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二章
二十四話 二人だけの夜
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今までの傷口を埋めるように家族団欒の時間を過ごした後、伊吹と瑞希は家を出るまで瑞希が使っていた部屋に入った。
「部屋……全然変わってない」
そう呟いた瑞希の目に涙が浮かぶ。後からやってきた母親が、瑞希の背後に立った。
「毎日掃除してたのよ。あなたを思い出さない日はなかった。掃除する度に後悔してたの」
瑞希は振り向いて、辛そうな顔で母親の目を見つめた。後悔していたのは同じだが、今一番後悔している事は、母親を悲しませた事だ。
「母さん……ごめん」
「いいの。元気で帰ってきてくれた、それだけで充分なんだから。
二人とも、お風呂沸いてるから入りなさい」
風呂は瑞希だけが入った。伊吹は傷口を塞いだばかりなので風呂は断った。
昼の内に瑞希に着替えを何着か買ってもらったので、車に取りに行く事にした。
瑞希の部屋に戻ると、ベッドの隣に布団が敷かれていた。二人がいない隙に母親が用意したのだろう。
学習机や、本棚のみという簡素な部屋だが、伊吹が最後にこの部屋に入った時とは全く違う部屋だ。
それはそうだろう、最後にこの部屋に入ったのは小学生の頃だ。
瑞希が風呂から上がるまで、暇潰しに本棚に並べられた漫画を開いて読み始める。伊吹は学生時代、話題の漫画をとりあえず読むくらいはしていたが、周りと話を合わせる為でしかなかった。
瑞希が集めたであろう少年漫画を読み始めると、作品の世界に入り込んだように読みいった。
「いーぶきー?」
髪を乾かしながら瑞希が部屋に入ってきた。伊吹は気付かずに黙々と読んでいる。
「それ面白いっしょ」
耳元で声を掛けられて、ようやく瑞希の存在に気付いた伊吹は、漫画に目を向けながら答えた。
「うん、昔サラッと読んだ事あったけど、こんなに面白かったんだ?」
「そうだよ~。僕、ハマりすぎてテストで0点取った事ある」
「そりゃさすがにないだろ。つまらない冗談は反応に困るんだけど?」
「マジだって。勉強嫌いだし、よく赤点取ってたよ。だから大学とか行く気なかったし」
「……俺のせいだろ」
伊吹は視線を漫画から瑞希に向けた。伊吹のせいで瑞希は乱交パーティーにハマり、セックス依存性になり、援助交際をし、その証拠を学校に送った為に瑞希は進学出来なくなったのだと認識している。
その事で瑞希に恨み言を言われた事はないが、それ以外に考えられなかった。瑞希を騙して、中学の先輩達に襲わせるまで、瑞希はどちらかと言えば真面目だったのだから。
「はぁ? なんで伊吹のせい?」
「援交の写真、学校に送ったりしたし」
「ばか。先生も校長も、イタズラだと思って気に留めてなかったよ。僕が被害者だと思って哀れんでたくらい」
「それなら! なんで進学しなかったんだ?」
「僕、小学生の時はそこそこ成績良かったけど、中学上がってから成績落ちてさ」
「それ、俺のせいだろ? 先輩達の相手させてたから」
「いやいや。テスト前は先輩達も勉強するって、乱交しなかったじゃん。僕はその期間オナニーばっかしてたんだよ」
「やっぱ俺のせいじゃん」
「だーかーらー! 違うっての! 次、俺のせいって言ったらお仕置きするよ!?」
「もう主従関係なくなったんじゃないのかよ」
「とにかく、僕は男娼になりたくて進学しなかったの。伊吹に落ち度は一切ないから!
次それ言ったらマジで怒るよ!?」
有無を言わせない瑞希の迫力に、伊吹は閉口した。黙ったままの伊吹の肩を瑞希が叩く。
「ほらほら、もう寝るよ。漫画しまって!」
「おう」
瑞希がベッドを使い、伊吹が布団を使った。退院したばかりの伊吹の要望を優先させた結果だ。
薬を飲んでいるとはいえ全く痛みがなくなったわけではない。少し熱もあり、寝苦しい。
「伊吹、お腹大丈夫?」
「痛いけど大丈夫。これは翠が傷付けてくれた痛みだから。翠がね、意味のなかった刺傷を上書きしてくれたんだよ。愛のある痛みにね」
「出たドM発言。しかもなんか気持ち悪い。
あのさぁ、ちょっと翠君の事気を付けた方が良くない?」
「なにおー?」
「翠君って、結構ソクバッキーだと思うなぁ。ちょっと嫉妬しちゃうだけなら可愛いんだけどさ。
夏鈴さんとの事といい、僕の事敵対してる事といい。少し危険だよね。
傷口開く程お腹の刺傷を狙ったプレイしたんでしょ?
