少し驚いた顔の優花。すぐに答える。
「あ、当たり前でしょ。でも、もしタケル君がどうしてもっていうなら、こそっとならいいかな……」
自分で言いながら顔を赤くする優花。それを見たタケルが内心喜びを爆発させる。
(うおおおおおお!!!! マジか!? なんて可愛いんだ、優花ああああ!!!!!)
「なあ、そういうの、向こうでやってくれる?」
顔を赤らめて恥ずかしがる優花と、その喜びが顔から溢れ出るタケル。理子のことで真剣に悩んでいる中島には目障り意外何物でもない。タケルが言う。
「あ、ああ。ごめんごめん。そんなつもりはなかった」
「ごめんね、中島君」
中島は苦笑いで応えながら学食のランチを口にする。タケルが言う。
「でさ、さっき俺いいアイデア思いついたんだけど、聞きたい?」
タケルの言葉に中島が顔を明るくして答える。
「それって『理子ちゃん機嫌直し作戦』ってこと?」
「ああ、そうだ」
自信満々のタケルを見て優花は不安でいっぱいになった。タケルが言う。
「もうすぐさ、ハロウィンだろ?」
「うん」
「そこで仮装する訳だ」
「おお、なるほど!!!」
それを聞いて手を叩いて喜ぶ中島。タケルが突っ込む。
「いや、仮装するって言っただけで、それじゃ何も変わらんだろう」
「そ、そうだね。一条君。それでどうするの?」
「ああ、そこで仮装中に理子ちゃんを人気のない路地に誘い込んで……」
「うんうん……」
中島が真剣に聞く。
「そこで悪役に仮装した俺が理子ちゃんを襲い、それをお前が助ける!!!」
「おお!! それはすごい!!!!」
タケルの作戦に中島が両手を上げて喜ぶ。タケルが言う。
「俺も仮装して行くから正体はバレないし、お前も『彼女の為に勇気を奮う男』を演出できる。どうだ、完璧だろう!!」
「すごいよ、一条君。それで僕にボコボコにやられるんだね!!」
「え? あ、ああ。まあ、そうだな……」
タケルは一瞬自分の作戦に戸惑う。黙ったまま隣に座っている優花に気付き尋ねる。
「どうだ、いい作戦だと思うだろ? 優花」
尋ねられた優花は何度も頷きながらふたりに言う。
「本当に男の子の考えることって幼稚よね~」
「え、ダメなのか?」
悲しそうな顔をするタケルに優花が首を振って言う。
「ダメじゃないよ。ハマれば凄い威力を発揮するよ、女の子にとっては」
「そ、そうだような!」
少し安心したタケルが頷いて言う。
「だから、私もコスプレする」
「は?」
中島とタケル。ふたりで笑みを浮かべる優花を見つめる。
「な、なあ、優花。ちゃんと話を聞いていたんか?」
「聞いていたよ」
「俺は暴漢役になって理子ちゃんを襲うんだぞ? 女のお前が行っても暴漢にはなれないだろ」
「そんなことどうでもいいよ。私もマスクかなんか被るから大丈夫! 一緒にコスプレしよ!!」
黙って嬉しそうに話す優花を見つめるふたり。タケルが言う。
「な、なあ。コスプレじゃなくて仮装だぞ。遊びじゃなくて……」
「えー、そんなの同じでしょ!? コスプレやろうよ!!」
中島は既に青い顔をして下を向いている。
「優花、これは中島の『楽しいキャンパスライフ計画』をかけた大事な作戦なんだ。失敗は即、彼の大学生活の終焉を意味する。重大な作戦だ。分かるよな?」
「分かるよ! だから私も頑張るって!!」
そう言ってにこにこ笑う優花を見て絶対計画は難航するだろうなとタケルはひとり思った。
「お、タケル。遅かったな」
夕方、自宅に帰ったタケルに道場へ先に来ていた兄の慎太郎が声をかけた。
捨て猫のミャオを預かる代わりに再び柔道を真面目にやらなければならなくなったタケル。週に数回、時間のある時にこうして道場へ足を運んでいる。タケルが兄の腕に巻かれた包帯を見て言う。
「あれ、どうしたの。その腕?」
道着ではなく完全な私服。しかも痛々しいほどの包帯。慎太郎が答える。
「ああ、ちょっと大学の練習中に怪我しちゃってさ。大したことないよ」
いや、十分大したことあるだろうと思いながら、怪我が多い兄の慎太郎をタケルが見つめる。道場には学校を終えた小学生たちが数名やって来ていて、父の重蔵がその指導を行っている。タケルに気付いた重蔵が声をかける。
「遅いぞ、タケル。アップはしたのか?」
「あ、いや、まだ……」
重蔵は汗を拭きながら言う。
「じゃあ、すぐに走って来い」
「わ、分かったよ……」
タケルはそう答えると道着のまま家の外へと向かって走り出す。暗くなるまでの数時間。ほぼ全力で走るのが一条家のウォーミングアップ。冷たい風の吹く中、汗だくになったタケルがゼイゼイ息をしながら戻って来る。
「タケル。この子の相手をしろ」
道着を着た時の父重蔵はまるで別人のように厳しくなる。子供の頃を思い出しタケルも思わず背筋がピンと伸びる。
重蔵に紹介されたのはタケルとほぼ同じぐらいの背丈の男の子。見た目は大人しそうだが、一見して分かる強者。
「彼は先日の県の高校選手権で優勝した。今のお前で太刀打ちできるかな?」
男の子は謙遜しながらもタケルを見る目は真剣である。伝説の柔道家、一条先生の息子。相当ブランクがあるとのこと。男の子が心の中で思う。
(柔道はそんなに甘くないぞ!!)
畳の上で静かに向き合うタケルと男の子。ふたりの間に立った重蔵が声をかける。
「始めっ!!」
道場に緊張が走る。
男の子が様子見をしようと軽く左右に飛び跳ねようとする。その瞬間、目の前にいたタケルの姿が消えた。
(え?)
気が付けば多くの小学生たちが見守る中、彼の両足が綺麗に揃い宙を舞っていた。
ドオオン!!
「一本っ!!」
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開始二秒で敗北という初めての屈辱を味わうと同時に、世の中にはこんな凄い人がいるんだと目に映る天井を見ながら思った。
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