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三章
六話 まるで機械のように
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「さてと、これから地下で緊縛ショーの監督してくるわ。じゃあ二人で浮気すんなよ」
「絶対有り得ないので心配無用です」
伊吹は翠と瑞希に手を振って部屋を出ようとする。翠は手を振り返したが、瑞希が呼び止めた。
「あ、伊吹待って」
「どうした?」
「翠君にも聞いて欲しいんだけど。
今やってる毎週日曜のSMショー、隔週に出来ないかな? 翠君がまともなSとしてデビューするまでで良いから。
そうしたら、伊吹がMで僕と翠君で責めるのも良いかなって思うんだ」
「瑞希さん、それ俺も賛成です」
すぐに翠は頷いた。伊吹の為とはいえ、流石に毎週は苦しかったのだろう。あからさまにホッとした顔をしている。
「二人がいいなら良いよ。趣味でやってるようなもんだしな。じゃあ次の日曜はなしで、再来週から隔週で開催するってホームページに書いとく」
話はそれで終わった……と思った瞬間、部屋の電話が鳴った。内線で受付から連絡が来たのだ。
伊吹は予め、この部屋を瑞希が三時間で利用したと受付のスタッフから聞いているが、時間にはまだ余裕がある為、退出を促す連絡とは考えられない。
翠が出ようとするのを制止し、伊吹が電話に出た。
「はい、伊吹です」
「伊吹さん、お客様がお見えです」
「客? 分かりました、すぐ行きます」
電話を切り、伊吹は面倒そうに顔を歪める。
「チッ、この忙しい時に」
「伊吹さん?」
「心配いらない。じゃ、瑞希はまた明後日な。翠は終わったら気を付けて帰れよ」
二人に見送られながら、伊吹は部屋を出た。先に向かったのは受付だ。
チェックアウトをする男性カップルの会計中だった。スタッフの接客が終わってから声を掛けた。
「高橋君」
「あ、伊吹さん」
「お客様って?」
「今待合所で待ってもらってます。柳川様と名乗っていました。もしかして翠さんの……?」
「ありがとうございます。この事は翠と瑞希には言わないで下さい」
「瑞希さんにも……ですか?」
「はい。瑞希には特に。もしベッドの上でねだられても、命令されても、口を割らないで下さいよ」
「ヒッ、何故それを……?」
高橋は顔を青くした。瑞希の客である事を何故伊吹が知っているのか不思議な様子だ。
先程、店長室から出ようとしたら高橋と瑞希の会話が店長室の中にまで聞こえたのだ。
会話を聞くつもりはなかったが、聞こえてしまったものは仕方がない。店長室の扉の材質と厚さを変えて、新しく付け替えるよう店長に指示した程だ。
特に瑞希の声が大きく、高橋も相手のテンションに合わせて大きめの声を出してしまった事が原因だが。伊吹が眉を顰めたのは事実である。
伊吹は顔を青くしている高橋を放置して奥の店長室に入った。店長は電話中で、副店長はパソコンに向かってキーボードを操作している。
「店長……は忙しいか。副店長」
最初に店長に用事を頼もうとしたのだが、昨日から伊吹が計画している事業の一部を手伝ってもらっている上、電話中なので自然と伊吹の目は副店長に向かった。
「……はい」
副店長も店長に負けず劣らず無口だ。店長室に入ると二人が雑談もせず黙々と業務をしている為、入りにくい雰囲気がある程だ。
「急ぎの仕事を抱えていたりしますか?」
「……ありますが、すぐに済む内容です」
「無理でなければ、地下のイベントの監督を俺の代わりにやってもらえないでしょうか?」
「承知しました」
副店長はすぐに立ち上がると、地下に行く準備を始めた。黙々と命じられた仕事に忠実に確実にこなすのが副店長だ。
伊吹は安心して彼に任せた。
「ありがとうございます」
伊吹はラブピーチのオーナーとしてのキリッとした顔つきに変わった。
待合所に向かうと、そこには無感情な能面のような顔をした男が、きっちりと背筋を伸ばして座った状態で待っていた。顔立ちが翠に似ている。
きちんと彼の身体に合わせて採寸されたであろうスーツは、どこにでもあるビジネススーツとは比べ物にならない。格式高いブランドの眼鏡に、同じブランドの時計、革靴も汚れ一つない。
反する伊吹はパーカーの上着に、ダボッとしたインナー、腹の傷口を締め付けないように柔らかい生地の黒いズボンを穿いている。ラフなように見えて生地は上物であるが、一目見て分かるものではない。
初めて見た人にはとても経営者には見えない姿だ。
「お待たせ致しました、柳川様ですね?」
「はい柳川柊と申します」
「初めまして。当ホテルの責任者の篠伊吹と申します。ご存知でしょうが、柳川様のご令弟様と交際させていただいております」
「愚弟が迷惑をかけているそうですね」
「愚弟だなんて滅相もございません。翠さんは素敵な方ですよ。ここで話すのもなんですから、移動しましょう。こちらへどうぞ」
