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二章
十八話 消えた恋人
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翠は伊吹が病院に運ばれた翌日の昼、大学をサボってラブピーチを訪れていた。
伊吹が午前中に目を覚ましたと連絡があり、午後一時頃に退院する予定だ。
翠は店長にお願いをして、一緒に伊吹を迎えに行ける事になった。
店長が翠の熱願に快諾し、車の助手席に乗って病院へと向かった。店長は無口な人物だ。最初の内は翠が話し掛けたりしたのだが、相槌を打つか、返事がないかのどちらかだ。
あまり会話が得意ではないのだろうと、翠も無言になった。
病院に着くと、おかしな事が起こっていた。看護師が伊吹は既に退院したと言ったのだ。
翠はすぐに伊吹に電話をかけた──が、コール音が鳴るだけで電話に出る様子もなく留守電になってしまった。
すぐに思い出す。伊吹のスマホはラフピーチの七階だ。
「篠さんのご友人の方が来て、退院の手続きをして篠さんと帰りましたよ」
看護師の言葉に、先に動いたのは店長だ。急にダッと走り始め、翠は追いかける。
車に乗ると急発進して病院を出た。
「どこに向かってるんです?」
「店に戻ります。瑞希さんの連絡先を控えているので」
すぐにラブピーチに戻った。事務所に翠を入れる訳にはいかない、という事で翠は受付近くの待合室で待った。
十分程で店長が待合室にやってきた。
「すみません、瑞希さんに何度も電話をかけたのですが、電源を落としているみたいです」
「そんな……」
肩を落としていると、店長は翠を放置して店の外へと向かって歩き始めた。当然、翠は店長の後を追う。
「どこに行くんですか?」
「……瑞希さんの職場に」
「瑞希さんの? 何か関係あるんですか!?」
「もしかしたら、何か知っているかもしれないので」
「俺も行きます!」
翠は店長について行くしかなかった。再び車に乗る。
車を走らせて着いた場所は、治安の悪い街中の裏通りにあるマンションだ。店長が二階にある部屋のドアの前でチャイムを押した。
「はい」
インターホンからは男の声がした。すぐに店長が答える。
「ラブピーチの店長、榊です」
「ああ。ご無沙汰してます。少々お待ちください」
インターホンが切れて、すぐにドアが開かれた。三十代くらいの男が、不思議そうな顔で出迎えた。
翠の顔を見て「紹介ですか?」と、男は首を傾げた。
「いや。瑞希さん、今日来てます?」
「午前中来ましたよ。免許証取りに。それが?」
「うちの伊吹さんを連れて消えてしまったんです。連絡取れませんかね?」
店長の言葉に男はハッとした顔をして、二人を部屋の中に招き入れる。
「とりあえず、立ち話もなんなので中入ってください」
部屋の中はコの字にデスクが並べられており、それぞれパソコンが三台置かれている。左右のデスクに男が二人、それぞれ座って電話をしたり、キーボードをカチャカチャ打っている。
翠と店長は入口付近にポツンと置かれたソファーに座った。そして、男が折り畳み式の椅子を前に持ってきて、対面するように座った。
「瑞希さんに電話してるんですけど、出ないですね。電源切ってるみたいです」
「伊吹さんはホテルにスマホ置きっぱなしなんですよ。連絡を取る手段がありません」
「二人仲良く駆け落ち……なんて、ないっすよね……アハハ」
男が冗談めかして言うと、店長が睨んだ。男は視線を逸らし、冷や汗を流しながら真面目な話に戻した。
「実は朝、瑞希さんがここに立ち寄って、知人が退院するから迎えに行くって言ってたんですよね」
「それ、伊吹さんの事です!」
翠が反応すると、男は翠に訝しげな目を向けた。
「……あの、ちなみにあなたは?」
「伊吹さんの恋人です」
「伊吹君に恋人……ね。そういやそんな噂流れてきてましたね。伊吹君が乱交パーティーに出禁にした男を恋人にしたらしいと」
「噂じゃないですよ。瑞希さんの事は前から警戒していました。まさか伊吹さんを誘拐するなんて……!」
「伊吹君が瑞希さんを連れ去った可能性は? 憶測でウチの瑞希を悪者にしないで欲しいのですが」
「それは有り得ません! 伊吹さんは瑞希さんに言われた事は従ってしまうんですから。どうせ命令されたに決まってます!」
「それだけ伊吹君が瑞希に従順って事は、二人はベストパートナーって事ですよ。外野が口出しするのは野暮ですよ? 自称、伊吹君の恋人さん?」
「はあ!?」
翠と男はバチバチと火花を散らすように睨み合った。すかさず店長が割って入る。
「二人とも落ち着いて下さい! 引き続き、こちらでも行方を探します。瑞希さんの捜索をお願いしても?」
店長はあまり期待をしていないかのように、淡々とした口調だ。
「良いですよ。こちらでも出来る限り、探ってみます。
キャストが飛ぶのはよくある事ですが、瑞希さんなら話は別ですから」
