59 / 139
二章
二十五話 監視役
しおりを挟む
伊吹と連絡が取れた翠は、すぐにラブピーチに行き、店長に電話の内容を話した。
店長は強ばっていた表情が少し緩くなる。
「今日の乱交パーティーはお休みですか?」
なんとなく気になって店長に聞いてみる。乱交パーティーは火、木、土に開催されており、参加者は一週間前に予約をし、早い者勝ちで十人までの人数制限を設けている。
全てのイベント日に、必ず一人目に瑞希が予約されており、多くの参加者は瑞希目当てだ。
つまり、今日の乱交パーティーは先週の時点で参加者が決まっている。
「主催者の伊吹さんと、客寄せの瑞希さんがいませんからね」
「あ、俺が伊吹さんの代わりに入りましょうか? 最近、伊吹さんって監視役として参加していましたよね?」
「いえ……。伊吹さん、普通にプレイしていたそうですよ。医者に安静にと言われたのを、マグロになればいいと思ったらしくて……」
「伊吹さんらしいというか。じゃあ、俺が出たら……」
「最悪、輪姦されそうな気がしますが」
「じゃあお休みするしかないですね」
「……翠さんは、伊吹さん以外の人とセックス出来ますか?」
「無理です。監視役としてなら問題ないと思っただけなので」
「……」
店長は黙り込んだ後「ちょっと待ってて下さい」と一言告げて、店長室に入った。
数分後。
「翠さん、確認したら今日はネコが二人、タチが七人です。これなら大丈夫かと思います。
私がいると皆さん気になるようで、プレイに集中出来ないからと、監視は出来ないのです。
翠さんに監視役をお願いしてもよろしいでしょうか?
予め、参加者の皆には伊吹さんと瑞希さんが参加出来ない事と、翠さんが監視役をする旨をメール送ります」
「はい。お願いします」
「もし襲われそうになった時、非常ボタンがあるので、場所教えます。
伊吹さんの私物も倉庫に移動しないといけないので」
「じゃあ手伝いますよ」
非常ボタンのボタンは部屋の至る所にあった。教えてもらってやっと気付く場所にある。
元々は伊吹が瑞希から自分を守る為に設置したものだと店長が説明した。
ボタンを押すと、店長室にブザーが鳴る。すぐに駆けつけてもらえると聞いて、翠は安心した。
夜、八時。参加者が全員集まった。伊吹と瑞希がいないので、キャンセルもあるだろうと予想していたのだが、一人もキャンセルしなかった。
その分、始まる前に全員に色々な質問をされた。
「今日、伊吹君と瑞希君お休みなんだって?」
「あ、はい」
「二人ともどうしたの?」
「ちょっと、諸事情で……俺からは説明出来なくて、すみません」
「翠君が主催者なんて、新鮮でいいね」
「そうですか? 伊吹さんと瑞希さんには及びませんが、しっかり監視しますね」
「監視だけ? 一緒にしようよ」
「すみません、監視だけです。俺は伊吹さんのものなので……」
「そりゃ仕方ないね。翠君、乱パ出禁だしね」
「はい。なので監視だけです。無理に俺を襲った場合、伊吹さんに言います」
翠の言葉に全員が息を飲んだ。一番最年長である五十代の細身の男性が冷や汗を流しながら呟く。
「伊吹君に……か。それなら我々は君に手は出せないな」
伊吹はこの辺では恐れられている人物だ。
ドSだと勘違いしている人だけならまだ分からないでもないが、知っている人にまで何故恐れられているのか翠は知らない。
ドMだと知っている者でさえ、伊吹の気を害する事はマイナスでしかないのだ。
「分かってもらえて良かったです。他に聞きたい事はありますか?」
質疑応答が終わり、翠は伊吹のようにルール説明をしようとした。
「ルールですが……」
「いいよ。知ってるし、いつも聞き飽きてるし」
「もう始めていい?」
「えっ……あ、はい」
翠は困惑しながら頷いた。こういう時、伊吹なら落ち着いた顔で淡々と自分のペースに持っていくのだろう。
瑞希なら、甘えた声で言う事を聞かせるのだろう。
自分の力不足に落胆した。
皆がわいわいベッドへ向かっていった。だが、その内の一人が翠に安心させるような笑顔を見せた。
