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二章
十六話 数少ない友人
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瑞希はラブピーチ前でタクシーを降りると、翠と店長に手を振って夜の街へと歩き出した。
「んじゃ、また明日ねぇ」
翠は意気消沈した様子であまり話しかけにくい。店長はいつも通り無表情で、仕事人間という感じが瑞稀にとってあまり好かないポイントである。
気まずいので瑞希はさっさと逃げたのだ。
「さーて、どうするかなぁ」
スマホを出して、アドレス帳を上から下まで流し見した。誰の家に泊めてもらおうか思案する。
瑞希には、定住している家がない。
最近は翠が住んでいるアパート近くに居住している、常連客のユウキの部屋に寝泊まりしていた為、その付近で翠に会う事が多かったが。
ユウキにこれ以上甘える訳にもいかず、家を出てきたのだ。
服や生活に必要なものは風俗店の事務所の鍵付きのロッカーに入れているが、さすがに事務所に泊まる事は出来ない。
瑞希には頼れる大人がいなかった。
どこかに居を構えるのは抵抗があり、客や友人家、ホテル、ネットカフェ等を転々としている。
アドレス帳を眺めていると「加藤進」という名前を見つけた。瑞希はすぐに電話を掛けた。
この加藤進という男は、数少ない高校時代からの友人だ。
「あー、もしもし? 瑞稀か? なんだよこんな夜中に」
出た加藤は、夜中の電話に少し苛立った様子だ。深夜に電話をかけるというような、非常識な行為を特に嫌う人物だ。
「もっしも~し。僕、瑞希ぃ。今日だけでいいから泊まらせてくれない?」
「まったく……仕方ねぇな。あっ。来るならさ、煙草買ってきてくれない?」
「えー! 僕の顔だと店員さんが売ってくれないよ。タスポも持ってないし」
「身分証は?」
「そんなもの僕が持ち歩いてると思う? どこかで野垂れ死んだら無縁仏の墓に埋葬される気がするよ~」
「大丈夫だ。死んだら俺か篠がお前の身元を保証出来るから」
「それもそっか。なら今死んでも安心だねぇ」
「安心すんな! 長生きしろ」
「あはは。とにかく、今すぐそっち行くから待っててね~。煙草は自分でどうぞ」
瑞希はタクシーに乗って加藤の住むマンションに向かったのだった。
マンションは住宅地から少し離れた場所にポツリとある。周りに幼稚園や小学校、病院等が多く、家族世帯が殆どのマンションに独身男性である加藤が一人で住んでいる。
「やっほ~! 泊まらせてくれてありがとね!」
瑞希は部屋に上がると、無駄に元気なハイテンションで加藤に抱きついた。
加藤はぽっちゃり体型の優男だ。黒い髪はさっぱりした短髪で、眼鏡のレンズの先にある目は小さい。
胸は両乳首が布を押しあげるように浮いてお
り、Tシャツにプリントされている二次元の女の子の顔は腹の脂肪で変形している。
「うわっ。お前、夜中だからってテンション高すぎ」
「やっぱ、加藤は包容力あっていいよね」
「俺の肉の事言ってるんなら怒るぞ」
本当に怒りそうな様子はなく、加藤は淡々と瑞希を自分から引き剥がした。瑞希は舌を出して謝る。
「あはは、ごめんごめん」
「俺、明日早いからもう寝るよ。シャワーとか好きに使っていいから、寝る時はいつもの客室のベッド使ってくれ」
「布団の用意してくれたの?」
「来るっていうのに、寝るところ用意しないでどうすんだよ。たまに親が泊まりに来るし、慣れてるから気にすんな」
「加藤って本当優しいね。ありがと」
「おだてたって何も出ないからな。あと、夜食におにぎり作ったのテーブルに置いたから、食べたかったら食いな」
「出てるじゃん! 面倒見良すぎじゃない? 加藤に惚れそうだよぉ~」
「バカ言ってんなよ。あと風呂も入れよ。お湯沸かしてあっから」
「マジで嫁みたい」
加藤は面倒見の良い好青年だ。高校時代も、よく助けてもらった事が多く、瑞希は加藤を尊敬している。
加藤は高校を卒業してすぐに就職した。親元を離れ、一人社会人として生活している。自分の事で手一杯な筈なのに、瑞希が困ると助けてくれるのだ。
瑞希が関わる中で数少ない、身体の関係やSMに関わらない人物である。
瑞希がテーブルに向かうと、おにぎりが二つとスープまで用意されていた。遠慮なくおにぎりを一口食べ、スープを飲む。
「美味しい……」
美味しいと思えるものを食べるのは久しぶりだった。いつもは客とのデート等で外食が多いのだが、あまり美味しいと感じられない。
洗面所に行くと、サイズの大きい加藤のシャツとハーフパンツが用意されていた。風呂場に入り、身体を洗い、湯船に浸かった。今日一日の疲れが解れていく。
風呂から上がってから予め買っておいた歯ブラシで歯を磨き、用意された服に着替えた瑞希は、加藤の寝室に入った。
