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三章
三十二話 最高潮の激怒
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伊吹は翠と共に、ホテルの待合所で山田という男と対面した。山田は三十代で、中肉中背の気の弱そうな男だ。
彼の隣には店長も控えている。
「伊吹さん……ですよね。瑞希君から聞いてます。恋人なんですよね? お願いします! 瑞希君を助けて下さい!」
「何があったんです?」
「今日は僕の都合で、瑞希さんが僕の予定に合わせてSMのデリヘルでプレイをしてました。
終わってから一緒に途中まで帰ったんですけど、別れてからすぐ瑞希さんが攫われたんです!」
山田がスマホの画面を見せてきた。ワゴン車が写っている。
「すぐに瑞希さんの店に電話したんですけど。店長さんが、こっちに任せてと言って。
ワゴン車の特徴と、ナンバープレートの内容を説明しました。
何故か警察には通報するなと念を押されたんです。いても立ってもいられなくて。とにかく彼氏さんには伝えなきゃと思い、ここまで来ました」
「山田さん、知らせてくださってありがとうございます。警察には通報してないですよね?」
「してませんが……しなくていいんですか!?」
「通報すると瑞希の方がマズくなるかもしれないんです。こちらで探しますから山田さんはもう帰っても大丈夫ですよ」
「あの! 瑞希さんの無事が確認出来るまで帰りたくないです!」
山田は本気のようだ。本気で瑞希を好きなのだと分かる。それなら帰って良いと言ったのは逆に失礼だったと、伊吹は心の中で反省した。
「すみません。山田さんの気持ちも考えずに……。でも、瑞希の事だから大丈夫だと思うんですよね」
「そうなんですか?」
伊吹の隣に座っている翠が首を傾げる。
「いつもの事だし。どうせあと数時間もすれば、瑞希から俺に電話かかってくると思います。悪党捕まえたから拷問とお仕置きよろしくとか言って」
「そんな! あなた瑞希君の恋人なんですよね!?」
「瑞希自身、誘拐されてもどうせ犯人とセックスしてる筈、いや絶対してるに違いないですから。山田さん、過度な心配は不要……あ」
その時伊吹の頭に数日前の記憶が蘇る。
『僕への償いとして、悪事の実行は伊吹にやらせてきた。
これからは全部僕がやるよ。本当は伊吹はそういうの苦手だもんね?』
と、瑞希は言っていた。もしかしたら瑞希は伊吹に連絡などせず自分で解決してしまう可能性が出てきてしまった。
(あっぶねぇ! このまま放っとくとヤバい!)
「伊吹さん? どうしました?」
翠が伊吹の顔を覗き込んでくる。このまま放置は出来ない。伊吹の顔色が青くなる。
「わ、悪ぃ。ヤバい事思い出した。マズイ! 早急に探さねぇと!」
「どういう事です?」
山田は困惑していた様子だ。いきなり態度が変わったらそうだろう、翠も驚いた顔をしている。
「すみません、山田さん! 瑞希の捜索手伝ってもらえますか? 翠も」
「はいっ!! 勿論です! 僕に出来る事ならなんだってします!」
「俺もなんでもしますよ」
「ありがとう! 店長は乱パのネットワークで瑞希の情報集めてくれ。こっちは乱パの参加者以外から情報を集める」
先に瑞希に電話をかけてみたが、案の定繋がらない。
伊吹は多方面にメールを送った。山田から転送してもらったワゴン車の写真付きでだ。
伊吹のスマホには電話の嵐だ。
「えぇはい。このワゴン車見かけた人が一人でもいたら俺に連絡してください。080から始まる番号なら人に教えても構いません」
電話を切ると、伊吹はもう一台のスマホを取り出して翠に持たせる。
「ごめん、翠。そっちに電話きたら出てくれる?」
「はい!」
山田もやる事がないかと聞いてきたので、イヤホンで通話をし、片方を山田の耳に聞かせ、情報をノートにまとめてもらう事にした。
三時間程してようやく翠が持たされたスマホに、有力情報が届いた。
「分かりました、ありがとうございます」
翠は電話を切るとすぐに伊吹に伝えた。
「そのワゴン車の目撃情報がきました! 確実ではありませんが、それっぽい車が高速道路並の速度で走っていったのを見たそうで。
街外れの多分廃墟に向かったかもしれないそうです。その辺は夜中になると心霊スポットで有名な場所らしく、周辺には十年前に取り壊しが中断されたビルしかないそうです」
「行こう」
社用車に乗って廃墟に向かった。運転席に伊吹が乗り、助手席に翠、後部座席には店長と山田が乗る。
伊吹は急発進させ、件の廃墟へと向かう。その心霊スポットの話は伊吹も聞いた事がある。
