乱交パーティー出禁の男

眠りん

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四章

二十話 おかえり

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 ザワザワとした気持ちを抱えたままの四日間は、落ち着かないからかバイトで些細なミスを連発した。
 店長にプライベートでストレスがあるとミスをするのだから、個人的な悩みは家に置いていけと言われるが、翠には難しい。
 その後佐藤や渡邉に慰められるのが通例だ。
 飲みに誘われたが、そんな気分にもなれず、伊吹も帰りが早い事もあったので断った。


 そして日曜日。翠は、以前瑞希に連れて行かれた緊縛ショーの開催場所に赴いた。
 日曜日に気合を入れて行く場所が、ここ以外に分からなかった。
 入口から少し離れた場所で瑞希を待つ。緊縛ショーは十時からだ。瑞希の事だから一時間は早く到着するだろうと思い、八時五十分には待ち始めた。

 完全に勘のみの判断だ。間違いだった場合は、デリヘル店に予約するしか方法はないだろう。
 不安から落ち着きなく貧乏揺すりをしながら待っていたが、読みは当たっていたらしい。

 待ち始めてから十分程して、求めていた瑞希の姿が遠くに見えた。翠はゆっくりと瑞希の元へ歩いていく。
 お互いの顔がはっきりと見える距離になると、瑞希が翠に気付いた。

「あれっ、翠君?」

「瑞希さん!」

 翠は瑞希に駆け寄って、抱き締めた。この身体に触れるのはいつぶりだろうか。前よりも身体が細くなった。このまま抱き潰してしまいそうに思い、力を弱める。

(どうして俺の事をあんなに考えてくれた人を邪険にしてしまったんだろう。こんなに痩せ細って。
 俺がこの人をここまで追い詰めたのか……)

 驚いているのか、瑞希はされるがままだ。恐る恐るといった様子で疑問を口に出した。

「あ、あの……す、翠君? なんでここに……あっ、そういえば何日か前にSMデリヘルの方で、翠君から連絡あって断ったって言ってたっけ」

「そうです。あなたって人は、どうしてっ! 大事な事は何も言わずにいるんです!? 俺にはどうでもいい事ばっかり言ってきて。
 バカなんですか? 伊吹さんと同じくらいバカなんじゃないですかね!? そういう優しさは言わないと伝わらないんですよ!?
 俺、凄い悪者じゃないですか!!」

 瑞希が腕を上げて翠の頭を撫でてきた。笑っているのか、鼻息が抜ける音が聞こえる。やれやれと、呆れた様子だ。

「よしよし。何があったか知らないけど。伊吹は?」

「二人で話したかったので置いてきました。伊吹さんに瑞希さんに会う事は話してません」

「そっか。じゃあとりあえず緊縛ショー見て、元気だしたらお話しよ」

「俺は緊縛ショー見ても元気出ませんよっ!」

「あははははっ」

 瑞希は一年前と変わらない、楽しそうな笑い声をあげていた。 
 二人で見る緊縛ショーはそこそこ楽しめた。


 その後適当に昼ご飯を食べた後、二人で近くのラブホに入った。男性同士で入れるホテルだ。

「で、何があったの?」

 と、ソファーに並んで座ると、瑞希が切り出した。

「知ったんです。伊吹さんと瑞希さん、俺の家族に会ったんですよね? 瑞希さんが俺を守ってくれたって聞きました」

「んー。会った理由は聞いてる? 詳しい内容とか」

「いえ」

「それを今後も聞かないって事は出来るかな?」 

「俺の為だって事はさすがに分かりますよ。両親と和解させようとしてるって事もなんとなく分かります。
 でも、もう詳しく問いただす事はしません」

「和解させようってわけじゃないんだけどね。
 まぁ、とある事がきっかけで会う事になっんだよ。それで、伊吹は翠君の両親に虐待の事を全く責めずに終わらせようとするから、僕がついつい思ってる事言っちゃったんだよね。
 翠君の為ってよりは、胸のモヤモヤどうにかしたい僕の為。だから、翠君は何も気に病む事はないよ」

