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四章
二十三話 真実を知る時
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父親が出した紙には、一番上に契約書と書かれており、右下には伊吹と父親の署名と捺印がされている。
「伊吹さん、これは……?」
「読めば分かるよ」
伊吹が苦笑いをしながら勧めた。翠はその紙を手に取り、全てを読んだ。
そして一年前から起こっていた不思議な事象も、この契約書が原因だったのだと知った。
「去年あたりから生活費が三十万に増えてたのって、伊吹さんですか?」
「ご両親がどれだけ出していたか聞くの忘れててね。それだけあれば大丈夫かなって」
「多過ぎますよ」
「篠さんは、翠の残りの学費も一括で払って下さったんだ」
父親の言葉に、翠は驚いて伊吹を見る。
「学費って? え? なんで伊吹さんがそんな事をする必要が?」
「俺のわがままで、ご両親に翠に近寄らないよう契約書に同意していただいたんだ。
我を通すなら、代償は必要だろ」
「翠君は受け入れられない?」
瑞希は翠に心配そうな顔を向けてきた。受け入れる、受け入れないという答えは今出せるものではない。
「いや、混乱し過ぎて、ちょっと何も考えられないんですけど……」
翠が知らないところで、このような取り決めがなされていたのだ。驚かないわけがない。
善し悪しの判断以前の問題だ。裏で勝手に話を進められて、単純に喜べない。
「今まで黙っててごめんな。翠がこの契約書知ったら、俺の為に動いてしまうと思ったんだ。
その結果、和解の道を閉ざすかもしれないし、納得しないまま実家に帰ってしまうかもしれない。それは避けたかった。
あくまで翠の意思を尊重して、実家に帰りたくなった時にサポートしたいと思った」
「伊吹さん、俺の事考え過ぎです。甘やかし過ぎです。
それでたまに実家に帰らないのか? って聞いてきたんですか?」
にこにことしている母親が翠に優しい声で説明を始めた。
「篠さんね、今年に入ってからは月に一度は私達に会いに来てくださってね、あなたの様子を教えてくれたりしたのよ。私達の話も聞いてくださってね。
私が間違ってたんだって、今ならよく分かる。私はあなたに、完璧を求め過ぎてしまった」
「お母さん……」
父親は母親の言葉に頷きながら話を繋げた。
「翠。これからも、お前を家に縛り付けるつもりはない。柊も出て行ってしまったしな。
父さんも母さんも反省してるんだ」
「は!? 兄さんが!? いつ!?」
柊とは一、二ヶ月に一度のペースで会っているが、家を出たなんて話は一度もしていない。
両親の話を避けていた事が大きな原因だろうが。
「去年の夏頃。ちょうど、篠さんと佐々木さんがこの契約書を持ってやってきた時だな。
縁を切ると言われた」
「そんなの兄さんから聞いてないぞ」
「柊君は口下手だからねぇ。今は僕の職場近くのマンションで一人暮らししてるよ。
僕、たまに遊びに行くし」
瑞希の発言に、翠は更に驚愕した。右隣に座る瑞希は呑気にお茶を啜っていた。
「ちょ、それ初耳なんですけど!」
「だって、僕が勝手に言っていいか分からないしぃ」
「瑞希さん……あなたって人は、どうでもいい情報は流してくる癖に、変なところ律儀ですよね!
兄さんが伊吹さんとヤったとか、そっちの方隠してくださいよ!」
翠は引きつった笑みで瑞希を見る。伊吹と柊が身体の関係を持ったという、一番聞きたくない情報は流しておいて、大事な情報はわざと黙っていたのだ。
瑞希を許せるようになるまで時間がかかるだろう。おそらく一分くらいは経たないと許せない。
翠以上に伊吹が声を荒らげた。
「瑞希っ! なんでそれ翠に話してんだ。言うなって言っただろうが!」
「そだっけ? あははは。二人とも怒った? 面白い顔~」
「つか、翠もご両親の前で何言ってんだよ! 折角友好的な関係を続けられていたのに」
伊吹が怯えるような目で両親に目を向けた。特に母親を。
だが心配は不要だったようだ、何故か母親は笑顔だ。
「篠さん、気になさらないで下さい。翠が楽しそうな様子が見れて嬉しいわ」
「えっ? 結構倫理的に反する事言ってたんですけど……?」
「お父さんと話し合って、そういうの気にしない事にしたのよ。翠がそういう世界に入ったんだって認める事にしたの。
柊も影響されちゃったみたいだけど、見守るわ」
「ちなみに、そういう世界って……?」
翠は恐る恐る母親に問う。翠が何をしているのか、伊吹から情報が伝わっているのだろうが。どういう認識をしているのだろうか、と。
「SMとか、乱交とか、そういう卑猥な感じの」
母親の顔が赤くなる。羞恥心と戦っているようだ。伊吹と出会うまでそれらとは無縁だったので、翠も幾分か母親の気持ちは分かる。
「お母さん、そんなんじゃないから。この二人が普通よりちょっとズレてるだけで。俺はそこまでじゃないし」
伊吹の抗議の声が聞こえて、翠が言い返すと、瑞希が何か余計な一言を言う。
三人の賑やかな姿を、両親は嬉しそうな目で見ていた。
「というわけで翠も帰ってきたし、ご両親とも仲直り出来たし、この契約書は無効です」
伊吹は自分が持っている契約書と、翠の父親が持っている契約書を二枚重ねて、ビリッと破った。
今日初めてその存在を知った翠は無言で見つめていたが、他の者達は皆スッキリしたような笑みを浮かべていた。
(結果的にまとまったし、これでまぁいいのか……?)
