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四章
十二話 サークル
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「へぇ。それで柊君とお話してて遅刻しそうなんだ?」
翠が慌てて電話をして事情を説明すると、瑞希は普通に「柊君」と呼んだ。知り合いになっている事を隠す素振りはないようだ。
特に怒っている様子もないが、電話口では分からない。
「はい。すみません。それに、俺、ラブピーチに行きづらくて……」
「伊吹と喧嘩したんでしょ? 詳しくは聞いてないんだけど。僕のせいかな?」
「いえ。俺が全面的に悪かったと言いますか。感情的になってしまって、抑えられなくて……伊吹さんを殺しかけてしまったんです。
隠し事してるの、許せなくて、死ぬか話すか選べって……」
瑞希の返事がない。怒っているのだろうか、何故事実を述べてしまったのか、一瞬後悔しそうになった。
だが、次に発せられた瑞希の言葉は、翠の想像外のものだった。
「怒らないで聞いてね。翠君のそれはDVだよ。相手が自分の思い通りにならないからって、暴力を振るっていいものじゃないのは分かってるよね?
前に、伊吹が救急搬送された時さ。僕は伊吹が自分から誘って、翠君に傷口を痛めつけるプレイさせたんだと思ってたけど、翠君から始めたって聞いた。
それって、僕が翠君を挑発したからかな? ストレスをぶつけるには伊吹はちょうどいい存在だよね。だって、伊吹は優しいから全部受け入れてくれるもんね?」
「俺が、子供の癇癪みたいなものを伊吹さんにぶつけたって言いたいんですか?」
「うん、そうだよ。無自覚だろうけど、君は、暴力を振るえば相手が屈すると思ってやってるんだ。
虐待とか受けた人って、自分が暴力に屈した事があるとね、学習するんだよ。
人は苦痛に耐えられないから、逃れる為に相手の要求を飲んでしまうって。
でも伊吹って何されても屈しないでしょ。だから言う事を聞かせる為に暴力がエスカレートしたんじゃないの?」
「そうかも……しれません。それにDVだとしたら、今後感情的にならなければいいんですよね」
「簡単に言える話じゃないよ。暴力を振るってしまう事で悩んでる人は多い。本人の意思とは無関係にしてしまう。
伊吹は暴力振るわれて喜んじゃうから気付かなかっただろうけど、はっきり言って君のソレは異常だよ。
ねぇ、翠君は勘違いSって知ってる?」
「いえ?」
「相手がMだから何をしてもいいって勘違いしてるSの事。初心者に割と多いんだよね。ただ痛めつければ良い、嫌がる事すれば相手が喜ぶだろうって思ってるバカ。
でも君はそのバカ以下だよ」
言い方は厳しいが、瑞希の真面目な声に翠は気付けば背筋を伸ばしていた。確かに瑞希は翠の為に真剣に助言をしている。
嫌われ慣れている翠だからこそ分かる。本気で嫌っている相手には、皆無視をするものだ。
(俺の事、嫌いって言ってた癖に。本当に嫌いならこんな親身になるわけがない。
俺が、間違っていたのか……?)
「俺はどうすればいいですか?」
「自覚出来たなら、次は伊吹の前で暴力を振るわない意識をして。今後、伊吹に一度でも暴力を振るったら、心療内科の受診か、DV加害者更生プログラムを受ける事を勧めるよ」
「分かりました」
「伊吹はドMになると頭おかしいけど、普段はまぁ割と真面目な方だし、伊吹にも相談してみるといいかもね。
にしても、伊吹が首絞められたくらいで怒るかな? ルール違反には厳しいけど、翠君からされた事なら喜びそうなのに」
「あの、伊吹さんが怒ったのはそこじゃないっていうか……」
「うん?」
「その後、伊吹さんがなんでも一つ願いを叶えてくれるって言うんで」
「それで?」
「瑞希さんを拉致して来て下さいって頼みました。今までされた分の仕返しするから、伊吹さんも共犯になって下さいって」
「あはは、なにそれ。あはははは」
瑞希は爆笑した。普通そんな事を聞いたら怒るか恐怖するかだろうが、瑞希は楽しそうだ。
「ちょ、笑わないで下さいよ」
「あーおっかしい。僕を傷付けたいなら君一人でやりなよ。そりゃあ伊吹も怒るでしょ」
「なんで怒ったんですかね? 嫌なら断ればいいだけじゃないですか」
「そんな事頼まれたこと自体が嫌だったんでしょ。僕もそれだけ伊吹に大事にされてるって事なんだろうけど。
時が経てば許してくれるよ。心配しなくていい。それか、翠君が僕と仲良くしてるところを伊吹にでも見せる?
