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四章
二話 契約内容
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伊吹は新しく持ってきた契約書を両親の真ん中に置いた。
そして、伊吹の前にも同じ内容のものを用意して、一から説明を始めた。
「以前柊さんに署名してもらったんですが、正式なものを作り直したので、改めてお二人に確認していただいて、署名をいただきたいです。
世帯主はお父様ですよね? お父様の署名のみで結構です。その前にきちんと、契約書の内容確認だけ、させて下さいね」
と、伊吹は目の前の契約書を読んでいった。
「(1)柳川哲平、莉美、柊(以下甲とする)は篠伊吹(以下乙とする)に、今後一切手切れ金及び脅迫等によって、柳川翠と関係を断たせようとしてはならない。その行為により無関係の者を巻き込む事も禁ずる。
意味分かりますよね? 俺はどんなに金を積まれても受け取りませんし。変な裏社会の奴を使って脅したりしてこないで下さい。
俺の知り合いを巻き込むのも禁止です」
両親は頷かずに伊吹を睨んでいたが、柊は頷いていた。
「(2)甲は柳川翠へのいかなる接触(直接的接触、または間接的接触)について禁ずる。但し、身内の病気の発覚や冠婚葬祭等の儀式等、翠も参加すべき特別な事柄のみ、連絡は可能とする。
ご両親や柊さん、親戚の方の命に関わる事柄や、お祝い事等であれば連絡下さい。翠に立ち会えなかった後悔をさせたくないので」
「すみません、いいですか?」
手を挙げたのは柊だ。伊吹は「どうぞ」と続きを促した。
「翠と話がしたい。この家とは今日で絶縁するから、甲の中に俺も含まないで欲しい……というのは、過剰な要求だろうか?」
「柊!? 絶縁だなんて許さないわよ!?」
母親が騒ぎだしたが、無視をして柊に返答をする。
「まぁいいですよ。その代わり、絶対的に翠の味方になってもらえますか? それが約束出来るなら柊さんだけは甲から除きましょう」
伊吹は両親の前に置いた契約書と自分の契約書の一番最初の『柊』のところに二重線を引き、訂正印を押して、また元の位置に戻した。
「それなら私も取り消しなさいよ!」
母親が身を乗り出しそうな勢いで喚く。
「あなたは翠にとって害悪なので無理です」
「が、が……、害悪ですってぇ!?」
「時間が惜しいので続けますよ。次に(3)柳川翠の学費と生活費は乙が負担する事。
無理矢理、翠とご家族を引き離す契約なので、金銭面をこのまま親御さんに頼み続けるのは、合理的とは言えません。
よって、今後は俺が支払いますが……。大学の学費は一括で支払うので良いとして。
ここで、翠が何故俺から支払われているのか? と疑問に思われてしまう危険性が出てきます。
振り込む時に名前を変更すれば良いだけですが、確実に安全にお父様の名前で送りたいのです。
なので、俺は毎月の仕送りを、言われた口座にお支払いします。
翠へは、今まで通りそちらから支払いをお願い致します」
「少しいいかな?」
次に手を挙げたのは、父親だった。先程までの険悪な表情は消え失せている。一個人として対等に話し合いを出来るようになったようだ。
「なんですか?」
「私が新しく口座を開設するので、その銀行のキャッシュカードと通帳を篠さんに預けます。
今後篠さんがその口座から翠に振り込んでもらえないでしょうか?」
父親の提案に頷かない理由はなかった。確かにその方が簡潔だからだ。
「その方が助かります」
「じゃあそれでいいね」
母親はまだ納得していないようだ、次は父親に噛み付いていた。
「あなた! 何を言うの!? あっちが勝手に言い出したんだから、勝手に困ればいいのよ。
それを協力してあげるみたいな……」
「協力するんだよ。どうやら、彼らは私やお前以上に翠を一番に考えている。この契約書を見れば明らかだ。
私も、長年お前の意見が正しいと信じてきたが……目を覚ます時がきたようだ。
篠さん、次の項目の説明を頼みます」
「はい。では次に(4)(2)で述べた回避不可能に近い理由以外で、柳川翠が自ら甲にいかなる接触(直接的接触、または間接的接触)をした場合、この契約書は無効とする。
この契約書は翠を柳川家と絶縁させる事が目的ではありません。あくまで、翠に考える時間を与える事が目的です。
翠の心はまだ傷付いています。自分の家族との交流を拒否する程。
このような状態の時に、諸悪の根源が翠の意思に反して無理矢理連れ帰ろうとするのは、翠にとってマイナスでしかありません。
お互い一度離れてみれば、家族の有難みが分かる時が来るかもしれませんし、もし、翠が帰りたいと思ったなら、この契約書の存在意義はなくなる為、無効になります」
誰も何も言わずに無言のままだ。伊吹は続きを進めた。
「次に(5)甲と乙は契約書の内容の一切を柳川翠に明かさない事。
この契約書の内容をもし翠が知ってしまった時、この家に帰りたくない時であれ、帰りたくなった時であれ、翠に精神的な負担を強いるのは想像に難くないでしょう。
金銭面の事もそうですが、裏でここまでの動きがあったと知ったら、多分……いや、十中八九翠は俺の為の行動を取ってしまいます。
翠には自分の為に悩んで、きちんと向き合って欲しいですから」
誰も何も言わないので聞いているのか不安になって翠の両親を見る。もう二人は契約書に目を落としていなかった。
痛みを堪えるような顔で、伊吹を見つめている。
「……あなたは、どうして翠の為にここまで考えて、ここまでの行動が出来るの?」
もう怒りの様相が完全に消し去った母親が問う。
「翠が好きだからですよ。好きな人の為に支えになってあげたい。でもそれには前提がありまして……翠が俺の為に一生懸命だからです。
だから、俺も応えたいと思うんですよ。
良かったら、俺達たまに交流しませんか?