伊吹は柊を案内し、エレベーターで二階に移動した。二階には客室とは別にスタッフオンリーと表記された部屋がある。
普段は使われないが、アルバイトの雇用面接や、従業員の個人面談等に使われている。
面接は全て伊吹がしている。
部屋の真ん中に長方形のテーブルがあり、四つの一人掛けのソファーが二つずつテーブルを挟んで並んでいる。
伊吹は柊に奥の席に座るよう促した。
「どうぞお掛け下さい」
柊が座るのを見て、伊吹も腰を掛けた。すると、柊は鞄から分厚い封筒を出した。
マチがある封筒は限界まで広がっている。伊吹はすぐに中身を察した。
「篠さん、単刀直入に言います。ここに三百万円あります。弟と別れて、一切の関わりを絶って下さい」
柊は伊吹に淡々と告げた。一切の感情を感じさせない声だ。まるで人間を模した精巧なAIがのように、インプットされた言葉を抑揚をつけて再生したかのように言い放った。
───────────────────
作中に出ているSMショーと緊縛ショーの違いを説明します。
(開催する方の考えによって変わる部分もあります)
SMショーはSMがメインです。Mを責め、苦痛を与える事でMの反応、苦しむ姿、痛みに恍惚とする姿を見て楽しむ事を目的としています。
SMショーに行くと、こういう責め方もアリだな! と思ったりしますね。
必ずしも縛りがあるわけではなく、責め方も決まりがありません。ほぼ言葉責めだけで終わったショーもありましたし、一人で出て来て踊りながら美しい鞭捌きを見せてくれた方もいました。
Mさんも緊縛ショーよりは声を出しますが、絶叫したりする事はありませんね。喘いだり、ちょっと叫ぶ程度です。
Sさんでショーの間めっちゃ顔が怖い人いたんですけど、終わった後はMさんとニコニコと仲良くしててギャップ萌えでしたね。
緊縛ショーは文字通り緊縛がメインです。縄師(縄師さんの方が少ないですね。普通にSさんが多いです)の施す芸術的な縛り、縄映えするMの身体に鞭を打ち、低温蝋燭で赤く彩るのです。
必ず吊りがあります。吊ってない緊縛ショーは見た事ないですが、どこかであるのかもしれません。
とても綺麗です。
SMショーとは違って大体の流れは似たものが多いです。Mさんは身体をしならせて耐えていたり、恍惚としている感じはありますが、殆ど声は出しませんし反応も薄めです。
一度プロのMさんが緊縛ショーに出た時は結構叫んでいましたが、稀ですね。
※ここで言うSさんMさんはS男×M女、S女×M女です。
男同士でやってるところないかなって探したんですが、見つけられませんでした。
需要がないから開催されないよと言われましたね。やっぱり一般的に縄映えするのは女体ですからねぇ。
「絶対有り得ないので心配無用です」
伊吹は翠と瑞希に手を振って部屋を出ようとする。翠は手を振り返したが、瑞希が呼び止めた。
「あ、伊吹待って」
「どうした?」
「翠君にも聞いて欲しいんだけど。
今やってる毎週日曜のSMショー、隔週に出来ないかな? 翠君がまともなSとしてデビューするまでで良いから。
そうしたら、伊吹がMで僕と翠君で責めるのも良いかなって思うんだ」
「瑞希さん、それ俺も賛成です」
すぐに翠は頷いた。伊吹の為とはいえ、流石に毎週は苦しかったのだろう。あからさまにホッとした顔をしている。
「二人がいいなら良いよ。趣味でやってるようなもんだしな。じゃあ次の日曜はなしで、再来週から隔週で開催するってホームページに書いとく」
話はそれで終わった……と思った瞬間、部屋の電話が鳴った。内線で受付から連絡が来たのだ。
伊吹は予め、この部屋を瑞希が三時間で利用したと受付のスタッフから聞いているが、時間にはまだ余裕がある為、退出を促す連絡とは考えられない。
翠が出ようとするのを制止し、伊吹が電話に出た。
「はい、伊吹です」
「伊吹さん、お客様がお見えです」
「客? 分かりました、すぐ行きます」
電話を切り、伊吹は面倒そうに顔を歪める。
「チッ、この忙しい時に」
「伊吹さん?」
「心配いらない。じゃ、瑞希はまた明後日な。翠は終わったら気を付けて帰れよ」
二人に見送られながら、伊吹は部屋を出た。先に向かったのは受付だ。
チェックアウトをする男性カップルの会計中だった。スタッフの接客が終わってから声を掛けた。
「高橋君」
「あ、伊吹さん」
「お客様って?」
「今待合所で待ってもらってます。柳川様と名乗っていました。もしかして翠さんの……?」
「ありがとうございます。この事は翠と瑞希には言わないで下さい」
「瑞希さんにも……ですか?」
「はい。瑞希には特に。もしベッドの上でねだられても、命令されても、口を割らないで下さいよ」
「ヒッ、何故それを……?」
高橋は顔を青くした。瑞希の客である事を何故伊吹が知っているのか不思議な様子だ。
先程、店長室から出ようとしたら高橋と瑞希の会話が店長室の中にまで聞こえたのだ。
会話を聞くつもりはなかったが、聞こえてしまったものは仕方がない。店長室の扉の材質と厚さを変えて、新しく付け替えるよう店長に指示した程だ。
