乱交パーティー出禁の男

眠りん

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三章

十三話 センチメンタル

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 翠と契約を交わし、フェラを教えた後。
 瑞希はホテルの部屋の浴槽にお湯を張って、一人のんびりとバスタイムを楽しんでいた。

「ふー。生き返る~」

 瑞希は定住している場所がない。毎日身体は洗えているが、大体はシャワーで済ませる事が多く、風呂に入れるのはラブピーチの七階に泊まった時と、ビジネスホテルに泊まった時位である。
 湯船につかれる事がどれだけ幸せか──と考えると、部屋を借りなければと思わなくはないのだが……。

「今日はここに泊まってもいいかも、な~んて」

 独り言を言いながら風呂から出て、身体を洗ってから部屋に戻る。ふと、スマホに何かの通知があったらしく、ロック画面のまま画面が明るくなっていた。

 見ると、着信があったようだ。表示されている名前は「加藤進」だ。
 高校からの友人であり、つい先日加藤の部屋に一晩泊めてもらった。瑞希はすぐに折り返しの電話をかけると、加藤は数コールで出た。

「もしも~し!」

「瑞希か」

「加藤から僕に電話なんて珍しい事もあったもんだね? どしたん?」

「次、うち来るのいつ?」

 瑞希はきょとんとした。加藤は瑞希が泊まる事をあまり良い事だと思っていない。
 瑞希から連絡すれば、文句も言わずに泊めさせてはくれるが、加藤から泊まるよう言ってくる事は今まで一度もなかった。

「何何~? 僕に来て欲しいの? 僕に惚れちゃった!? も~そうなら早く言ってよ、今からでもセックスする!?」

「……」

「加藤?」

「こんの、ドアホ!!」

 加藤のあまりの怒号に、瑞希は片目をつむってスマホを耳から遠ざけた。キーンと耳鳴りがした。

「ちょっともー、鼓膜破れるかと思ったよ。もっと優しく言ってよね」

「何をアホな事言ってんだ。この前来た時忘れ物しただろ、いつ取りに来るんだよ?」

「忘れ物? してないよ」

「一万!」

 泊まった翌日、朝食と共に一万円札が置いてあった。瑞希はそれを放置して加藤の部屋を出たのだ。
 記憶に留める必要のない事だった為、瑞希はすっかり忘れていた。

「やだなぁ、もうっ。僕をヒモにでもして、毎日イチャイチャしたいって事? ダメだよ。僕をヒモにするなら一日一万は少な過ぎるゾ!」

「はぁ~……お前がそこまでバカだとは思ってなかった。昔はあんなに……」

「昔ってぇ、僕が加藤と仲良くなったのって三年前とかじゃなかった?」

「最初の頃のお前は、優しくて、一人だった俺に手を差し伸べてくれて……たまにセクハラっぽい事もされて困ったけど、良い奴だった」

「今も変わらないって。で? あの一万ってなんだったの?」

「俺が実家出た時に金に困ってて、お前が貸してくれたんだろ。出世払いでいいからって」

 ……と、言われて瑞希は「ああ!」と思い出した。二年前の事だ。初めての一人暮らしで、金銭面の管理が甘かった加藤に五千円を貸したことがあった。

「すっかり忘れてた。ていうかさ、貸したの五千円じゃん。それにあんなところにポンって置かれても分からないよ!」

「それは悪かった。出世したし、返すの遅くなったから倍にして返したんだ。悪いかよ」

「ぜーんぜん。それは加藤の気持ちだから有難く受け取っておくよ。今から家行っていい?」

「待ってる」

 瑞希はすぐに着替えてラブピーチを出た。タクシーを広い、加藤の住むマンション前で降ろしてもらった。
 部屋に着くと、加藤は前に会った時と変わらず、可愛いアニメキャラの女の子がプリントされたTシャツを着ており、特に色気のない乳首が服を押し上げている。ラフな半ズボンを穿いていて、裸足という姿だ。
 そんな加藤に瑞希は抱き着いた。

