乱交パーティー出禁の男

眠りん

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四章

十三話 あっけない決着

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 翠が旅行から帰ってきて数日。伊吹からの連絡はまだない。
 こちらから連絡しようとも思ったが、「当分会わない」と言われている。
 例えメールだけだとしても、伊吹と少しでも繋がれば会いたくなるのは避けられない為、耐える事にした。
 伊吹の怒りが静まれば連絡が来るだろうと考えたのだ。

 過去のラインのやり取りを眺めたり、隠し撮りした伊吹の写真を眺めては、涙が浮かぶ。
 だが、感傷的な気持ちに浸る間もなく、サークルメンバーからラインが来たり、佐藤から電話が来る。
 そのお陰か、精神的には安定していた。


 数日ぶりの瑞希とのSM指導は、瑞希の奴隷だという佐竹の家を借りることになった。
 いつもは夕方だが、佐竹の都合で午前中でないと難しいので朝九時に駅で瑞希と待ち合わせた。

 バスを利用し、歩いて十分程して大きな邸宅が見えてきた。
 瑞希が足を止めて指をさした。

「この家だよ」

 邸宅は大家族でも住んでいるのかと思う程大きく、かなりの資産家だという事が分かる。
 屋根も外壁も白い豪邸だ。どうやって維持しているのか、外面の汚れはほとんど見当たらない。
 庭は小さめだが、花壇が綺麗に並べられており、ウッドテーブルの周りにウッドチェストが二つ並んでいる。

 翠と瑞希は門の前に立ち、チャイムを鳴らすとすぐに建物から男が現れ、門を開いた。
 四十~五十代くらいの、スーツ姿の男だ。

「やぁ、瑞希君に翠君!」

「佐竹さん、今日はありがとうございます!」

「お世話になります」

 瑞希がにっこりと手を振るが、佐竹の事をあまり知らない翠には、そのような気軽な対応は出来ず、頭を下げる。
 乱交パーティーの最終日、伊吹を労いに行った時に佐竹も一緒にいた事は覚えているが、正直、SMショーで何回か見た事あるかな? 程度の認識だ。

「瑞希君の為ならなんでもしますから、奴隷と思って気軽に私の家くらい使って下さい。って、奴隷なんですけどね。ははは」

「あはははっ、そうですよ、何言ってんですかぁ」

 佐竹と瑞希のテンションについていけない。仕方ないので大人しく二人について行く。

「この家に一人暮らしなんですか?」

 家の中に入ると、誰かが生活しているような様子はない。
 翠が問うと、佐竹は瑞希相手にする時とは違った態度で返す。

「瑞希君と過ごす為の別荘だからね。自宅は別にあるんだ」

 丁寧な物言いは変わらないが、瑞希には敬語で、翠は普通の喋り方だ。

「妻子持ちだからね、この人。そういうところクズいんだよねぇ」

「瑞希君、それは言わないで下さい」

「え、それって不倫じゃ……?」

 翠は少しばかり不快感を露わにした。

「不倫は不倫だろうけどね。自分がドMなの奥さんには絶対言えないんだってさ。
 僕はこの人の性的欲求を満たすための道具にされてるってところ」

「そ、そんな事ありません。瑞希君を利用してるつもりなんて……」

「まぁ、今日は佐竹さんにサービスする日じゃないしらこれ以上はいじめないようにしなきゃ。
 じゃ、佐竹さん。地下室借りますね」

 地下へと降りる階段があり、翠は瑞希と二人で降りていった。

「ここで佐竹さんとプレイしてるんですか?」

「うん。あの人とプレイすると十時間くらい拘束されるからね」

「じゅっ、十時間!? 奥さんによくバレませんね?」

「あれでも普段から忙しくしてる人だからね。好き勝手出来るんだよ。ほんとクズ」

「ちょっ、聞かれますよ……」

「大丈夫。聞いてたらそれはそれで喜ぶ奴だから。精神的な責めが基本でさぁ、言葉責めの台詞考えるの大変だし。
 褒めて欲しいくらいだよ」

「楽しくやってるだけだと思ってました」

「仕事じゃ僕の好きなプレイはあんまり出来ないんだ。だから乱パは僕の癒しだったんだけどね」

「残念ですね」

 地下室に降りると、様々なSM器具や拷問器具があった。三角木馬や拘束器具、棚にも大人の玩具が数多く揃えられている。
 部屋はアパートのワンルーム程の広さで、どこにでもあるようなベージュのフローリングの床に白い壁だ。

