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二章
九話 初デート
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伊吹が腹の傷口の抜糸を終えてから、間もなくSMショーにも乱交パーティーにも完全に復帰した。医者には安静にと言われているので、あまり無理は出来ない筈だが、無視をしている。
元の日常に戻ると、伊吹も元の元気さを取り戻したかのように、精力的にイベントに参加している。
そんな忙しい毎日の隙を見た翠は、伊吹をデートに誘った。
「伊吹さん、明日の放課後、俺とデートしませんか?」
次のSMショーの練習が終わり、瑞希が帰った後にタイミングを見計らった。断られるだろう事は重々分かっている。
それでも、付き合っているのだから一度くらいデートしたっていいじゃないか! と、必死な気持ちを押し殺して、軽い口調で言った。
「いいよ」
「やっぱダメですよね、忙しいですもんね……って、えっ?」
「だから、デートだろ。そういえば一度もした事なかったな」
「良いんですか~!!」
翠は泣きながら伊吹に抱き着いた。
「ウザい、暑い! 騒ぐなよっ!」
伊吹は嫌がって自身から翠を引き剥がし、手押し相撲のように、両手を前に出して距離を取っていたのだった。
デートは大学が終わってからだ。十六時に伊吹の大学前で待ち、一緒に街に繰り出したのだが──。
最近伊吹は暇になるとスマホを操作してニヤニヤしている。今もデート中だというのに、伊吹はカフェでコーヒーを放置したままスマホに夢中だ。
通知音がするまでは湯気がたっていたコーヒーも、今は冷めてしまっている。
「伊吹さん」
呼んでも返事はない。相当集中している。
今日は伊吹との初デートだ。いつもはラブピーチで次回のSMショーの内容を練ったり、緊縛の練習をしたり、翠がM男としてプレイ出来る幅を広げる為の調教をしたりで、恋人らしい事は一つもしていない。
伊吹からキスをするまで翠からはしない、という話もどこへ流れたのか、伊吹が意識している様子は全くない。
ようやくこぎつけたデートなのに、翠の不満は溜まる一方だった。今すぐ伊吹のスマホを壊してしまいたい気持ちが高まる。
翠は椅子から立ち上がった。ようやく気付いたのか、伊吹の視線が翠へと向かう。
「最近、その長方形の玩具が楽しいみたいですね?」
「スマホの事か?」
「そうです。何やってるんですか? デート中に恋人を放ったらかして」
ムスッと不満気な顔を見せる。伊吹なら謝ってくれると知っているからだ。
「あ、あぁ……ごめん。つい夢中になっちまって。今デート中だから返事遅れるって、返信だけしていい?」
「いいですよ」
伊吹は焦ったようにスマホ画面の操作をすると、椅子に引っ掛けたボディバッグにスマホを入れて、翠に向き直った。
「悪かったよ。学校の友達に面白い奴がいて、つい会話に夢中になってたんだよ」
「やっぱり浮気ですか」
「違うって。相手女だし。やっぱりってなんだよ」
「女性って事は浮気じゃないですか」
「俺はゲイだってば。……前に浮気は許すって言ってたのに。それに浮気じゃないし」
「相手の女性はどう思ってるでしょうかね? 女性なら伊吹さんに惚れてる可能性もあるでしょうし。
あなたは、彼氏より自分に惚れてるかもしれない女友達優先させるんですね?」
「お前、最近生意気。ちょっとSMショーで人気出てきたからって」
「そんなんじゃないです。ただ、俺と付き合ってるって意識して欲しいです」
途中までは怒った態度を取っていたが、寂しそうに鳴く犬のように、媚びた目を伊吹に向ける。
すると、予想通り伊吹は困惑したような顔を翠に向けた。
「悪かったよ」
「分かってもらえたならいいです。折角のデートですしね。二人じゃなきゃ出来ない事をしましょう」
伊吹はパッと視線を逸らしたが、ゆっくりと頷いた。すぐに翠は伊吹を連れてカフェを出た。手を繋いで街中を歩く。伊吹は文句一つ言わずに翠についてきた。
向かった先はボーリング場だ。
「ほら、二人で楽しくゲームをしましょう」
「別に二人じゃなきゃ出来ないわけじゃないだろ」
「えー、でも一人だと寂しいですよ」
翠は受付を済ませる。ニコニコとした笑顔を向けるが、伊吹は少し不満気だ。
シューズを変えて、少し薄暗い室内を進み、投げやすそうなボールを選んで指定されたブースに座った。
「先と後、どっちがいいですか?」
「どっちでもいい」
翠が先に投げた。綺麗なフォームだ。だが、ボールはガーター近くスレスレを危なげに転がる。
十本並んだピンの一番右端に当たり、隣接するピンが三本巻き込まれて倒れた。
次に倒れなかった六本のピンが降りてきて、翠はそれに目掛けて投げたが、かすりもせずにガコンと奥に消えてしまった。
「結構上手くいかないものですね」
「下手なんだろ」
「ほら、次は伊吹さんの番ですよ」
「分かってるよ」
伊吹はぶっきらぼうな態度で、ボールを掴んで適当に投げた。
思い切りガターに嵌った。伊吹はそれを何とも思っていないように、もう一度ボールを投げた。
二度目のガター。悔しそうな顔は一切していない。つまらなそうにしている。
怠そうな顔で翠から離れた場所に座った。
「伊吹さん、ホテル行きたかったからって機嫌悪くしないでくださいよ」
「そっ、そんなんじゃねぇよ!」
翠は立ち上がって、伊吹のすぐ隣に座る。そして、伊吹の太腿を下心があると分かるような、いやらしい手付きでなぞるように触った。
「終わったら行きましょうか」
伊吹は何も言わず、ただ頷いた。薄暗いボーリング場の中でも分かった。伊吹が期待に頬を染めていると。
───────────────────
※伊吹が翠との約束を忘れている事
①一章十八話
翠にキスしたくなったら伊吹さんからして下さいと言われている事。→完全に記憶の彼方。
②一章二十一話
初のSMショー。本番が無事成功したら好きなプレイをしていいと言ったのに、刺された為なくなった。→言ったことすら覚えていない。
翠はちゃんと覚えてます。
元の日常に戻ると、伊吹も元の元気さを取り戻したかのように、精力的にイベントに参加している。
そんな忙しい毎日の隙を見た翠は、伊吹をデートに誘った。
「伊吹さん、明日の放課後、俺とデートしませんか?」
次のSMショーの練習が終わり、瑞希が帰った後にタイミングを見計らった。断られるだろう事は重々分かっている。
それでも、付き合っているのだから一度くらいデートしたっていいじゃないか! と、必死な気持ちを押し殺して、軽い口調で言った。
「いいよ」
「やっぱダメですよね、忙しいですもんね……って、えっ?」
「だから、デートだろ。そういえば一度もした事なかったな」
「良いんですか~!!」
翠は泣きながら伊吹に抱き着いた。
「ウザい、暑い! 騒ぐなよっ!」
伊吹は嫌がって自身から翠を引き剥がし、手押し相撲のように、両手を前に出して距離を取っていたのだった。
デートは大学が終わってからだ。十六時に伊吹の大学前で待ち、一緒に街に繰り出したのだが──。
最近伊吹は暇になるとスマホを操作してニヤニヤしている。今もデート中だというのに、伊吹はカフェでコーヒーを放置したままスマホに夢中だ。
通知音がするまでは湯気がたっていたコーヒーも、今は冷めてしまっている。
「伊吹さん」
呼んでも返事はない。相当集中している。
今日は伊吹との初デートだ。いつもはラブピーチで次回のSMショーの内容を練ったり、緊縛の練習をしたり、翠がM男としてプレイ出来る幅を広げる為の調教をしたりで、恋人らしい事は一つもしていない。
伊吹からキスをするまで翠からはしない、という話もどこへ流れたのか、伊吹が意識している様子は全くない。
ようやくこぎつけたデートなのに、翠の不満は溜まる一方だった。今すぐ伊吹のスマホを壊してしまいたい気持ちが高まる。
