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三章
十五話 大事な人
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加藤からの電話に、伊吹は少し戸惑いながらも部屋の隅に移動してから通話を開始した。
ワンフロアの部屋は広い。遠くにいれば参加者達の声は電話の相手にまでは聞こえないし、監視も続ける事が出来る。
「もしもし?」
「久しぶりだな、篠」
「おう。なんだよ?」
久々に聞く加藤の声は、約二年三ヶ月前に高校の卒業式の日に最後別れた時と変わらない。あれから一度も連絡を取った事はないが、堅い口調を聞くと懐かしいものがある。
「久しぶりに連絡を取ってみれば、余計なお世話とはなんだ」
伊吹の返信に対するクレームだった。会話したくない相手だから適当にあしらったというのに、これでは本末転倒だ。
早く電話を終わらせようと本題に入る。
「いきなり何の用だよ? 相変わらず瑞希大好きだな」
「……」
加藤は答えないが、顔でも赤くしているんだろうとすぐに想像が出来た。高校時代、よく瑞希に照れた顔を見せないようにしていた。伊吹からは丸見えだったが。
「お前が瑞希を好きなのはお前の自由だ。それと同じだけ、俺が瑞希とどう付き合おうが俺の自由だろ。
瑞希が何か言ったのかよ?」
「それは言えない。けど、瑞希は浮気相手なんだろ? 篠の彼氏の心が広がろうが、そういうふらついた付き合い方はどうかと思う」
「言いたい事はそれだけか? それなら話す事は何もねぇ、切るぞ」
「待てよ!」
「なんだよ?」
苛立つ気持ちを抑えて聞き返す。本当なら怒鳴りたいところだが、乱交パーティーの最中にそんな事は出来ない。
「篠は瑞希の事、ちゃんと好きなのか? それだけが知りたい」
「お前さ、瑞希にちょっと頼られてるからって勘違いすんなよ。
瑞希は俺にとっちゃ特別だ。好きだの嫌いだのって簡単に言える相手じゃない」
「じゃあなんで瑞希以外に彼氏がいるんだよ!?」
「アイツは……瑞希とはまた違った意味で特別な奴なんだ。こっちの事情なんも知らねぇ癖に。もうこれ以上口出ししてくんなよ」
伊吹は容赦なく電話を切った。乱交パーティーをしている方に目を向けると、横になっている男の上に背面騎乗位で上下に揺さぶられている瑞希が伊吹を見ていた。
どう見ても自分から動いているというより、下から突き上げられて、揺らされている様子だ。
(加藤に俺達の関係の事を相談した? 何に悩んでるんだ?)
目が合う。切なげに喘ぐ瑞希を見て、他の男に抱かれている事に対して何の感情も抱けない。
瑞希が楽しそうならそれでいいと思っている。
ただ、瑞希の目が、伊吹に嫉妬して欲しいと言っている。それは伝わっている。
(瑞希は……俺が翠にしているような恋を俺にしている……んだよな。なんか想像つかないけど)
分かっているが、瑞希を彼氏として受け入れる以外に方法がない。伊吹の恋心は翠だけのものだ。瑞希には向けられない。
瑞希が誰と肉体関係を持とうと、何とも思えない。
見ていると瑞希の口が開いた。声は出ていないが、口の動きだけで何かを伝えようとしている。
『だ』
『い』
『す』
『き』
ゆっくりと動く唇。伊吹はすぐに何を言っているのか分かった。
だが、顔を真っ赤にした瑞希は伊吹から目を逸らした。そして、近付いてきた参加者の男性器にフェラを始めた。
瑞希が幸せそうに性器をしゃぶりながらも、視線はこちらを向けている。見慣れた光景だというのに、何故か目が離せなかった。
パーティーが終わり、参加者はガヤガヤと解散した。勿論、乱交パーティーの存在を隠す為に二人一組になってカップルのフリをして出てもらう。
ここまでしても、いつ知られてしまうか分からない。柊の存在が脳裏を掠める。
このまま続けて、スパイを送られたりして、本当に乱交パーティーの証拠を押さえられて訴えられでもしたら、契約書の意味が無くなる。
それだけはどうしても避けたい。
「そろそろやめ時かな。どう思う?」
ソファーに座っている伊吹がポツリと呟くと、部屋に残って全裸のままベッドに横になっている瑞希が問う。
「乱パ?」
「そうだよ。俺達付き合ってんのに、他人に混ざってセックスとか……やっぱり……」
本心ではない。乱交パーティーは楽しいから好きだし、隠蔽工作は必要だが、きちんとホテルの利益に計上している。
なくしてしまうデメリットの方も大きいのは確かだ。
「えーでも、さっき伊吹が言ったんだよ? 伊吹一人で僕の相手が務まるとは思ってないって。
僕の唯一の楽しみなのにぃ。主従関係切ったの間違いだったかなぁ?