喜んですぐに許すと思うよ」
確かに、瑞希の言う通りだ。二人で仲良さげにして伊吹に会えば、すぐに機嫌が戻りそうな気はする。だが──。
「いえ。俺、瑞希さんに納得しきれてない部分がまだあるので」
「そっか。分かったよ」
「でも、一昨日程嫌いじゃないです。一昨日は俺が悪かったです。すみませんでした」
「ううん。僕も悪かったよ。じゃあ今日はお休みしよっか。
伊吹の気持ちの整理の事を考えたら……う~ん。まぁ一ヶ月くらいかなぁ、それまで僕の奴隷の誰かに部屋提供してもらうから、そこでSM指導するねぇ」
「はい。あと、明後日から大学のサークルの関係で一泊二日、旅行に行ってきます」
「……え? 翠君が?」
瑞希が信じられないという声で聞いてきた。部長と同じ反応だ。
「俺がサークル活動に参加するの、そんなに変ですか?」
「変だよ~。だって、伊吹の為に生きて、伊吹の為に行動して、伊吹の為に嫌な事も出来る翠君でしょ?」
「それは言い過ぎでは……?」
「言い過ぎじゃないでしょ。自分の行動省みてよ。気持ち悪いくらいに伊吹中心に動いてるからね、君」
「そ、そうですか? そこは善処するようにします。兄にも見聞を広げろと言われましたし」
「そうだよ。自分の事もちゃんと考えてね。
じゃ、僕空き時間出来たから遊びに行ってくる! ばいばい」
瑞希との通話は終了した。
(瑞希さんの事、少し勘違いしてたのかもしれない)
もう伊吹から瑞希を引き離さなくても良いように思えてくる。寧ろ、瑞希がいた方が安心だ。嫉妬心は別だが。
それに三人でいるのに慣れた。急に瑞希がいなくなったら寂しく思うだろう。
それだけ瑞希への不快感はなくなっていた。
翠は再び外へと向かった。
(少し伊吹さんから離れてみて、広い視野を持とう)
自分の頭も冷えるまでは伊吹とは連絡を断ち、サークル活動にでも目を向けよう。そう、準備に街へと繰り出した。
二日後。サークルメンバー十名と海の町へと出掛けた。
部長以外で話した事があるのは、佐藤だ。
一歳年上の先輩で、以前、前期の期末試験が終わった後の飲み会で、伊吹が佐藤に絡んで「翠と遊んでやって」等と恥ずかしい事を言ってから、佐藤は何かと翠を気にかけてくれる。
「まさか柳川君が来てくれるなんて思ってなかったよ」
「欠員が出たとかで……」
「篠君いないから参加しないと思ってた」
佐藤はニコニコとそう言った。あの飲み会で、翠が伊吹と付き合っている事が知れ渡ってしまったのだ。
それを前提で話してくるから、恥ずかしくなってくる。
「俺、伊吹さんいないと何も出来ないみたいじゃないですか」
「何も出来ないんじゃなくて、何もしないでしょ。だからビックリしてるの。
来てくれて嬉しいよ」
翠も初っ端からニコニコして対応する。疲れる演技だ。
これが参加したくない理由でもある。伊吹の為ならどんなに疲れても演技を続けようと思えるが、いないところで演技したところで意味は無いし。
だからといって素を見せると嫌われるのだ。顔の筋肉が引き攣る。
「緊張してる? 気ぃ抜いて。楽しもうな!」
人に慣れていない為、海でもどこでも佐藤の後について行った。
そのせいで、周りから「篠君の次は佐藤君狙ってるの?」とからかわれた。
怒った翠は、
「俺は伊吹さん以外興味ないんで!」
と不快な顔を隠さずに言ったら、周りが笑った。皆は冗談を言っていたらしい。それを本気にして怒った翠が面白いと、楽しそうだ。
(あれ、俺、今素を出したのに……?)
