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三章
二十話 テスト勉強
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ベンチに座ったまま待っていた翠は空を見上げた。もう夕陽は落ちて月が顔を出していた。街灯で周囲は明るくなる。
(やっぱり早く瑞希さんから伊吹さんを離さないとなぁ。いつもあの人のペースに巻き込まれちゃうし)
公園の多目的トイレに入っていったが、鍵を閉めてしまったらしく入れなかった。
瑞希が行き過ぎた事をしていなければいいが、と心配しつつ、出来る事は何もない。
大方、ドSの本能に目覚めたのだろうと想像は出来るし、信頼もしていないわけでもないが。
瑞希は伊吹相手だと少し、手加減がないように思える。伊吹が喜ぶ事を命の危険が及ばない範囲でしているのは分かってはいるが。
それでも不安なものは不安なのだ。
落ち着かない気分で待っていると、靴が地面を擦る音が聞こえた。
あまり人通りのない道だからだろう、足音がすぐに聞こえた。瑞希が伊吹を支えながら戻ってきた。
「伊吹さん! 瑞希さん!」
伊吹を連れて行った時は、少し様子のおかしかった瑞希だったが、今はスッキリした顔をしている。
翠は立ち上がると走った。
あと数歩というところまで近付くと、瑞希が伊吹をドンっと押したのだ。
伊吹は翠の胸に倒れ込んだ。
「ほら、後は翠君に任せたよ」
胸の中に伊吹がいる。先程まではどうなるかと不安だったが、翠を見つめてくる伊吹の顔を見ると安心出来た。
逆に、瑞希が少し拗ねたような顔を翠に向けている。
「瑞希さん、もうバイブとか貞操帯とか……」
「全部外したよ。何、翠君も伊吹を自分の思い通りにしたいのかな? 道具貸そうか?」
「そ、そんなわけ……」
「なーんてね。まぁ当分伊吹に道具の使用は禁止ね。
あ、伊吹。針刺したんだからくれぐれもオナニーとかエッチとか土曜までしちゃダメだよ~。
土曜は乱パでしょ。その日はさすがに伊吹も参加するだろうから、それまでオナ禁ね」
瑞希が言うと翠は驚愕に顔を青ざめさせた。針を刺したのならどこにだろうか。
翠が以前伊吹にされたように乳首に刺されたのかと思案する。
あの痛みは耐え難いものだ。
「針ってなんですか!?」
「針責めだよ。翠君もおっぱいにした事あるんだよね? 伊吹はおチンチンにしたの。っていっても皮の部分ね」
視界が真っ暗になりそうだった。感情のままに瑞希に怒りをぶつけようとしたのだが、いきなり瑞希が翠のズボン越しに男性器を握ろうとしてきた。
間一髪で避けた……と同時に素に戻り、怒りを抑えられた。
「どこ触ろうとしてるんです!?」
「翠君怖かったから僕なりの防御だよ。
そいうわけだから性的な刺激与えないようにね」
「そんなところに刺すなんて、伊吹さんに何かあったらどうするんです!?」
「たまにやるし。伊吹の好きなプレイしただけだよ。心配しなくていい、伊吹は慣れてる」
伊吹と出会うまでアブノーマルなプレイに関わりがなかった翠より、長年アブノーマルに浸かってきた二人には、限度が分かっているのだと牽制される。
理解は出来ないが、受け止める事にした。
「そうなんですね。あの……もし勃ってしまったら?」
「うーんと、とにかく弄らないようにね。バイ菌入って亀頭包皮炎? とかになっても大変だろうし。分かった?」
「分かってるよ。なぁ瑞希……」
伊吹は心配そうな顔を瑞希に向けていた。
「なーに?」
「もし何か悩んでるなら俺に言えよ。何度も言うけど、瑞希は俺の大事な人なんだから」
「それ、翠君の前で言っていいの?」
瑞希の視線がチラリと翠に向いた。翠が嫉妬するのを心配しているような口振りだ。
顔には出さないが、勿論嫉妬はする。
だが、それとこれは別だ。今の伊吹にとって瑞希が大事なのは事実なのだから。