「加っ藤! 久しぶりだね」

「言う程久しぶりじゃないだろ。ひっつくな、どけ。つーか、何かあった? やけに元気だな」

 加藤は瑞希を自分から引き剥がし、わざとらしく嫌そうな顔を見せた。だが、瑞希は意に介さない。ニコニコと楽しげに振舞っている。

「えへへ~! 聞きたい? 聞きたい?」

「興味ねぇ」

「ひっどいなぁ! もう!」

「とにかく、この一万受け取ったら帰れよ」

 加藤は一万円札をずいっと出てきた。瑞希は受け取ってポケットに捩じ込むが、その場から動かない。

「ねーぇ? 今日も泊めてくれない?」

「はぁ~。お前、ちゃんと部屋借りろよ。お前の家族の事は大体事情知ってるけど、まともじゃない」

「ぶー! 僕の話ちゃーんと聞いてくれたらそんな事言えないと思うよ!」

「何? 実家に帰れたの?」

「ピンポン! 正解! さっすが加藤、察しいいねいいね!」

「じゃあ実家帰れよ」

「実家に許可を得て、今のまま放浪暮らししていい事になったんだよ~だ」

「マジかよ」

「マジマジ! あともう一つ報告。僕、伊吹と付き合う事になったよ」

「……」

 瑞希が真面目に言うと、加藤は数秒間驚愕の顔をした後に押し黙った。

「あー……そうかよ。じゃあな、もう俺にセクハラとかすんなよ。さすがに篠だってキレるんじゃないのか?」

「伊吹は怒らないよ。僕には絶対怒らない」

「長い付き合いだもんな。なんでも分かってますって?」

「まぁ、そうなんだけど……ね」

 瑞希は加藤に正面から寄りかかった。いつもなら嫌がる加藤も、瑞希の様子に困惑し、されるがままとなっている。

「何があった?」

「伊吹と付き合える事になったよ。僕、ずっと伊吹が好きだったの、子供の頃からずっと」

「うん」

「伊吹は僕を拒まなかった。受け入れてくれた。家族みたいに愛してるって言ってくれた」

「うん」

「本当に大好きな彼氏の翠君より僕を選んでくれた。僕を拒めないからって。僕が、伊吹を困らせたんだ」

「うん」

「結局、翠君が僕と伊吹が付き合う事を認めてくれて、伊吹は僕と翠君それぞれと付き合うことになってね」

「うん」

 加藤はただ頷きながら聞いている。おかしいと思った。いつもなら、もっと瑞希の発言を批判する筈だ。

「加藤、怒らないの? 倫理的におかしいとか、そんなの間違ってるとか、君ならそう言いそうだと思ったのに」

「お前らが納得してんなら俺は口出ししない。理解は出来ないが否定はしない」

「こんな時ばっか優しいんだから」

「それで? 瑞希は何が嫌なんだ?」

 ビクッと瑞希の身体が揺らいだ。本音をつつかれたようだった。
 そう、瑞希には不満があった。

「伊吹が僕を一番目に好きじゃない事。どうして翠君が一番なの? 僕はどうしたって二番目。それが嫌で嫌で仕方ない」

 瑞希は怒りをぶつけるように加藤の胸を何度か叩いた。力なく叩く瑞希の腕を加藤は掴んだ。

「篠だって感情がある、それを変える事は出来ないんだ。どこからどう見てもお前が邪魔だろ。
 俺は……みっ、瑞希の事が……好きだ。俺ならお前を一番に考えてやれる。変な仕事も辞めて、篠とも距離置けよ」

 加藤の腕の力が強くなり、瑞希は包むように優しく抱き締められた。こんな抱き締められ方はされた事もした事もない。
 相手を求めて離さないようにしているかのようだ。だからこそ瑞希は気付いてしまう。

(あぁ、僕、加藤を傷付けてたんだ)

 気持ちに応える事は出来ないのに、軽率な態度だった。加藤は甘えさせてくれるから、つい弱音を吐いてしまった。
 そんな事をしてはいけない相手だったのに──。瑞希はにっこりと、だが寂しそうな笑みを向けた。

「んー。それは無理かな」

 瑞希は加藤から離れ、背を向けた。玄関へと向かおうと歩き出すと、加藤が引き止めるように瑞希の肩に手を置いた。

「瑞希?」

「加藤の気持ち、知ってたのに頼ってごめんね。今日はどっか別のところ泊まるよ。話聞いてくれてありがと」

「……泊まっていけば? 何もしないって約束するなら客室を使っていい」

「断るよ。さすがにあんな告白聞いて、それ無視してお泊まりする程無神経じゃないよ」

「いや、お前は無神経な奴だろ? 俺が高校生の時にも告って、その時も振った癖に、俺にセクハラしまくって」

「加藤の気持ちも考えずに本当にごめんね。もうしない。若気の至りって事で許してもらえないかな?」

「怒ってないさ。何度かグラついたがな」

 瑞希は一度だけ振り返った。真面目な目で加藤を見つめる。加藤はいつもと変わらない厳かな顔付きだ。

「ありがとう。お陰で決心ついた。僕、もう少し頑張ってみるね」

「辛くなったら俺を頼れよ。振った相手だとか気にせずにな。俺はお前の幸せを願ってるから」

「加藤もね!」

 瑞希は頷いて手を振ると、玄関を出ていった。きっと、ここに来る事はもうないだろうと予感しながら。
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