それから少しずつサークル内で素を見せるようになった。
「柳川君、こっち手伝って~」
二年上の女性の先輩が翠を呼んだ。任されていた作業が一段落ついて気を抜いていたので、少し不快な気分になった。
ゲイだと知られてから、遠巻きに見てくる者もいるが、今のようにフレンドリーに接してくる女性もいる。
「後輩だからってコキ使わないでくださいよ」
「あはは。後輩なんだから当然でしょ」
「そもそも、二年歳が離れてるだけなのに、年上だからってなんで偉そうなんですかね?」
「それ私に言う? 罰として、皆の二倍仕事してよね」
と、先輩は意地悪そうな笑みを向けてくる。
(はぁ!? たった二歳年上の癖して……あ。ここだ。これ以上は駄目なんだ)
思った事をそのまま口に出そうとしていた自分に気付いた。
これ以上素を出すのは良くないと、演技に切り替える。
「冗談です。俺に出来る事は何でもしますよ」
「ふふっ。柳川君に全部押し付けたりなんてしないから、安心してね。
翠君ってイケメンだよねぇ。あーゲイじゃなかったらなぁ」
「ははっ。ゲイなんじゃなくて、伊吹さん一筋なだけです~」
「じゃあ狙っていい?」
「伊吹さん以外は興味ないです」
「あははは。真に受けちゃってかーわい」
翠はそれからも素を出したり、出し過ぎないように演技に切り替えたりを繰り返した。
周りを見ると、皆こうして上手くやってるんだと気付く。今まで自分の性格が悪いから友達が出来ないのだと思っていた。
それは違った。皆良い部分も悪い部分もあって、なるべく悪い部分は出さないよう意識をしているのだ。他人と合わせる努力をしている。
その事に気付けてから、翠は自分からもサークルメンバーに声をかけられるようにもなった。
翠は容姿が悪いわけではない。接しやすさが加われば十分イケメンの部類に入る。
伊吹や瑞希がよく「可愛い」と言ってくるが、それは年下だからだろう。
サークルの旅行は意外にも楽しく過ごせた。その代わり、帰ってから疲れが一気に放出して、一日引き篭る羽目になったが。
サークルメンバーとはその後、時折ラインでもやり取りをするようになった。
翠が慌てて電話をして事情を説明すると、瑞希は普通に「柊君」と呼んだ。知り合いになっている事を隠す素振りはないようだ。
特に怒っている様子もないが、電話口では分からない。
「はい。すみません。それに、俺、ラブピーチに行きづらくて……」
「伊吹と喧嘩したんでしょ? 詳しくは聞いてないんだけど。僕のせいかな?」
「いえ。俺が全面的に悪かったと言いますか。感情的になってしまって、抑えられなくて……伊吹さんを殺しかけてしまったんです。
隠し事してるの、許せなくて、死ぬか話すか選べって……」
瑞希の返事がない。怒っているのだろうか、何故事実を述べてしまったのか、一瞬後悔しそうになった。
だが、次に発せられた瑞希の言葉は、翠の想像外のものだった。
「怒らないで聞いてね。翠君のそれはDVだよ。相手が自分の思い通りにならないからって、暴力を振るっていいものじゃないのは分かってるよね?
前に、伊吹が救急搬送された時さ。僕は伊吹が自分から誘って、翠君に傷口を痛めつけるプレイさせたんだと思ってたけど、翠君から始めたって聞いた。
それって、僕が翠君を挑発したからかな? ストレスをぶつけるには伊吹はちょうどいい存在だよね。だって、伊吹は優しいから全部受け入れてくれるもんね?」
「俺が、子供の癇癪みたいなものを伊吹さんにぶつけたって言いたいんですか?」
「うん、そうだよ。無自覚だろうけど、君は、暴力を振るえば相手が屈すると思ってやってるんだ。
虐待とか受けた人って、自分が暴力に屈した事があるとね、学習するんだよ。
人は苦痛に耐えられないから、逃れる為に相手の要求を飲んでしまうって。
でも伊吹って何されても屈しないでしょ。だから言う事を聞かせる為に暴力がエスカレートしたんじゃないの?」
「そうかも……しれません。それにDVだとしたら、今後感情的にならなければいいんですよね」
「簡単に言える話じゃないよ。暴力を振るってしまう事で悩んでる人は多い。本人の意思とは無関係にしてしまう。
伊吹は暴力振るわれて喜んじゃうから気付かなかっただろうけど、はっきり言って君のソレは異常だよ。
ねぇ、翠君は勘違いSって知ってる?」
「いえ?」
「相手がMだから何をしてもいいって勘違いしてるSの事。初心者に割と多いんだよね。ただ痛めつければ良い、嫌がる事すれば相手が喜ぶだろうって思ってるバカ。
でも君はそのバカ以下だよ」
言い方は厳しいが、瑞希の真面目な声に翠は気付けば背筋を伸ばしていた。確かに瑞希は翠の為に真剣に助言をしている。
嫌われ慣れている翠だからこそ分かる。本気で嫌っている相手には、皆無視をするものだ。
(俺の事、嫌いって言ってた癖に。本当に嫌いならこんな親身になるわけがない。
俺が、間違っていたのか……?)