後はどうやって瑞希を引き剥がすか、それしか考えていない。今は理解のある彼氏を演じるだけだ。
「翠には理解してもらう。出来なくてもそうしてもらう。だから……変な妄想すんなよ。お前は明るく見せるけど、結構ネガティブなんだから」
図星だったようだ。瑞希は気まずそうに視線を落とした。だがすぐに持ち直す。
何も悩みなどなさそうな笑顔を向けてきた。
(必死だな。多分、弱味を見せたくないんだよな? 多分、俺と同じでプライド高いから)
翠は瑞希と似た者同士だと認識している。伊吹を好きな気持ちも、嫉妬する気持ちも、伊吹を支配したい気持ちも、お互い同じだとどこかで気付いている。
だからといって譲る気はサラサラないが。
「余計なお世話だよ~だ。じゃあ、また明日ね。来週のSMショーはやるんだから、テスト期間中でもプレイ内容は考えないとだよ」
「おう、じゃーな」
「瑞希さん、また明日」
そして瑞希は去っていった。二人取り残される。周りには誰もいない。
翠は伊吹をぎゅっと強く抱き締めた。邪魔者がいない二人きりは幸せだ。
「なんだよ、翠。そんな甘えてきてどうした? 寂しかった?」
「はい。寂しかったです」
「瑞希がごめんな」
「伊吹さんが謝る事じゃないです。けど、寂しかった分、明日まで伊吹さんと一緒にいますから」
「おう」
その後、明日の試験勉強をしないといけないと伊吹が言い出したので、伊吹と一度ラブピーチに行き、勉強道具一式を持って翠の自宅アパートに戻った。
二人で勉強会だ。
「一年は選択科目も多いから大変だよなぁ。俺は必修だけだから、試験自体は多くないんだけど」
「それでも三年の必修は難しいんじゃないんですかね?」
「いや、それ程でも。今も授業内容の確認してるだけだし。レポート提出で終わる授業もあるし。
難しい内容ではないかな」
「俺は明日から一日多くても四教科は試験あるので、ちょっと辛いです」
「じゃあ来週のSMショーも休みにしとく?」
「いえ。月、水、金の練習時間減らしてもらえれば……」
正直、SMショーで得られる報酬が目当てだ。普通の大学生がアルバイトで得られる以上の報酬を貰えている。
隔週になったのは痛手だが、早く責め方を覚えてまた週一に戻れば生活費は余裕になるだろう。
親からの仕送りも少なくない金額ではあるが……。
「それかウチのホテル泊まる? いちいちホテル寄って家帰って勉強ってのも、効率悪いだろ。
一部屋くらいタダで貸すし、乱パない日は七階使えばいいよ」
「いいんですか!?」
瑞希が言っていた事を思い出す。翠が瑞希にSのやり方を教えて欲しいと願い求めた時だ。
『僕はプロとしての仕事をするつもりだよ。そこに報酬が発生するのは当然の事でしょ。まして、翠君は僕の恋人でも家族でもなんでもないわけで』
──と。
本来なら利用料金が発生する部屋代だが、伊吹の恋人だから無償で貸してもらえるという事だ。
瑞希によって社会の厳しさを教えられていた翠にとって、伊吹はそんな厳しい中にも優しさがあると教えてくれているようだった。
「うん、いいよ。翠は特別」
「ありがとうございます! テスト終わったらお礼させてくださいね。ほら、ボーリングで負けた方が夜ご飯奢るって約束も、果たせてないじゃないですか。
その約束も果たしましょう」
「あー、そんな約束したっけ? よく覚えてんなぁ。覚えてなければ奢らずに済んだのに」
「忘れませんよ。むしろ伊吹さんに奢りたいくらいなんですからね。楽しみにしてて下さい」
伊吹が優しい笑顔を向けて頷いたのだが、その瞬間、翠の鼻からノートにポタポタと何かが落ちた。
「ちょっ……翠!? ティッシュティッシュ!」
伊吹の笑顔が嬉しくて、尊くて、翠はだらしなく顔を緩めながら鼻血を流していたのだった。
その後は二人で夜ご飯を作り、伊吹を刺激してはいけないのでそれぞれシャワーを浴びる。
布団に入る前に、軽いキスをした。一切の性的なものを感じさせない慈愛のキス。唇を離すと二人は視線を交わし合い、お互いが照れ臭そうに微笑んだ。