 翠が部屋を見回すと、部屋の隅に圧倒的な存在感を放つ鉄の塊が視界に入り、ギョッとした。
 高さは翠の身長と変わらず、円錐に近い形をしており、頂点は無表情の人の顔が張り付いている。

「……なんで鉄の処女アイアンメイデンあるんですか」

「飾りだよ。実際に拷問に使えないのが残念」

「それでも怖いですね」

 隅に荷物を置くと、翠はすぐに麻縄を用意した。準備が終わる頃瑞希が翠に向かい合うように立つ。
 瑞希は真面目な目付きになっており、翠の心も引き締まる。

「じゃあ、始めるよ。今日は最初の三十分で先週までの復習。その後に吊りのやり方を教えるね」

「はい!」

 ひとたび指導が始まれば、瑞希は師匠だ。彼からの教えを全て余すことなく身体に覚えさせる気持ちで臨んだ。


 SM指導が終わった後、佐竹は用事が控えていると言うので、すぐに豪邸から出る事となった。
 佐竹は瑞希の身体に残った縄や鞭の跡を見て、何故か泣きながら縋り付いていた。

「あぁ! 私のご主人様のお身体に、そのような傷跡が……!」

「二日もすれば消えるから大丈夫ですよ」

「そんな、あなたはご主人様なんですよ。傷なんて残してはご主人様としての……」

「それ以上騒いだら次、一日中放置プレイしますね」

「はぁはぁ、それはそれで……イイかも」

「今日はありがとうございました。また明後日借りますね」

 瑞希はわざとだろうが面倒そうに佐竹をあしらうと、翠の腕を引っ張ってその場から去った。翠は心配そうに振り返ったが、佐竹は嬉しそうに空を仰いでいた。

「佐竹さん、放置して大丈夫ですか?」

「いいのいいの。ああいう人だから気にしないで。それよりお昼一緒に食べようか?」

 佐竹から大分離れてから瑞希の手が翠から離れる。翠は瑞希の隣を歩く。

「あ、はいっ」

「あ、佐竹さんの前だから大人しくしてただろうけど、僕の前でなら素出していいからね。僕も君の友達の広夢君と同じで、翠君の素は好きだよ」

「前に嫌いって言ってたのに」

「嘘だよ嘘。そう言った方が翠君に負担かけないかなって。でも、僕が翠君を嫌いじゃないの分かってたでしょ?」

「いえ、最近瑞希さんの発言が嘘っぽいって気付いただけで、前は嫌われてると思ってました」

「あはは。だって翠君が僕の事嫌いなんだもん。僕だけが仲良くしたいって思ってるの癪だしね。
 嘘ついた、ごめんね」

「いえ。俺が悪かったんです。本当、すみませんでした」

 バスで駅まで戻り、瑞希とどこに行こうかと相談しながらファストフード店に入った。
 翠は簡単に出されるバーガー、ポテト、ドリンクが載ったトレーを持ってテーブルで、瑞希と向かい合って食べる。瑞希はサラダとドリンクのみだ。

「なんか翠君とデートしてるみたいだねぇ」

「冗談言わないでください。でも、俺思うんですけど、デートはやっぱり伊吹さんと俺、もしくは瑞希さんって感じで、二人が良くないですか?
 伊吹さんには負担かけますけど、お互い交互に伊吹さんとデートする日を作るとか」

「いやその必要はないかな」

「え?」

「僕、伊吹と別れる事になったからさぁ」

 突然の言葉に、ハンバーガーを食べようとする手が止まる。

(わかれる? 分かれる……? 別れる!? いや、まさか別れるなんて、聞き間違いじゃ?)