場所も大体は分かっているので、近道を通って向かった。
「あの、瑞希君が誘拐されるのって本当によくある事なんですか?」
おずおずと山田が質問してきた。付き合いが浅いのだろうと推測し、伊吹が答える。
「たまにありますよ。
お金は払いたくないけど犯したいって人とか、瑞希に告白して断られた奴とか、結構恨まれてる事が多いので復讐の為に拉致されたりとか」
「そんな……瑞希君……」
顔を真っ青にする山田に、伊吹は安心させるように話す。
「でも、瑞希って本当にビッチじゃないですか。大抵は誘惑して、相手の精液搾り取ってから、拘束するんです。
それで俺に引き渡して……まぁ、その時は俺がその相手に体罰みたいなものを与えて、二度と瑞希に近付かないよう脅迫してたんです」
「伊吹さんが汚れ役を買っていたって事ですか?」
翠が怖い顔で伊吹を見つめた。大方、瑞希に対して不満を抱いたのだろうが。汚れ役を買うことになったのは、伊吹と瑞希の問題だ。
翠には口出しして欲しくない領域である。
「まぁな。お陰で俺が鬼畜なドSって噂が流れてさ、遊び相手が見付からなくて困ったっけ」
「伊吹さんも結構ビッチですもんね」
否定的な意見は言わないが、翠は呆れて溜息をついている。
「うっせ」
「それで、瑞希君がその、犯人に罰を与えてるかもしれないっていう事なんですね?」
山田はオロオロと、伊吹に質問を続けた。今一番瑞希の心配をしているのは彼である。
「ええ。それが怖いんですよ。正直、俺は瑞希がまともな人間だとは思ってません。人が苦しんでるの見て喜ぶサディストですし」
「伊吹さん!? 彼氏なのに、なんて事を言うんです?」
山田と瑞希の付き合いは浅いのだと伊吹は確信した。瑞希の奴隷ならそんな事では驚かない。寧ろ、まともじゃない姿を見て喜ぶ連中だ。
それは伊吹も同類だ。
少し付き合いが長くなれば、この山田も他の奴隷のようになるのだろうと、山田に憐れみの情を向けながら答える。
「瑞希は自分や自分の大事な人を傷付ける人には何をしてもいいって思ってる節があるんです。
俺はガキの時、悪意のない純粋な狂気を持ってる瑞希に憧れた。十年来の付き合いですし、その怖さも知ってます。
今、犯人達が無事ならいいんですがね」
廃墟に到着する。広い敷地内に写真で見たのと同じワゴン車が適当に駐車されていた。すぐに伊吹は走り出した。皆も後ろから付いてくる。
中に入ると、精液と吐瀉物、尿の臭いが混ざった不快な悪臭に伊吹は鼻を押さえた。
「な……!?」
後からやってきた翠と山田も驚愕している。
「うわ、これ何が……?」
「瑞希君……」
誰もが顔を顰める中、屈んでいた瑞希が立ち上がった。
「いーぶきぃ」
その姿は全裸で精液に塗れている。伊吹にとっては見慣れた姿だ。
そんな瑞希が泣きそうな顔でタタッと走ってきて、伊吹に抱き着いてきた。
「瑞希!?」
「怖かった、怖かったよぉ~! 僕、すっごく酷い事されてねぇ。ふえぇーん」
悲劇のヒロインぶっているが伊吹には分かる。
嘘泣きだ。分かっていながらも、瑞希を抱き寄せ、頭を撫でて慰める。
犯人であろう三人の男達は、全員が後ろ手に縄を縛られて、一人は壁にもたれ掛かるように座って、二人は横たわっている。
座っている男は涙が止まらないらしく肩を震わせて泣いており、二人目は嗚咽を漏らしながら蹲っており、三人目は仰向けに横になり、胸に瑞希の名刺を乗せたまま放心状態となっている。
翠と山田は、店長と共に男達に近寄り声を掛けたりしているが、男達は怯えている様子だ。
「お……遅くなって、悪かった」
伊吹は犯人達がどうにか生きているようで良かったと安堵し、瑞希を抱き締めた。
「ううん、いいの。ほんっと怖かったんだからぁ」
「怖い思いしたの、犯人の方じゃなくて?」
「だってぇ、僕こんななんだよ? 無理矢理裸にされてね、犯されてね、肉便器にされたの。
肉便器が欲しいなら伊吹を便器にすればいいのにね?」
「なんで俺?」
すると、伊吹の胸に顔を埋めていた瑞希が、少し頭を上げると、狂気の目が伊吹に向けられた。
ゾクリと心臓が冷えるような感覚に陥る。恐怖だ。
伊吹の人生の中で、一番惹かれた瑞希の一面が姿を現した。
中学時代、瑞希を騙して輪姦パーティーに参加させた数日後、怒りと憎悪を伊吹に見せながら手首を切ってみせたあの時と同じ目を、今伊吹に向けている。
伊吹の下半身に熱が篭る。今すぐにでも勃ってしまいそうな程、興奮した。
「悪い事をしたらお仕置きって言ったでしょ? だから伊吹にお仕置き。文字通り肉便器になって公衆トイレに設置してね、文字通り肉便器になってもらうんだよ?