特に瑞希の声が大きく、高橋も相手のテンションに合わせて大きめの声を出してしまった事が原因だが。伊吹が眉を顰めたのは事実である。
伊吹は顔を青くしている高橋を放置して奥の店長室に入った。店長は電話中で、副店長はパソコンに向かってキーボードを操作している。
「店長……は忙しいか。副店長」
最初に店長に用事を頼もうとしたのだが、昨日から伊吹が計画している事業の一部を手伝ってもらっている上、電話中なので自然と伊吹の目は副店長に向かった。
「……はい」
副店長も店長に負けず劣らず無口だ。店長室に入ると二人が雑談もせず黙々と業務をしている為、入りにくい雰囲気がある程だ。
「急ぎの仕事を抱えていたりしますか?」
「……ありますが、すぐに済む内容です」
「無理でなければ、地下のイベントの監督を俺の代わりにやってもらえないでしょうか?」
「承知しました」
副店長はすぐに立ち上がると、地下に行く準備を始めた。黙々と命じられた仕事に忠実に確実にこなすのが副店長だ。
伊吹は安心して彼に任せた。
「ありがとうございます」
伊吹はラブピーチのオーナーとしてのキリッとした顔つきに変わった。
待合所に向かうと、そこには無感情な能面のような顔をした男が、きっちりと背筋を伸ばして座った状態で待っていた。顔立ちが翠に似ている。
きちんと彼の身体に合わせて採寸されたであろうスーツは、どこにでもあるビジネススーツとは比べ物にならない。格式高いブランドの眼鏡に、同じブランドの時計、革靴も汚れ一つない。
反する伊吹はパーカーの上着に、ダボッとしたインナー、腹の傷口を締め付けないように柔らかい生地の黒いズボンを穿いている。ラフなように見えて生地は上物であるが、一目見て分かるものではない。
初めて見た人にはとても経営者には見えない姿だ。
「お待たせ致しました、柳川様ですね?」
「はい柳川柊と申します」
「初めまして。当ホテルの責任者の篠伊吹と申します。ご存知でしょうが、柳川様のご令弟様と交際させていただいております」
「愚弟が迷惑をかけているそうですね」
「愚弟だなんて滅相もございません。翠さんは素敵な方ですよ。ここで話すのもなんですから、移動しましょう。こちらへどうぞ」
伊吹は柊を案内し、エレベーターで二階に移動した。二階には客室とは別にスタッフオンリーと表記された部屋がある。
普段は使われないが、アルバイトの雇用面接や、従業員の個人面談等に使われている。
面接は全て伊吹がしている。
部屋の真ん中に長方形のテーブルがあり、四つの一人掛けのソファーが二つずつテーブルを挟んで並んでいる。
伊吹は柊に奥の席に座るよう促した。
「どうぞお掛け下さい」
柊が座るのを見て、伊吹も腰を掛けた。すると、柊は鞄から分厚い封筒を出した。
マチがある封筒は限界まで広がっている。伊吹はすぐに中身を察した。
「篠さん、単刀直入に言います。ここに三百万円あります。弟と別れて、一切の関わりを絶って下さい」
柊は伊吹に淡々と告げた。一切の感情を感じさせない声だ。まるで人間を模した精巧なAIがのように、インプットされた言葉を抑揚をつけて再生したかのように言い放った。
───────────────────
作中に出ているSMショーと緊縛ショーの違いを説明します。
(開催する方の考えによって変わる部分もあります)
SMショーはSMがメインです。Mを責め、苦痛を与える事でMの反応、苦しむ姿、痛みに恍惚とする姿を見て楽しむ事を目的としています。
SMショーに行くと、こういう責め方もアリだな! と思ったりしますね。
必ずしも縛りがあるわけではなく、責め方も決まりがありません。ほぼ言葉責めだけで終わったショーもありましたし、一人で出て来て踊りながら美しい鞭捌きを見せてくれた方もいました。
Mさんも緊縛ショーよりは声を出しますが、絶叫したりする事はありませんね。喘いだり、ちょっと叫ぶ程度です。
Sさんでショーの間めっちゃ顔が怖い人いたんですけど、終わった後はMさんとニコニコと仲良くしててギャップ萌えでしたね。
緊縛ショーは文字通り緊縛がメインです。縄師(縄師さんの方が少ないですね。普通にSさんが多いです)の施す芸術的な縛り、縄映えするMの身体に鞭を打ち、低温蝋燭で赤く彩るのです。
必ず吊りがあります。吊ってない緊縛ショーは見た事ないですが、どこかであるのかもしれません。
とても綺麗です。
SMショーとは違って大体の流れは似たものが多いです。Mさんは身体をしならせて耐えていたり、恍惚としている感じはありますが、殆ど声は出しませんし反応も薄めです。
一度プロのMさんが緊縛ショーに出た時は結構叫んでいましたが、稀ですね。
※ここで言うSさんMさんはS男×M女、S女×M女です。
男同士でやってるところないかなって探したんですが、見つけられませんでした。
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