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六話 遺書

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 結局、俺は和泉を助けられなかった。

「大丈夫。いつも虐められてるわけじゃないよ。安心して」

 と、帰るよう促されて、一人で帰らされた。俺はその従兄に何も出来なかった。
 和泉を苦しみから解放する事も出来ない。

 絶対和泉を救うんだ。
 あと、自殺を考え始めたら、それも止める。

 和泉の従兄のイジメを止められたら一番良いんだけど、それは難しいだろう。
 イジメをしている方は、自分がどれ程酷い事をしているか、自覚がない事が多い。

 理々栖の時、自殺をして初めて、虐めていた女共は「そんなつもりじゃなかった」と泣き出したのだ。
 理々栖の両親に罵倒され、周囲からの非難を浴びて、ようやく自分達が何をしたのかを悟ったらしい。

 直接の殺人罪には問われないだろうが、やってる事は同じだ。アイツらは理々栖を殺した。
 ……一緒に死のうなんて言って一人生き残った俺も同罪だ。

 和泉の従兄には、そうならないよう俺が矯正しないといけない。
 イジメの事実を知っているのは俺だけだから。きっと必死な訴えは、相手の心に響くと信じるしかないんだ。


 だが運良く、その数日後に和泉の従兄と俺は二人きりで会う事が出来た。
 大学近くでその従兄が車を路上駐車させて、運転席でのんびりしていたのを、たまたま発見した。

 俺はすぐに窓をノックした。従兄も俺の事を分かっていたみたいで、反応するとすぐに窓を開けてくれた。

「お前……和泉の……」

「はい、和泉の彼氏の、朝宮つばさです」

「俺は和泉の従兄の有村響生ひびきだ。朝宮さんにずっと話したい事があったんだ」

「俺もです!」

「良かった。けど、そろそろ和泉が来る頃だ。後で電話出来るか?」

「電話? 良いですが」

「今出来る話じゃないんだ。この番号に連絡して欲しい。あ、番号渡したの和泉に言うなよ」

 有村さんは、紙に電話番号を雑に書いて俺に渡した。
 確か今日は、和泉が父親の仕事の関係で早く帰ると言っていた。

 バイトは嘘? 有村さんに脅されてる?

「あの、これから和泉をどうするつもりですか? もし酷い事をするつもりで迎えに来たなら、和泉を帰せません!」

「はぁ。別に酷い事はしねぇよ。親父の仕事の手伝いで俺も和泉も呼ばれてるだけだ。
 朝宮さんは干渉出来る話じゃない」

 和泉もそう言っていたから、これ以上は何も言えない。後で言いたい事を言ってやると思い、身を引くと、ちょうど和泉が走ってきた。

「あれぇ? つばさが何でここにいるの?」

「有村さんの車が見えたから。一言言いたい事があって……」

「だからね、つばさは何も心配しなくていいんだよ」

「そうやって、大丈夫って言ってると、いつか大丈夫じゃなくなる日が来るんだよ!!
 和泉は分かってない!! 多分、有村さんも分かってない!!」

「朝宮さん、その話はまたいずれしましょう。今は急いでいるので、失礼します」

 イジメをしている奴は外面が良い。だから、理々栖の時も先生は気付いてくれなかったし、訴えても理々栖の方が信じてもらえなかった。
 どんなに有村さんが常識人ぶろうと、俺は和泉を信じる。

「つばさ、心配してくれてありがとうね。明日またお話しよ?」

「うん。ごめん、邪魔して」

 和泉が車に乗ると、すぐに発進してしまった。

 明日なんて待っていられない。イジメを受けている人は、いつ心が死んでしまうか分からないんだ。
 俺はもらった紙に書かれた番号にショートメールを送った。

『朝宮です。出来れば今日話がしたいです。
 用事が終わったら連絡下さい』


 その日は、心ここにあらずだった。一人暮らしをしているアパートに帰ってからも、和泉の事が頭から離れない。
 タンスの一段目の引き出しを開けた。そこには理々栖との思い出の品を大事にしまっている。

 遺書も……。

 俺はその遺書を開いた。
 理々栖と俺、それぞれ書いたのだが、俺は一枚の紙に「理々栖と共にいきます」と書いたのに対し、理々栖は二枚書いていた。一枚目に日頃の恨み言やイジメをした人間の名前を書き殴った。
 俺が持ち帰ったのは二枚目のみだ。
 誰にも見せてはいけない、俺への愛を綴った遺書。

『というわけで、私は朝宮つばさと共に死にます。つばさはいつも私を支えてくれた、味方でいてくれた、愛してくれた。
 私を庇って何度も傷だらけになって、苦しい思いをして、それでも私を守ってくれた。
 この世で一番愛した人は、私と死んでくれると言ってくれた。
 それだけで、私はこの世で一番幸せだって胸を張って言える。来世ではつばさとまた出会うんだ。結婚して、つばさに似た子供を産むの。
 それで天命をまっとうする。幸せになる。
 じゃあね、つばさ。少しのお別れだけど、絶対巡り会えるって信じてるから』

 何度も何度も読み返して、もう全文覚えるくらい読み返して、まだ理々栖を思い出すと読み返してしまう。
 ごめんな、一緒に死ねなくて。

 でも、その代わり、和泉だけは理々栖と同じように死なせない。俺が幸せにしてみせるよ。
 きっと君は許せないって怒りそうだけど。

 いつか死んだら理々栖にめいっぱい怒られよう。


 感傷に浸ってたら、スマホの着信音が鳴った。来た。悪者からの電話だ。
 俺が和泉のヒーローになるんだ。

 そう思って電話に出た。

「もしもし」

「朝宮さん、さっきはすみませんでした」

「いいえ。俺、あなたに言いたい事があるんですよ。和泉の為に……」

「何を言おうとしているのかは、なんとなく分かります。その前に、俺の話を聞いていただけますか?」

 嫌々ながらも朝宮さんの話を聞いた。イジメの件で、もしかしたら朝宮さんも止められなくて困っているのかもしれないと思っていた。
 けれど、予想とは全然違うもので……。


 通話を終えると、俺は涙を流していた。
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