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二章
六話 演技
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伊吹の姿が見えなくなって、翠は来た道を戻った。多くの情報を得られた、これからどう伊吹を攻略するかを考えようと足早に自宅までの道を歩く。
「すーい君!」
その時、背後から甘い声が翠を呼んだ。立ち止まり、嫌々ながら振り返る。
思った通り、ぶりっ子演技中の瑞希が立っていた。知らない中年男性の腕に手を絡めている。
しかも女装のコスプレ中なのか、ロリータファッションのような服装で、スカートをはいている。
髪は普段のままだが、軽く化粧をしている為か、どこから見てもボーイッシュな女の子にしか見えない。
「やっほ! さっきぶりだねぇ」
「女装、似合ってますね」
「でっしょ~? 僕、女の子の服はなんでも似合っちゃうから、こういうの着る要望よくされるんだよねぇ」
翠にはあまり興味のない事だ。伊吹にそんな服を着せたい衝動に駆られた。きっと似合わないだろう、だがそれもまた良いのだと、想像だけで我慢をする。
「へー。それで、どうしたんですか?」
「翠君の姿が見えたから声掛けたの。この人、ユウキさんっていうんだけど、初回と今日のショー見に来てくれてたの、見覚えない?」
瑞希に紹介された男を見る。いかにも独身といった感じのやつれた細い男だ。
自分で身の回りの世話が出来ていないのか、解れたボタンや皺の多い服だ。髭の処理もきちんと出来ていないし、掛けているメガネも手垢が付いたままだ。
この男に見覚えがある。確かいつも最前列に座っていた。
「覚えていますよ。いつも前の席に座ってらっしゃいますよね?」
「あ……ああ」
明らかなコミュ障だ、と翠は心の中で冷ややかに見下した。
「いつもありがとうございます」
愛想笑いをすると、ユウキはドギマギした様子で縮こまった。そんなユウキを瑞希が茶化すように笑った。
「ユウキさん、照れてるんでしょ~。翠君が可愛いからって、浮気はダメだぞ」
「そ、そんな、浮気なんて、僕には瑞希君だけ」
「ほんとー? ありがとう。僕嬉しいなぁ、今日はいーっぱいご褒美しちゃう」
ぱあっと明るい笑顔になった瑞希に、ユウキは押し黙って顔を赤くした。
二人の様子を見て、翠はすぐに理解した。今瑞希は仕事中なのだと。職業差別がしたい訳ではないが、多少の気持ち悪さを感じる。
「お邪魔しちゃったみたいですみません」
「声掛けたの僕だし、大丈夫だよ。それより……随分と仲良くなったんだね?」
瑞希の嘘笑い。翠は警戒した。
「伊吹さんの事ですか?」
「うん。ほら、僕乱パ参加者だから、プライベートの伊吹に声掛けられないでしょ、翠君が一人になるの待ってたんだ」
「ユウキさんも巻き込んで?」
「うん。ユウキさん、僕の言う事なんでも聞いてくれるしね。ねぇ?」
「は、はいっ」
「瑞希さんって、男娼って言ってたから仕事では受け身なのかと思ってましたよ」
「二店舗掛け持ちしてるからね。基本可愛い受け身スタイルでやってる店と、こうやって奴隷相手にご主人様やってる店で働いてるの。
ユウキさんは二店舗ともの常連さんなんだよね」
「へぇ。瑞希さんが大好きなんですね?」
翠がユウキに目を向けるが、恥ずかしいのか目を逸らされた。
「じゃ、僕達このままデートだから。また明後日ね」
去っていく瑞希はユウキの腕にもたれかかるように絡んでいた。
「大変な仕事だな……あんなキモい奴相手にしなきゃいけないなんて」
ボソッと呟いて、焦って手で自分の口を押さえた。
「おっといけない」
本音を出してはいけない。本当の翠は人を見下したり、自分の我儘を通したがる、高圧的で自分勝手な人間だ。
今までそれで何人もに嫌われてきた。大学内でも既に同級生から距離を置かれている。
家族すらこんな自分は受け入れてもらえなかった。
なので、どうしたら人と上手くやっていけるかを学んだ。
基本的に、人に不快に思われない見た目で、一般的に人に好ましいと思われる態度を取っていれば、他人からの好感は得られやすい。
つまりは、誰から見ても「イイ人」と思われる演技だ。
その演技が出来るようになるまでにどれだけ苦労した事か。だが、日常生活で演技を活かすことはしない。
瑞希のように、そんな疲れる事を常にしていたら発狂する自信がある。
イイ人の演技をするのは、目的の為に仕方なくする時だけである。
伊吹に近付く為に、伊吹が嫌がるであろう態度を取っていたのは認識してもらう為だった。付き合う事になってからイイ人の演技を始めて、伊吹は演技の翠に心を許し始めている。
