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九話 決着

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 響生さんと電話をした夜。俺は響生さんから事の詳細を聞いた。

 最初は和泉が物珍しくてつい意地悪を言ったら、可愛かったから自分のものにしたくなった。
 けれど、ヒキニートの自分のものになるわけがないと思い、いびり始めたらエスカレートして、本格的なイジメに発展してしまったと。

「俺は何度も母の仏壇に縋った。昔から何か辛いことがあったら、母の仏壇に悩みを話していたから。
 それで何か解決するわけじゃないけど、母なら天国から俺を慰めてくれるって思った」

「それで、和泉へのイジメをやめられなかったんですか?」

「出来なかった。気付けば、和泉に仏壇に向かって弱音を吐いている俺の発言を全て録音されていて、俺は和泉に逆らえなくなった」

「和泉は今もイジメに悩んでいるんじゃ……?」

「あれは演技だ。
 録音データを盾にずっと脅されてた。でも、和泉、たまに優しくて、和泉のエロ画像とか動画とか、俺のスマホに送ってくれるんだ。
 だから俺は和泉の下僕になるって決めたんだ」

 俺は和泉を信じたかった。あんなに辛そうに、響生さんの言いなりになっていたのに、あれが全部嘘だなんて、演技だなんて、信じられない。
 もしそうだとしたら、俺は人間不信になりそうだ。

 という事はだ。和泉が響生さんに恥ずかしい写真で脅されてると言っていたが、自分で響生さんに送り付けた写真なのに、あたかもそれを脅しに使われていると言っているようなものなんだ。
 響生さんの言葉は、にわかに信じられない。

「俺は和泉から、あなたに脅されてるって聞いてます。だから、あなたの言葉を全部を信用する事は難しいです」

「証拠ならある。和泉はこの三年の俺と和泉のやり取りを録音していて、パソコンで編集しているみたいなんだが。
 編集前の音声を手に入れたんだ」

「それを聞かない事には……」

「今再生する! 言っておくが、俺もこんなのが録音されてたなんて知らなかった。
 和泉がなんか怪しいと思って、パソコンを覗いたら聞いてしまったんだ」

「勝手に人のパソコンを?」

「仕方ないだろ。どうしても和泉のパソコンが怪しかったんだ。いつも家にいるとパソコン弄ってて、俺が近寄ると慌ててパソコン閉じるから……」

「だからって」

 非難しようと思ったが、まずは内容を聞いてからだと口を噤んだ。
 電話の先で響生さんがその録音データを再生させた。

『ねぇ響生ぃ。次のプレイなんだけど、怒鳴るように俺を脅して、乳首にピアスつけるの俺に同意させてよ』

『なんだってそんな事……。俺は乳首にピアスの穴なんて開けられないぞ?』

『それは俺が教えるから。あービビりの響生には怖いかな? でも、無理にでもやらせるよ。
 お前、俺に逆らえないもんね?
 あのママへの懺悔のデータ、昔お前を虐めてたいじめっ子達に送ってやろうか。
 惨めだね? 俺の言う事ぜーんぶ聞いて、それで苦しめよ』

 和泉の声だった。いつもの明るくて可愛い声じゃない。理々栖を虐めてた陰湿ないじめっ子達と同じ、暗くて厭らしさを感じさせる声。

 俺の目に涙が浮かんだ。

「なんだって和泉はこんな事……」

「これは、俺の予想でしかないんだが。編集した音声を聞くと、全部俺が悪者に聞こえる内容ばかりなんだ。
 多分和泉はなんらかの方法で俺をハメようとしてるんだと思う」

「信じていた人がこんな卑怯者だったなんて」

「朝宮さんは、特に和泉に入れ込んでたからショックでしょう?」

「はい。最初は貴方が和泉に酷い事をしたのかもしれません。でも、これは和泉がやり過ぎだと思います。
 今後、響生さんの味方をしますから、安心してください。
 俺が和泉を止めてみせます」

 きっと和泉はまだ苦しみの中にいるんだ。だから、こんな事をしてしまったのかもしれない。
 俺が……俺が和泉を救わないと。

 和泉が加害者でもいい。それでも、俺はもう和泉を好きになってしまったんだ。
 俺は気付いたら泣いてた。和泉の苦しさを思ったら、悲しくなったんだ。


 だから、響生さんを悪く見せる為に編集した音声を聞かされた時は本当にショックだった。
 色々聞かされた音声の中に、響生さんから聞かされた音声を編集したものだって分かるものも入ってたから。

 やはり和泉が悪い事を言っている事実は全て消されて、響生さんが和泉に脅されて言わされたセリフだけが流された。


「和泉の伯父さん。……っていうのが、和泉が響生さんを陥れる計画です」

 俺は伯父さんの横に立って、響生さんを責めるのを止めた。

「け、計画?」

 一度冷静になった伯父さんが俺に向き直る。

「なっ、何を言ってるの? つばさ?」

 後ろで和泉が慌ててたけど、俺は無視して伯父さんに、俺に起きた今までの出来事を時系列に沿って話した。

 響生さんは不安そうな顔で伯父さんを見つめており、和泉は俺の服をギュッと強く掴んでいる。
 不安なんだろうね。ごめんね。
 君の罪を俺も一緒に背負うから、不安に思わなくていい。俺だけはずっと、和泉を愛してるから。

 唯一無表情で俺の話を聞いていた伯父さんが、全ての話を聞き終えるとゆっくりと口を開いた。

「まずは、朝宮君。息子と甥が迷惑をかけてすまなかった」

 深々と頭を下げる伯父さん。やっぱり大人なんだな。息子に怒りをぶつけてた時はどうなるかと思ったけど、一度冷静になれば大人の対応が出来るんだ。

「あと、和泉。お前はここから出ていってもらう。本当は、息子を陥れようとした事について、責任を負ってもらいたいが。
 元はと言えば息子が和泉に酷い事をしたそうだから、出ていく以外には何も求めない。
 息子が申し訳なかった」

 伯父さんは次に和泉に頭を下げた。和泉は呆然としながら、どうにか口を動かした。

「い、いえ……俺も悪かった……です」

「それと響生。俺は父親として子供の事が何一つ見えていなかったようだ。
 母親を亡くして、寂しい気持ちを俺に出さないようにしてたんだな。
 俺はお前がいつか俺の会社を継いでくれると、ただ信じていた。何もせずに。
 これから、俺が更生させてみせる。
 その初めの一歩として、まずお前がやる事は、和泉に謝る事だ。誠心誠意な」

 響生は立ち上がり、伯父さんがしたのと同じように、深く頭を下げた。

「和泉、すみませんでした」

「はは。結局、悪いのは俺一人だったわけだ。あはは、はは」

「和泉!」

 和泉は一人でリビングを出ていった。伯父さんが呼び止めても、和泉は一瞬たりとも反応しない。
 俺は伯父さんに頭を下げた。

「これからは和泉は俺がちゃんと見ます。きっと支えがないと、一人で生きていけないと思うので。俺が!」

「すまない。和泉と響生をこの家で二人にするべきではないと判断した結果、和泉を傷付けてしまう事になった。
 朝宮君、和泉をよろしく頼みます」

 もう一度、伯父さんは俺に深々と頭を下げた。

 もちろんだ。俺が和泉を救うって決めたんだから!
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