あれ? 興奮してきた? でも命に関わるかもね? 便器になってる間は水も飲ませないし、食事もさせない。だって便器の餌って小便と大便と精液でしょ? 便器が人間と同じ食事するわけないもんね。
尿って飲み過ぎると脱水症状になるだろうし、大便食べさせられて変な病気になるかも。あ、でも精液はタンパク質だから栄養は取れるね。
もちろん、大便は三十回噛んでから飲み込む事。出来なかったら、報告もらって鞭を打ちに行くね。もし、本当は出来たとしても出来なかったって報告貰ったら一つの報告ごとに全身鞭打ち百回ね。傷だらけになった身体に放尿されたら、さぞ痛いんだろうね。伊吹の場合逆に喜んじゃうかな?
もちろん寝ちゃダメだよ? 夜中に催した人がトイレ使うだろうしね。便器が寝てて使えなかったなんて話聞いた事ないでしょ?
二十四時間何日も死ぬ直前まで放置してさ……あぁ、死ぬ直前に翠君のおしっこ飲ませてあげよっか?
どう? 嬉しいでしょ?」
一度も噛まずに早口で淡々と言ってのける瑞希には一切の笑みはない。今までに見た事のない激怒を見せていた。
だというのに、伊吹の性器は熱くなる。そんな罰を受けてみたい……と思いそうになった。
「……俺、何か悪い事した?」
「話は後でしよう? 内容によっては、今言ったお仕置き本当に実行しちゃおっかな?」
「ごめん。本当、なんでキレてんの?」
「翠君とか山田さんの前じゃ話せない」
「分かった。後で二人で話そう」
瑞希の脅しをされている内に、店長が犯人達の拘束を解いて、瑞希持参の道具を回収している。山田が瑞希の服をかき集め、翠はペットボトルの水でタオルを濡らして瑞希に渡した。
どうやら長々とした脅し文句は伊吹にしか聞こえていなかったらしい。
「瑞希さん、大丈夫ですか?」
さすがの翠も心配している。瑞希の様子を観察するように見ているようだ。
「うん! 大丈夫! 寧ろ楽しい時間を過ごせたよ」
「さっき泣いてませんでした?」
「翠君の勘違いだよ」
「泣き真似ですもんね。一応師匠相手なんで、下手な演技に騙されたフリしてあげていたというのに」
「ひっどい!」
二人が口喧嘩に発展しそうになった時、タイミング良く山田が瑞希の服を持って、瑞希の元に走ってきた。
「瑞希君、服持ってきましたよ!」
「ありがとうございます~!! 山田さんに心配かけてしまいましたね。しかも、僕、山田さん専用の道具を人に使ってしまいました。すみません……」
「いえ、いいんです! 瑞希君が無事ならそれに越したことはないですから!」
「山田さんって本当に優しいですね。今度、プライベートで買い物行きませんか? 心配かけたお詫びと、ここまで来てくれたお礼です。
エッチな事は出来ませんが、新しい玩具をプレゼントしますね」
「いいんですか!?」
「もっちろんです!」
山田が嬉しさの余り泣き出したので、瑞希は指でその涙を拭った。
犯人達は店長が対処する事になり、伊吹達四人は先に帰路へ着いたのだった。
彼の隣には店長も控えている。
「伊吹さん……ですよね。瑞希君から聞いてます。恋人なんですよね? お願いします! 瑞希君を助けて下さい!」
「何があったんです?」
「今日は僕の都合で、瑞希さんが僕の予定に合わせてSMのデリヘルでプレイをしてました。
終わってから一緒に途中まで帰ったんですけど、別れてからすぐ瑞希さんが攫われたんです!」
山田がスマホの画面を見せてきた。ワゴン車が写っている。
「すぐに瑞希さんの店に電話したんですけど。店長さんが、こっちに任せてと言って。
ワゴン車の特徴と、ナンバープレートの内容を説明しました。
何故か警察には通報するなと念を押されたんです。いても立ってもいられなくて。とにかく彼氏さんには伝えなきゃと思い、ここまで来ました」
「山田さん、知らせてくださってありがとうございます。警察には通報してないですよね?」
「してませんが……しなくていいんですか!?」