本当に伊吹の全てを捕らえるまで本心は見せてはならないのだ。
「伊吹さんは、本当の俺を受け入れてくれるかな……」
「すーい君!」
その時、背後から甘い声が翠を呼んだ。立ち止まり、嫌々ながら振り返る。
思った通り、ぶりっ子演技中の瑞希が立っていた。知らない中年男性の腕に手を絡めている。
しかも女装のコスプレ中なのか、ロリータファッションのような服装で、スカートをはいている。
髪は普段のままだが、軽く化粧をしている為か、どこから見てもボーイッシュな女の子にしか見えない。
「やっほ! さっきぶりだねぇ」
「女装、似合ってますね」
「でっしょ~? 僕、女の子の服はなんでも似合っちゃうから、こういうの着る要望よくされるんだよねぇ」
翠にはあまり興味のない事だ。伊吹にそんな服を着せたい衝動に駆られた。きっと似合わないだろう、だがそれもまた良いのだと、想像だけで我慢をする。
「へー。それで、どうしたんですか?」
「翠君の姿が見えたから声掛けたの。この人、ユウキさんっていうんだけど、初回と今日のショー見に来てくれてたの、見覚えない?」
瑞希に紹介された男を見る。いかにも独身といった感じのやつれた細い男だ。
自分で身の回りの世話が出来ていないのか、解れたボタンや皺の多い服だ。髭の処理もきちんと出来ていないし、掛けているメガネも手垢が付いたままだ。
この男に見覚えがある。確かいつも最前列に座っていた。
「覚えていますよ。いつも前の席に座ってらっしゃいますよね?」
「あ……ああ」
明らかなコミュ障だ、と翠は心の中で冷ややかに見下した。
「いつもありがとうございます」
愛想笑いをすると、ユウキはドギマギした様子で縮こまった。そんなユウキを瑞希が茶化すように笑った。
「ユウキさん、照れてるんでしょ~。翠君が可愛いからって、浮気はダメだぞ」
「そ、そんな、浮気なんて、僕には瑞希君だけ」
「ほんとー? ありがとう。僕嬉しいなぁ、今日はいーっぱいご褒美しちゃう」
ぱあっと明るい笑顔になった瑞希に、ユウキは押し黙って顔を赤くした。
二人の様子を見て、翠はすぐに理解した。今瑞希は仕事中なのだと。職業差別がしたい訳ではないが、多少の気持ち悪さを感じる。
「お邪魔しちゃったみたいですみません」
「声掛けたの僕だし、大丈夫だよ。それより……随分と仲良くなったんだね?」
瑞希の嘘笑い。翠は警戒した。
「伊吹さんの事ですか?」
「うん。ほら、僕乱パ参加者だから、プライベートの伊吹に声掛けられないでしょ、翠君が一人になるの待ってたんだ」
「ユウキさんも巻き込んで?」
「うん。ユウキさん、僕の言う事なんでも聞いてくれるしね。ねぇ?」
「は、はいっ」
「瑞希さんって、男娼って言ってたから仕事では受け身なのかと思ってましたよ」
「二店舗掛け持ちしてるからね。基本可愛い受け身スタイルでやってる店と、こうやって奴隷相手にご主人様やってる店で働いてるの。
ユウキさんは二店舗ともの常連さんなんだよね」
「へぇ。瑞希さんが大好きなんですね?」
翠がユウキに目を向けるが、恥ずかしいのか目を逸らされた。
「じゃ、僕達このままデートだから。また明後日ね」
去っていく瑞希はユウキの腕にもたれかかるように絡んでいた。
「大変な仕事だな……あんなキモい奴相手にしなきゃいけないなんて」
ボソッと呟いて、焦って手で自分の口を押さえた。
「おっといけない」
本音を出してはいけない。本当の翠は人を見下したり、自分の我儘を通したがる、高圧的で自分勝手な人間だ。
今までそれで何人もに嫌われてきた。大学内でも既に同級生から距離を置かれている。
家族すらこんな自分は受け入れてもらえなかった。
なので、どうしたら人と上手くやっていけるかを学んだ。
基本的に、人に不快に思われない見た目で、一般的に人に好ましいと思われる態度を取っていれば、他人からの好感は得られやすい。
つまりは、誰から見ても「イイ人」と思われる演技だ。
その演技が出来るようになるまでにどれだけ苦労した事か。だが、日常生活で演技を活かすことはしない。
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イイ人の演技をするのは、目的の為に仕方なくする時だけである。
伊吹に近付く為に、伊吹が嫌がるであろう態度を取っていたのは認識してもらう為だった。付き合う事になってからイイ人の演技を始めて、伊吹は演技の翠に心を許し始めている。
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