前の伊吹だったら、自分はどうなってもいいって言って僕の言う事聞いてくれたのに」
「捕まった時のリスク考えろよ。今までは瑞希の為なら破滅していいって思って、この乱パを続けてたけど……。
破滅しちゃいけないんだ。お前も、翠も、大事にしなくちゃなんねぇ」
瑞希は、伊吹の覚悟を本物だと理解したようで、それ以上の反論はせずに頷いた。
分かっていたのだろう。いつかは終わりが来ると。
「分かった。とりあえず、予約が決まってるところまでは開催しよう? 確か、来週の土曜までだよね?」
「ああ」
「じゃあ決まり! 来週の土曜で乱パの開催は一旦終了でいいかな?」
「そうだな。今まで参加してくれてた人達、納得してくれるといいけどな」
「大丈夫。そういう人しか僕は紹介してないよ」
「他の参加者の紹介で参加してた人もいるんだぞ? 反対する人もいるんだろうなぁ」
「そしたら黙らせればいいよね? 僕達のやり方でさ」
瑞希がクスリと悪い笑みを浮かべた。
「それ、思いっきり俺が手ぇ汚すヤツじゃねぇか」
「今まではそうだったね。僕への償いとして、悪事の実行は伊吹にやらせてきた。
これからは全部僕がやるよ。本当は伊吹はそういうの苦手だもんね?」
高校三年生の時、瑞希に命令されたとはいえ、伊吹が人を殺しそうになった事件から、瑞希に都合の悪い人間を排除してきたのは伊吹だ。
柊にした事と同じような事をしてきた。いわゆる、リンチというやつだ。
殴る蹴る等の暴力を振るうわけではないが、アナル拡張や、乳首や性器等性感帯への責めを中心としている為、人間として、男としての尊厳を傷付けるような行為をしてきた。
「そんな程度の低い事、わざわざ瑞希がやる必要ないだろ。それくらい俺が何度だってやってやるし」
急に瑞希が起き上がった。伊吹の隣に座り、両手を握ってくる。火照った瑞希の身体は熱く、手の温もりが伊吹を包む。
「もうしなくていいよ。しないで欲しい。伊吹に辛い思いはさせたくない。本当は嫌いでしょ?」
簡単に嫌いだと言えない。それは今まで瑞希が無理矢理伊吹が嫌がる事を強要した事になる。
事実ではあるが、頷けば瑞希が傷付くような気がして頷けない。
「瑞希はもう俺との主従関係はないんだよな?」
「そうだよ? SMプレイはあくまでプレイ。僕達の間に主従関係はないよ」
「うん。恋人で、たまにSMプレイで遊ぶだけの関係だ。だから本音を言うよ」
「うん、はっきり言ってね」
「俺は瑞希の為なら何だってする。何だって出来るよ。それが嫌な事でも」
「伊吹……」
「ドMだから言ってるんじゃない。瑞希が大事だからだ。瑞希が何を悩んでるか知らないけど、俺にとって瑞希は大事な人なんだから。
あんま変な事考えるなよ、悩みがあるなら俺に言えよな」
「……あはは、全部お見通し? 大事にされるような事してないのに」
当たり前だ、と瑞希を抱き締める。
「今までだって、俺の事ずっと大事にしてくれてたろ。そんな瑞希を大事にするのは当然なんだよ」
「伊吹……」
伊吹の背に両手を回す瑞希が愛しくて、強く抱く。そして、そのまま押し倒した。
「確かに翠に対する好きとは違うよ。でも、何度だって言うけど、お前は家族みたいに……思ってる」
「面倒な事、聞いていい?」
「うん?」
「翠君と僕、どっちが一番?」
答えようのない質問に、伊吹は居心地の悪さを感じ、焦燥感に駆られる。
伊吹が困るのを分かっていて聞いていると分かるが、本当に答えに窮するものだ。
「えっ……えっーと。それは答えに困るっつーか。好きの種類が違うっていうか。でも一度はお前の方を選んだわけで……その……」
しどろもどろになっていると、瑞希が伊吹を押しのけて起き上がった。伊吹を残して立ち上がる。
「ふふっ。今日は僕疲れちゃったし、伊吹とエッチ出来ないや。それに伊吹も安静にしてなきゃでしょ~?」
「瑞希、答えは……」
「いいよ。知ってて意地悪しただけ。でも即答出来なかった罰は受けないとねぇ?」
瑞希は腹黒そうな顔でニヤニヤと伊吹を見下ろしている。ご主人様としての顔ではなく、何かを企んでいる様子だ。
「なんだよ?」
「明日。日曜日、僕とデートして! 朝から夜までずっと一緒にいよう?」