しばらく経って落ち着いたら、俺から翠に帰るよう提案しても良いわけですしね」
「それはお人好し過ぎじゃない?」
ボソリと瑞希が呟いた。
「勿論、翠をあなた達に会わせても大丈夫だと判断したら、ですけどね。なんか上から目線になってすみません。
会わせても大丈夫だという根拠が欲しいんです」
「分かりました」
父親が答えた。納得している様子だ。母親も渋々ながら頷いていた。
「次で最後です。(6)上記(1)から(5)までの内容に違反した場合、相手に一億円の罰金を支払う事。
これは、ご両親だけでなく俺自身も牽制している事をご理解下さい。
因みにご両親が悪意なく、偶然外で翠と出会ってしまう事も無いとは言えないでしょう。その場合、契約違反に該当しません。
ですが、嫌がる翠を引き留めようとしたり、例えばですが、この契約書の存在を教えて、契約書を無効にしないと俺に迷惑がかかるとか言って、連れ戻すのは契約違反になります。
柊さんや瑞希にも、翠には言わないようお願いしたいですが、そこは二人の良心に期待します。
逆に、俺が翠の事を考えずに自分の利益を優先して、生活費を払わなかったり、契約書の事を話せば、契約違反です。
それは、翠を愛している限り有り得ないと断言しましょう。
内容に納得いただけたら、署名と捺印をお願い致します」
父親は一度立ち上がり、部屋を出ていったがすぐに戻ってくると、黙って二枚分の契約書に署名し、印鑑を押して一枚を伊吹に返した。
伊吹は一番初めに柊に書いてもらった契約書を、破いてみせた。
「先にそちらにお渡しした、柊さんの署名の入った契約書の破棄を願います」
「分かりました。翠を頼みます」
「はい、立派なドSに育てますね~」
と、急に答えだしたのは意地悪そうな目で笑う瑞希だった。
そして、伊吹の前にも同じ内容のものを用意して、一から説明を始めた。
「以前柊さんに署名してもらったんですが、正式なものを作り直したので、改めてお二人に確認していただいて、署名をいただきたいです。
世帯主はお父様ですよね? お父様の署名のみで結構です。その前にきちんと、契約書の内容確認だけ、させて下さいね」
と、伊吹は目の前の契約書を読んでいった。
「(1)柳川哲平、莉美、柊(以下甲とする)は篠伊吹(以下乙とする)に、今後一切手切れ金及び脅迫等によって、柳川翠と関係を断たせようとしてはならない。その行為により無関係の者を巻き込む事も禁ずる。
意味分かりますよね? 俺はどんなに金を積まれても受け取りませんし。変な裏社会の奴を使って脅したりしてこないで下さい。
俺の知り合いを巻き込むのも禁止です」
両親は頷かずに伊吹を睨んでいたが、柊は頷いていた。
「(2)甲は柳川翠へのいかなる接触(直接的接触、または間接的接触)について禁ずる。但し、身内の病気の発覚や冠婚葬祭等の儀式等、翠も参加すべき特別な事柄のみ、連絡は可能とする。
ご両親や柊さん、親戚の方の命に関わる事柄や、お祝い事等であれば連絡下さい。翠に立ち会えなかった後悔をさせたくないので」
「すみません、いいですか?」
手を挙げたのは柊だ。伊吹は「どうぞ」と続きを促した。
「翠と話がしたい。この家とは今日で絶縁するから、甲の中に俺も含まないで欲しい……というのは、過剰な要求だろうか?」
「柊!? 絶縁だなんて許さないわよ!?」
母親が騒ぎだしたが、無視をして柊に返答をする。
「まぁいいですよ。その代わり、絶対的に翠の味方になってもらえますか? それが約束出来るなら柊さんだけは甲から除きましょう」
伊吹は両親の前に置いた契約書と自分の契約書の一番最初の『柊』のところに二重線を引き、訂正印を押して、また元の位置に戻した。
「それなら私も取り消しなさいよ!」
母親が身を乗り出しそうな勢いで喚く。
「あなたは翠にとって害悪なので無理です」
「が、が……、害悪ですってぇ!?」
「時間が惜しいので続けますよ。次に(3)柳川翠の学費と生活費は乙が負担する事。
無理矢理、翠とご家族を引き離す契約なので、金銭面をこのまま親御さんに頼み続けるのは、合理的とは言えません。
よって、今後は俺が支払いますが……。大学の学費は一括で支払うので良いとして。
ここで、翠が何故俺から支払われているのか? と疑問に思われてしまう危険性が出てきます。
振り込む時に名前を変更すれば良いだけですが、確実に安全にお父様の名前で送りたいのです。
なので、俺は毎月の仕送りを、言われた口座にお支払いします。
翠へは、今まで通りそちらから支払いをお願い致します」
「少しいいかな?」