「通報すると瑞希の方がマズくなるかもしれないんです。こちらで探しますから山田さんはもう帰っても大丈夫ですよ」
「あの! 瑞希さんの無事が確認出来るまで帰りたくないです!」
山田は本気のようだ。本気で瑞希を好きなのだと分かる。それなら帰って良いと言ったのは逆に失礼だったと、伊吹は心の中で反省した。
「すみません。山田さんの気持ちも考えずに……。でも、瑞希の事だから大丈夫だと思うんですよね」
「そうなんですか?」
伊吹の隣に座っている翠が首を傾げる。
「いつもの事だし。どうせあと数時間もすれば、瑞希から俺に電話かかってくると思います。悪党捕まえたから拷問とお仕置きよろしくとか言って」
「そんな! あなた瑞希君の恋人なんですよね!?」
「瑞希自身、誘拐されてもどうせ犯人とセックスしてる筈、いや絶対してるに違いないですから。山田さん、過度な心配は不要……あ」
その時伊吹の頭に数日前の記憶が蘇る。
『僕への償いとして、悪事の実行は伊吹にやらせてきた。
これからは全部僕がやるよ。本当は伊吹はそういうの苦手だもんね?』
と、瑞希は言っていた。もしかしたら瑞希は伊吹に連絡などせず自分で解決してしまう可能性が出てきてしまった。
(あっぶねぇ! このまま放っとくとヤバい!)
「伊吹さん? どうしました?」
翠が伊吹の顔を覗き込んでくる。このまま放置は出来ない。伊吹の顔色が青くなる。
「わ、悪ぃ。ヤバい事思い出した。マズイ! 早急に探さねぇと!」
「どういう事です?」
山田は困惑していた様子だ。いきなり態度が変わったらそうだろう、翠も驚いた顔をしている。
「すみません、山田さん! 瑞希の捜索手伝ってもらえますか? 翠も」
「はいっ!! 勿論です! 僕に出来る事ならなんだってします!」
「俺もなんでもしますよ」
「ありがとう! 店長は乱パのネットワークで瑞希の情報集めてくれ。こっちは乱パの参加者以外から情報を集める」
先に瑞希に電話をかけてみたが、案の定繋がらない。
伊吹は多方面にメールを送った。山田から転送してもらったワゴン車の写真付きでだ。
伊吹のスマホには電話の嵐だ。
「えぇはい。このワゴン車見かけた人が一人でもいたら俺に連絡してください。080から始まる番号なら人に教えても構いません」
電話を切ると、伊吹はもう一台のスマホを取り出して翠に持たせる。
「ごめん、翠。そっちに電話きたら出てくれる?」
「はい!」
山田もやる事がないかと聞いてきたので、イヤホンで通話をし、片方を山田の耳に聞かせ、情報をノートにまとめてもらう事にした。
三時間程してようやく翠が持たされたスマホに、有力情報が届いた。
「分かりました、ありがとうございます」
翠は電話を切るとすぐに伊吹に伝えた。
「そのワゴン車の目撃情報がきました! 確実ではありませんが、それっぽい車が高速道路並の速度で走っていったのを見たそうで。
街外れの多分廃墟に向かったかもしれないそうです。その辺は夜中になると心霊スポットで有名な場所らしく、周辺には十年前に取り壊しが中断されたビルしかないそうです」
「行こう」
社用車に乗って廃墟に向かった。運転席に伊吹が乗り、助手席に翠、後部座席には店長と山田が乗る。
伊吹は急発進させ、件の廃墟へと向かう。その心霊スポットの話は伊吹も聞いた事がある。
場所も大体は分かっているので、近道を通って向かった。
「あの、瑞希君が誘拐されるのって本当によくある事なんですか?」
おずおずと山田が質問してきた。付き合いが浅いのだろうと推測し、伊吹が答える。
「たまにありますよ。
お金は払いたくないけど犯したいって人とか、瑞希に告白して断られた奴とか、結構恨まれてる事が多いので復讐の為に拉致されたりとか」
「そんな……瑞希君……」
顔を真っ青にする山田に、伊吹は安心させるように話す。
「でも、瑞希って本当にビッチじゃないですか。大抵は誘惑して、相手の精液搾り取ってから、拘束するんです。