「そうだ。皆、お昼はまだでしょ? 良かったら食べていって」
と、母親が立ち上がった。
「お母さん、俺も手伝う」
翠も母親の後について行くと、何故か伊吹も一緒に台所までついてきた。
「伊吹さん?」
「俺も手伝うよ。瑞希は料理出来ないから、お父さんの相手してもらってる」
「そうですか! ありがとうございます」
「気にすんなよ」
「篠さん、私からもお礼を言うわ。ありがとうね」
「いえいえ!」
三人で台所に立ったが、翠はサラダを用意して終わってしまった。殆ど母親と伊吹が作り、翠はダイニングに料理を並べていった。
サラダとかけそば、アイスウーロン茶という組み合わせだ。
「特に予想してたわけじゃないのに、お蕎麦余らしてて良かったわ」
と母親は上機嫌だ。
それから食事をしながら和気あいあいと両親と話す事が出来た。
両親とこんなに楽しく話したのはいつが最後だっただろう。
(中学三年の時までは広夢に協力してもらって一位をキープしてたから、高校入学するまでは割と仲の良い家族だったよな)
だが、それは所詮虚構だった。本当の家族は、子供が自分の思い通りに育っているから楽しく会話をする、というものではないだろう。
今のように何のしがらみもなく、怯える事なく中身のない内容を話せるのが信頼出来る家族というものだ。
今のところ特に瑞希と伊吹と母親の三人が盛り上がっているが……。
「それで、僕達三人で家族になったんで。僕と伊吹も、柳川家の子供みたいに思ってください」
無邪気な笑顔でそう言う瑞希に、母親は楽しそうに笑って頷いた。
「いいのよ。じゃあ伊吹、瑞希、そう呼んでもいいかしら?」
「もちろんです! 俺、両親いないから嬉しいですよ」
名前を呼ばれて一番喜んでいたのは伊吹だ。
「僕もいいですよ。いずれ、僕の家族と顔合わせしましょうか。一応、うちの両親って伊吹の親代わりでもありますし」
瑞希の提案に、翠の両親は少しそわそわと落ち着きがなくなった。
「でも、結婚とかするわけじゃないし。ご迷惑にならないかしら?」
「そうですね。僕の両親に聞いてみてから、日取りを決めましょう」
「じゃあ詳しく決まったら関係者全員で集まりましょう!」
伊吹の言葉に全員が頷く。瑞希の家族がどういう反応をするかは未知なので、全員で会う想像がつかない。
(瑞希さんの家族はこの関係をどう思うんだろう?)