伊吹をベッドで寝かせ、翠は床に布団を敷いて眠った。
(同棲したらこんな感じなのかな……毎日続いたら幸せ過ぎて死ねるかもしれない)
などと考えながら、幸せな心地で眠りに就いたのだった。
(やっぱり早く瑞希さんから伊吹さんを離さないとなぁ。いつもあの人のペースに巻き込まれちゃうし)
公園の多目的トイレに入っていったが、鍵を閉めてしまったらしく入れなかった。
瑞希が行き過ぎた事をしていなければいいが、と心配しつつ、出来る事は何もない。
大方、ドSの本能に目覚めたのだろうと想像は出来るし、信頼もしていないわけでもないが。
瑞希は伊吹相手だと少し、手加減がないように思える。伊吹が喜ぶ事を命の危険が及ばない範囲でしているのは分かってはいるが。
それでも不安なものは不安なのだ。
落ち着かない気分で待っていると、靴が地面を擦る音が聞こえた。
あまり人通りのない道だからだろう、足音がすぐに聞こえた。瑞希が伊吹を支えながら戻ってきた。
「伊吹さん! 瑞希さん!」
伊吹を連れて行った時は、少し様子のおかしかった瑞希だったが、今はスッキリした顔をしている。
翠は立ち上がると走った。
あと数歩というところまで近付くと、瑞希が伊吹をドンっと押したのだ。
伊吹は翠の胸に倒れ込んだ。
「ほら、後は翠君に任せたよ」
胸の中に伊吹がいる。先程まではどうなるかと不安だったが、翠を見つめてくる伊吹の顔を見ると安心出来た。
逆に、瑞希が少し拗ねたような顔を翠に向けている。
「瑞希さん、もうバイブとか貞操帯とか……」
「全部外したよ。何、翠君も伊吹を自分の思い通りにしたいのかな? 道具貸そうか?」
「そ、そんなわけ……」
「なーんてね。まぁ当分伊吹に道具の使用は禁止ね。
あ、伊吹。針刺したんだからくれぐれもオナニーとかエッチとか土曜までしちゃダメだよ~。
土曜は乱パでしょ。その日はさすがに伊吹も参加するだろうから、それまでオナ禁ね」
瑞希が言うと翠は驚愕に顔を青ざめさせた。針を刺したのならどこにだろうか。
翠が以前伊吹にされたように乳首に刺されたのかと思案する。
あの痛みは耐え難いものだ。
「針ってなんですか!?」
「針責めだよ。翠君もおっぱいにした事あるんだよね? 伊吹はおチンチンにしたの。っていっても皮の部分ね」
視界が真っ暗になりそうだった。感情のままに瑞希に怒りをぶつけようとしたのだが、いきなり瑞希が翠のズボン越しに男性器を握ろうとしてきた。
間一髪で避けた……と同時に素に戻り、怒りを抑えられた。
「どこ触ろうとしてるんです!?」
「翠君怖かったから僕なりの防御だよ。
そいうわけだから性的な刺激与えないようにね」
「そんなところに刺すなんて、伊吹さんに何かあったらどうするんです!?」
「たまにやるし。伊吹の好きなプレイしただけだよ。心配しなくていい、伊吹は慣れてる」
伊吹と出会うまでアブノーマルなプレイに関わりがなかった翠より、長年アブノーマルに浸かってきた二人には、限度が分かっているのだと牽制される。
理解は出来ないが、受け止める事にした。
「そうなんですね。あの……もし勃ってしまったら?」
「うーんと、とにかく弄らないようにね。バイ菌入って亀頭包皮炎? とかになっても大変だろうし。分かった?」
「分かってるよ。なぁ瑞希……」
伊吹は心配そうな顔を瑞希に向けていた。
「なーに?」
「もし何か悩んでるなら俺に言えよ。何度も言うけど、瑞希は俺の大事な人なんだから」
「それ、翠君の前で言っていいの?」
瑞希の視線がチラリと翠に向いた。翠が嫉妬するのを心配しているような口振りだ。
顔には出さないが、勿論嫉妬はする。
だが、それとこれは別だ。今の伊吹にとって瑞希が大事なのは事実なのだから。
後はどうやって瑞希を引き剥がすか、それしか考えていない。今は理解のある彼氏を演じるだけだ。
「翠には理解してもらう。出来なくてもそうしてもらう。だから……変な妄想すんなよ。お前は明るく見せるけど、結構ネガティブなんだから」