次に手を挙げたのは、父親だった。先程までの険悪な表情は消え失せている。一個人として対等に話し合いを出来るようになったようだ。
「なんですか?」
「私が新しく口座を開設するので、その銀行のキャッシュカードと通帳を篠さんに預けます。
今後篠さんがその口座から翠に振り込んでもらえないでしょうか?」
父親の提案に頷かない理由はなかった。確かにその方が簡潔だからだ。
「その方が助かります」
「じゃあそれでいいね」
母親はまだ納得していないようだ、次は父親に噛み付いていた。
「あなた! 何を言うの!? あっちが勝手に言い出したんだから、勝手に困ればいいのよ。
それを協力してあげるみたいな……」
「協力するんだよ。どうやら、彼らは私やお前以上に翠を一番に考えている。この契約書を見れば明らかだ。
私も、長年お前の意見が正しいと信じてきたが……目を覚ます時がきたようだ。
篠さん、次の項目の説明を頼みます」
「はい。では次に(4)(2)で述べた回避不可能に近い理由以外で、柳川翠が自ら甲にいかなる接触(直接的接触、または間接的接触)をした場合、この契約書は無効とする。
この契約書は翠を柳川家と絶縁させる事が目的ではありません。あくまで、翠に考える時間を与える事が目的です。
翠の心はまだ傷付いています。自分の家族との交流を拒否する程。
このような状態の時に、諸悪の根源が翠の意思に反して無理矢理連れ帰ろうとするのは、翠にとってマイナスでしかありません。
お互い一度離れてみれば、家族の有難みが分かる時が来るかもしれませんし、もし、翠が帰りたいと思ったなら、この契約書の存在意義はなくなる為、無効になります」
誰も何も言わずに無言のままだ。伊吹は続きを進めた。
「次に(5)甲と乙は契約書の内容の一切を柳川翠に明かさない事。
この契約書の内容をもし翠が知ってしまった時、この家に帰りたくない時であれ、帰りたくなった時であれ、翠に精神的な負担を強いるのは想像に難くないでしょう。
金銭面の事もそうですが、裏でここまでの動きがあったと知ったら、多分……いや、十中八九翠は俺の為の行動を取ってしまいます。
翠には自分の為に悩んで、きちんと向き合って欲しいですから」
誰も何も言わないので聞いているのか不安になって翠の両親を見る。もう二人は契約書に目を落としていなかった。
痛みを堪えるような顔で、伊吹を見つめている。
「……あなたは、どうして翠の為にここまで考えて、ここまでの行動が出来るの?」
もう怒りの様相が完全に消し去った母親が問う。
「翠が好きだからですよ。好きな人の為に支えになってあげたい。でもそれには前提がありまして……翠が俺の為に一生懸命だからです。
だから、俺も応えたいと思うんですよ。
良かったら、俺達たまに交流しませんか?
しばらく経って落ち着いたら、俺から翠に帰るよう提案しても良いわけですしね」
「それはお人好し過ぎじゃない?」
ボソリと瑞希が呟いた。
「勿論、翠をあなた達に会わせても大丈夫だと判断したら、ですけどね。なんか上から目線になってすみません。
会わせても大丈夫だという根拠が欲しいんです」
「分かりました」
父親が答えた。納得している様子だ。母親も渋々ながら頷いていた。
「次で最後です。(6)上記(1)から(5)までの内容に違反した場合、相手に一億円の罰金を支払う事。
これは、ご両親だけでなく俺自身も牽制している事をご理解下さい。
因みにご両親が悪意なく、偶然外で翠と出会ってしまう事も無いとは言えないでしょう。その場合、契約違反に該当しません。
ですが、嫌がる翠を引き留めようとしたり、例えばですが、この契約書の存在を教えて、契約書を無効にしないと俺に迷惑がかかるとか言って、連れ戻すのは契約違反になります。
柊さんや瑞希にも、翠には言わないようお願いしたいですが、そこは二人の良心に期待します。
逆に、俺が翠の事を考えずに自分の利益を優先して、生活費を払わなかったり、契約書の事を話せば、契約違反です。
それは、翠を愛している限り有り得ないと断言しましょう。
内容に納得いただけたら、署名と捺印をお願い致します」
父親は一度立ち上がり、部屋を出ていったがすぐに戻ってくると、黙って二枚分の契約書に署名し、印鑑を押して一枚を伊吹に返した。
伊吹は一番初めに柊に書いてもらった契約書を、破いてみせた。
「先にそちらにお渡しした、柊さんの署名の入った契約書の破棄を願います」
「分かりました。翠を頼みます」
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