加藤はスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている。瑞希は布団の中に潜り込んだ。
加藤のズボンとパンツを下にズラして、無防備に垂れ下がっているペニスに手を伸ばす。
顔を近付けて、ぷにぷにと柔らかい陰茎舌を這わせた。
その瞬間。ドゴッと鈍い音が響くと共に、頭蓋骨が凹んだと思いそうになる程の痛みが、瑞希の脳天を直撃した。すかさず両手で自分の頭を抱える。
「いったぁー!!」
「何すんじゃこりゃ!!」
加藤が怒りの形相で瑞希の頭をチョップしたのだ。
「何って、泊まらせてくれるお礼でしょ!」
「俺は変態じゃないんだ、お前らみたいな変態の道に引きずり込むな!」
お前らとは、その中に伊吹も含まれている。加藤には何をしているかは知られていないが、ただの変態だと思われている。
「なんでだよ! 僕の為に色々してくれたでしょ。だからそのお礼だよっ?」
「お前に下の世話させる程落ちぶれてねぇよ! 早く寝ろ! 俺は明日早いんだって、寝かせろ」
加藤は一通り文句を言い終えると、布団にくるまって目を瞑った。
「だって……どうしたらいいか分からないんだもん」
ポツリと瑞稀が呟くと、加藤は布団にくるまったまま瑞稀に顔を向けた。
「なんだよ? 何か悩みでもあんのか?」
「伊吹……なんか危険なんだって。彼氏のお兄さんに狙われてるとか」
「お前ら、まだ変な事してんのか? された事やり返したって──」
「してないよ! もー加藤はそうやって決めつけて……。そういうんじゃなくてさ。
伊吹の事、また守りたいって思ってる自分に腹立ってんの」
はぁー、と心から呆れていますという顔で加藤が溜息をついた。
「守りたいなら守ればいいだろ」
「そんな簡単に決められないよ」
「難しい事かな? 瑞稀がどうしたいか、だけだと思うぞ」
「それで僕が後悔したら、加藤、責任取ってくれる?」
「取れない。結局、その選択をした自分の責任でしかないんだ。未来は保証出来ない」
瑞稀の顔色は暗くなる。悪い未来しか想像が出来ない。二度と幸せにはなれないのだと諦めている。
そんな瑞稀を見て、加藤は続けた。
「何もしなければ、何も変わらない。でも、瑞希が行動すれば何か変わるかもしれない。
それでまた苦しむようなら愚痴くらいは聞いてやるし。泣きたくなったら慰めるよ。
神アニメ一緒見れば元気出るかもしれないしな」
「あはは。うん。じゃあその時はよろしくね」
瑞稀の目に強い意志が宿った。それを見て安心したのか、加藤は目を瞑った。
その後、瑞希も用意された部屋で眠りについた。
「んじゃ、また明日ねぇ」
翠は意気消沈した様子であまり話しかけにくい。店長はいつも通り無表情で、仕事人間という感じが瑞稀にとってあまり好かないポイントである。
気まずいので瑞希はさっさと逃げたのだ。
「さーて、どうするかなぁ」
スマホを出して、アドレス帳を上から下まで流し見した。誰の家に泊めてもらおうか思案する。
瑞希には、定住している家がない。
最近は翠が住んでいるアパート近くに居住している、常連客のユウキの部屋に寝泊まりしていた為、その付近で翠に会う事が多かったが。
ユウキにこれ以上甘える訳にもいかず、家を出てきたのだ。
服や生活に必要なものは風俗店の事務所の鍵付きのロッカーに入れているが、さすがに事務所に泊まる事は出来ない。
瑞希には頼れる大人がいなかった。
どこかに居を構えるのは抵抗があり、客や友人家、ホテル、ネットカフェ等を転々としている。
アドレス帳を眺めていると「加藤進」という名前を見つけた。瑞希はすぐに電話を掛けた。
この加藤進という男は、数少ない高校時代からの友人だ。
「あー、もしもし? 瑞稀か? なんだよこんな夜中に」
出た加藤は、夜中の電話に少し苛立った様子だ。深夜に電話をかけるというような、非常識な行為を特に嫌う人物だ。
「もっしも~し。僕、瑞希ぃ。今日だけでいいから泊まらせてくれない?」
「まったく……仕方ねぇな。あっ。来るならさ、煙草買ってきてくれない?」
「えー! 僕の顔だと店員さんが売ってくれないよ。タスポも持ってないし」
「身分証は?」
「そんなもの僕が持ち歩いてると思う? どこかで野垂れ死んだら無縁仏の墓に埋葬される気がするよ~」
「大丈夫だ。死んだら俺か篠がお前の身元を保証出来るから」
「それもそっか。なら今死んでも安心だねぇ」
「安心すんな! 長生きしろ」
「あはは。とにかく、今すぐそっち行くから待っててね~。煙草は自分でどうぞ」
瑞希はタクシーに乗って加藤の住むマンションに向かったのだった。
マンションは住宅地から少し離れた場所にポツリとある。周りに幼稚園や小学校、病院等が多く、家族世帯が殆どのマンションに独身男性である加藤が一人で住んでいる。
「やっほ~! 泊まらせてくれてありがとね!」
