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番外編
⑬初めての友達
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その後の期末テストも翠は一位だった。学業以外の成績は悪かったが、美術や音楽は筆記だけは良い成績を修めていたので問題なかった。
体育は補習を受ければ五段階中、二の成績にしてもらえたので、今後の進級に影響しないくらいには頑張れた。
中間試験後から翠は家での居場所を取り戻す事が出来た。両親や兄に無視されず、ご飯を作ってもらえる。それだけで翠は幸せだと感じられた。
ダイニングテーブルで、家族四人で夕ご飯を囲んでいる時に母親が翠にニコニコした笑顔で話し掛けた。
「塾であなたを抜かした……なんだったかしら、あぁ、そうそう横山君。あの子、中学に上がってから成績落ちたのかしら?」
「クラス違うから分からないよ」
「まぁこのまま一位で居続ける事が大事なんだから、気を抜かずに頑張りなさいよ。
あなたはお兄ちゃんと違って、気を抜くとすぐダメになるんだから」
「分かってる」
母親に同調した父親も念を押してきた。
「そうだぞ。私達に家族だと認めて欲しければ、努力し続ける事だ」
「はい、お父さん」
話が終わると、母親と父親は兄の話題に変えた。兄は高校で当然のようにトップを独占しており、三者面談で教師に褒められたのだと母親は喜んでいた。
こんな時、翠は疎外感を感じる。どんなに頑張っても追いつけない兄の存在。だが、この時はまだ両親と兄を尊敬していた。
自分が家族の中で劣る存在だと認識しながら、自分の家族以外の人間は更に下なのだと思う事で自尊心を保っていたのだ。
だが、そんな日々はプライドを砕かれる音と共に崩れ去った。
夏休みも間近という学校内は、皆が浮き足立ってテスト前のピリピリした雰囲気は全くない。
翠はそれすら見下していた。
(お前らはどうせ夏休みに遊ぶんだろう。このバカどもめ)
そんな風に廊下を歩いていた時だ。偶然、広夢が前から歩いてきた。
「あっ、柳川!」
広夢の声で、翠は足を止めて振り向いた。広夢は相変わらず呑気そうな無邪気な笑顔を浮かべていたのだが、翠の顔をまじまじと見るとすぐに心配そうな表情に変わる。
「なんだよ?」
「あれから、家族に暴力振るわれてないよな?」
「暴力ってなんだよ?」
「ほら、成績一位じゃないとダメなんだって、暴力を振るわれて当然なんだって話してくれただろ? だから僕……」
翠はすぐに分かってしまった。
「横山……お前、まさか……」
自分の想像が合っているか確かめようとするも、声は震えて上手く言葉が出ない。
だが、広夢が照れくさそうに頬を染めて笑った。
「お礼とかいいよ~。僕は別に何位でも気にしねぇしな!」
「あ……あ……」
翠は愕然とした。何かを言おうとしているのだが、どう言っていいのか分からない。
「柳川?」
「なんて事すんだ!! 俺は……俺は……」
翠は怒りで爪がくい込む程拳を握った。狂おしい程の悔しさが込み上げる。
本当は勝てていなかった事にではない。広夢に庇護されるように、手を抜かれていた事に落胆した。
一位は自分の実力ではなかったのだ。
「何怒ってんだよ? 殴られたりしないのが一番だろ? 柳川が一位なら何も問題ないんだから」
「それが余計なお世話だって言ってるんだよ!! ざけんな!!」
「ふざけてんのはどっちだよ!!」
いつもヘラヘラしている広夢の顔は怒りの形相へと変わる。広夢が一気に距離を詰めてきた。
翠が逃げる間もなく、両手をぎゅっと掴まれる。広夢の手は熱い。
全身で、翠を本当に心配していると分かる。
「柳川は毎日、必死に真剣に勉強してる。なのに一位じゃないと認められない上に虐待されるなんて! そっちの方がふざけてるんじゃないか!」
「ぎゃ……くたい?」
「まさか気付いてなかったなんて言わねぇよな?」
「虐待なんてされてない! 俺は、大事にされてる。お父さんもお母さんも、俺に期待してるから躾けてくれてるんだ!