「本当の話だよ。昨日伊吹から呼び出されてね、僕仕事前で忙しいってのにさ。伊吹の為に、空いてる時間にわざわざ出向いてあげたんだ。
 それなのに伊吹ったら酷いよねぇ」

「なんで別れるって話になったんです?」 

「伊吹、真剣に君の事考えたんだよ。僕の事も……。それで答えを出したんだ。だから、近い内に伊吹から連絡来ると思う。
 僕、さすがにもうラブピーチに行ったり、SMショーに参加したりは出来ないや。
 翠君、僕の分も幸せになってね」

「本気ですか?」

「うん、そうだよ。
 二人きりなら毎週のショーは難しいだろうから、実質なくなると思う。ショーの為のSMは教える必要ないかな。だから今月までで終わりね。
 翠君も他にバイトとか探した方がいいんじゃない?」

「そんな。俺不安ですよ」

「伊吹と相談し合って、分からない事は伊吹に聞いてね」

 そう言う瑞希は深刻そうには見えない。モグモグとサラダを食べながら、ニコニコと呑気そうだ。
 だが、それは強がりだと知っている。瑞希は辛い時、人に弱味を見せたがらない。楽しそうにしている時は参っている時だと伊吹が言っていた。

「瑞希さん、俺が悪かったです。もうワガママ言いませんから、伊吹さんと話し合いませんか?」

「いい。僕も気持ちの整理つかないし。翠君、僕に遠慮しちゃダメだよ。もし次同じ事言うようなら、僕は本気で伊吹を僕のものにする。
 僕だけは伊吹の気持ちを無視した命令が出来るの知ってるでしょ? それをしない理由を察して欲しいな」

「わ……分かりました」

 そこまで言われたら、瑞希の意思を無視する事は出来ない。
 それに、これで自分の望み通り伊吹が自分だけのものになるのだ。何を焦る必要がある?

 所詮恋愛は戦いだ。ライバルがいるなら蹴落とさなければ手にする事は出来ない。瑞希は自分から土俵から降りてくれたのだ。
 それを引き止める必要は無い。

 話が終わると、翠は食事を始めた。既に瑞希は食べ終わっており、スマホを眺めている。

「瑞希さん、これから予定でもあるんですか?」

「うん。仕事」

「忙しそうですね」

「まぁね。売れっ子だから……っていうより、今しか稼げないから、なるべく働きたいの」

「今しか?」

「うん。こういう商売は若い内しか稼げないよ。老けていけば需要はなくなる。
 運がいい事に僕は童顔だからね、若く見られる内は続けるけど。
 干される前に目標金額まで貯金して、どこかでひっそり暮らそうかなって」

 二歳年上だが、考えがまるで近しい人達と違う。サークル内でも将来やりたい事が見つからないという者はいたが、瑞希の場合、人生を諦めているような、そんな風に見える。

「他にやりたい事とか……」

「昔はあったよ。伊吹に壊されたけど。別にもうどうでもいいや」

「何がしたかったんですか? 今からでも……」

 その瞬間、瑞希の表情が無になった。いつもの強がるような笑顔は一切ない。
 虚無という単語が合うだろうか。感情の一切ない昏い目がジッと翠を見返している。

「僕は君と似てるって思う事がたくさんあったけど、たった一つだけ完全に一致してるなって思う事があるんだ。僕の人生ね、伊吹がいなきゃ成り立たないの。翠君も同じでしょ。

 昔は勉強とか頑張ってたよ、児童福祉司になろうって思ってたの。伊吹みたいに虐待を受けてる子を助けたいと思った。それが伊吹の為になるとも考えた。
 でも中学の時に伊吹に裏切られてさ、守る気がなくなって、勉強する必要がなくなったの。

 それからずっとSMとか乱パとかしてきて、性技ばっかり身につけてさ、それで後悔はしなかったよ。伊吹に頼ってもらえたし、伊吹に満足してもらえた。伊吹が喜んでくれて嬉しかった。
 でも伊吹に振られて、何もかも無くなったよ。全部……全部無駄だった。
 だからね、僕に未来とか、将来の夢とか、聞かないでくれる? 何も無いから」

 瑞希がクスクスと笑い始めた。いつもと同じように、楽しそうに。
 無と陽の差に、翠は恐怖が拭えない。そう、同じなのだ。翠も伊吹がいなくなれば何もなくなる。想像したくもない。

「すみません……でした」

「あはは、いいのいいの。翠君悪くないでしょ。何怖い顔してるの?」

 瑞希は食べ終わると満足そうに「ごちそうさま~」と言い、

「じゃあ僕仕事行くね。じゃあ、またね」

「はい」

 一人残された翠は、今の瑞希の顔や言葉が頭から離れず、なかなか食事を進めることが出来なくなった。
 飲み物を飲もうとしても、上手く喉を通らない。結局残した分は持ち帰る事にした。
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