図星だったようだ。瑞希は気まずそうに視線を落とした。だがすぐに持ち直す。
何も悩みなどなさそうな笑顔を向けてきた。
(必死だな。多分、弱味を見せたくないんだよな? 多分、俺と同じでプライド高いから)
翠は瑞希と似た者同士だと認識している。伊吹を好きな気持ちも、嫉妬する気持ちも、伊吹を支配したい気持ちも、お互い同じだとどこかで気付いている。
だからといって譲る気はサラサラないが。
「余計なお世話だよ~だ。じゃあ、また明日ね。来週のSMショーはやるんだから、テスト期間中でもプレイ内容は考えないとだよ」
「おう、じゃーな」
「瑞希さん、また明日」
そして瑞希は去っていった。二人取り残される。周りには誰もいない。
翠は伊吹をぎゅっと強く抱き締めた。邪魔者がいない二人きりは幸せだ。
「なんだよ、翠。そんな甘えてきてどうした? 寂しかった?」
「はい。寂しかったです」
「瑞希がごめんな」
「伊吹さんが謝る事じゃないです。けど、寂しかった分、明日まで伊吹さんと一緒にいますから」
「おう」
その後、明日の試験勉強をしないといけないと伊吹が言い出したので、伊吹と一度ラブピーチに行き、勉強道具一式を持って翠の自宅アパートに戻った。
二人で勉強会だ。
「一年は選択科目も多いから大変だよなぁ。俺は必修だけだから、試験自体は多くないんだけど」
「それでも三年の必修は難しいんじゃないんですかね?」
「いや、それ程でも。今も授業内容の確認してるだけだし。レポート提出で終わる授業もあるし。
難しい内容ではないかな」
「俺は明日から一日多くても四教科は試験あるので、ちょっと辛いです」
「じゃあ来週のSMショーも休みにしとく?」
「いえ。月、水、金の練習時間減らしてもらえれば……」
正直、SMショーで得られる報酬が目当てだ。普通の大学生がアルバイトで得られる以上の報酬を貰えている。
隔週になったのは痛手だが、早く責め方を覚えてまた週一に戻れば生活費は余裕になるだろう。
親からの仕送りも少なくない金額ではあるが……。
「それかウチのホテル泊まる? いちいちホテル寄って家帰って勉強ってのも、効率悪いだろ。
一部屋くらいタダで貸すし、乱パない日は七階使えばいいよ」
「いいんですか!?」
瑞希が言っていた事を思い出す。翠が瑞希にSのやり方を教えて欲しいと願い求めた時だ。
『僕はプロとしての仕事をするつもりだよ。そこに報酬が発生するのは当然の事でしょ。まして、翠君は僕の恋人でも家族でもなんでもないわけで』
──と。
本来なら利用料金が発生する部屋代だが、伊吹の恋人だから無償で貸してもらえるという事だ。
瑞希によって社会の厳しさを教えられていた翠にとって、伊吹はそんな厳しい中にも優しさがあると教えてくれているようだった。
「うん、いいよ。翠は特別」
「ありがとうございます! テスト終わったらお礼させてくださいね。ほら、ボーリングで負けた方が夜ご飯奢るって約束も、果たせてないじゃないですか。
その約束も果たしましょう」
「あー、そんな約束したっけ? よく覚えてんなぁ。覚えてなければ奢らずに済んだのに」
「忘れませんよ。むしろ伊吹さんに奢りたいくらいなんですからね。楽しみにしてて下さい」
伊吹が優しい笑顔を向けて頷いたのだが、その瞬間、翠の鼻からノートにポタポタと何かが落ちた。
「ちょっ……翠!? ティッシュティッシュ!」
伊吹の笑顔が嬉しくて、尊くて、翠はだらしなく顔を緩めながら鼻血を流していたのだった。
その後は二人で夜ご飯を作り、伊吹を刺激してはいけないのでそれぞれシャワーを浴びる。
布団に入る前に、軽いキスをした。一切の性的なものを感じさせない慈愛のキス。唇を離すと二人は視線を交わし合い、お互いが照れ臭そうに微笑んだ。
伊吹をベッドで寝かせ、翠は床に布団を敷いて眠った。
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