「俺はどうすればいいですか?」
「自覚出来たなら、次は伊吹の前で暴力を振るわない意識をして。今後、伊吹に一度でも暴力を振るったら、心療内科の受診か、DV加害者更生プログラムを受ける事を勧めるよ」
「分かりました」
「伊吹はドMになると頭おかしいけど、普段はまぁ割と真面目な方だし、伊吹にも相談してみるといいかもね。
にしても、伊吹が首絞められたくらいで怒るかな? ルール違反には厳しいけど、翠君からされた事なら喜びそうなのに」
「あの、伊吹さんが怒ったのはそこじゃないっていうか……」
「うん?」
「その後、伊吹さんがなんでも一つ願いを叶えてくれるって言うんで」
「それで?」
「瑞希さんを拉致して来て下さいって頼みました。今までされた分の仕返しするから、伊吹さんも共犯になって下さいって」
「あはは、なにそれ。あはははは」
瑞希は爆笑した。普通そんな事を聞いたら怒るか恐怖するかだろうが、瑞希は楽しそうだ。
「ちょ、笑わないで下さいよ」
「あーおっかしい。僕を傷付けたいなら君一人でやりなよ。そりゃあ伊吹も怒るでしょ」
「なんで怒ったんですかね? 嫌なら断ればいいだけじゃないですか」
「そんな事頼まれたこと自体が嫌だったんでしょ。僕もそれだけ伊吹に大事にされてるって事なんだろうけど。
時が経てば許してくれるよ。心配しなくていい。それか、翠君が僕と仲良くしてるところを伊吹にでも見せる?
喜んですぐに許すと思うよ」
確かに、瑞希の言う通りだ。二人で仲良さげにして伊吹に会えば、すぐに機嫌が戻りそうな気はする。だが──。
「いえ。俺、瑞希さんに納得しきれてない部分がまだあるので」
「そっか。分かったよ」
「でも、一昨日程嫌いじゃないです。一昨日は俺が悪かったです。すみませんでした」
「ううん。僕も悪かったよ。じゃあ今日はお休みしよっか。
伊吹の気持ちの整理の事を考えたら……う~ん。まぁ一ヶ月くらいかなぁ、それまで僕の奴隷の誰かに部屋提供してもらうから、そこでSM指導するねぇ」
「はい。あと、明後日から大学のサークルの関係で一泊二日、旅行に行ってきます」
「……え? 翠君が?」
瑞希が信じられないという声で聞いてきた。部長と同じ反応だ。
「俺がサークル活動に参加するの、そんなに変ですか?」
「変だよ~。だって、伊吹の為に生きて、伊吹の為に行動して、伊吹の為に嫌な事も出来る翠君でしょ?」
「それは言い過ぎでは……?」
「言い過ぎじゃないでしょ。自分の行動省みてよ。気持ち悪いくらいに伊吹中心に動いてるからね、君」
「そ、そうですか? そこは善処するようにします。兄にも見聞を広げろと言われましたし」
「そうだよ。自分の事もちゃんと考えてね。
じゃ、僕空き時間出来たから遊びに行ってくる! ばいばい」
瑞希との通話は終了した。
(瑞希さんの事、少し勘違いしてたのかもしれない)
もう伊吹から瑞希を引き離さなくても良いように思えてくる。寧ろ、瑞希がいた方が安心だ。嫉妬心は別だが。
それに三人でいるのに慣れた。急に瑞希がいなくなったら寂しく思うだろう。
それだけ瑞希への不快感はなくなっていた。
翠は再び外へと向かった。
(少し伊吹さんから離れてみて、広い視野を持とう)
自分の頭も冷えるまでは伊吹とは連絡を断ち、サークル活動にでも目を向けよう。そう、準備に街へと繰り出した。
二日後。サークルメンバー十名と海の町へと出掛けた。
部長以外で話した事があるのは、佐藤だ。
一歳年上の先輩で、以前、前期の期末試験が終わった後の飲み会で、伊吹が佐藤に絡んで「翠と遊んでやって」等と恥ずかしい事を言ってから、佐藤は何かと翠を気にかけてくれる。