「それでも。ありがとうございます。それで兄さんも改心したのかな?」

「いや、柊君はその時にはもう翠君に謝りたいって言ってたよ。柊君ってさぁ可愛いよね!」

「かわ……いい?」

「うん。お尻の穴で感じてアンアン言うのかーわいい。僕も抱きたいなぁって思ったよ。あはは」

 瑞希は笑い事のように話しているが、初耳かつ自分の兄の痴態の話だ。翠が笑える筈がない。

「なんで兄さんが? え? 何が起きたんです?」

「え? 柊君が伊吹にお尻におちんちん入れてぇって、可愛くおねだりしてきたんだよ」

「なんでそんな事に!?」

 今聞いている話は本当にあった事なのか、本気で疑った。でなければ、恋人が自分の兄と体の関係を持ったという事になるではないか。
 ショックが大きい。今後、柊をどんな目で見ていいか分からなくなりそうだ。

「伊吹の責任八割ってところだったから、その時一回だけって約束でね。
 あれ、これって言っていい話だったんだっけ?」

「そうだったんですか……」

「そういうのあんまり聞きたくないタイプだった?」

「えぇまぁ。兄の性事情も、伊吹さんの浮気も聞きたくなかったです」

「またまたぁ。伊吹はずっと乱パやってて、色んな人とセックスしてるんだよ? 今更浮気って思う?」

「それを言われると何も言い返せません。でも凄く気分悪いです」

「翠君って意外と心狭かったんだねぇ?」

「ちょっと! また瑞希さんの事嫌いになりますよ!?」

「あははは。嫌いになりたかったら、なってみれば?」

 瑞希は以前よりも更に意地悪そうな笑みを向けてきた。Sとして更にパワーアップしているようで、少し恐怖を覚えた。

「柊君ねぇ、今は僕が良い風俗店紹介したから浮気とかは心配いらないよ」

「もう浮気の心配はしてないんで大丈夫です。身内のそういう場面って想像したくないものですよ、瑞希さんは分からないかもしれないですが」

「分かるよ。僕も弟の性事情知りたくないし」

「弟がいるんですか?」

「うん。すっごく可愛いの」

 ずっと一人っ子か末っ子だと思っていた。だから我儘で奔放なんだと、勝手に偏見の目で見ていた。

「へぇ。瑞希さん、面倒見良いですし、慕われてるんでしょうね」

「うん。僕の事慕ってくれてるよ。
 良いお兄ちゃんにはなれなかったけどね。弟の事、ずっと無視してその挙句家出して一切連絡取らなかったし。
 でも前に伊吹と僕の実家に一緒に帰ったんだ。去年の梅雨明けだったかな。
 ほら、伊吹が入院して、僕が拉致った時」

「ありましたね」

「その時に、両親や弟と和解して、今は弟の学校行事とか行ったりしてるんだ」

「へぇ!」

「弟の話は今いいよ。本題に入ろうか。翠君はどうして僕に会いに来たの?」

 急に本題に入られて、心の準備をしていなかった翠は、ドキリとした。
 座り直し、背筋を伸ばしてから瑞希に向き合った。

「謝りにきました。俺にあんなに良くしてくれて……あ、いや、酷い事もされましたけど。見下されたり、バカにされたり、笑われたり……」

「良くしたって言わないよね?」

「いえ、SMも真剣に教えてくれましたし、俺が本気で嫌がる事はしなかったですし、伊吹さんが俺に話さない事とか教えてくれたり、伊吹さんの適当な説明を分かりやすく教えてくれたり……。
 良くしてもらった事が多いのも確かです」

「僕、翠君に対してはかなり激甘だったもん~」

「それに加えて俺の両親に怒ってくれて……、感謝してます。俺は、もう瑞希さんを邪魔だなんて思いません。
 だから……伊吹さんの元に戻ってきてくれませんか?」

「えっ? なんで? 伊吹の気持ちは無視するの? 必死に悩んで君だけを選んだんだよ。
 伊吹を裏切るつもり?」

 瑞希の目は真剣だ。SMを教えている時のような、師匠としての品格を出している。
 この厳しさが、以前は苦手だった。

「違います! あの時の俺が伊吹さんを裏切ってたんだ。ワガママ言って、伊吹さんより自分の事ばっか優先させて。
 今だって、伊吹さんは瑞希さんの事ちゃんと想ってます。寝てると瑞希ぃ瑞希ぃって唸ってますし!」