普通の感覚であれば拒絶反応が考えられるが、それでも瑞希の家族だから大丈夫なのかもしれないと納得しそうになった。
「本心から息子が増えて嬉しいと思う。ありがとう。伊吹、瑞希」
「「お義父さん、お義母さん!!」」
伊吹と瑞希が声を揃えて言った。
「受け入れるの早すぎじゃないですかね!?」
何故周りだけで勝手に進めてしまうのだろうか。翠は突っ込むが、無駄だと感じている。
それでも楽しそうに笑う大事な人達を見れば、微笑ましく思えるのも確かだ。
「俺、兄さんに家に帰った事言うよ。それで、兄さんも帰って来くればお父さんもお母さんも嬉しい?」
「翠、ありがとう。柊も翠と同じように私達が苦しめてしまったの。
時間は掛かるだろうけど、私達も根気よく向き合うつもり」
「翠の気持ちは嬉しい。だが、柊には俺達の事は忘れて自分の事に集中して欲しいんだ。
翠以上に縛り付けていたからな。だから家に帰るように言わなくていい」
母親と父親の意見に翠は黙って頷いた。
家族団欒もそろそろお開きだ。翠は両親とまた会いに来ると約束をして、伊吹と瑞希と共に家に帰った。
帰ってから翠は電話をすると言って自室に一人きりになった。
スマホから、目的の相手の名前を選び、発信をする。数コールで通話が開始した。
「もしもし?」
「もしもし、広夢。久しぶり!」
「翠! 久しぶりだなぁ!」
「電話するのって一年ぶりだよな?」
「それくらいかもね」
「広夢には子供の頃からずっと良くしてもらったよな」
「えっ? 急になんだよ。照れるじゃねぇか」
「たくさん心配かけたし、助けてもらった。俺が悪い事しても味方でいてくれたよな。
ずっと、広夢に恩返しがしたいって思ってた」
「翠がそんな事言うなんてな。何かあったか?」
「俺、両親と和解できたよ」
「マジか!? お前の両親が心を入れ替えたのか!?」
「実は……」
一番の親友に、これまであった事を話す。広夢は頷いたり、驚いたりしながら話を聞いて、自分の事のように喜んでいた。
「広夢にだけは伝えておきたかったんだ。今、伊吹さんと瑞希さんと三人で家族になったよ」
「そっか。俺も月一で店で瑞希さんを指名してるんだけど、最近は幸せそうだから彼氏でも出来たのかな? って思ってたんだ。
そういう事だったんだなぁ」
「え、お前。瑞希さん指名してるの?」
「うん。SMの方で」
「マジかよ?」
「マジだよ」
自分の周囲の人間の多くが瑞希に支配されているように思えてならない。
繋がりが増えるのは悪い事ではないが、複雑な思いだ。
「広夢まで瑞希さんの餌食に……」
「失礼な。なぁ今度飲みに行かね? 翠と飲みに行った事なかったよな」
「うん、久しぶりに会おうか」
広夢が一番の親友だと今なら認められる。相手も同じ気持ちなら誇らしい。
未来への不安や、卒業後の生き方、悩み事は様々あるが、大事な人達と一緒なら、どうにかなるような気がした。
「伊吹さん、これは……?」
「読めば分かるよ」
伊吹が苦笑いをしながら勧めた。翠はその紙を手に取り、全てを読んだ。
そして一年前から起こっていた不思議な事象も、この契約書が原因だったのだと知った。
「去年あたりから生活費が三十万に増えてたのって、伊吹さんですか?」
「ご両親がどれだけ出していたか聞くの忘れててね。それだけあれば大丈夫かなって」
「多過ぎますよ」
「篠さんは、翠の残りの学費も一括で払って下さったんだ」
父親の言葉に、翠は驚いて伊吹を見る。
「学費って? え? なんで伊吹さんがそんな事をする必要が?」
「俺のわがままで、ご両親に翠に近寄らないよう契約書に同意していただいたんだ。
我を通すなら、代償は必要だろ」
「翠君は受け入れられない?」
瑞希は翠に心配そうな顔を向けてきた。受け入れる、受け入れないという答えは今出せるものではない。
「いや、混乱し過ぎて、ちょっと何も考えられないんですけど……」
翠が知らないところで、このような取り決めがなされていたのだ。驚かないわけがない。
善し悪しの判断以前の問題だ。裏で勝手に話を進められて、単純に喜べない。
「今まで黙っててごめんな。翠がこの契約書知ったら、俺の為に動いてしまうと思ったんだ。
その結果、和解の道を閉ざすかもしれないし、納得しないまま実家に帰ってしまうかもしれない。それは避けたかった。
あくまで翠の意思を尊重して、実家に帰りたくなった時にサポートしたいと思った」
「伊吹さん、俺の事考え過ぎです。甘やかし過ぎです。
それでたまに実家に帰らないのか? って聞いてきたんですか?」
にこにことしている母親が翠に優しい声で説明を始めた。
「篠さんね、今年に入ってからは月に一度は私達に会いに来てくださってね、あなたの様子を教えてくれたりしたのよ。私達の話も聞いてくださってね。
私が間違ってたんだって、今ならよく分かる。私はあなたに、完璧を求め過ぎてしまった」
「お母さん……」
父親は母親の言葉に頷きながら話を繋げた。
「翠。これからも、お前を家に縛り付けるつもりはない。柊も出て行ってしまったしな。
父さんも母さんも反省してるんだ」
「は!? 兄さんが!? いつ!?」
柊とは一、二ヶ月に一度のペースで会っているが、家を出たなんて話は一度もしていない。
両親の話を避けていた事が大きな原因だろうが。
「去年の夏頃。ちょうど、篠さんと佐々木さんがこの契約書を持ってやってきた時だな。
縁を切ると言われた」
「そんなの兄さんから聞いてないぞ」
「柊君は口下手だからねぇ。今は僕の職場近くのマンションで一人暮らししてるよ。
僕、たまに遊びに行くし」
瑞希の発言に、翠は更に驚愕した。右隣に座る瑞希は呑気にお茶を啜っていた。
「ちょ、それ初耳なんですけど!」
「だって、僕が勝手に言っていいか分からないしぃ」
「瑞希さん……あなたって人は、どうでもいい情報は流してくる癖に、変なところ律儀ですよね!