二十代後半くらいに見える。顔は女性のように見えなくない。瑞希とはまた違った種類の可愛さだ。髪も肩下まで伸ばしている。
女性らしい可愛さである。
「大丈夫よ、翠君が頑張ってるの、皆知ってるから」
高い声を出そうとして出し切れていない、ガラガラ声だ。ニューハーフなのだろう、仕草も女性らしかった。
「ありがとうございます」
翠は監視だけなので、隅にあるソファーに腰を下ろして律儀に参加者達の様子を見つめた。
二つのキングベッドに、二人のネコがそれぞれM字開脚をしたり、膝を着いて尻を突き出していたりして誘っている。
「早くぅ、皆さんのおちんぽください」
M字開脚している三十代のまだ若々しい男性が甘えた声でおねだりをする。
すぐに隣で尻を突き出している四十代くらいの色気のある男性が尻を振りながら同じようにねだった。
「私のケツをオナホにして、皆様のペニスをシゴいてください」
翠は意外に思った。てっきり先程優しくしてくれたニューハーフがネコだと思っていたのだが、タチだったようだ。
楽しそうに舌なめずりをして、どちらにしようか悩んでいる。
彼含めた七人がそれぞれ自分の好みの相手の元へ向かい、前戯を始めた。
翠は他人の性行為を見たところで、なんの感情も湧かなかった。心を動かされるのは、いつだって伊吹が絡んだ時のみだ。
たった一日会えないだけでこんなに寂しく苦しくなるのだと、初めて痛感した。
伊吹と知り合えていない過去は既に捨ててきた。翠の人生は、伊吹と出会って初めて始まったと言っても過言ではない。
伊吹に会えないという事は、翠の人生の喪失に他ならないのである。
「伊吹さん……」
腰を振るのに必死な者達に、翠の呟きは聞こえない。翠は口を押さえて彼らを見つめていたのだった。
その後は特に襲われる事もなく、問題なく三時間が過ぎた。終わる二十分前に彼らに声を掛ける。
「そろそろ終わりにして身体洗ってください。お風呂沸かしてるので入りたい方はどうぞ」
皆名残惜しそうな顔をしながら指示に従って風呂場へと向かった。乱パ用に作られたワンフロアの風呂場は他の部屋とは違う。
十畳ほどの広さがあり、シャワーは三つある。三組に分かれて汚れを流してもらい、着替えて解散だ。
乱パの参加者は二人ずつか一人でホテルを出る決まりとなっている。
決まりを徹底しているのは伊吹だ。店長に教わった通りに監視役をやりきった。
店長から礼を言われ、安堵して帰宅したのだった。
兄の事が頭に引っ掛かっているが、伊吹が帰ってくれば、また幸せな生活が戻ってくると信じて……。
店長は強ばっていた表情が少し緩くなる。
「今日の乱交パーティーはお休みですか?」
なんとなく気になって店長に聞いてみる。乱交パーティーは火、木、土に開催されており、参加者は一週間前に予約をし、早い者勝ちで十人までの人数制限を設けている。
全てのイベント日に、必ず一人目に瑞希が予約されており、多くの参加者は瑞希目当てだ。
つまり、今日の乱交パーティーは先週の時点で参加者が決まっている。
「主催者の伊吹さんと、客寄せの瑞希さんがいませんからね」
「あ、俺が伊吹さんの代わりに入りましょうか? 最近、伊吹さんって監視役として参加していましたよね?」
「いえ……。伊吹さん、普通にプレイしていたそうですよ。医者に安静にと言われたのを、マグロになればいいと思ったらしくて……」
「伊吹さんらしいというか。じゃあ、俺が出たら……」
「最悪、輪姦されそうな気がしますが」
「じゃあお休みするしかないですね」
「……翠さんは、伊吹さん以外の人とセックス出来ますか?」
「無理です。監視役としてなら問題ないと思っただけなので」
「……」
店長は黙り込んだ後「ちょっと待ってて下さい」と一言告げて、店長室に入った。
数分後。
「翠さん、確認したら今日はネコが二人、タチが七人です。これなら大丈夫かと思います。
私がいると皆さん気になるようで、プレイに集中出来ないからと、監視は出来ないのです。
翠さんに監視役をお願いしてもよろしいでしょうか?