それで俺に引き渡して……まぁ、その時は俺がその相手に体罰みたいなものを与えて、二度と瑞希に近付かないよう脅迫してたんです」
「伊吹さんが汚れ役を買っていたって事ですか?」
翠が怖い顔で伊吹を見つめた。大方、瑞希に対して不満を抱いたのだろうが。汚れ役を買うことになったのは、伊吹と瑞希の問題だ。
翠には口出しして欲しくない領域である。
「まぁな。お陰で俺が鬼畜なドSって噂が流れてさ、遊び相手が見付からなくて困ったっけ」
「伊吹さんも結構ビッチですもんね」
否定的な意見は言わないが、翠は呆れて溜息をついている。
「うっせ」
「それで、瑞希君がその、犯人に罰を与えてるかもしれないっていう事なんですね?」
山田はオロオロと、伊吹に質問を続けた。今一番瑞希の心配をしているのは彼である。
「ええ。それが怖いんですよ。正直、俺は瑞希がまともな人間だとは思ってません。人が苦しんでるの見て喜ぶサディストですし」
「伊吹さん!? 彼氏なのに、なんて事を言うんです?」
山田と瑞希の付き合いは浅いのだと伊吹は確信した。瑞希の奴隷ならそんな事では驚かない。寧ろ、まともじゃない姿を見て喜ぶ連中だ。
それは伊吹も同類だ。
少し付き合いが長くなれば、この山田も他の奴隷のようになるのだろうと、山田に憐れみの情を向けながら答える。
「瑞希は自分や自分の大事な人を傷付ける人には何をしてもいいって思ってる節があるんです。
俺はガキの時、悪意のない純粋な狂気を持ってる瑞希に憧れた。十年来の付き合いですし、その怖さも知ってます。
今、犯人達が無事ならいいんですがね」
廃墟に到着する。広い敷地内に写真で見たのと同じワゴン車が適当に駐車されていた。すぐに伊吹は走り出した。皆も後ろから付いてくる。
中に入ると、精液と吐瀉物、尿の臭いが混ざった不快な悪臭に伊吹は鼻を押さえた。
「な……!?」
後からやってきた翠と山田も驚愕している。
「うわ、これ何が……?」
「瑞希君……」
誰もが顔を顰める中、屈んでいた瑞希が立ち上がった。
「いーぶきぃ」
その姿は全裸で精液に塗れている。伊吹にとっては見慣れた姿だ。
そんな瑞希が泣きそうな顔でタタッと走ってきて、伊吹に抱き着いてきた。
「瑞希!?」
「怖かった、怖かったよぉ~! 僕、すっごく酷い事されてねぇ。ふえぇーん」
悲劇のヒロインぶっているが伊吹には分かる。
嘘泣きだ。分かっていながらも、瑞希を抱き寄せ、頭を撫でて慰める。
犯人であろう三人の男達は、全員が後ろ手に縄を縛られて、一人は壁にもたれ掛かるように座って、二人は横たわっている。
座っている男は涙が止まらないらしく肩を震わせて泣いており、二人目は嗚咽を漏らしながら蹲っており、三人目は仰向けに横になり、胸に瑞希の名刺を乗せたまま放心状態となっている。
翠と山田は、店長と共に男達に近寄り声を掛けたりしているが、男達は怯えている様子だ。
「お……遅くなって、悪かった」
伊吹は犯人達がどうにか生きているようで良かったと安堵し、瑞希を抱き締めた。
「ううん、いいの。ほんっと怖かったんだからぁ」
「怖い思いしたの、犯人の方じゃなくて?」
「だってぇ、僕こんななんだよ? 無理矢理裸にされてね、犯されてね、肉便器にされたの。
肉便器が欲しいなら伊吹を便器にすればいいのにね?」
「なんで俺?」
すると、伊吹の胸に顔を埋めていた瑞希が、少し頭を上げると、狂気の目が伊吹に向けられた。
ゾクリと心臓が冷えるような感覚に陥る。恐怖だ。
伊吹の人生の中で、一番惹かれた瑞希の一面が姿を現した。
中学時代、瑞希を騙して輪姦パーティーに参加させた数日後、怒りと憎悪を伊吹に見せながら手首を切ってみせたあの時と同じ目を、今伊吹に向けている。
伊吹の下半身に熱が篭る。今すぐにでも勃ってしまいそうな程、興奮した。
「悪い事をしたらお仕置きって言ったでしょ? だから伊吹にお仕置き。文字通り肉便器になって公衆トイレに設置してね、文字通り肉便器になってもらうんだよ?
