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二章
二十話 ドライブデート
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伊吹と瑞希は病院を後にすると、レンタカーに乗って走り出した。ただ瑞希に着いてきた伊吹には行先が分からない。
「どこ行くんだ?」
「さーて、ゴール決めずにさ、ガソリン切れるまでドライブでもしよっか」
「切れるのってどれくらい?」
ガソリンのメーターを見ると、まだまだ満タンに近い。伊吹は車にはあまり詳しくないので、どれくらいの大きさの車がガソリンを使い果たすまでにどれくらい掛かるか知らない。
一見、ただの白い普通車だ。
「知らない。この車なら丸一日くらい?」
「マジかよ……」
「たまには新鮮でいいでしょ。ドライブデート」
「デート……ねぇ」
デートの単語で思い浮かぶのは翠との初デートだ。大失敗だった。
自分の女性との交友関係の考えの甘さが引き起こした最悪の出来事だった。伊吹は本気で、夏鈴が伊吹への恋を諦めたら、友達のままでいてくれると思っていた。
そんな考えに至った原因は瑞希の存在が大きい。過去に伊吹は瑞希に対して最低な裏切り行為をした。
瑞希は伊吹を恨み、憎み、復讐をすると宣言し、伊吹を奴隷にした。
だが、そんな経緯があったにも関わらず、瑞希とは友達関係を続けている。友達とはそんな物だと思っていたのだ。
何かわだかまりがあっても、表面上仲良くできるものだと。それが普通の事になっていた。
「あ、そういえばさ。昨日加藤んち泊めてもらったんだ。会うの久しぶりだったよ」
沈黙が続くと、唐突に瑞希が話題を変えた。
「加藤、加藤、加藤……あぁ、あのドSで匂いフェチの変態?」
思い浮かべたのは、時折乱パに参加してくる中年男性だ。小柄で顔や身体の皮膚の皺が多い。
数ヶ月に一度参加しては、伊吹に参加費が高いと文句を言ってくるので、あまり好きではない男だ。
「あっはっはっは! なんでそっち? 高校ん時の友達だったでしょ」
「あーあのいけすかねぇ奴か。俺は友達じゃないけど」
「ひっどいなぁ。三人でよく、グループ作ったじゃん」
「それは、グループ作れない余り者でグループ組まされた時だろ」
高校三年生の時だ。二人組を作れという時に一人余るのが加藤だった。しかもクラスの男子は奇数だったので、伊吹と瑞希は加藤を加えた三人組を作る事が多かった。
「伊吹友達多かったのに、僕のせいで皆離れていったもんねぇ。あはは。
でも、そこから加藤と仲良くなって、遊びに行ったり、僕達の相談に乗ってもらったりさぁ」
「まぁそんな事もあったかな。俺はアイツ好きじゃなかったけど」
「本当、真面目で誠実で良い奴なのになぁ」
「正論ウザい奴の間違いだろ」
「優しくて面倒見の良い奴なのになぁ」
瑞希が残念そうに呟いた。伊吹は加藤の事はどうでもいいとばかりに窓の外を眺める。民家や店が通り過ぎて消えていく。車窓はまるで人生のようだ。
「だって、加藤……瑞希の事好きだったじゃん。ほら、アイツが瑞希に告白して、瑞希が振ってさ」
「そんな事もあったね」
「別に恋愛は人の自由だ。俺はそれに干渉するつもりねぇし。瑞希が加藤に優し過ぎるの、見ててイラついた」
「へぇ、そうだったんだ?」
「ていうか、瑞希がそんなだから、俺はそれが普通だって思ってたんだよ。振られたら友達に戻るものだって……」
「僕は特に細かい事気にしないだけ。あと、加藤が優しい人だから友達でいてくれたんだよ」
「学校の友達は、深い付き合いの奴いなかったからなぁ。皆で集まってわいわいするのが楽しいだけっていうか……。問題事持ち込んだ奴とは自然に交友関係なくなったし」
「そんな友達、たくさんいて楽しい?」
「それなりに楽しいよ。瑞希と色々あった事忘れられるっていうのが大きかったかな」
「そっか。ごめんね、そんなに伊吹を苦しめて」
「いや、そもそも! 先に瑞希を苦しめたのは俺だろ」
「あははっ。それもそうだったね」
瑞希は前を見ながら、少し寂しそうな目をしていた。どこか名残惜しそうな、それでいて優しい微笑を浮かべている。
「瑞希……。本当に悪かった。中学の時、あんな目に遭わせて傷付けてしまって。高校の時も、自分が捕まるのが怖くて、援交の証拠写真なんか送って、ごめんなさい。
本当に反省してるんだ。もう瑞希を傷付けたくないって思ってる」
伊吹は意を決して言うべき言葉を伝えた。瑞希は仕方ないなぁと、苦笑した。
「いいよ。許す。……じゃあこれで喧嘩は終わりね! 僕達の主従関係も終わり。長かったね」
「中一の時からだからおよそ八年に渡る、静かな大喧嘩ってところか。ほんと、長かったな」
「翠君のお陰だね。翠君のお陰で、僕は自分の気持ちに向き合おうって気持ちになれたから」
「昨日のアイツ、ビックリしたよなぁ。瑞希に向かって"瑞希さんって、本当、使えない!"ってさぁ。あははははは」
「あははっ。僕もビックリしたよぉ。使えないって! そんな事初めて言われたよ」
しばらく翠をネタに二人で笑いながら走り続けた。既に街並みは伊吹の知らない景色に変わっている。
行先は全て瑞希に任せる。それは、瑞希が主人だからではなく、信用出来るただ一人の親友だからだ。
