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二章
二十六話 想定外の罰
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監視役をした翌日。大学での昼休み中、翠のスマホに着信音が鳴った。相手は瑞希だ。
翠には昼休みを共に過ごすような友達はいない。授業中でなければいつでも電話に出られるのだ。
翠は眉間に皺を寄せつつ通話ボタンを押した。
「はい?」
「やっほ~! 翠君! 今日暇?」
「なんですか? 今日は次のSMショーの流れを話し合う予定でしたよね?」
前回、日曜のショーは伊吹含めた三人でやったが、伊吹はまだ腹の傷のせいで本調子ではなくら瑞希の助手をしていた。
その日の午後、次のショーの練習をした時の事だった。
始まりから終わりまでのプレイに誰も納得がいっておらず、次集まる時に流れを練り直そうという話になった。
だが、伊吹の傷口が開いて病院に運ばれたり、失踪したりと、次回のSMショーの内容は停滞した状態のままだ。
本番まであと四日しかない。
「予定変更。今日ね、急遽臨時SMショーやる事になったんだよね」
「は……はぁっ!?」
「伊吹の提案だよ~。絶対翠くん連れてきてねって、僕が頼まれたの」
「伊吹さんが……瑞希さんに、ですか?」
翠には想像がつかない。伊吹が瑞希に頼み事をする時は、瑞希への金銭のやり取りがあって初めて成り立つものだと認識している。
「翠を連れてくる」それだけの気軽なお願いを伊吹が瑞希にするように思えなかった。
「うん。色々あってね、僕達仲直りしたから」
「まるで喧嘩でもしてたみたいですね?」
「うん。大喧嘩だったよ。八年も冷戦状態でね」
翠は今までの二人の様子を頭に浮かべた。喧嘩、という割には瑞希が一方的に怒っていたように思えた。
「じゃあ前まで瑞希さんが言ってた、伊吹さんを憎んでるっていうのは……」
「あはは。そんな事言ってたっけね。安心してよ、もう伊吹に対してそんな感情一切ないから」
ほっ……と、翠は安堵した。内心、伊吹を苦しめる存在が一番近くにいる事が悩ましかったのだ。
「それなら安心です。今日、何時にラブピーチに行けば良いですか?」
「夕方の六時でも大丈夫?」
「分かりました」
今日の授業は四時半で終わる。翠は即答した。「じゃ、よろしく~」と明るげに瑞希が言うと通話が終了する。
その後すぐに翠は伊吹にメッセージを送った。
『伊吹さん、今日SMショーって本気ですか?』
一分後に伊吹から返事が来る。
『本気。絶対来いよ』
伊吹から言われたら断る事など出来ない。例え冠婚葬祭があったとしても、伊吹を優先させる自信がある。
翠は五時半過ぎにはラブピーチに到着し、いつものように中に入った。いつもなら受付に挨拶を済ませて、そのまま地下に降りるのだが。
入ると店長が待っていた。
「……すみません、翠さん」
翠は訝しげに店長を見る。
「どうしたんですか?」
店長はガタイのいい大男だ。立って並ぶと身長
が175センチある翠より店長の方が高い。180センチはゆうに超えている。
そんな店長が、翠の身体をグルリと180度回し、翠が困惑している内に背中の後ろで両手首に手錠をかけた。
「えっ、ちょっと!? 店長!?」
店長は軽々と翠を持ち上げ、肩に担いだ。そのまま地下へと降りていく。
店長は伊吹に言われてやっているだろうから、文句を言ったところで無意味だと、大人しく連れて行かれた。
地下の控え室へ行く。伊吹も瑞希もいない。服を脱がされ、一度手錠は外された。
いつもSMショーで着る白装束と褌を身に付けた。
「ショーをやるの分かってるから自分で準備しましたよ?」
無意味と分かりつつ、一応抗議する。店長は一言も声を発さない。服や褌に仕掛けでも施されているのか? と警戒して触ってみるが、特に変わった様子はなかった。
「伊吹さんが……ラブピーチに入ったら翠さんに自由を与えるな、と」
まるで囚人にでもなった気分だ。そんな気分を味わわせてどうするつもりなのだろうか……。翠は再び後ろで手錠を付けられて、そのまま壇上へ歩かされた。
壇上で待っていたのは瑞希だ。姿はいつも通りのレザー製の女王様仕様の服だが、髪の色が変わっていた。
全体的な色はブラックからダークブラウンに変わっており、サイドの髪の毛先がピンクに染まっている。ヘソピアスがピンクなので、合わせたように見える。