あれ? 興奮してきた? でも命に関わるかもね? 便器になってる間は水も飲ませないし、食事もさせない。だって便器の餌って小便と大便と精液でしょ? 便器が人間と同じ食事するわけないもんね。
尿って飲み過ぎると脱水症状になるだろうし、大便食べさせられて変な病気になるかも。あ、でも精液はタンパク質だから栄養は取れるね。
もちろん、大便は三十回噛んでから飲み込む事。出来なかったら、報告もらって鞭を打ちに行くね。もし、本当は出来たとしても出来なかったって報告貰ったら一つの報告ごとに全身鞭打ち百回ね。傷だらけになった身体に放尿されたら、さぞ痛いんだろうね。伊吹の場合逆に喜んじゃうかな?
もちろん寝ちゃダメだよ? 夜中に催した人がトイレ使うだろうしね。便器が寝てて使えなかったなんて話聞いた事ないでしょ?
二十四時間何日も死ぬ直前まで放置してさ……あぁ、死ぬ直前に翠君のおしっこ飲ませてあげよっか?
どう? 嬉しいでしょ?」
一度も噛まずに早口で淡々と言ってのける瑞希には一切の笑みはない。今までに見た事のない激怒を見せていた。
だというのに、伊吹の性器は熱くなる。そんな罰を受けてみたい……と思いそうになった。
「……俺、何か悪い事した?」
「話は後でしよう? 内容によっては、今言ったお仕置き本当に実行しちゃおっかな?」
「ごめん。本当、なんでキレてんの?」
「翠君とか山田さんの前じゃ話せない」
「分かった。後で二人で話そう」
瑞希の脅しをされている内に、店長が犯人達の拘束を解いて、瑞希持参の道具を回収している。山田が瑞希の服をかき集め、翠はペットボトルの水でタオルを濡らして瑞希に渡した。
どうやら長々とした脅し文句は伊吹にしか聞こえていなかったらしい。
「瑞希さん、大丈夫ですか?」
さすがの翠も心配している。瑞希の様子を観察するように見ているようだ。
「うん! 大丈夫! 寧ろ楽しい時間を過ごせたよ」
「さっき泣いてませんでした?」
「翠君の勘違いだよ」
「泣き真似ですもんね。一応師匠相手なんで、下手な演技に騙されたフリしてあげていたというのに」
「ひっどい!」
二人が口喧嘩に発展しそうになった時、タイミング良く山田が瑞希の服を持って、瑞希の元に走ってきた。
「瑞希君、服持ってきましたよ!」
「ありがとうございます~!! 山田さんに心配かけてしまいましたね。しかも、僕、山田さん専用の道具を人に使ってしまいました。すみません……」
「いえ、いいんです! 瑞希君が無事ならそれに越したことはないですから!」
「山田さんって本当に優しいですね。今度、プライベートで買い物行きませんか? 心配かけたお詫びと、ここまで来てくれたお礼です。
エッチな事は出来ませんが、新しい玩具をプレゼントしますね」
「いいんですか!?」
「もっちろんです!」
山田が嬉しさの余り泣き出したので、瑞希は指でその涙を拭った。
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