予め、参加者の皆には伊吹さんと瑞希さんが参加出来ない事と、翠さんが監視役をする旨をメール送ります」
「はい。お願いします」
「もし襲われそうになった時、非常ボタンがあるので、場所教えます。
伊吹さんの私物も倉庫に移動しないといけないので」
「じゃあ手伝いますよ」
非常ボタンのボタンは部屋の至る所にあった。教えてもらってやっと気付く場所にある。
元々は伊吹が瑞希から自分を守る為に設置したものだと店長が説明した。
ボタンを押すと、店長室にブザーが鳴る。すぐに駆けつけてもらえると聞いて、翠は安心した。
夜、八時。参加者が全員集まった。伊吹と瑞希がいないので、キャンセルもあるだろうと予想していたのだが、一人もキャンセルしなかった。
その分、始まる前に全員に色々な質問をされた。
「今日、伊吹君と瑞希君お休みなんだって?」
「あ、はい」
「二人ともどうしたの?」
「ちょっと、諸事情で……俺からは説明出来なくて、すみません」
「翠君が主催者なんて、新鮮でいいね」
「そうですか? 伊吹さんと瑞希さんには及びませんが、しっかり監視しますね」
「監視だけ? 一緒にしようよ」
「すみません、監視だけです。俺は伊吹さんのものなので……」
「そりゃ仕方ないね。翠君、乱パ出禁だしね」
「はい。なので監視だけです。無理に俺を襲った場合、伊吹さんに言います」
翠の言葉に全員が息を飲んだ。一番最年長である五十代の細身の男性が冷や汗を流しながら呟く。
「伊吹君に……か。それなら我々は君に手は出せないな」
伊吹はこの辺では恐れられている人物だ。
ドSだと勘違いしている人だけならまだ分からないでもないが、知っている人にまで何故恐れられているのか翠は知らない。
ドMだと知っている者でさえ、伊吹の気を害する事はマイナスでしかないのだ。
「分かってもらえて良かったです。他に聞きたい事はありますか?」
質疑応答が終わり、翠は伊吹のようにルール説明をしようとした。
「ルールですが……」
「いいよ。知ってるし、いつも聞き飽きてるし」
「もう始めていい?」
「えっ……あ、はい」
翠は困惑しながら頷いた。こういう時、伊吹なら落ち着いた顔で淡々と自分のペースに持っていくのだろう。
瑞希なら、甘えた声で言う事を聞かせるのだろう。
自分の力不足に落胆した。
皆がわいわいベッドへ向かっていった。だが、その内の一人が翠に安心させるような笑顔を見せた。
二十代後半くらいに見える。顔は女性のように見えなくない。瑞希とはまた違った種類の可愛さだ。髪も肩下まで伸ばしている。
女性らしい可愛さである。
「大丈夫よ、翠君が頑張ってるの、皆知ってるから」
高い声を出そうとして出し切れていない、ガラガラ声だ。ニューハーフなのだろう、仕草も女性らしかった。
「ありがとうございます」
翠は監視だけなので、隅にあるソファーに腰を下ろして律儀に参加者達の様子を見つめた。
二つのキングベッドに、二人のネコがそれぞれM字開脚をしたり、膝を着いて尻を突き出していたりして誘っている。
「早くぅ、皆さんのおちんぽください」
M字開脚している三十代のまだ若々しい男性が甘えた声でおねだりをする。
すぐに隣で尻を突き出している四十代くらいの色気のある男性が尻を振りながら同じようにねだった。
「私のケツをオナホにして、皆様のペニスをシゴいてください」
翠は意外に思った。てっきり先程優しくしてくれたニューハーフがネコだと思っていたのだが、タチだったようだ。
楽しそうに舌なめずりをして、どちらにしようか悩んでいる。
彼含めた七人がそれぞれ自分の好みの相手の元へ向かい、前戯を始めた。
翠は他人の性行為を見たところで、なんの感情も湧かなかった。心を動かされるのは、いつだって伊吹が絡んだ時のみだ。
たった一日会えないだけでこんなに寂しく苦しくなるのだと、初めて痛感した。
伊吹と知り合えていない過去は既に捨ててきた。翠の人生は、伊吹と出会って初めて始まったと言っても過言ではない。
伊吹に会えないという事は、翠の人生の喪失に他ならないのである。
「伊吹さん……」
腰を振るのに必死な者達に、翠の呟きは聞こえない。翠は口を押さえて彼らを見つめていたのだった。
その後は特に襲われる事もなく、問題なく三時間が過ぎた。終わる二十分前に彼らに声を掛ける。
「そろそろ終わりにして身体洗ってください。お風呂沸かしてるので入りたい方はどうぞ」
皆名残惜しそうな顔をしながら指示に従って風呂場へと向かった。乱パ用に作られたワンフロアの風呂場は他の部屋とは違う。
十畳ほどの広さがあり、シャワーは三つある。三組に分かれて汚れを流してもらい、着替えて解散だ。
乱パの参加者は二人ずつか一人でホテルを出る決まりとなっている。
決まりを徹底しているのは伊吹だ。店長に教わった通りに監視役をやりきった。
店長から礼を言われ、安堵して帰宅したのだった。
兄の事が頭に引っ掛かっているが、伊吹が帰ってくれば、また幸せな生活が戻ってくると信じて……。
0
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説



体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる