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第二章「ふたりの距離」
10.父親と猫
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「今、一条の家の前なんだ。出て来て、お願い……」
部屋で寛いでいたタケル。携帯にかかって来た優花の言葉を聞いて唖然とした。
(え? ここに来ているのか!?)
確かに小学校の同級生なので家はそれほど遠くはないはず。でもなぜ優花が自分の家を知っているのだ? こんな時間に俺の家に??
夜も深まり外に吹く風も冷たい。回答が出ない問い掛けを自分の頭で繰り返しながらタケルが部屋を出て外へ出る。
「優花っ!?」
そこには目を真っ赤にしてひとり子猫を抱きながら立つ優花の姿があった。目は赤いが黒目の優花。突然の訪問に驚きながらもタケルはある意味身構えて話す。
「どうしたんだよ、猫、やっぱりダメだったのか?」
子猫を抱き、肩を震わせながら優花が答える。
「うん。お父さんがダメだって……、そんなものは捨てて来いって……」
そう言いながらもまた泣き出しそうな声で言う。
「どうするんだよ……?」
そう困った顔で話すタケルに優花が言う。
「ねえ、一条の家で……、預かってくれない……?」
「え?」
真っ黒な瞳。その目は真剣で心から懇願するような目。
「うちで飼うってことか……?」
「うん……、無茶なことを言ってるのは分かってるけど、お願い。一条……」
震えて怖がっている子猫の目。同じように不安で泣き出しそうな優花の目。
タケルはそんなふたつの懇願するような目を見て頭を掻きながら答える。
「とりあえず、親父に聞いてみるよ……」
「本当?」
生気のなかった優花の目に色が戻る。
「私、一条の家に来てちゃんと世話するよ!! 約束する、毎日でも来るから!!」
「え、それって……」
それはこの優花が毎日自分の家で会えると言うこと。猫の為とは言え、黒目の優花とも一気に距離を縮めるチャンスである。
「わ、分かった。聞いてみるから、とりあえず家に入れよ」
「うん、ごめんね。こんな時間に」
優花は赤くなっていた目をこすり、タケルに続いて家に入る。
(あれが柔道場か……)
タケルの家も優花の家に負けず劣らず立派な家である。さらに柔道の名家に相応しく、広い庭に離れのように建つ柔道場がある。決して大きくはないがここで父の重蔵が柔道教室を開いている。
(突然女の子なんて連れて来て、みんなびっくりするだろうな……)
勢いで家に連れてきてしまったが、よくよく考えてみればこんな時間に、しかも女の子を連れて来るというのはかなり緊張する。
ガラガラガラ……
家のドアを開け中に入るふたり。すぐに近くにいた母親がそれに気付いて出て来る。
「タケルどうしたの、出たり入ったり……、あら、そちらは……?」
母親がタケルの後ろにいる優花に気付いて言う。
「あ、小学校の同級生の桐島なんだけど……」
「桐島優花です! は、初めまして!!」
優花が子猫を抱きながら頭を下げて挨拶する。母親が言う。
「あら~、あの優花ちゃんなの? まあ、大きくなって!」
タケルが驚いた顔で尋ねる。
「え? 母さん、覚えてるの?」
「当たり前でしょ。授業参観でもあなたの隣に座っていたし、それにあなたよく優花ちゃんのこと話してくれたでしょ?」
「え?」
それを聞いた優花がちょっと驚いた顔をする。
「ば、馬鹿なこと言うなよ!! 俺はそんな話したことないぞ!!!」
顔を赤くして言うタケル。子供の頃だから忘れていたが、タケルは席替えで優花の隣になった嬉しさで家に帰って来て母親に何度も彼女の話をしていた。
「それよりどうしたの? こんな時間に。それにその子猫は?」
母親が優花が抱いている猫を見て言う。タケルが答える。
「ああ、今日さ、優花と歩いていて偶然道で見つけてさ。うちで飼えないかなあって思ってさ……」
「え、うちで飼うの?」
少し驚いた母親が子猫を見つめる。優花がすぐに言う。
「あ、あの。私も面倒を見ますから! 無理なお願いで本当に申し訳ありません……」
子猫を抱きながら優花が小さく頭を下げる。母親が答える。
「ええ、私はいいだけど。お父さんがねえ……」
「おーい、どうしたんだ?」
玄関で会話をしていたタケルたちの声を聞き、父親の重蔵がやって来た。