「やぁやぁ、よく来たね。違反者の翠君」
「どういう事ですか?」
「君、またルール違反したそうじゃない?」
「ルール違反?」
「確か、翠君って乱交パーティー出禁だったよね? 意味分かる? 出禁。出入り禁止だよ」
「でも、それは伊吹さんの為に……」
「出禁者が乱交パーティーに出入りしてしまった場合の罰則って、元々なかったんだけど。
伊吹が、今回特別に作ったんだよ。ねぇ、伊吹?」
瑞希が客席に目を向けた。翠も一緒に客席に目を向ける。いつもなら二十席は並んでいる客席だが、今は真ん中にポツンと一席だけだ。
その一席に伊吹が座っていた。伊吹は水色のティーシャツにカーキ色のジャケット、黒いスキニーパンツといった普段着だ。
「翠。今回は心配かけて悪かったな。乱パも初の中止になるかと思ったけど、開催してくれてありがとう」
伊吹はにっこりと優しい微笑を翠に向けている。それなら何故、罰を受ける羽目になるのか。翠は理解出来ない。
「なら、どうして!?」
翠の疑問に、伊吹は快く回答した。
「俺の持論だけど、ルール違反って知らなかった場合を除くと二種類しかないと思ってるんだ。
自分の欲の為にルールを犯すか、他人の為に仕方なくルールを犯すか。
翠が後者なのは勿論知ってる。俺の為に乱パ出禁のルールを犯してくれて、本当に嬉しいよ」
「それなら、どうしてこんな……」
「出禁って言ったのに、勝手に約束破るからだよ。俺、制裁を受ける覚悟でルール違反するってシチュ、興奮するんだよね」
「残念ですが、俺は制裁受ける覚悟なかったです」
「でも、俺が言えば翠は罰を受けてくれるでしょ?」
翠は黙った。その通りだからだ。
「この際、覚悟の有無は目を瞑る。
俺が罰を与えても翠にはご褒美になっちゃうから、瑞希から罰を受けてね?
ちゃんと罰を受けられたらご褒美あげる。どう? ここで逃げてもいいけど、その場合ご褒美はあげられないなぁ」
伊吹からのご褒美と聞いて、翠に熱が入った。それならば、どんな苦痛も受け入れる決断を今した。
「本当ですね? 絶対ですよ。俺、どんな罰だろうと、伊吹さんの為なら耐えられる自信ありますから!」
「うん。じゃ、瑞希。翠君に最高の制裁を与えてあげて」
「了解」
瑞希は頷くと、麻縄を手にして近付いてくる。翠は息を飲んで瑞希に従った。
翠には昼休みを共に過ごすような友達はいない。授業中でなければいつでも電話に出られるのだ。
翠は眉間に皺を寄せつつ通話ボタンを押した。
「はい?」
「やっほ~! 翠君! 今日暇?」
「なんですか? 今日は次のSMショーの流れを話し合う予定でしたよね?」
前回、日曜のショーは伊吹含めた三人でやったが、伊吹はまだ腹の傷のせいで本調子ではなくら瑞希の助手をしていた。
その日の午後、次のショーの練習をした時の事だった。
始まりから終わりまでのプレイに誰も納得がいっておらず、次集まる時に流れを練り直そうという話になった。
だが、伊吹の傷口が開いて病院に運ばれたり、失踪したりと、次回のSMショーの内容は停滞した状態のままだ。
本番まであと四日しかない。
「予定変更。今日ね、急遽臨時SMショーやる事になったんだよね」
「は……はぁっ!?」
「伊吹の提案だよ~。絶対翠くん連れてきてねって、僕が頼まれたの」
「伊吹さんが……瑞希さんに、ですか?」
翠には想像がつかない。伊吹が瑞希に頼み事をする時は、瑞希への金銭のやり取りがあって初めて成り立つものだと認識している。
「翠を連れてくる」それだけの気軽なお願いを伊吹が瑞希にするように思えなかった。
「うん。色々あってね、僕達仲直りしたから」
「まるで喧嘩でもしてたみたいですね?」
「うん。大喧嘩だったよ。八年も冷戦状態でね」
翠は今までの二人の様子を頭に浮かべた。喧嘩、という割には瑞希が一方的に怒っていたように思えた。
「じゃあ前まで瑞希さんが言ってた、伊吹さんを憎んでるっていうのは……」
「あはは。そんな事言ってたっけね。安心してよ、もう伊吹に対してそんな感情一切ないから」
ほっ……と、翠は安堵した。内心、伊吹を苦しめる存在が一番近くにいる事が悩ましかったのだ。
「それなら安心です。今日、何時にラブピーチに行けば良いですか?」
「夕方の六時でも大丈夫?」
「分かりました」
今日の授業は四時半で終わる。翠は即答した。「じゃ、よろしく~」と明るげに瑞希が言うと通話が終了する。
