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三章
七話 静かな喧嘩
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「もしかして、私と別れさえすれば翠さんが実家に戻るとお考えですか?」
伊吹は少し考えてから柊に問いを投げかけた。以前、翠が言っていた、
「兄は社会人になった今でも親の操り人形です。その兄が、伊吹さんの事を調べていました。
そして、俺を脅したんです。素直に家に帰るなら伊吹さんには何もしないって」
という言葉が頭の中で再生されたからだ。伊吹は記憶力は低い方だが、自分が関わるかもしれない面倒事等はきっちりと覚えている。
当然、翠の兄を警戒していたのだ。
「はい」
伊吹の問いに、柊は口を一瞬だけ動かして答えた。
「そうなんですね。では何故、どういうお考えで、私に手切れ金を出してまで翠さんと別れるよう迫るのか、説明していただけますか?」
「弟は愚かです。柳川の名を穢し、こんないかがわしい世界に身を投じ、こんな穢らわしいホテルを経営する低脳で低劣な底辺大学に通う男と恋仲になるなど、普通の感性では考えられません。
私から見たあなたの評価です、反論があるならどうぞ」
柊は変わらず淡々と答えた。自身だけでなく相手にも感情などないと思っているかのように暴言を発する。
「私に対する評価は否定しません。その通りですよ」
「そんな相手と少しの関係も持って欲しくありません。これは柳川家の総意です」
「なるほど。つまり、あなたはご両親に指示されて私の元に遣わされた……って事で合ってます?」
伊吹は馬鹿にする様に嘲笑してみせた。挑発したつもりだった。まだ親離れ出来ないの? と。
だが、柊に挑発は通じなかった。
「どう捉えていただいても構いません。目の前に三百万があり、あなたがそれを受け取れば終わる話ですから」
「私がこれを受け取ったとして、その後翠さんはどうなるのでしょうか?
大人しくご実家へ帰られるとは思えませんが」
「無理にでも連れ帰ります」
「彼がそれを望んでいないと分かりませんか」
「弟の意見は関係ありません。我が家では両親が決めた事が絶対ですから。
今までは好き勝手させてきましたが、もう反抗する気が起きないよう躾けます」
「躾……ね。翠はまだ大人ではありませんが、あと一年もすれば成人です。
彼の人生を縛る権利は親にだってない筈ですよね?」
伊吹は心の奥底から怒りが湧き上がっていた。親の都合で子供を縛り、子供の意見などお構いなしに言う事を聞かせる様が、自分の父親を想起させた。
伊吹を妻の代わりにし、性奴隷のようにした実父のような事はないのだろうが、根本は同じだ。
相手の都合など全て無視で、強制的に自分勝手な理想を押し付けている。伊吹はそれが許せない。
「一般論はそうでしょうが。柳川家はそんなものは通じません」
「あなたのお父様は一流企業の役員で、お母様は専業主婦、父方のご本家は元々武家の家系らしいですね。
確かに少しばかり格式の高い家柄なのでしょうが……あなたのお父様は分家筋でしょ。関係ないのでは?」
翠が乱交パーティーのルール違反を犯した時に調べたものだ。翠から兄に狙われていると聞いてから、入院したり退院後に瑞希の実家に行ったり忙しくしていたが、今日の午前中に急いで調べたものを確認し直した。
柊の弱味がないかを探っていたのだ。それは見つからず、悔しい思いをしていたのだが、今は確認しておいて良かったと内心安堵している。
「そこまで調べたのですか。それならこちらもカードを提示しましょうか。
脅迫はしたくなかったのですが。あなた乱交パーティーを開いているでしょう?」
「証拠は? 確かに毎週三日ほど紹介制の男子会を開いていますよ。
普通のラブホテルでも女子会とかやってるじゃないですか。同じですよ、ただの飲み会です。
どうです? あなたも参加されますか?」
伊吹の動揺を誘おうとしているのは明らかだ。乱交パーティーをネタに揺さぶりをかけられるのは初めてではない。
いつもと同じようにはぐらかす。証拠など出る筈がないのだから。
「参加するわけがないだろう。証拠は今はないが、必ず掴みます。嫌ならこの金を受け取って……」
「そもそも、何故三百万なんですか? こんなはした金もらっても、嬉しくもなんともないんですが。
そんなに翠さんと別れて欲しければ、私が納得するものを提示して下さいよ。一流のエリート様には三百万が限界ですか?」
「なら一千万円用意しましょう」