その後、翠は店長にラブピーチの最寄りの駅まで送られた。翠は渋々車から下りた。
「伊吹さんが見つかり次第、翠さんに連絡します」
「いえ、俺も探します!」
「それは自由ですが……ラブピーチの事もあるので、このまま本気で失踪はしない筈です。それは瑞希さんも分かっていると思います」
「待つ事しか出来ないのかよ」
「はい」
店長はそれだけ言うと車を発進させた。翠は納得のいかない、気分の悪さを感じていた。
伊吹が午前中に目を覚ましたと連絡があり、午後一時頃に退院する予定だ。
翠は店長にお願いをして、一緒に伊吹を迎えに行ける事になった。
店長が翠の熱願に快諾し、車の助手席に乗って病院へと向かった。店長は無口な人物だ。最初の内は翠が話し掛けたりしたのだが、相槌を打つか、返事がないかのどちらかだ。
あまり会話が得意ではないのだろうと、翠も無言になった。
病院に着くと、おかしな事が起こっていた。看護師が伊吹は既に退院したと言ったのだ。
翠はすぐに伊吹に電話をかけた──が、コール音が鳴るだけで電話に出る様子もなく留守電になってしまった。
すぐに思い出す。伊吹のスマホはラフピーチの七階だ。
「篠さんのご友人の方が来て、退院の手続きをして篠さんと帰りましたよ」
看護師の言葉に、先に動いたのは店長だ。急にダッと走り始め、翠は追いかける。
車に乗ると急発進して病院を出た。
「どこに向かってるんです?」
「店に戻ります。瑞希さんの連絡先を控えているので」
すぐにラブピーチに戻った。事務所に翠を入れる訳にはいかない、という事で翠は受付近くの待合室で待った。
十分程で店長が待合室にやってきた。
「すみません、瑞希さんに何度も電話をかけたのですが、電源を落としているみたいです」
「そんな……」
肩を落としていると、店長は翠を放置して店の外へと向かって歩き始めた。当然、翠は店長の後を追う。
「どこに行くんですか?」
「……瑞希さんの職場に」
「瑞希さんの? 何か関係あるんですか!?」
「もしかしたら、何か知っているかもしれないので」
「俺も行きます!」
翠は店長について行くしかなかった。再び車に乗る。
車を走らせて着いた場所は、治安の悪い街中の裏通りにあるマンションだ。店長が二階にある部屋のドアの前でチャイムを押した。
「はい」
インターホンからは男の声がした。すぐに店長が答える。
「ラブピーチの店長、榊です」
「ああ。ご無沙汰してます。少々お待ちください」
インターホンが切れて、すぐにドアが開かれた。三十代くらいの男が、不思議そうな顔で出迎えた。
翠の顔を見て「紹介ですか?」と、男は首を傾げた。
「いや。瑞希さん、今日来てます?」
「午前中来ましたよ。免許証取りに。それが?」
「うちの伊吹さんを連れて消えてしまったんです。連絡取れませんかね?」
店長の言葉に男はハッとした顔をして、二人を部屋の中に招き入れる。
「とりあえず、立ち話もなんなので中入ってください」
部屋の中はコの字にデスクが並べられており、それぞれパソコンが三台置かれている。左右のデスクに男が二人、それぞれ座って電話をしたり、キーボードをカチャカチャ打っている。
翠と店長は入口付近にポツンと置かれたソファーに座った。そして、男が折り畳み式の椅子を前に持ってきて、対面するように座った。
「瑞希さんに電話してるんですけど、出ないですね。電源切ってるみたいです」
「伊吹さんはホテルにスマホ置きっぱなしなんですよ。連絡を取る手段がありません」
「二人仲良く駆け落ち……なんて、ないっすよね……アハハ」
男が冗談めかして言うと、店長が睨んだ。男は視線を逸らし、冷や汗を流しながら真面目な話に戻した。
「実は朝、瑞希さんがここに立ち寄って、知人が退院するから迎えに行くって言ってたんですよね」
「それ、伊吹さんの事です!」
翠が反応すると、男は翠に訝しげな目を向けた。
「……あの、ちなみにあなたは?」
「伊吹さんの恋人です」
「伊吹君に恋人……ね。そういやそんな噂流れてきてましたね。伊吹君が乱交パーティーに出禁にした男を恋人にしたらしいと」
「噂じゃないですよ。瑞希さんの事は前から警戒していました。まさか伊吹さんを誘拐するなんて……!」
「伊吹君が瑞希さんを連れ去った可能性は? 憶測でウチの瑞希を悪者にしないで欲しいのですが」
「それは有り得ません! 伊吹さんは瑞希さんに言われた事は従ってしまうんですから。どうせ命令されたに決まってます!」
「それだけ伊吹君が瑞希に従順って事は、二人はベストパートナーって事ですよ。外野が口出しするのは野暮ですよ? 自称、伊吹君の恋人さん?」
「はあ!?」
翠と男はバチバチと火花を散らすように睨み合った。すかさず店長が割って入る。
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「良いですよ。こちらでも出来る限り、探ってみます。
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