「まさか柳川君が来てくれるなんて思ってなかったよ」
「欠員が出たとかで……」
「篠君いないから参加しないと思ってた」
佐藤はニコニコとそう言った。あの飲み会で、翠が伊吹と付き合っている事が知れ渡ってしまったのだ。
それを前提で話してくるから、恥ずかしくなってくる。
「俺、伊吹さんいないと何も出来ないみたいじゃないですか」
「何も出来ないんじゃなくて、何もしないでしょ。だからビックリしてるの。
来てくれて嬉しいよ」
翠も初っ端からニコニコして対応する。疲れる演技だ。
これが参加したくない理由でもある。伊吹の為ならどんなに疲れても演技を続けようと思えるが、いないところで演技したところで意味は無いし。
だからといって素を見せると嫌われるのだ。顔の筋肉が引き攣る。
「緊張してる? 気ぃ抜いて。楽しもうな!」
人に慣れていない為、海でもどこでも佐藤の後について行った。
そのせいで、周りから「篠君の次は佐藤君狙ってるの?」とからかわれた。
怒った翠は、
「俺は伊吹さん以外興味ないんで!」
と不快な顔を隠さずに言ったら、周りが笑った。皆は冗談を言っていたらしい。それを本気にして怒った翠が面白いと、楽しそうだ。
(あれ、俺、今素を出したのに……?)
それから少しずつサークル内で素を見せるようになった。
「柳川君、こっち手伝って~」
二年上の女性の先輩が翠を呼んだ。任されていた作業が一段落ついて気を抜いていたので、少し不快な気分になった。
ゲイだと知られてから、遠巻きに見てくる者もいるが、今のようにフレンドリーに接してくる女性もいる。
「後輩だからってコキ使わないでくださいよ」
「あはは。後輩なんだから当然でしょ」
「そもそも、二年歳が離れてるだけなのに、年上だからってなんで偉そうなんですかね?」
「それ私に言う? 罰として、皆の二倍仕事してよね」
と、先輩は意地悪そうな笑みを向けてくる。
(はぁ!? たった二歳年上の癖して……あ。ここだ。これ以上は駄目なんだ)
思った事をそのまま口に出そうとしていた自分に気付いた。
これ以上素を出すのは良くないと、演技に切り替える。
「冗談です。俺に出来る事は何でもしますよ」
「ふふっ。柳川君に全部押し付けたりなんてしないから、安心してね。
翠君ってイケメンだよねぇ。あーゲイじゃなかったらなぁ」
「ははっ。ゲイなんじゃなくて、伊吹さん一筋なだけです~」
「じゃあ狙っていい?」
「伊吹さん以外は興味ないです」
「あははは。真に受けちゃってかーわい」
翠はそれからも素を出したり、出し過ぎないように演技に切り替えたりを繰り返した。
周りを見ると、皆こうして上手くやってるんだと気付く。今まで自分の性格が悪いから友達が出来ないのだと思っていた。
それは違った。皆良い部分も悪い部分もあって、なるべく悪い部分は出さないよう意識をしているのだ。他人と合わせる努力をしている。
その事に気付けてから、翠は自分からもサークルメンバーに声をかけられるようにもなった。
翠は容姿が悪いわけではない。接しやすさが加われば十分イケメンの部類に入る。
伊吹や瑞希がよく「可愛い」と言ってくるが、それは年下だからだろう。
サークルの旅行は意外にも楽しく過ごせた。その代わり、帰ってから疲れが一気に放出して、一日引き篭る羽目になったが。
サークルメンバーとはその後、時折ラインでもやり取りをするようになった。
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