「私の年収以下の金額を出されても納得出来ません。要りませんよ、そんなお金」
実際の伊吹の年収は五百万いかない程度だ。ホテル経営は人経費、運営費、税金の出費が多く、自分に残る金額はそこまでではない。まだ祖父の巨額の遺産が残っている事から、普段は経営が上手くいっているように見せているだけだ。
だがここで初めて柊が悔しげな顔を見せた。たった一瞬だが、伊吹には大きい成果だ。
「それならあなたが欲しいものを用意します。男でも、地位でも、名誉でも。強欲なあなたは何を望みますか?」
「それなら是非、翠さんを私にください。お義兄様」
「あなたに兄と呼ばれる筋合いはない」
「そうですね。私が翠さんを貰えば、柳川家のご子息の翠さんはいなくなり、あなたとの縁もなくなるでしょうから。お義兄様は違いましたね。
ですが、そうなれば私にこんな取引きを持ちかける必要もなくなりますから、あなたの負担が減るのではないでしょうか」
「弟と絶縁しろ、そう言っているのですか?」
「そう聞こえましたか? やだなぁ、そんな事一言も言っていないじゃないですか。
でもまぁ、その方が翠さんも喜びそうですよね」
「翠は必ず家に戻し、一流大学に編入させます。そして日本トップの企業に入れさせ、良家の令嬢と結婚させます。それが翠が生まれた時からの決定事項ですから」
「それがご両親のお考えなんですね。分かりました。それなら……俺はお前を調教して、二度と翠に関わらないと約束させてやるよ。
今ここで選べよ。ここで翠を諦めるか、調教を受けてから諦めるか」
伊吹はホテルのオーナーとしての仮面を捨て、翠の恋人としての顔を柊に見せつけた。
翠に過去の自分を重ね、同情をしている面も大きいが、翠に自由になって欲しいという気持ちが強い。
伊吹は、瑞希が迷惑な男からのストーカー被害に遭った時に排除する時と同じように、ポケットに隠し持っていたスタンガンを手にした。
───────────────────
時系列でいうと……
(火・木・土が乱パの日です)
月曜
放課後に伊吹と翠がデート。夏鈴の件で喧嘩。
柊が翠に会いに来た。
夜に翠が伊吹の腹の傷口開いて病院送り。
火曜
伊吹退院後、瑞希の実家へ。瑞希と付き合う事に。
翠は乱パの監督。
水曜
二章のおまけで夏鈴に謝ったのはこの日です。
夕方、乱パ出禁を破った翠にお仕置き。
翠が伊吹と瑞希の交際を認める(二章終わり)
(三章)翠が瑞希にSのやり方を教わりたいと志願。
木曜
瑞希と翠がSM講座を契約をする為にホテルの部屋を利用したら、伊吹が乱入してきた。
伊吹が地下の緊縛ショーを監督しようとしたら、急な来客。
伊吹と柊が話し合い。(←今ここ)
作中には書いていませんが、乱パは参加者が少なかったので開催されませんでした。その代わりに緊縛ショーが開催された感じです。
そんな日もあります。ちなみに翠は気付いていません。
土曜には開催されます。
伊吹は少し考えてから柊に問いを投げかけた。以前、翠が言っていた、
「兄は社会人になった今でも親の操り人形です。その兄が、伊吹さんの事を調べていました。
そして、俺を脅したんです。素直に家に帰るなら伊吹さんには何もしないって」
という言葉が頭の中で再生されたからだ。伊吹は記憶力は低い方だが、自分が関わるかもしれない面倒事等はきっちりと覚えている。
当然、翠の兄を警戒していたのだ。
「はい」
伊吹の問いに、柊は口を一瞬だけ動かして答えた。
「そうなんですね。では何故、どういうお考えで、私に手切れ金を出してまで翠さんと別れるよう迫るのか、説明していただけますか?」
「弟は愚かです。柳川の名を穢し、こんないかがわしい世界に身を投じ、こんな穢らわしいホテルを経営する低脳で低劣な底辺大学に通う男と恋仲になるなど、普通の感性では考えられません。
私から見たあなたの評価です、反論があるならどうぞ」
柊は変わらず淡々と答えた。自身だけでなく相手にも感情などないと思っているかのように暴言を発する。
「私に対する評価は否定しません。その通りですよ」
「そんな相手と少しの関係も持って欲しくありません。これは柳川家の総意です」
「なるほど。つまり、あなたはご両親に指示されて私の元に遣わされた……って事で合ってます?」
伊吹は馬鹿にする様に嘲笑してみせた。挑発したつもりだった。まだ親離れ出来ないの? と。
だが、柊に挑発は通じなかった。
「どう捉えていただいても構いません。目の前に三百万があり、あなたがそれを受け取れば終わる話ですから」
「私がこれを受け取ったとして、その後翠さんはどうなるのでしょうか?