「えっそうなの? 伊吹……。そんな事聞かされたら会いたくなっちゃうじゃん」

「だから会ってくださいよ。それに、伊吹さんは、今も瑞希さんの事考えて行動してるんですよ」

「僕の事? え……何? 何しようとしてるの?」

「内緒です。しばらくしたら分かるんですから。俺が秘密にされて寂しかった気持ち、共有してください」

「分かった、楽しみにしてる! こうしちゃいられない! 今すぐ伊吹に会いに行ってもいいかな?」

「はい! 今日は伊吹さん仕事が落ち着いたからって、休んでますし。家で待ってるよう伝えますね」

 翠は瑞希の事は伏せて伊吹に電話をかけると、すぐに瑞希と一緒にマンションへと帰った。
 帰る時間が惜しくてタクシーに乗った。

「あれから引っ越して、俺と伊吹さんで二人暮らししてるんですよ」

「へぇ! 伊吹ちゃんと家に住んでるんだね」

「マンションなんですけど、ラブピーチから徒歩十分程度なんです。瑞希さんも一緒に住みませんか?
 ずっとホームレスしてますよね? 住む家ないと不便でしょ?」

「ホームレスって言い方がなんだかなぁ。でも、僕いたら邪魔だと思うけどなぁ。それに狭くなるでしょ?」

「一部屋余ってるんで。今は伊吹さんとのSMルームにしてますけど。瑞希さんも一緒に住むなら部屋空けますよ」

「え、僕の為に一部屋多い場所選んだの?」

「たまたまです」

 SMルームとして使う為であって、瑞希を意識して3LDKを選んだわけではないが、こんな日が来る予感めいたものを感じていたのかもしれない。

(部屋の内見に行った時、三人で付き合っていたら瑞希さんも住めるなって思った事は、言わないでおこう)

「だよね。翠君は伊吹の事しか考えられないだろうし。伊吹の監禁部屋にでもするつもりだったのかなぁ?」

「違います! 分かりました、正直に言います。いずれ瑞希さん連れ戻した時に住めるようにです!」

(前言撤回。瑞希さんに変な誤解される可能性あるから、正直に言うようにしないと……)

「翠君って優しいね」

「そ、そんな事、初めて言われましたよ」

「そう? 僕は前から知ってたよ」

 タクシーから降りると、当然のように、翠の腕に瑞希が寄り添った。それを拒む事無く、まるで恋人同士であるかのように、二人で部屋まで向かった。

 鍵を開けて中に入る。

「ただいま」

「お、お邪魔します」

「おかえりー! 来客? 俺、外で出ようか?」

 そんな事を言いながら、伊吹がパタパタと奥の部屋から玄関に走ってきた。近付くにつれ、瑞希の存在に気付いたようだ。
 最初は信じられない、というような顔をしていたが、伊吹は瑞希を見るなり目に涙を溜めた。

「み……瑞希? 本物?」

「伊吹、久しぶり。元気そうで良かったよ」

 間髪入れずに、伊吹は勢いよく瑞希に抱きついた。

「瑞希……瑞希! 瑞希! あぁ、瑞希だ。瑞希がここにいる! 瑞希、会いたかった。ずっと、ずっと会いたかったよ。
 瑞希がいなきゃ俺……」

「伊吹、そんな事言ったら、翠君拗ねちゃうよ」

 伊吹が不安そうな目で翠を見つめてきた。翠は伊吹に優しく微笑み、瑞希にも同じ顔を向けた。

「拗ねませんよ。もう伊吹さんの……愛する人の大事なものを奪うような真似はしません」

「翠、ありがとう。おかえり、瑞希」

「瑞希さん、おかえりなさい」

「……ただいまっ!」

 伊吹と瑞希は抱き合った。その上から翠が二人を抱き締める。
 しばらくの間、その体勢から動けなかった。
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