兄さんが伊吹さんとヤったとか、そっちの方隠してくださいよ!」
翠は引きつった笑みで瑞希を見る。伊吹と柊が身体の関係を持ったという、一番聞きたくない情報は流しておいて、大事な情報はわざと黙っていたのだ。
瑞希を許せるようになるまで時間がかかるだろう。おそらく一分くらいは経たないと許せない。
翠以上に伊吹が声を荒らげた。
「瑞希っ! なんでそれ翠に話してんだ。言うなって言っただろうが!」
「そだっけ? あははは。二人とも怒った? 面白い顔~」
「つか、翠もご両親の前で何言ってんだよ! 折角友好的な関係を続けられていたのに」
伊吹が怯えるような目で両親に目を向けた。特に母親を。
だが心配は不要だったようだ、何故か母親は笑顔だ。
「篠さん、気になさらないで下さい。翠が楽しそうな様子が見れて嬉しいわ」
「えっ? 結構倫理的に反する事言ってたんですけど……?」
「お父さんと話し合って、そういうの気にしない事にしたのよ。翠がそういう世界に入ったんだって認める事にしたの。
柊も影響されちゃったみたいだけど、見守るわ」
「ちなみに、そういう世界って……?」
翠は恐る恐る母親に問う。翠が何をしているのか、伊吹から情報が伝わっているのだろうが。どういう認識をしているのだろうか、と。
「SMとか、乱交とか、そういう卑猥な感じの」
母親の顔が赤くなる。羞恥心と戦っているようだ。伊吹と出会うまでそれらとは無縁だったので、翠も幾分か母親の気持ちは分かる。
「お母さん、そんなんじゃないから。この二人が普通よりちょっとズレてるだけで。俺はそこまでじゃないし」
伊吹の抗議の声が聞こえて、翠が言い返すと、瑞希が何か余計な一言を言う。
三人の賑やかな姿を、両親は嬉しそうな目で見ていた。
「というわけで翠も帰ってきたし、ご両親とも仲直り出来たし、この契約書は無効です」
伊吹は自分が持っている契約書と、翠の父親が持っている契約書を二枚重ねて、ビリッと破った。
今日初めてその存在を知った翠は無言で見つめていたが、他の者達は皆スッキリしたような笑みを浮かべていた。
(結果的にまとまったし、これでまぁいいのか……?)