「あら、あなた。タケルのお友達の優花ちゃんよ。小学校の同級生の」
父親に紹介された優花が頭を下げて言う。
「は、初めまして。桐島優花です。夜分に失礼しています!」
突然の来客に少々驚いた重蔵が答える。
「ああ、タケルのお友達の。こんばんは」
そう言いながらも重蔵は優花が抱いている子猫に目が行く。母親が言う。
「実はね、あなた。タケルが外で捨てられていた子猫を見つけて来て、うちで飼えないかって持って来たの」
それを聞いた重蔵が顔を赤くして言う。
「何だとっ!?」
それを見た優花が下を向いて言う。
「ご、ごめんなさい……」
タケルが父親の前に来て言う。
「なあ、親父。いいだろ? 俺も面倒みるからさ」
「無茶なこと言ってごめんなさい! 無理ならば少し預かって貰うだけでも構いませんので!!」
タケルの後ろで優花も頭を下げて重蔵に言う。重蔵が腕を組んで優花の腕にいる子猫を見つめながらタケルに言う。
「じゃあ、タケル。条件がある」
「条件?」
父親が真剣な顔になって言う。
「また柔道を始めろ」
「え、柔道を……?」
小学生の頃からほとんどやっていなくなっていた柔道。抜群のセンスを持ちながら遠ざけていたタケル。父重蔵はその才能がこのまま埋もれてしまうことをずっと危惧していた。タケルが考える。
(正直あんな大変な柔道なんてもうやりたくない。可愛い彼女作って楽しいキャンパスライフを送るのが俺の一番の目的。その最高の相手が優花なのだが……)
タケルは黒目の優花がこちらを不安そうな目で見ているのを感じながら思う。
(あの優花を落とすにはこの猫は願ってもないチャンス。はあ、仕方ないか……)
「毎日じゃなくてもいいか?」
重蔵が嬉しそうな顔で答える。
「ああ、それでいい。真剣にやってくれればそれでいい」
「分かった。少しずつだけど始めるよ」
タケルが諦めた顔をして言う。優花がタケルの近くにより耳元で小声で言う。
「ありがとう、一条。本当にありがとう!!」
「あ、ああ……」
タケルが少し照れながら答える。重蔵がふたりの前に来て言う。
「じゃあ、その子猫、私が預かろう」
「へ?」
そう言うと重蔵が優花から子猫を受け取り、デレた顔で撫で始める。
「なあ、タケル。名前はなんて言うんだ?」
重蔵が子猫を撫でながら尋ねる。
「いや、まだ拾ったばかりだから決めていないけど……」
「ミャオ~」
重蔵に撫でられた子猫が甘い声で鳴く。重蔵が言う。
「可愛いなあ~、ミャオミャオ鳴くんで、『ミャオ』ってのはどうだ?」
「は?」
その言葉を聞きタケルが驚く。優花が答える。
「あ、あの、それでいいです……」
それを聞いた重蔵が満足そうな顔で頷いて言う。
「そうかそうか。じゃあ、お前は今日からミャオちゃんだ。ああ、可愛いなあ~」
そう言いながら重蔵は子猫を抱きながら家の中へと消えて行った。唖然としながらタケルが言う。
「な、なんだよあれ。もしかして親父って猫好きなのか……?」
その様子を呆れた顔で見ていた母親が答える。
「そうよ。実は結婚する前ね、飼っていた愛猫が死んじゃってあの人大泣きして、何日も仕事も柔道もできなくなっちゃったの。だからそれ以来猫は飼わないって約束していたんだけど……」
「え? そうなのか!?」
そんな話初めて聞くタケル。
「そうよ。だから家でも猫の話は全くしなかったんだけど。まさか、タケルがねえ。猫を持ってくるとは」
そう言ってくすくす笑う母親。唖然とするタケルと優花。優花が尋ねる。
「あの、良かったんですか? 猫なんて持ってきちゃって……」
「いいわよ。あの人もタケルたちを理由にして猫を飼いたかったんだと思うし。それよりもさあ、このままだとあのミャオちゃん、うちの人に取られちゃうわよ」
「あ、はい。私もできる限りここに来て世話をします!!」
優花がようやく笑顔になった。
予想外の展開になったが、結果的にすべてが良い方向で収まってくれたようだ。
「一条、本当にありがとう! 本当に……」
再び優花がタケルの耳元で感謝を口にする。
「ああ、いいよ。俺、何もしてないし」
「そんなことないよ。一条のお陰だよ!」
タケルはそう言って涙目になって喜ぶ優花の顔を見て、彼女が自分の部屋に来て色々なことをする妄想をしていた事を少しだけ恥ずかしく思った。
部屋で寛いでいたタケル。携帯にかかって来た優花の言葉を聞いて唖然とした。
(え? ここに来ているのか!?)
確かに小学校の同級生なので家はそれほど遠くはないはず。でもなぜ優花が自分の家を知っているのだ? こんな時間に俺の家に??
夜も深まり外に吹く風も冷たい。回答が出ない問い掛けを自分の頭で繰り返しながらタケルが部屋を出て外へ出る。
「優花っ!?」
そこには目を真っ赤にしてひとり子猫を抱きながら立つ優花の姿があった。目は赤いが黒目の優花。突然の訪問に驚きながらもタケルはある意味身構えて話す。
「どうしたんだよ、猫、やっぱりダメだったのか?」
子猫を抱き、肩を震わせながら優花が答える。
「うん。お父さんがダメだって……、そんなものは捨てて来いって……」
そう言いながらもまた泣き出しそうな声で言う。
「どうするんだよ……?」
そう困った顔で話すタケルに優花が言う。
「ねえ、一条の家で……、預かってくれない……?」
「え?」
真っ黒な瞳。その目は真剣で心から懇願するような目。
「うちで飼うってことか……?」
「うん……、無茶なことを言ってるのは分かってるけど、お願い。一条……」
震えて怖がっている子猫の目。同じように不安で泣き出しそうな優花の目。
タケルはそんなふたつの懇願するような目を見て頭を掻きながら答える。
「とりあえず、親父に聞いてみるよ……」
「本当?」
生気のなかった優花の目に色が戻る。
「私、一条の家に来てちゃんと世話するよ!! 約束する、毎日でも来るから!!」
「え、それって……」
それはこの優花が毎日自分の家で会えると言うこと。猫の為とは言え、黒目の優花とも一気に距離を縮めるチャンスである。
「わ、分かった。聞いてみるから、とりあえず家に入れよ」
「うん、ごめんね。こんな時間に」
優花は赤くなっていた目をこすり、タケルに続いて家に入る。
(あれが柔道場か……)
タケルの家も優花の家に負けず劣らず立派な家である。さらに柔道の名家に相応しく、広い庭に離れのように建つ柔道場がある。決して大きくはないがここで父の重蔵が柔道教室を開いている。
(突然女の子なんて連れて来て、みんなびっくりするだろうな……)
勢いで家に連れてきてしまったが、よくよく考えてみればこんな時間に、しかも女の子を連れて来るというのはかなり緊張する。
ガラガラガラ……
家のドアを開け中に入るふたり。すぐに近くにいた母親がそれに気付いて出て来る。
「タケルどうしたの、出たり入ったり……、あら、そちらは……?」
母親がタケルの後ろにいる優花に気付いて言う。
「あ、小学校の同級生の桐島なんだけど……」
「桐島優花です! は、初めまして!!」
優花が子猫を抱きながら頭を下げて挨拶する。母親が言う。
「あら~、あの優花ちゃんなの? まあ、大きくなって!」
タケルが驚いた顔で尋ねる。
「え? 母さん、覚えてるの?」
「当たり前でしょ。授業参観でもあなたの隣に座っていたし、それにあなたよく優花ちゃんのこと話してくれたでしょ?」
「え?」
それを聞いた優花がちょっと驚いた顔をする。
「ば、馬鹿なこと言うなよ!! 俺はそんな話したことないぞ!!!」
顔を赤くして言うタケル。子供の頃だから忘れていたが、タケルは席替えで優花の隣になった嬉しさで家に帰って来て母親に何度も彼女の話をしていた。
「それよりどうしたの? こんな時間に。それにその子猫は?」
母親が優花が抱いている猫を見て言う。タケルが答える。
「ああ、今日さ、優花と歩いていて偶然道で見つけてさ。うちで飼えないかなあって思ってさ……」
「え、うちで飼うの?」
少し驚いた母親が子猫を見つめる。優花がすぐに言う。
「あ、あの。私も面倒を見ますから! 無理なお願いで本当に申し訳ありません……」
子猫を抱きながら優花が小さく頭を下げる。母親が答える。
「ええ、私はいいだけど。お父さんがねえ……」
「おーい、どうしたんだ?」
玄関で会話をしていたタケルたちの声を聞き、父親の重蔵がやって来た。
「あら、あなた。タケルのお友達の優花ちゃんよ。小学校の同級生の」
父親に紹介された優花が頭を下げて言う。
「は、初めまして。桐島優花です。夜分に失礼しています!」
突然の来客に少々驚いた重蔵が答える。