無自覚のドSってヤバいよねぇ」
「翠、俺のご主人様になってくれるかな」
伊吹はポーっと翠を思い浮かべた。スマホがない事が悔やまれる。あったらすぐにでも電話をしたいと思える程、翠に恋焦がれている。
「恋は盲目ってこういう事か。ダメだこりゃ。とにかく、伊吹は自分の身体を守らないと。翠君が人殺しになっちゃうんだからね!
ちゃんとMとしてのマナー守りなよ!」
「はーい」
やれやれといった様子で瑞希がスマホの操作を始めた。伊吹はラブピーチに置いてきてしまっているので羨ましく思えた。
「ん? えっ?」
瑞希が困惑したような声を出し、怪訝な顔でスマホ画面を注視した。
「どうかした?」
「なんかさ。今日の乱パ、翠君が伊吹の代わりに監視役やったんだって」
「は? なんでそんな事になったんだ? 店長が許可、したのか……?」
店長は仕事でなければ、心を開いた人としか会話をしない。まだ翠に慣れていないので、店長から乱交パーティーの監視を翠に頼むとは思い難い。
「翠君が提案して、店長が許可したんだね。店長が翠君を気に入ったって事?」
「そういう事なんだろうな。俺だって、店長とそんなに会話した事ないってのに」
「僕も~。落とそうと思った事あるけど、ダメだったよ」
「そんなに簡単に落ちる奴だったら、店長にしねぇよ」
「あはは。それもそうか」
瑞希ともう少し話していたい……が、薬の副作用か眠気の方が強い。ウトウトしていると、眠気を吹き飛ばす瑞希の発言に、伊吹は一気に目が覚めた。
「そういえば、僕の告白の返事ってどうなったの?」
「ふあっ!? えっ? は?」
「言ったよね。僕、伊吹の事がずっと好きだって……」
病院で気持ちを打ち明けたが、伊吹は困惑するばかりで答えを示す事はしなかった。
「へっ、返事!?」
「告白に返事をするのは当然のマナーでしょ」
「いつから? 俺の事、いつから好きだったんだ?」
「小学三年生の時から」
「出会った時からじゃねぇか!」
「最初からじゃないよ。段々……君が哀れな子だって知ってから好きになった」
知らない方が良かったのかもしれない、と伊吹は複雑な気持ちになった。
「子供の頃から歪んでたのかよ」
「君を幸せにしたいって思ったんだよ。僕の手で守りたい。僕なら君に辛い思いはさせないのに……って」
そんな瑞希の素直な気持ちを聞く事は今までなかった。先程まで色眼鏡で見ていた伊吹の心に罪悪感が込み上げる。
「ごめん」
「謝らないで。伊吹に出来る事は僕を受け入れるか受け入れないか、それだけだから」
「そんなの俺の答えは一つだ。俺は──」
その後は明日の事を話し合い、ようやく眠りについたのだった。
翌日。伊吹と瑞希は、朝ご飯を食べた後に家を出た。最後まで航が名残惜しそうに伊吹と瑞希に抱きついていた。
父親は仕事があり、先に家を出た。
「ちょくちょく顔見せるから。またね」
「おばさん、航、またな。また暇な時にでも瑞希と帰ってくるよ」
伊吹と瑞希が手を振ると、母親と航は名残惜しそうな表情を浮かべた。
「寂しいわ。いつでも帰ってきていいのよ。待ってるから」
「兄ちゃん! 伊吹! 絶対遊びに戻ってきてね!」
母親は心配そうに、航は涙目で見送ってくれた。車に乗って、瑞希の運転で帰る。
過去にこの町を出た時、伊吹は後ろを振り返る事はなかった。
だが今回は、瑞希の家族が見えなくなるまで振り返って手を振っていたのだった。
「部屋……全然変わってない」
そう呟いた瑞希の目に涙が浮かぶ。後からやってきた母親が、瑞希の背後に立った。
「毎日掃除してたのよ。あなたを思い出さない日はなかった。掃除する度に後悔してたの」
瑞希は振り向いて、辛そうな顔で母親の目を見つめた。後悔していたのは同じだが、今一番後悔している事は、母親を悲しませた事だ。