大人しくご実家へ帰られるとは思えませんが」
「無理にでも連れ帰ります」
「彼がそれを望んでいないと分かりませんか」
「弟の意見は関係ありません。我が家では両親が決めた事が絶対ですから。
今までは好き勝手させてきましたが、もう反抗する気が起きないよう躾けます」
「躾……ね。翠はまだ大人ではありませんが、あと一年もすれば成人です。
彼の人生を縛る権利は親にだってない筈ですよね?」
伊吹は心の奥底から怒りが湧き上がっていた。親の都合で子供を縛り、子供の意見などお構いなしに言う事を聞かせる様が、自分の父親を想起させた。
伊吹を妻の代わりにし、性奴隷のようにした実父のような事はないのだろうが、根本は同じだ。
相手の都合など全て無視で、強制的に自分勝手な理想を押し付けている。伊吹はそれが許せない。
「一般論はそうでしょうが。柳川家はそんなものは通じません」
「あなたのお父様は一流企業の役員で、お母様は専業主婦、父方のご本家は元々武家の家系らしいですね。
確かに少しばかり格式の高い家柄なのでしょうが……あなたのお父様は分家筋でしょ。関係ないのでは?」
翠が乱交パーティーのルール違反を犯した時に調べたものだ。翠から兄に狙われていると聞いてから、入院したり退院後に瑞希の実家に行ったり忙しくしていたが、今日の午前中に急いで調べたものを確認し直した。
柊の弱味がないかを探っていたのだ。それは見つからず、悔しい思いをしていたのだが、今は確認しておいて良かったと内心安堵している。
「そこまで調べたのですか。それならこちらもカードを提示しましょうか。
脅迫はしたくなかったのですが。あなた乱交パーティーを開いているでしょう?」
「証拠は? 確かに毎週三日ほど紹介制の男子会を開いていますよ。
普通のラブホテルでも女子会とかやってるじゃないですか。同じですよ、ただの飲み会です。
どうです? あなたも参加されますか?」
伊吹の動揺を誘おうとしているのは明らかだ。乱交パーティーをネタに揺さぶりをかけられるのは初めてではない。
いつもと同じようにはぐらかす。証拠など出る筈がないのだから。
「参加するわけがないだろう。証拠は今はないが、必ず掴みます。嫌ならこの金を受け取って……」
「そもそも、何故三百万なんですか? こんなはした金もらっても、嬉しくもなんともないんですが。
そんなに翠さんと別れて欲しければ、私が納得するものを提示して下さいよ。一流のエリート様には三百万が限界ですか?」
「なら一千万円用意しましょう」
「私の年収以下の金額を出されても納得出来ません。要りませんよ、そんなお金」
実際の伊吹の年収は五百万いかない程度だ。ホテル経営は人経費、運営費、税金の出費が多く、自分に残る金額はそこまでではない。まだ祖父の巨額の遺産が残っている事から、普段は経営が上手くいっているように見せているだけだ。
だがここで初めて柊が悔しげな顔を見せた。たった一瞬だが、伊吹には大きい成果だ。
「それならあなたが欲しいものを用意します。男でも、地位でも、名誉でも。強欲なあなたは何を望みますか?」
「それなら是非、翠さんを私にください。お義兄様」
「あなたに兄と呼ばれる筋合いはない」
「そうですね。私が翠さんを貰えば、柳川家のご子息の翠さんはいなくなり、あなたとの縁もなくなるでしょうから。お義兄様は違いましたね。
ですが、そうなれば私にこんな取引きを持ちかける必要もなくなりますから、あなたの負担が減るのではないでしょうか」
「弟と絶縁しろ、そう言っているのですか?」
「そう聞こえましたか? やだなぁ、そんな事一言も言っていないじゃないですか。
でもまぁ、その方が翠さんも喜びそうですよね」
「翠は必ず家に戻し、一流大学に編入させます。そして日本トップの企業に入れさせ、良家の令嬢と結婚させます。それが翠が生まれた時からの決定事項ですから」
「それがご両親のお考えなんですね。分かりました。それなら……俺はお前を調教して、二度と翠に関わらないと約束させてやるよ。
今ここで選べよ。ここで翠を諦めるか、調教を受けてから諦めるか」
伊吹はホテルのオーナーとしての仮面を捨て、翠の恋人としての顔を柊に見せつけた。
翠に過去の自分を重ね、同情をしている面も大きいが、翠に自由になって欲しいという気持ちが強い。
伊吹は、瑞希が迷惑な男からのストーカー被害に遭った時に排除する時と同じように、ポケットに隠し持っていたスタンガンを手にした。
───────────────────
時系列でいうと……
(火・木・土が乱パの日です)
月曜
放課後に伊吹と翠がデート。夏鈴の件で喧嘩。
柊が翠に会いに来た。
夜に翠が伊吹の腹の傷口開いて病院送り。
火曜
伊吹退院後、瑞希の実家へ。瑞希と付き合う事に。
翠は乱パの監督。
水曜
二章のおまけで夏鈴に謝ったのはこの日です。
夕方、乱パ出禁を破った翠にお仕置き。
翠が伊吹と瑞希の交際を認める(二章終わり)
(三章)翠が瑞希にSのやり方を教わりたいと志願。
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伊吹が地下の緊縛ショーを監督しようとしたら、急な来客。
伊吹と柊が話し合い。(←今ここ)
作中には書いていませんが、乱パは参加者が少なかったので開催されませんでした。その代わりに緊縛ショーが開催された感じです。
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