瑞希は部屋に上がると、無駄に元気なハイテンションで加藤に抱きついた。
加藤はぽっちゃり体型の優男だ。黒い髪はさっぱりした短髪で、眼鏡のレンズの先にある目は小さい。
胸は両乳首が布を押しあげるように浮いてお
り、Tシャツにプリントされている二次元の女の子の顔は腹の脂肪で変形している。
「うわっ。お前、夜中だからってテンション高すぎ」
「やっぱ、加藤は包容力あっていいよね」
「俺の肉の事言ってるんなら怒るぞ」
本当に怒りそうな様子はなく、加藤は淡々と瑞希を自分から引き剥がした。瑞希は舌を出して謝る。
「あはは、ごめんごめん」
「俺、明日早いからもう寝るよ。シャワーとか好きに使っていいから、寝る時はいつもの客室のベッド使ってくれ」
「布団の用意してくれたの?」
「来るっていうのに、寝るところ用意しないでどうすんだよ。たまに親が泊まりに来るし、慣れてるから気にすんな」
「加藤って本当優しいね。ありがと」
「おだてたって何も出ないからな。あと、夜食におにぎり作ったのテーブルに置いたから、食べたかったら食いな」
「出てるじゃん! 面倒見良すぎじゃない? 加藤に惚れそうだよぉ~」
「バカ言ってんなよ。あと風呂も入れよ。お湯沸かしてあっから」
「マジで嫁みたい」
加藤は面倒見の良い好青年だ。高校時代も、よく助けてもらった事が多く、瑞希は加藤を尊敬している。
加藤は高校を卒業してすぐに就職した。親元を離れ、一人社会人として生活している。自分の事で手一杯な筈なのに、瑞希が困ると助けてくれるのだ。
瑞希が関わる中で数少ない、身体の関係やSMに関わらない人物である。
瑞希がテーブルに向かうと、おにぎりが二つとスープまで用意されていた。遠慮なくおにぎりを一口食べ、スープを飲む。
「美味しい……」
美味しいと思えるものを食べるのは久しぶりだった。いつもは客とのデート等で外食が多いのだが、あまり美味しいと感じられない。
洗面所に行くと、サイズの大きい加藤のシャツとハーフパンツが用意されていた。風呂場に入り、身体を洗い、湯船に浸かった。今日一日の疲れが解れていく。
風呂から上がってから予め買っておいた歯ブラシで歯を磨き、用意された服に着替えた瑞希は、加藤の寝室に入った。
加藤はスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てている。瑞希は布団の中に潜り込んだ。
加藤のズボンとパンツを下にズラして、無防備に垂れ下がっているペニスに手を伸ばす。
顔を近付けて、ぷにぷにと柔らかい陰茎舌を這わせた。
その瞬間。ドゴッと鈍い音が響くと共に、頭蓋骨が凹んだと思いそうになる程の痛みが、瑞希の脳天を直撃した。すかさず両手で自分の頭を抱える。
「いったぁー!!」
「何すんじゃこりゃ!!」
加藤が怒りの形相で瑞希の頭をチョップしたのだ。
「何って、泊まらせてくれるお礼でしょ!」
「俺は変態じゃないんだ、お前らみたいな変態の道に引きずり込むな!」
お前らとは、その中に伊吹も含まれている。加藤には何をしているかは知られていないが、ただの変態だと思われている。
「なんでだよ! 僕の為に色々してくれたでしょ。だからそのお礼だよっ?」
「お前に下の世話させる程落ちぶれてねぇよ! 早く寝ろ! 俺は明日早いんだって、寝かせろ」
加藤は一通り文句を言い終えると、布団にくるまって目を瞑った。
「だって……どうしたらいいか分からないんだもん」
ポツリと瑞稀が呟くと、加藤は布団にくるまったまま瑞稀に顔を向けた。
「なんだよ? 何か悩みでもあんのか?」
「伊吹……なんか危険なんだって。彼氏のお兄さんに狙われてるとか」
「お前ら、まだ変な事してんのか? された事やり返したって──」
「してないよ! もー加藤はそうやって決めつけて……。そういうんじゃなくてさ。
伊吹の事、また守りたいって思ってる自分に腹立ってんの」
はぁー、と心から呆れていますという顔で加藤が溜息をついた。
「守りたいなら守ればいいだろ」
「そんな簡単に決められないよ」
「難しい事かな? 瑞稀がどうしたいか、だけだと思うぞ」
「それで僕が後悔したら、加藤、責任取ってくれる?」
「取れない。結局、その選択をした自分の責任でしかないんだ。未来は保証出来ない」
瑞稀の顔色は暗くなる。悪い未来しか想像が出来ない。二度と幸せにはなれないのだと諦めている。
そんな瑞稀を見て、加藤は続けた。
「何もしなければ、何も変わらない。でも、瑞希が行動すれば何か変わるかもしれない。
それでまた苦しむようなら愚痴くらいは聞いてやるし。泣きたくなったら慰めるよ。
神アニメ一緒見れば元気出るかもしれないしな」
「あはは。うん。じゃあその時はよろしくね」
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