「母さん……ごめん」
「いいの。元気で帰ってきてくれた、それだけで充分なんだから。
二人とも、お風呂沸いてるから入りなさい」
風呂は瑞希だけが入った。伊吹は傷口を塞いだばかりなので風呂は断った。
昼の内に瑞希に着替えを何着か買ってもらったので、車に取りに行く事にした。
瑞希の部屋に戻ると、ベッドの隣に布団が敷かれていた。二人がいない隙に母親が用意したのだろう。
学習机や、本棚のみという簡素な部屋だが、伊吹が最後にこの部屋に入った時とは全く違う部屋だ。
それはそうだろう、最後にこの部屋に入ったのは小学生の頃だ。
瑞希が風呂から上がるまで、暇潰しに本棚に並べられた漫画を開いて読み始める。伊吹は学生時代、話題の漫画をとりあえず読むくらいはしていたが、周りと話を合わせる為でしかなかった。
瑞希が集めたであろう少年漫画を読み始めると、作品の世界に入り込んだように読みいった。
「いーぶきー?」
髪を乾かしながら瑞希が部屋に入ってきた。伊吹は気付かずに黙々と読んでいる。
「それ面白いっしょ」
耳元で声を掛けられて、ようやく瑞希の存在に気付いた伊吹は、漫画に目を向けながら答えた。
「うん、昔サラッと読んだ事あったけど、こんなに面白かったんだ?」
「そうだよ~。僕、ハマりすぎてテストで0点取った事ある」
「そりゃさすがにないだろ。つまらない冗談は反応に困るんだけど?」
「マジだって。勉強嫌いだし、よく赤点取ってたよ。だから大学とか行く気なかったし」
「……俺のせいだろ」
伊吹は視線を漫画から瑞希に向けた。伊吹のせいで瑞希は乱交パーティーにハマり、セックス依存性になり、援助交際をし、その証拠を学校に送った為に瑞希は進学出来なくなったのだと認識している。
その事で瑞希に恨み言を言われた事はないが、それ以外に考えられなかった。瑞希を騙して、中学の先輩達に襲わせるまで、瑞希はどちらかと言えば真面目だったのだから。
「はぁ? なんで伊吹のせい?」
「援交の写真、学校に送ったりしたし」
「ばか。先生も校長も、イタズラだと思って気に留めてなかったよ。僕が被害者だと思って哀れんでたくらい」
「それなら! なんで進学しなかったんだ?」
「僕、小学生の時はそこそこ成績良かったけど、中学上がってから成績落ちてさ」
「それ、俺のせいだろ? 先輩達の相手させてたから」
「いやいや。テスト前は先輩達も勉強するって、乱交しなかったじゃん。僕はその期間オナニーばっかしてたんだよ」
「やっぱ俺のせいじゃん」
「だーかーらー! 違うっての! 次、俺のせいって言ったらお仕置きするよ!?」
「もう主従関係なくなったんじゃないのかよ」
「とにかく、僕は男娼になりたくて進学しなかったの。伊吹に落ち度は一切ないから!
次それ言ったらマジで怒るよ!?」
有無を言わせない瑞希の迫力に、伊吹は閉口した。黙ったままの伊吹の肩を瑞希が叩く。
「ほらほら、もう寝るよ。漫画しまって!」
「おう」
瑞希がベッドを使い、伊吹が布団を使った。退院したばかりの伊吹の要望を優先させた結果だ。
薬を飲んでいるとはいえ全く痛みがなくなったわけではない。少し熱もあり、寝苦しい。
「伊吹、お腹大丈夫?」
「痛いけど大丈夫。これは翠が傷付けてくれた痛みだから。翠がね、意味のなかった刺傷を上書きしてくれたんだよ。愛のある痛みにね」
「出たドM発言。しかもなんか気持ち悪い。
あのさぁ、ちょっと翠君の事気を付けた方が良くない?」
「なにおー?」
「翠君って、結構ソクバッキーだと思うなぁ。ちょっと嫉妬しちゃうだけなら可愛いんだけどさ。
夏鈴さんとの事といい、僕の事敵対してる事といい。少し危険だよね。
傷口開く程お腹の刺傷を狙ったプレイしたんでしょ?