「はぁ?」
どんなSMプレイをするのかと期待していた伊吹は拍子抜けた。瑞希の言う罰は、いつだって伊吹を苦しめながらも絶頂へと導くものなのに。
ただのデートとは、肩透かしだ。
「でも、翠にSの責めを教えるからSMショーを隔週にするんじゃなかったのかよ?」
「いや? 翠君に教えるのは平日。講習は週一だけど、週二で翠君に練習する時間あげるの。それは僕も付き添うつもりなんだ。
いつも僕達がSMショーに向けて流れを話し合ったり練習してた時間を使うから、毎週のSMショーは無理って言ったの」
「そうか……」
「それに。来週から伊吹も翠君も前期のテスト期間でしょ? 実際教えるのはテスト後だよ」
「テスト? なんの?」
「前期の期末試験? 同じ時期にやるって翠君から聞いたけど……」
「そういえば……! 試験の事忘れてた! 明後日から試験だ!」
最近色々な事が起こり過ぎて忘れていた。伊吹がショックを受けていると、話しながら服を着始めた瑞希が呆れていた。
「伊吹の本業は学生なんだから。ちゃんと勉強しないと」
「大丈夫。ウチの試験で落ちる奴なんていないから」
学力だけを考慮するならもう少し上位の大学にも進学出来た伊吹だが、乱交パーティーや地下イベント、そしてSMに力を入れる為、わざわざFランク大学に入ったのだ。
勉強に力を入れるわけがない。
「そう? まぁ心配はしてないけどね。意外と真面目だし」
「つか、試験前って分かってんのにデート誘うなよなぁ」
デートで何をするつもりか知らないが、合間に試験勉強すればいいやと、楽観的に考えていた。
だが、そんな考えはすぐに瑞希に読まれてしまう。
「まさか、僕とのデートが普通のデートと思わないよね? このホテルの外でたっぷりいたぶってやるから、覚悟しろよ」
「……はい!」
その瞬間、試験の事など記憶の向こうへと追いやられた。
瑞希の言葉に再度期待に胸を膨らませた伊吹の精神は奴隷と成り下がり、恍惚とした表情を見せたのだった。
ワンフロアの部屋は広い。遠くにいれば参加者達の声は電話の相手にまでは聞こえないし、監視も続ける事が出来る。
「もしもし?」
「久しぶりだな、篠」
「おう。なんだよ?」
久々に聞く加藤の声は、約二年三ヶ月前に高校の卒業式の日に最後別れた時と変わらない。あれから一度も連絡を取った事はないが、堅い口調を聞くと懐かしいものがある。
「久しぶりに連絡を取ってみれば、余計なお世話とはなんだ」
伊吹の返信に対するクレームだった。会話したくない相手だから適当にあしらったというのに、これでは本末転倒だ。
早く電話を終わらせようと本題に入る。
「いきなり何の用だよ? 相変わらず瑞希大好きだな」
「……」
加藤は答えないが、顔でも赤くしているんだろうとすぐに想像が出来た。高校時代、よく瑞希に照れた顔を見せないようにしていた。伊吹からは丸見えだったが。
「お前が瑞希を好きなのはお前の自由だ。それと同じだけ、俺が瑞希とどう付き合おうが俺の自由だろ。
瑞希が何か言ったのかよ?」
「それは言えない。けど、瑞希は浮気相手なんだろ? 篠の彼氏の心が広がろうが、そういうふらついた付き合い方はどうかと思う」
「言いたい事はそれだけか? それなら話す事は何もねぇ、切るぞ」
「待てよ!」
「なんだよ?」
苛立つ気持ちを抑えて聞き返す。本当なら怒鳴りたいところだが、乱交パーティーの最中にそんな事は出来ない。
「篠は瑞希の事、ちゃんと好きなのか? それだけが知りたい」
「お前さ、瑞希にちょっと頼られてるからって勘違いすんなよ。
瑞希は俺にとっちゃ特別だ。好きだの嫌いだのって簡単に言える相手じゃない」
「じゃあなんで瑞希以外に彼氏がいるんだよ!?」
「アイツは……瑞希とはまた違った意味で特別な奴なんだ。こっちの事情なんも知らねぇ癖に。もうこれ以上口出ししてくんなよ」
伊吹は容赦なく電話を切った。乱交パーティーをしている方に目を向けると、横になっている男の上に背面騎乗位で上下に揺さぶられている瑞希が伊吹を見ていた。
どう見ても自分から動いているというより、下から突き上げられて、揺らされている様子だ。
(加藤に俺達の関係の事を相談した? 何に悩んでるんだ?)