「ああ、タケルのお友達の。こんばんは」
そう言いながらも重蔵は優花が抱いている子猫に目が行く。母親が言う。
「実はね、あなた。タケルが外で捨てられていた子猫を見つけて来て、うちで飼えないかって持って来たの」
それを聞いた重蔵が顔を赤くして言う。
「何だとっ!?」
それを見た優花が下を向いて言う。
「ご、ごめんなさい……」
タケルが父親の前に来て言う。
「なあ、親父。いいだろ? 俺も面倒みるからさ」
「無茶なこと言ってごめんなさい! 無理ならば少し預かって貰うだけでも構いませんので!!」
タケルの後ろで優花も頭を下げて重蔵に言う。重蔵が腕を組んで優花の腕にいる子猫を見つめながらタケルに言う。
「じゃあ、タケル。条件がある」
「条件?」
父親が真剣な顔になって言う。
「また柔道を始めろ」
「え、柔道を……?」
小学生の頃からほとんどやっていなくなっていた柔道。抜群のセンスを持ちながら遠ざけていたタケル。父重蔵はその才能がこのまま埋もれてしまうことをずっと危惧していた。タケルが考える。
(正直あんな大変な柔道なんてもうやりたくない。可愛い彼女作って楽しいキャンパスライフを送るのが俺の一番の目的。その最高の相手が優花なのだが……)
タケルは黒目の優花がこちらを不安そうな目で見ているのを感じながら思う。
(あの優花を落とすにはこの猫は願ってもないチャンス。はあ、仕方ないか……)
「毎日じゃなくてもいいか?」
重蔵が嬉しそうな顔で答える。
「ああ、それでいい。真剣にやってくれればそれでいい」
「分かった。少しずつだけど始めるよ」
タケルが諦めた顔をして言う。優花がタケルの近くにより耳元で小声で言う。
「ありがとう、一条。本当にありがとう!!」
「あ、ああ……」
タケルが少し照れながら答える。重蔵がふたりの前に来て言う。
「じゃあ、その子猫、私が預かろう」
「へ?」
そう言うと重蔵が優花から子猫を受け取り、デレた顔で撫で始める。
「なあ、タケル。名前はなんて言うんだ?」
重蔵が子猫を撫でながら尋ねる。
「いや、まだ拾ったばかりだから決めていないけど……」
「ミャオ~」
重蔵に撫でられた子猫が甘い声で鳴く。重蔵が言う。
「可愛いなあ~、ミャオミャオ鳴くんで、『ミャオ』ってのはどうだ?」
「は?」
その言葉を聞きタケルが驚く。優花が答える。
「あ、あの、それでいいです……」
それを聞いた重蔵が満足そうな顔で頷いて言う。
「そうかそうか。じゃあ、お前は今日からミャオちゃんだ。ああ、可愛いなあ~」
そう言いながら重蔵は子猫を抱きながら家の中へと消えて行った。唖然としながらタケルが言う。
「な、なんだよあれ。もしかして親父って猫好きなのか……?」
その様子を呆れた顔で見ていた母親が答える。
「そうよ。実は結婚する前ね、飼っていた愛猫が死んじゃってあの人大泣きして、何日も仕事も柔道もできなくなっちゃったの。だからそれ以来猫は飼わないって約束していたんだけど……」
「え? そうなのか!?」
そんな話初めて聞くタケル。
「そうよ。だから家でも猫の話は全くしなかったんだけど。まさか、タケルがねえ。猫を持ってくるとは」
そう言ってくすくす笑う母親。唖然とするタケルと優花。優花が尋ねる。
「あの、良かったんですか? 猫なんて持ってきちゃって……」
「いいわよ。あの人もタケルたちを理由にして猫を飼いたかったんだと思うし。それよりもさあ、このままだとあのミャオちゃん、うちの人に取られちゃうわよ」
「あ、はい。私もできる限りここに来て世話をします!!」
優花がようやく笑顔になった。
予想外の展開になったが、結果的にすべてが良い方向で収まってくれたようだ。
「一条、本当にありがとう! 本当に……」
再び優花がタケルの耳元で感謝を口にする。
「ああ、いいよ。俺、何もしてないし」
「そんなことないよ。一条のお陰だよ!」
タケルはそう言って涙目になって喜ぶ優花の顔を見て、彼女が自分の部屋に来て色々なことをする妄想をしていた事を少しだけ恥ずかしく思った。
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