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番外編
⑱不審人物
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翠は「田中」と名乗り、二十歳と偽ってその男──柏田と個室居酒屋に入った。乾杯をしてからビールを飲んだ。
柏田が食べたいものを幾つか頼み、つつきながら会話を始めた。
「あの……単刀直入に聞きますけど、あのホテルで何かの集まりでもあるんですか?」
「男子会してるんだよ。和気あいあいね」
「男子会……」
毎週三日も、男達がホテルに集まって男子会。
翠はすぐに乱交パーティーでもしているのだろうかと予想した。だが、まだ憶測でしかない。
柏田は大人しそうに見えるが、絶対に口外しないという強い意志が感じられる。
「それって伊吹さんが……?」
確証があるわけではないが、毎日の伊吹の行動を記録していれば気付く。その男子会のあるであろう曜日、伊吹は夕方にホテルに戻ると、一歩たりとも外に出ないのだ。
それ以外の曜日であれば、コンビニに出掛けるくらいはするのにだ。
怪しまないわけがない。
「そうだね、伊吹君が主催しているよ」
「伊吹さんの友達という、あの方は……」
「瑞希君って言うんだ。ここら辺じゃ有名なS男だよ。彼の調教を受けたいMは大勢いる。けど、彼は金でしか動かない。
決まったパートナーも作らないしね。調教して欲しければ金を出せってところだ」
「その……瑞希さんも男子会に参加してるんですよね?」
「そう。彼は不思議な事に、男子会には毎回参加するんだ。参加費もバカにならないだろうに。
伊吹君も、相手が友達だからって参加費をまけないし」
「男子会ってそんなに楽しい事なんですか?」
「……部外者には話せないな。それに君、十八歳未満だろう?」
「この前十八になりました!」
ムッとした翠が声を少し荒らげると、柏田は焦って翠の口を左手で抑えながら、右の人差し指を自分の口の前に当てた。
「ちょっ! シーッ! シーッ!」
未成年飲酒だ。個室とはいえ声は漏れる。店員や周りの客に聞かれる訳にはいかない。
「すみません」
「で? 君がここの飲み代出す対価が俺の回答だけど、これで満足かい?」
「いえ。俺もその男子会に興味があると言いますか……」
「それならあと二年待ちな。あれは二十歳以上は参加出来ない。そういうルールになっている。
伊吹さんの前で、ルールは絶対だ」
「絶対?」
「そうだ、絶対だ。幾つかある絶対守らなければならないルールを参加者全員が守ってる。
男子会は完全紹介制で、参加者の内の誰かの口利きと、伊吹君の了承がなければ参加は出来ない」
「じゃあ、二年経てば俺を紹介していただけませんか?」
翠は必死だった。それ故に、柏田が何を考え、どういう結論を出すかまで頭が回っていなかったのだ。
頼めば安請け合いをするだろうと勝手に決めつけていた。
「それはしない。君は怪しいからね。そんな相手を、伊吹君に紹介出来るわけがない。
男子会に参加したくて近寄ってきた怪しい人なんですが、参加させてやって下さいとでも言えばいいのかい?」
「なっ……!? そこは上手く言ってくださいよ」
苛立ちがあからさまに翠の顔に現れた。それはそうだろう、内心「コイツ使えない」と思っているのだ。
そんな態度は向けられた相手、柏田にダイレクトに伝わった。
「あんまりラブピーチ周りウロウロしてると、今後君に近付いてくるのは警察かもな」
翠は口を開けなかった。ホテル前でのストーカー行為を柏田は知っていたのだ。
最初は仲良さげに見せて、本心は最後まで隠していた。
「美味しかったよ。じゃ、お会計よろしくね。自称田中クン。安心してよ。君の事、伊吹君には絶対話さないからさ」
柏田はさっさと帰ってしまった。今のやり取りで何がいけなかったのか翠には分かっていない。
「クソッ……!」