目が合う。切なげに喘ぐ瑞希を見て、他の男に抱かれている事に対して何の感情も抱けない。
瑞希が楽しそうならそれでいいと思っている。
ただ、瑞希の目が、伊吹に嫉妬して欲しいと言っている。それは伝わっている。
(瑞希は……俺が翠にしているような恋を俺にしている……んだよな。なんか想像つかないけど)
分かっているが、瑞希を彼氏として受け入れる以外に方法がない。伊吹の恋心は翠だけのものだ。瑞希には向けられない。
瑞希が誰と肉体関係を持とうと、何とも思えない。
見ていると瑞希の口が開いた。声は出ていないが、口の動きだけで何かを伝えようとしている。
『だ』
『い』
『す』
『き』
ゆっくりと動く唇。伊吹はすぐに何を言っているのか分かった。
だが、顔を真っ赤にした瑞希は伊吹から目を逸らした。そして、近付いてきた参加者の男性器にフェラを始めた。
瑞希が幸せそうに性器をしゃぶりながらも、視線はこちらを向けている。見慣れた光景だというのに、何故か目が離せなかった。
パーティーが終わり、参加者はガヤガヤと解散した。勿論、乱交パーティーの存在を隠す為に二人一組になってカップルのフリをして出てもらう。
ここまでしても、いつ知られてしまうか分からない。柊の存在が脳裏を掠める。
このまま続けて、スパイを送られたりして、本当に乱交パーティーの証拠を押さえられて訴えられでもしたら、契約書の意味が無くなる。
それだけはどうしても避けたい。
「そろそろやめ時かな。どう思う?」
ソファーに座っている伊吹がポツリと呟くと、部屋に残って全裸のままベッドに横になっている瑞希が問う。
「乱パ?」
「そうだよ。俺達付き合ってんのに、他人に混ざってセックスとか……やっぱり……」
本心ではない。乱交パーティーは楽しいから好きだし、隠蔽工作は必要だが、きちんとホテルの利益に計上している。
なくしてしまうデメリットの方も大きいのは確かだ。
「えーでも、さっき伊吹が言ったんだよ? 伊吹一人で僕の相手が務まるとは思ってないって。
僕の唯一の楽しみなのにぃ。主従関係切ったの間違いだったかなぁ?
前の伊吹だったら、自分はどうなってもいいって言って僕の言う事聞いてくれたのに」
「捕まった時のリスク考えろよ。今までは瑞希の為なら破滅していいって思って、この乱パを続けてたけど……。
破滅しちゃいけないんだ。お前も、翠も、大事にしなくちゃなんねぇ」
瑞希は、伊吹の覚悟を本物だと理解したようで、それ以上の反論はせずに頷いた。
分かっていたのだろう。いつかは終わりが来ると。
「分かった。とりあえず、予約が決まってるところまでは開催しよう? 確か、来週の土曜までだよね?」
「ああ」
「じゃあ決まり! 来週の土曜で乱パの開催は一旦終了でいいかな?」
「そうだな。今まで参加してくれてた人達、納得してくれるといいけどな」
「大丈夫。そういう人しか僕は紹介してないよ」
「他の参加者の紹介で参加してた人もいるんだぞ? 反対する人もいるんだろうなぁ」
「そしたら黙らせればいいよね? 僕達のやり方でさ」
瑞希がクスリと悪い笑みを浮かべた。
「それ、思いっきり俺が手ぇ汚すヤツじゃねぇか」
「今まではそうだったね。僕への償いとして、悪事の実行は伊吹にやらせてきた。
これからは全部僕がやるよ。本当は伊吹はそういうの苦手だもんね?」
高校三年生の時、瑞希に命令されたとはいえ、伊吹が人を殺しそうになった事件から、瑞希に都合の悪い人間を排除してきたのは伊吹だ。
柊にした事と同じような事をしてきた。いわゆる、リンチというやつだ。
殴る蹴る等の暴力を振るうわけではないが、アナル拡張や、乳首や性器等性感帯への責めを中心としている為、人間として、男としての尊厳を傷付けるような行為をしてきた。
「そんな程度の低い事、わざわざ瑞希がやる必要ないだろ。それくらい俺が何度だってやってやるし」
急に瑞希が起き上がった。伊吹の隣に座り、両手を握ってくる。火照った瑞希の身体は熱く、手の温もりが伊吹を包む。
「もうしなくていいよ。しないで欲しい。伊吹に辛い思いはさせたくない。本当は嫌いでしょ?」