その後すぐに翠は伊吹にメッセージを送った。
『伊吹さん、今日SMショーって本気ですか?』
一分後に伊吹から返事が来る。
『本気。絶対来いよ』
伊吹から言われたら断る事など出来ない。例え冠婚葬祭があったとしても、伊吹を優先させる自信がある。
翠は五時半過ぎにはラブピーチに到着し、いつものように中に入った。いつもなら受付に挨拶を済ませて、そのまま地下に降りるのだが。
入ると店長が待っていた。
「……すみません、翠さん」
翠は訝しげに店長を見る。
「どうしたんですか?」
店長はガタイのいい大男だ。立って並ぶと身長
が175センチある翠より店長の方が高い。180センチはゆうに超えている。
そんな店長が、翠の身体をグルリと180度回し、翠が困惑している内に背中の後ろで両手首に手錠をかけた。
「えっ、ちょっと!? 店長!?」
店長は軽々と翠を持ち上げ、肩に担いだ。そのまま地下へと降りていく。
店長は伊吹に言われてやっているだろうから、文句を言ったところで無意味だと、大人しく連れて行かれた。
地下の控え室へ行く。伊吹も瑞希もいない。服を脱がされ、一度手錠は外された。
いつもSMショーで着る白装束と褌を身に付けた。
「ショーをやるの分かってるから自分で準備しましたよ?」
無意味と分かりつつ、一応抗議する。店長は一言も声を発さない。服や褌に仕掛けでも施されているのか? と警戒して触ってみるが、特に変わった様子はなかった。
「伊吹さんが……ラブピーチに入ったら翠さんに自由を与えるな、と」
まるで囚人にでもなった気分だ。そんな気分を味わわせてどうするつもりなのだろうか……。翠は再び後ろで手錠を付けられて、そのまま壇上へ歩かされた。
壇上で待っていたのは瑞希だ。姿はいつも通りのレザー製の女王様仕様の服だが、髪の色が変わっていた。
全体的な色はブラックからダークブラウンに変わっており、サイドの髪の毛先がピンクに染まっている。ヘソピアスがピンクなので、合わせたように見える。
「やぁやぁ、よく来たね。違反者の翠君」
「どういう事ですか?」
「君、またルール違反したそうじゃない?」
「ルール違反?」
「確か、翠君って乱交パーティー出禁だったよね? 意味分かる? 出禁。出入り禁止だよ」
「でも、それは伊吹さんの為に……」
「出禁者が乱交パーティーに出入りしてしまった場合の罰則って、元々なかったんだけど。
伊吹が、今回特別に作ったんだよ。ねぇ、伊吹?」
瑞希が客席に目を向けた。翠も一緒に客席に目を向ける。いつもなら二十席は並んでいる客席だが、今は真ん中にポツンと一席だけだ。
その一席に伊吹が座っていた。伊吹は水色のティーシャツにカーキ色のジャケット、黒いスキニーパンツといった普段着だ。
「翠。今回は心配かけて悪かったな。乱パも初の中止になるかと思ったけど、開催してくれてありがとう」
伊吹はにっこりと優しい微笑を翠に向けている。それなら何故、罰を受ける羽目になるのか。翠は理解出来ない。
「なら、どうして!?」
翠の疑問に、伊吹は快く回答した。
「俺の持論だけど、ルール違反って知らなかった場合を除くと二種類しかないと思ってるんだ。
自分の欲の為にルールを犯すか、他人の為に仕方なくルールを犯すか。
翠が後者なのは勿論知ってる。俺の為に乱パ出禁のルールを犯してくれて、本当に嬉しいよ」
「それなら、どうしてこんな……」
「出禁って言ったのに、勝手に約束破るからだよ。俺、制裁を受ける覚悟でルール違反するってシチュ、興奮するんだよね」
「残念ですが、俺は制裁受ける覚悟なかったです」
「でも、俺が言えば翠は罰を受けてくれるでしょ?」
翠は黙った。その通りだからだ。
「この際、覚悟の有無は目を瞑る。
俺が罰を与えても翠にはご褒美になっちゃうから、瑞希から罰を受けてね?
ちゃんと罰を受けられたらご褒美あげる。どう? ここで逃げてもいいけど、その場合ご褒美はあげられないなぁ」
伊吹からのご褒美と聞いて、翠に熱が入った。それならば、どんな苦痛も受け入れる決断を今した。
「本当ですね? 絶対ですよ。俺、どんな罰だろうと、伊吹さんの為なら耐えられる自信ありますから!」
「うん。じゃ、瑞希。翠君に最高の制裁を与えてあげて」
「了解」
瑞希は頷くと、麻縄を手にして近付いてくる。翠は息を飲んで瑞希に従った。
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