翠は椅子から立ち上がった。ようやく気付いたのか、伊吹の視線が翠へと向かう。
「最近、その長方形の玩具が楽しいみたいですね?」
「スマホの事か?」
「そうです。何やってるんですか? デート中に恋人を放ったらかして」
ムスッと不満気な顔を見せる。伊吹なら謝ってくれると知っているからだ。
「あ、あぁ……ごめん。つい夢中になっちまって。今デート中だから返事遅れるって、返信だけしていい?」
「いいですよ」
伊吹は焦ったようにスマホ画面の操作をすると、椅子に引っ掛けたボディバッグにスマホを入れて、翠に向き直った。
「悪かったよ。学校の友達に面白い奴がいて、つい会話に夢中になってたんだよ」
「やっぱり浮気ですか」
「違うって。相手女だし。やっぱりってなんだよ」
「女性って事は浮気じゃないですか」
「俺はゲイだってば。……前に浮気は許すって言ってたのに。それに浮気じゃないし」
「相手の女性はどう思ってるでしょうかね? 女性なら伊吹さんに惚れてる可能性もあるでしょうし。
あなたは、彼氏より自分に惚れてるかもしれない女友達優先させるんですね?」
「お前、最近生意気。ちょっとSMショーで人気出てきたからって」
「そんなんじゃないです。ただ、俺と付き合ってるって意識して欲しいです」
途中までは怒った態度を取っていたが、寂しそうに鳴く犬のように、媚びた目を伊吹に向ける。
すると、予想通り伊吹は困惑したような顔を翠に向けた。
「悪かったよ」
「分かってもらえたならいいです。折角のデートですしね。二人じゃなきゃ出来ない事をしましょう」
伊吹はパッと視線を逸らしたが、ゆっくりと頷いた。すぐに翠は伊吹を連れてカフェを出た。手を繋いで街中を歩く。伊吹は文句一つ言わずに翠についてきた。
向かった先はボーリング場だ。
「ほら、二人で楽しくゲームをしましょう」
「別に二人じゃなきゃ出来ないわけじゃないだろ」
「えー、でも一人だと寂しいですよ」
翠は受付を済ませる。ニコニコとした笑顔を向けるが、伊吹は少し不満気だ。
シューズを変えて、少し薄暗い室内を進み、投げやすそうなボールを選んで指定されたブースに座った。
「先と後、どっちがいいですか?」
「どっちでもいい」
翠が先に投げた。綺麗なフォームだ。だが、ボールはガーター近くスレスレを危なげに転がる。
十本並んだピンの一番右端に当たり、隣接するピンが三本巻き込まれて倒れた。
次に倒れなかった六本のピンが降りてきて、翠はそれに目掛けて投げたが、かすりもせずにガコンと奥に消えてしまった。
「結構上手くいかないものですね」
「下手なんだろ」
「ほら、次は伊吹さんの番ですよ」
「分かってるよ」
伊吹はぶっきらぼうな態度で、ボールを掴んで適当に投げた。
思い切りガターに嵌った。伊吹はそれを何とも思っていないように、もう一度ボールを投げた。
二度目のガター。悔しそうな顔は一切していない。つまらなそうにしている。
怠そうな顔で翠から離れた場所に座った。
「伊吹さん、ホテル行きたかったからって機嫌悪くしないでくださいよ」
「そっ、そんなんじゃねぇよ!」
翠は立ち上がって、伊吹のすぐ隣に座る。そして、伊吹の太腿を下心があると分かるような、いやらしい手付きでなぞるように触った。
「終わったら行きましょうか」
伊吹は何も言わず、ただ頷いた。薄暗いボーリング場の中でも分かった。伊吹が期待に頬を染めていると。
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※伊吹が翠との約束を忘れている事
①一章十八話
翠にキスしたくなったら伊吹さんからして下さいと言われている事。→完全に記憶の彼方。
②一章二十一話
初のSMショー。本番が無事成功したら好きなプレイをしていいと言ったのに、刺された為なくなった。→言ったことすら覚えていない。
翠はちゃんと覚えてます。
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