簡単に嫌いだと言えない。それは今まで瑞希が無理矢理伊吹が嫌がる事を強要した事になる。
事実ではあるが、頷けば瑞希が傷付くような気がして頷けない。
「瑞希はもう俺との主従関係はないんだよな?」
「そうだよ? SMプレイはあくまでプレイ。僕達の間に主従関係はないよ」
「うん。恋人で、たまにSMプレイで遊ぶだけの関係だ。だから本音を言うよ」
「うん、はっきり言ってね」
「俺は瑞希の為なら何だってする。何だって出来るよ。それが嫌な事でも」
「伊吹……」
「ドMだから言ってるんじゃない。瑞希が大事だからだ。瑞希が何を悩んでるか知らないけど、俺にとって瑞希は大事な人なんだから。
あんま変な事考えるなよ、悩みがあるなら俺に言えよな」
「……あはは、全部お見通し? 大事にされるような事してないのに」
当たり前だ、と瑞希を抱き締める。
「今までだって、俺の事ずっと大事にしてくれてたろ。そんな瑞希を大事にするのは当然なんだよ」
「伊吹……」
伊吹の背に両手を回す瑞希が愛しくて、強く抱く。そして、そのまま押し倒した。
「確かに翠に対する好きとは違うよ。でも、何度だって言うけど、お前は家族みたいに……思ってる」
「面倒な事、聞いていい?」
「うん?」
「翠君と僕、どっちが一番?」
答えようのない質問に、伊吹は居心地の悪さを感じ、焦燥感に駆られる。
伊吹が困るのを分かっていて聞いていると分かるが、本当に答えに窮するものだ。
「えっ……えっーと。それは答えに困るっつーか。好きの種類が違うっていうか。でも一度はお前の方を選んだわけで……その……」
しどろもどろになっていると、瑞希が伊吹を押しのけて起き上がった。伊吹を残して立ち上がる。
「ふふっ。今日は僕疲れちゃったし、伊吹とエッチ出来ないや。それに伊吹も安静にしてなきゃでしょ~?」
「瑞希、答えは……」
「いいよ。知ってて意地悪しただけ。でも即答出来なかった罰は受けないとねぇ?」
瑞希は腹黒そうな顔でニヤニヤと伊吹を見下ろしている。ご主人様としての顔ではなく、何かを企んでいる様子だ。
「なんだよ?」
「明日。日曜日、僕とデートして! 朝から夜までずっと一緒にいよう?」
「はぁ?」
どんなSMプレイをするのかと期待していた伊吹は拍子抜けた。瑞希の言う罰は、いつだって伊吹を苦しめながらも絶頂へと導くものなのに。
ただのデートとは、肩透かしだ。
「でも、翠にSの責めを教えるからSMショーを隔週にするんじゃなかったのかよ?」
「いや? 翠君に教えるのは平日。講習は週一だけど、週二で翠君に練習する時間あげるの。それは僕も付き添うつもりなんだ。
いつも僕達がSMショーに向けて流れを話し合ったり練習してた時間を使うから、毎週のSMショーは無理って言ったの」
「そうか……」
「それに。来週から伊吹も翠君も前期のテスト期間でしょ? 実際教えるのはテスト後だよ」
「テスト? なんの?」
「前期の期末試験? 同じ時期にやるって翠君から聞いたけど……」
「そういえば……! 試験の事忘れてた! 明後日から試験だ!」
最近色々な事が起こり過ぎて忘れていた。伊吹がショックを受けていると、話しながら服を着始めた瑞希が呆れていた。
「伊吹の本業は学生なんだから。ちゃんと勉強しないと」
「大丈夫。ウチの試験で落ちる奴なんていないから」
学力だけを考慮するならもう少し上位の大学にも進学出来た伊吹だが、乱交パーティーや地下イベント、そしてSMに力を入れる為、わざわざFランク大学に入ったのだ。
勉強に力を入れるわけがない。
「そう? まぁ心配はしてないけどね。意外と真面目だし」
「つか、試験前って分かってんのにデート誘うなよなぁ」
デートで何をするつもりか知らないが、合間に試験勉強すればいいやと、楽観的に考えていた。
だが、そんな考えはすぐに瑞希に読まれてしまう。
「まさか、僕とのデートが普通のデートと思わないよね? このホテルの外でたっぷりいたぶってやるから、覚悟しろよ」
「……はい!」
その瞬間、試験の事など記憶の向こうへと追いやられた。
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