その後のストーカー行為は控えるようにした。柏田以外にもストーカーだと認識されている可能性を考えたからだ。
悩みながら地元に戻る。夜も深まってきた、空は深い藍色に幾つか星が瞬いている。昼間は様々な人達が行き交う街も、閑散としている。
このまま自宅には帰りたくない翠は、どこかで泊まれないか彷徨いた
今後、伊吹を追う為にどうしようか悩みながら歩いている時だった。
「あれ、翠!?」
聞き覚えのある声に振り向くと広夢がいた。広夢が一人でいるのは珍しい事だ。
「広夢……珍しいな、一人なんて」
「予備校の帰り。翠は?」
「えっと……」
言えない。好きになった人のストーカーをしているなど言える筈がない。
「家に帰りづらいんだろ? 俺ん家来る?」
「いいの!?」
「もちろん! ダチだろ」
広夢に誘われて翠はついて行った。家はマンションの一室だ。少し古さの感じる建物だが、翠には物珍しい。羨ましくも思えた。
「親御さんとか、怒らないかな?」
「大丈夫大丈夫。そんな事で怒らないよ」
「本当だな?」
「嘘つかないよ」
三階の一室に入る。「ただいまー!」と広夢が言えば、「お帰り」と両親の返事があった。
翠の家では考えられない事だ。
「お邪魔します」
と、翠は言いながら部屋に入った。両親はダイニングテーブルに座って、本を読んだり、スマホに目を向けたりしていたが、驚いた顔で翠を見た。
「あら、お友達?」
「俺のダチの翠。今日だけでいいから泊めさせてもらえないかな?」
「翠君ね、広夢からよく聞いているわ。親御さん心配していないのかしら?」
「夏休みに入ってから一人旅に出ていて、帰っていないんです。親公認なので心配しないで下さい」
「そうなのね。男の子だものね。今日はゆっくり休んでいってね」
「ありがとうございます」
「ご飯は? まだなら用意するわ。広夢もこれからご飯だから二人で食べるといいわよ」
広夢の母親の言葉に甘えて、広夢と向かい合って食事を共にした。
温かい家庭を前に、翠は何も感じる事が出来なかった。
喜びも、羨望も、妬みも、悲しみも。
感情が欠落したかのようだ。広夢やその両親に感謝はしているが、それだけだった。
柏田が食べたいものを幾つか頼み、つつきながら会話を始めた。
「あの……単刀直入に聞きますけど、あのホテルで何かの集まりでもあるんですか?」
「男子会してるんだよ。和気あいあいね」
「男子会……」
毎週三日も、男達がホテルに集まって男子会。
翠はすぐに乱交パーティーでもしているのだろうかと予想した。だが、まだ憶測でしかない。
柏田は大人しそうに見えるが、絶対に口外しないという強い意志が感じられる。
「それって伊吹さんが……?」
確証があるわけではないが、毎日の伊吹の行動を記録していれば気付く。その男子会のあるであろう曜日、伊吹は夕方にホテルに戻ると、一歩たりとも外に出ないのだ。
それ以外の曜日であれば、コンビニに出掛けるくらいはするのにだ。
怪しまないわけがない。
「そうだね、伊吹君が主催しているよ」
「伊吹さんの友達という、あの方は……」
「瑞希君って言うんだ。ここら辺じゃ有名なS男だよ。彼の調教を受けたいMは大勢いる。けど、彼は金でしか動かない。
決まったパートナーも作らないしね。調教して欲しければ金を出せってところだ」
「その……瑞希さんも男子会に参加してるんですよね?」
「そう。彼は不思議な事に、男子会には毎回参加するんだ。参加費もバカにならないだろうに。
伊吹君も、相手が友達だからって参加費をまけないし」
「男子会ってそんなに楽しい事なんですか?」
「……部外者には話せないな。それに君、十八歳未満だろう?」
「この前十八になりました!」
ムッとした翠が声を少し荒らげると、柏田は焦って翠の口を左手で抑えながら、右の人差し指を自分の口の前に当てた。
「ちょっ! シーッ! シーッ!」
未成年飲酒だ。個室とはいえ声は漏れる。店員や周りの客に聞かれる訳にはいかない。
「すみません」
「で? 君がここの飲み代出す対価が俺の回答だけど、これで満足かい?」