ふと、瑞希が真面目な声で伊吹に問いかけた。
「ねぇ、伊吹。翠君の事、好きなんでしょ?」
「どこ行くんだ?」
「さーて、ゴール決めずにさ、ガソリン切れるまでドライブでもしよっか」
「切れるのってどれくらい?」
ガソリンのメーターを見ると、まだまだ満タンに近い。伊吹は車にはあまり詳しくないので、どれくらいの大きさの車がガソリンを使い果たすまでにどれくらい掛かるか知らない。
一見、ただの白い普通車だ。
「知らない。この車なら丸一日くらい?」
「マジかよ……」
「たまには新鮮でいいでしょ。ドライブデート」
「デート……ねぇ」
デートの単語で思い浮かぶのは翠との初デートだ。大失敗だった。
自分の女性との交友関係の考えの甘さが引き起こした最悪の出来事だった。伊吹は本気で、夏鈴が伊吹への恋を諦めたら、友達のままでいてくれると思っていた。
そんな考えに至った原因は瑞希の存在が大きい。過去に伊吹は瑞希に対して最低な裏切り行為をした。
瑞希は伊吹を恨み、憎み、復讐をすると宣言し、伊吹を奴隷にした。
だが、そんな経緯があったにも関わらず、瑞希とは友達関係を続けている。友達とはそんな物だと思っていたのだ。
何かわだかまりがあっても、表面上仲良くできるものだと。それが普通の事になっていた。
「あ、そういえばさ。昨日加藤んち泊めてもらったんだ。会うの久しぶりだったよ」
沈黙が続くと、唐突に瑞希が話題を変えた。
「加藤、加藤、加藤……あぁ、あのドSで匂いフェチの変態?」
思い浮かべたのは、時折乱パに参加してくる中年男性だ。小柄で顔や身体の皮膚の皺が多い。
数ヶ月に一度参加しては、伊吹に参加費が高いと文句を言ってくるので、あまり好きではない男だ。
「あっはっはっは! なんでそっち? 高校ん時の友達だったでしょ」
「あーあのいけすかねぇ奴か。俺は友達じゃないけど」
「ひっどいなぁ。三人でよく、グループ作ったじゃん」
「それは、グループ作れない余り者でグループ組まされた時だろ」
高校三年生の時だ。二人組を作れという時に一人余るのが加藤だった。しかもクラスの男子は奇数だったので、伊吹と瑞希は加藤を加えた三人組を作る事が多かった。
「伊吹友達多かったのに、僕のせいで皆離れていったもんねぇ。あはは。
でも、そこから加藤と仲良くなって、遊びに行ったり、僕達の相談に乗ってもらったりさぁ」
「まぁそんな事もあったかな。俺はアイツ好きじゃなかったけど」
「本当、真面目で誠実で良い奴なのになぁ」
「正論ウザい奴の間違いだろ」
「優しくて面倒見の良い奴なのになぁ」
瑞希が残念そうに呟いた。伊吹は加藤の事はどうでもいいとばかりに窓の外を眺める。民家や店が通り過ぎて消えていく。車窓はまるで人生のようだ。
「だって、加藤……瑞希の事好きだったじゃん。ほら、アイツが瑞希に告白して、瑞希が振ってさ」
「そんな事もあったね」
「別に恋愛は人の自由だ。俺はそれに干渉するつもりねぇし。瑞希が加藤に優し過ぎるの、見ててイラついた」
「へぇ、そうだったんだ?」
「ていうか、瑞希がそんなだから、俺はそれが普通だって思ってたんだよ。振られたら友達に戻るものだって……」
「僕は特に細かい事気にしないだけ。あと、加藤が優しい人だから友達でいてくれたんだよ」
「学校の友達は、深い付き合いの奴いなかったからなぁ。皆で集まってわいわいするのが楽しいだけっていうか……。問題事持ち込んだ奴とは自然に交友関係なくなったし」
「そんな友達、たくさんいて楽しい?」
「それなりに楽しいよ。瑞希と色々あった事忘れられるっていうのが大きかったかな」
「そっか。ごめんね、そんなに伊吹を苦しめて」
「いや、そもそも! 先に瑞希を苦しめたのは俺だろ」
「あははっ。それもそうだったね」
瑞希は前を見ながら、少し寂しそうな目をしていた。どこか名残惜しそうな、それでいて優しい微笑を浮かべている。
「瑞希……。本当に悪かった。中学の時、あんな目に遭わせて傷付けてしまって。高校の時も、自分が捕まるのが怖くて、援交の証拠写真なんか送って、ごめんなさい。
本当に反省してるんだ。もう瑞希を傷付けたくないって思ってる」
伊吹は意を決して言うべき言葉を伝えた。瑞希は仕方ないなぁと、苦笑した。
「いいよ。許す。……じゃあこれで喧嘩は終わりね! 僕達の主従関係も終わり。長かったね」
「中一の時からだからおよそ八年に渡る、静かな大喧嘩ってところか。ほんと、長かったな」
「翠君のお陰だね。翠君のお陰で、僕は自分の気持ちに向き合おうって気持ちになれたから」
「昨日のアイツ、ビックリしたよなぁ。瑞希に向かって"瑞希さんって、本当、使えない!"ってさぁ。あははははは」
「あははっ。僕もビックリしたよぉ。使えないって! そんな事初めて言われたよ」
しばらく翠をネタに二人で笑いながら走り続けた。既に街並みは伊吹の知らない景色に変わっている。
行先は全て瑞希に任せる。それは、瑞希が主人だからではなく、信用出来るただ一人の親友だからだ。
ふと、瑞希が真面目な声で伊吹に問いかけた。
「ねぇ、伊吹。翠君の事、好きなんでしょ?」
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