「そうだ。皆、お昼はまだでしょ? 良かったら食べていって」
と、母親が立ち上がった。
「お母さん、俺も手伝う」
翠も母親の後について行くと、何故か伊吹も一緒に台所までついてきた。
「伊吹さん?」
「俺も手伝うよ。瑞希は料理出来ないから、お父さんの相手してもらってる」
「そうですか! ありがとうございます」
「気にすんなよ」
「篠さん、私からもお礼を言うわ。ありがとうね」
「いえいえ!」
三人で台所に立ったが、翠はサラダを用意して終わってしまった。殆ど母親と伊吹が作り、翠はダイニングに料理を並べていった。
サラダとかけそば、アイスウーロン茶という組み合わせだ。
「特に予想してたわけじゃないのに、お蕎麦余らしてて良かったわ」
と母親は上機嫌だ。
それから食事をしながら和気あいあいと両親と話す事が出来た。
両親とこんなに楽しく話したのはいつが最後だっただろう。
(中学三年の時までは広夢に協力してもらって一位をキープしてたから、高校入学するまでは割と仲の良い家族だったよな)
だが、それは所詮虚構だった。本当の家族は、子供が自分の思い通りに育っているから楽しく会話をする、というものではないだろう。
今のように何のしがらみもなく、怯える事なく中身のない内容を話せるのが信頼出来る家族というものだ。
今のところ特に瑞希と伊吹と母親の三人が盛り上がっているが……。
「それで、僕達三人で家族になったんで。僕と伊吹も、柳川家の子供みたいに思ってください」
無邪気な笑顔でそう言う瑞希に、母親は楽しそうに笑って頷いた。
「いいのよ。じゃあ伊吹、瑞希、そう呼んでもいいかしら?」
「もちろんです! 俺、両親いないから嬉しいですよ」
名前を呼ばれて一番喜んでいたのは伊吹だ。
「僕もいいですよ。いずれ、僕の家族と顔合わせしましょうか。一応、うちの両親って伊吹の親代わりでもありますし」
瑞希の提案に、翠の両親は少しそわそわと落ち着きがなくなった。
「でも、結婚とかするわけじゃないし。ご迷惑にならないかしら?」
「そうですね。僕の両親に聞いてみてから、日取りを決めましょう」
「じゃあ詳しく決まったら関係者全員で集まりましょう!」
伊吹の言葉に全員が頷く。瑞希の家族がどういう反応をするかは未知なので、全員で会う想像がつかない。
(瑞希さんの家族はこの関係をどう思うんだろう?)
普通の感覚であれば拒絶反応が考えられるが、それでも瑞希の家族だから大丈夫なのかもしれないと納得しそうになった。
「本心から息子が増えて嬉しいと思う。ありがとう。伊吹、瑞希」
「「お義父さん、お義母さん!!」」
伊吹と瑞希が声を揃えて言った。
「受け入れるの早すぎじゃないですかね!?」
何故周りだけで勝手に進めてしまうのだろうか。翠は突っ込むが、無駄だと感じている。
それでも楽しそうに笑う大事な人達を見れば、微笑ましく思えるのも確かだ。
「俺、兄さんに家に帰った事言うよ。それで、兄さんも帰って来くればお父さんもお母さんも嬉しい?」
「翠、ありがとう。柊も翠と同じように私達が苦しめてしまったの。
時間は掛かるだろうけど、私達も根気よく向き合うつもり」
「翠の気持ちは嬉しい。だが、柊には俺達の事は忘れて自分の事に集中して欲しいんだ。
翠以上に縛り付けていたからな。だから家に帰るように言わなくていい」
母親と父親の意見に翠は黙って頷いた。
家族団欒もそろそろお開きだ。翠は両親とまた会いに来ると約束をして、伊吹と瑞希と共に家に帰った。
帰ってから翠は電話をすると言って自室に一人きりになった。
スマホから、目的の相手の名前を選び、発信をする。数コールで通話が開始した。
「もしもし?」
「もしもし、広夢。久しぶり!」
「翠! 久しぶりだなぁ!」
「電話するのって一年ぶりだよな?」
「それくらいかもね」
「広夢には子供の頃からずっと良くしてもらったよな」
「えっ? 急になんだよ。照れるじゃねぇか」
「たくさん心配かけたし、助けてもらった。俺が悪い事しても味方でいてくれたよな。
ずっと、広夢に恩返しがしたいって思ってた」
「翠がそんな事言うなんてな。何かあったか?」
「俺、両親と和解できたよ」
「マジか!? お前の両親が心を入れ替えたのか!?」
「実は……」
一番の親友に、これまであった事を話す。広夢は頷いたり、驚いたりしながら話を聞いて、自分の事のように喜んでいた。
「広夢にだけは伝えておきたかったんだ。今、伊吹さんと瑞希さんと三人で家族になったよ」
「そっか。俺も月一で店で瑞希さんを指名してるんだけど、最近は幸せそうだから彼氏でも出来たのかな? って思ってたんだ。
そういう事だったんだなぁ」
「え、お前。瑞希さん指名してるの?」
「うん。SMの方で」
「マジかよ?」
「マジだよ」
自分の周囲の人間の多くが瑞希に支配されているように思えてならない。
繋がりが増えるのは悪い事ではないが、複雑な思いだ。
「広夢まで瑞希さんの餌食に……」
「失礼な。なぁ今度飲みに行かね? 翠と飲みに行った事なかったよな」
「うん、久しぶりに会おうか」
広夢が一番の親友だと今なら認められる。相手も同じ気持ちなら誇らしい。
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