「いえ。俺もその男子会に興味があると言いますか……」
「それならあと二年待ちな。あれは二十歳以上は参加出来ない。そういうルールになっている。
伊吹さんの前で、ルールは絶対だ」
「絶対?」
「そうだ、絶対だ。幾つかある絶対守らなければならないルールを参加者全員が守ってる。
男子会は完全紹介制で、参加者の内の誰かの口利きと、伊吹君の了承がなければ参加は出来ない」
「じゃあ、二年経てば俺を紹介していただけませんか?」
翠は必死だった。それ故に、柏田が何を考え、どういう結論を出すかまで頭が回っていなかったのだ。
頼めば安請け合いをするだろうと勝手に決めつけていた。
「それはしない。君は怪しいからね。そんな相手を、伊吹君に紹介出来るわけがない。
男子会に参加したくて近寄ってきた怪しい人なんですが、参加させてやって下さいとでも言えばいいのかい?」
「なっ……!? そこは上手く言ってくださいよ」
苛立ちがあからさまに翠の顔に現れた。それはそうだろう、内心「コイツ使えない」と思っているのだ。
そんな態度は向けられた相手、柏田にダイレクトに伝わった。
「あんまりラブピーチ周りウロウロしてると、今後君に近付いてくるのは警察かもな」
翠は口を開けなかった。ホテル前でのストーカー行為を柏田は知っていたのだ。
最初は仲良さげに見せて、本心は最後まで隠していた。
「美味しかったよ。じゃ、お会計よろしくね。自称田中クン。安心してよ。君の事、伊吹君には絶対話さないからさ」
柏田はさっさと帰ってしまった。今のやり取りで何がいけなかったのか翠には分かっていない。
「クソッ……!」
その後のストーカー行為は控えるようにした。柏田以外にもストーカーだと認識されている可能性を考えたからだ。
悩みながら地元に戻る。夜も深まってきた、空は深い藍色に幾つか星が瞬いている。昼間は様々な人達が行き交う街も、閑散としている。
このまま自宅には帰りたくない翠は、どこかで泊まれないか彷徨いた
今後、伊吹を追う為にどうしようか悩みながら歩いている時だった。
「あれ、翠!?」
聞き覚えのある声に振り向くと広夢がいた。広夢が一人でいるのは珍しい事だ。
「広夢……珍しいな、一人なんて」
「予備校の帰り。翠は?」
「えっと……」
言えない。好きになった人のストーカーをしているなど言える筈がない。
「家に帰りづらいんだろ? 俺ん家来る?」
「いいの!?」
「もちろん! ダチだろ」
広夢に誘われて翠はついて行った。家はマンションの一室だ。少し古さの感じる建物だが、翠には物珍しい。羨ましくも思えた。
「親御さんとか、怒らないかな?」
「大丈夫大丈夫。そんな事で怒らないよ」
「本当だな?」
「嘘つかないよ」
三階の一室に入る。「ただいまー!」と広夢が言えば、「お帰り」と両親の返事があった。
翠の家では考えられない事だ。
「お邪魔します」
と、翠は言いながら部屋に入った。両親はダイニングテーブルに座って、本を読んだり、スマホに目を向けたりしていたが、驚いた顔で翠を見た。
「あら、お友達?」
「俺のダチの翠。今日だけでいいから泊めさせてもらえないかな?」
「翠君ね、広夢からよく聞いているわ。親御さん心配していないのかしら?」
「夏休みに入ってから一人旅に出ていて、帰っていないんです。親公認なので心配しないで下さい」
「そうなのね。男の子だものね。今日はゆっくり休んでいってね」
「ありがとうございます」
「ご飯は? まだなら用意するわ。広夢もこれからご飯だから二人で食べるといいわよ」
広夢の母親の言葉に甘えて、広夢と向かい合って食事を共にした。
温かい家庭を前に、翠は何も感じる事が出来なかった。
喜びも、羨望も、妬みも、悲しみも。
感情が欠落したかのようだ。広夢やその両親に感謝はしているが、それだけだった。
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