俺が不甲斐ないから! 俺がもっと出来の良い人間だったら問題なかったのに!」
「それは違う。絶対! 絶対! 絶対絶対絶対違う! 僕も柳川も間違ってなんかない。柳川の親がおかしいんだ。
とにかく、僕は友達が苦しんでるのを見て見ぬふりなんて出来ないよ」
「と……とも、だち?」
「おう。友達だろ? 僕達」
「友達……」
「そうだよ。同じ小学校で、同じクラスでさ。柳川に嫌われてたかもしれないけど、僕は友達になりたかったんだぞ。
中学受験で塾通いだしたら柳川いて、嬉しくてさ。僕、柳川を見習って頑張ったんだ」
「俺を?」
「そう。だって、柳川は誰よりも努力家で、いつも一生懸命で、カッコイイじゃん」
気付いたらボロボロと涙が落ちていた。そして今までの自分を恥じた。
他人に認めてもらえる事の嬉しさを初めて知った。
「俺……も。横山が皆と仲良くしてるの、羨ましいって思ってた。横山はライバルだから、仲良くしちゃいけないって思ってた」
「って事は、僕と友達になってくれるんだよな?」
「……しょうがないから友達になってやってもいいけど」
「ほんっと素直じゃねぇな!」
翠は広夢を友達と認め、相手が広夢であれば強がりな発言もしなくなった。
その後も試験では一位を譲ってもらった。高校生になるまでは──。
体育は補習を受ければ五段階中、二の成績にしてもらえたので、今後の進級に影響しないくらいには頑張れた。
中間試験後から翠は家での居場所を取り戻す事が出来た。両親や兄に無視されず、ご飯を作ってもらえる。それだけで翠は幸せだと感じられた。
ダイニングテーブルで、家族四人で夕ご飯を囲んでいる時に母親が翠にニコニコした笑顔で話し掛けた。
「塾であなたを抜かした……なんだったかしら、あぁ、そうそう横山君。あの子、中学に上がってから成績落ちたのかしら?」
「クラス違うから分からないよ」
「まぁこのまま一位で居続ける事が大事なんだから、気を抜かずに頑張りなさいよ。
あなたはお兄ちゃんと違って、気を抜くとすぐダメになるんだから」
「分かってる」
母親に同調した父親も念を押してきた。
「そうだぞ。私達に家族だと認めて欲しければ、努力し続ける事だ」
「はい、お父さん」
話が終わると、母親と父親は兄の話題に変えた。兄は高校で当然のようにトップを独占しており、三者面談で教師に褒められたのだと母親は喜んでいた。
こんな時、翠は疎外感を感じる。どんなに頑張っても追いつけない兄の存在。だが、この時はまだ両親と兄を尊敬していた。
自分が家族の中で劣る存在だと認識しながら、自分の家族以外の人間は更に下なのだと思う事で自尊心を保っていたのだ。
だが、そんな日々はプライドを砕かれる音と共に崩れ去った。
夏休みも間近という学校内は、皆が浮き足立ってテスト前のピリピリした雰囲気は全くない。
翠はそれすら見下していた。
(お前らはどうせ夏休みに遊ぶんだろう。このバカどもめ)
そんな風に廊下を歩いていた時だ。偶然、広夢が前から歩いてきた。
「あっ、柳川!」
広夢の声で、翠は足を止めて振り向いた。広夢は相変わらず呑気そうな無邪気な笑顔を浮かべていたのだが、翠の顔をまじまじと見るとすぐに心配そうな表情に変わる。
「なんだよ?」
「あれから、家族に暴力振るわれてないよな?」
「暴力ってなんだよ?」
「ほら、成績一位じゃないとダメなんだって、暴力を振るわれて当然なんだって話してくれただろ? だから僕……」
翠はすぐに分かってしまった。
「横山……お前、まさか……」
自分の想像が合っているか確かめようとするも、声は震えて上手く言葉が出ない。
だが、広夢が照れくさそうに頬を染めて笑った。
「お礼とかいいよ~。僕は別に何位でも気にしねぇしな!」
「あ……あ……」
翠は愕然とした。何かを言おうとしているのだが、どう言っていいのか分からない。
「柳川?」
「なんて事すんだ!! 俺は……俺は……」
翠は怒りで爪がくい込む程拳を握った。狂おしい程の悔しさが込み上げる。
本当は勝てていなかった事にではない。広夢に庇護されるように、手を抜かれていた事に落胆した。
一位は自分の実力ではなかったのだ。
「何怒ってんだよ? 殴られたりしないのが一番だろ? 柳川が一位なら何も問題ないんだから」
「それが余計なお世話だって言ってるんだよ!! ざけんな!!」
「ふざけてんのはどっちだよ!!」
いつもヘラヘラしている広夢の顔は怒りの形相へと変わる。広夢が一気に距離を詰めてきた。
翠が逃げる間もなく、両手をぎゅっと掴まれる。広夢の手は熱い。
全身で、翠を本当に心配していると分かる。
「柳川は毎日、必死に真剣に勉強してる。なのに一位じゃないと認められない上に虐待されるなんて! そっちの方がふざけてるんじゃないか!」
「ぎゃ……くたい?」
「まさか気付いてなかったなんて言わねぇよな?」
「虐待なんてされてない! 俺は、大事にされてる。お父さんもお母さんも、俺に期待してるから躾けてくれてるんだ!
俺が不甲斐ないから! 俺がもっと出来の良い人間だったら問題なかったのに!」
「それは違う。絶対! 絶対! 絶対絶対絶対違う! 僕も柳川も間違ってなんかない。柳川の親がおかしいんだ。
とにかく、僕は友達が苦しんでるのを見て見ぬふりなんて出来ないよ」
「と……とも、だち?」
「おう。友達だろ? 僕達」
「友達……」
「そうだよ。同じ小学校で、同じクラスでさ。柳川に嫌われてたかもしれないけど、僕は友達になりたかったんだぞ。
中学受験で塾通いだしたら柳川いて、嬉しくてさ。僕、柳川を見習って頑張ったんだ」
「俺を?」
「そう。だって、柳川は誰よりも努力家で、いつも一生懸命で、カッコイイじゃん」
気付いたらボロボロと涙が落ちていた。そして今までの自分を恥じた。
他人に認めてもらえる事の嬉しさを初めて知った。
「俺……も。横山が皆と仲良くしてるの、羨ましいって思ってた。横山はライバルだから、仲良くしちゃいけないって思ってた」
「って事は、僕と友達になってくれるんだよな?」
「……しょうがないから友達になってやってもいいけど」
「ほんっと素直じゃねぇな!」
翠は広夢を友達と認め、相手が広夢であれば強がりな発言もしなくなった。
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