無自覚のドSってヤバいよねぇ」
「翠、俺のご主人様になってくれるかな」
伊吹はポーっと翠を思い浮かべた。スマホがない事が悔やまれる。あったらすぐにでも電話をしたいと思える程、翠に恋焦がれている。
「恋は盲目ってこういう事か。ダメだこりゃ。とにかく、伊吹は自分の身体を守らないと。翠君が人殺しになっちゃうんだからね!
ちゃんとMとしてのマナー守りなよ!」
「はーい」
やれやれといった様子で瑞希がスマホの操作を始めた。伊吹はラブピーチに置いてきてしまっているので羨ましく思えた。
「ん? えっ?」
瑞希が困惑したような声を出し、怪訝な顔でスマホ画面を注視した。
「どうかした?」
「なんかさ。今日の乱パ、翠君が伊吹の代わりに監視役やったんだって」
「は? なんでそんな事になったんだ? 店長が許可、したのか……?」
店長は仕事でなければ、心を開いた人としか会話をしない。まだ翠に慣れていないので、店長から乱交パーティーの監視を翠に頼むとは思い難い。
「翠君が提案して、店長が許可したんだね。店長が翠君を気に入ったって事?」
「そういう事なんだろうな。俺だって、店長とそんなに会話した事ないってのに」
「僕も~。落とそうと思った事あるけど、ダメだったよ」
「そんなに簡単に落ちる奴だったら、店長にしねぇよ」
「あはは。それもそうか」
瑞希ともう少し話していたい……が、薬の副作用か眠気の方が強い。ウトウトしていると、眠気を吹き飛ばす瑞希の発言に、伊吹は一気に目が覚めた。
「そういえば、僕の告白の返事ってどうなったの?」
「ふあっ!? えっ? は?」
「言ったよね。僕、伊吹の事がずっと好きだって……」
病院で気持ちを打ち明けたが、伊吹は困惑するばかりで答えを示す事はしなかった。
「へっ、返事!?」
「告白に返事をするのは当然のマナーでしょ」
「いつから? 俺の事、いつから好きだったんだ?」
「小学三年生の時から」
「出会った時からじゃねぇか!」
「最初からじゃないよ。段々……君が哀れな子だって知ってから好きになった」
知らない方が良かったのかもしれない、と伊吹は複雑な気持ちになった。
「子供の頃から歪んでたのかよ」
「君を幸せにしたいって思ったんだよ。僕の手で守りたい。僕なら君に辛い思いはさせないのに……って」
そんな瑞希の素直な気持ちを聞く事は今までなかった。先程まで色眼鏡で見ていた伊吹の心に罪悪感が込み上げる。
「ごめん」
「謝らないで。伊吹に出来る事は僕を受け入れるか受け入れないか、それだけだから」
「そんなの俺の答えは一つだ。俺は──」
その後は明日の事を話し合い、ようやく眠りについたのだった。
翌日。伊吹と瑞希は、朝ご飯を食べた後に家を出た。最後まで航が名残惜しそうに伊吹と瑞希に抱きついていた。
父親は仕事があり、先に家を出た。
「ちょくちょく顔見せるから。またね」
「おばさん、航、またな。また暇な時にでも瑞希と帰ってくるよ」
伊吹と瑞希が手を振ると、母親と航は名残惜しそうな表情を浮かべた。
「寂しいわ。いつでも帰ってきていいのよ。待ってるから」
「兄ちゃん! 伊吹! 絶対遊びに戻ってきてね!」
母親は心配そうに、航は涙目で見送ってくれた。車に乗って、瑞希の運転で帰る。
過去にこの町を出た時、伊吹は後ろを振り返る事はなかった。
だが今回は、瑞希の家族が見えなくなるまで振り返って手を振っていたのだった。
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